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無料から始める歌モノDTM(第16回)【作詞編③言葉の音と意味】

はじめに

はじめましての方ははじめまして。ご存知の方はいらっしゃいませ。ノートPCとフリー(無料)ツールで歌モノDTM曲を制作しております、

金田ひとみ

と申します。

新年明けましておめでとうございます。
私事ではありますが、年末年始の本業の忙しさや転職も重なり、ちょっとペースが落ちております。お待たせして申し訳ない。
趣味の延長なので急ぐこともないとは思いますが、調声やら動画やら歌モノ曲を作詞作曲編曲して動画サイトに投稿するために役立ちそうな事柄、一考の価値ある「そもそも論」、DTM初心者向けの範疇を大幅に超えているかもしれない科学的アプローチの話もまだまだありまして、私の中では序章です。
遠回りで長いですが、読者の方や期待していただいている方のためにもしっかり進めていきたいと思います。

2023年最初の記事は【作詞編】の続き、
歌詞の素となる
言葉
そのものについてです。

ネットや本で調べれば出てくる程度の理論や技術などより考え方を重視する私の記事では、【作詞編】と言っても【作曲編】と被る部分も多く
それこそ人それぞれじゃん!
と言われたら身も蓋も元も子も無いです。
が!、作曲するために音楽の素となる
リズム・メロディー・ハーモニー
の概念に触れたように、作詞するための歌詞の素となる
言葉
については必ず触れておく必要はあると思います。

遠回りと思うなかれ。
むしろ歌モノ曲の2大主役、曲の「フレーズ」と歌の「歌詞」のうち「フレーズ」に関する情報ばかりが世には溢れておりまして、やれオサレなコード進行だの、やれ○度の音に飛んだらエモいだの、やれシンコペーションを入れたらプロっぽいだの……という解説はよく目にします。
私も最低限は取り上げますし前提として学んだり、気にしていないわけではないです。
でも、歌詞とその素になる言葉そのものについて、なぜその単語なのか?なぜその並びなのか?なぜその表現なのか?といった情報は作曲に比べ少ないと感じます。
言葉のに関しても意味に関してもです。
言語学の分野では、言葉の音↔意味をフランス語でシニフィアン↔シニフィエと言います。用語は覚えなくていいですが、理解していると作詞するときに両側面からの意図的なアプローチが可能になります。
まぁ作曲に比べて作詞、というか言葉を使うこと自体は、特に障がいも無ければ誰でも赤ちゃんの頃から学んで自然とできることですからね。改めて解説するほどではないのでしょう。
でもそれを言ってしまったら、作曲や音楽そのものだって幼少期からやってれば自然とできるっしょ、という思考停止の才能論・教育論で終わってしまいます。

私が言葉にこだわるのには理由があります。
ひとつはもちろん、良い歌詞の曲はそれだけで価値があると思うからです。
印象的だったりパンチが効いていたりする歌詞、技術的に考え抜かれた歌詞、真に訴えたいことを真っ直ぐに表現した歌詞、そしていわゆる「刺さる」「心が揺さぶられる」歌詞の曲は、作曲技術がまだまだだろうがアコギやピアノだけの弾き語り曲であろうが、誰かに伝わり心に残ります。

もうひとつは、私の作品や今までの記事の反応からおそらく期待値の高いであろう
調声
について技術的に触れていくなら、言葉、そして

そのものについても一度考えておかなければならないからです。
文字としての書き言葉や特に誰と指定しない喋り言葉ではなく、その歌手特有の歌声となれば、声の出し方・速さ・高さ・伸び、いわばトランジェント・アタック・周波数・リリースなどの話も関わってくるのはDTMに少し携わった方であればご理解いただけると思います。
(トランジェントはまた改めて解説しますが、その音をその音らしくさせている、いわば音の輪郭です。音声・音響研究を調べたところ厳密には違うようですが、声で言えばざっくり子音みたいなものです。子音がいかに大事かなんて解説するまでもなくご理解いただけるかと。すべての日本語が母音の「あいうえお」だけになってしまいます。聴覚障がいのある方がうまく子音を発音できないことにも関係しているようです。)

作曲技法や音源・エフェクターの初心者向け解説は多いけれど、AIシンガー・ボカロの歌声についてこういった視点で解説している言葉の技法=「作詞法」音作り=「調声」ネタで初心者にも明快なものは未だ見たことが無いです。検索しても引っかかりません。
DTMに限定しない音楽・音声・音響全般や大学論文レベルの情報ならネット上にも役立ちそうなものはあります。なので私が気づかないだけかもしれません。前回の話のように人間は自分に都合の良い見たいものしか見えないので。

この言葉の技法=作詞法や音作り=調声は歌詞にも、また歌詞からも影響があります。
常時意識しているわけではないですが、どうしても言葉の音の並びの不自然さやAI自動生成の違和感が拭えないときには、歌詞そのものに問題が無いか、少なくともボーカルのメロディーラインの音符位置や長さ、高さなどに問題がないかは見直します。
私が歌わせているNEUTRINOのAIシンガーたちは人間と違い、リズムやメロディーを音符にしただけの楽譜を渡しただけでは必ずしも上手く歌ってくれません。おそらく他のAIシンガーやボカロも似たり寄ったりです。Pの意図を汲み取って出力してるわけではないですから。ドラえもんの四次元ポケットのように都合の良いものは出てきません。

前回のラクガキ改!

得意音域から外れると機械音声感や悪い癖が出たり、言葉によっては早口や母音の脱落・連続なども苦手だったりします。
また日本語の歌を学習させている以上、英語などの外国語はさらにチョー苦手です。というか英語特有の[æ][ʌ][ɑ][ǝ]の母音の違いや[th][l][r]などの子音も出せないし、[d][s][t]など語尾で多発する子音単体も出せないです。例えば「Bad」(悪い)は[bˈæd]「ベァ⤴ッードゥッ⤵」みたいな発音ですが、NEUTRINOシンガーは「ばっど」[baddo]としか歌えない。ダサい。

これらを調声で何とか人間に近いものにはできますが、その前にそもそもAIシンガーが歌いやすいハッキリ発音された日本語歌詞をちゃんと作詞作曲者=Pが作れる前提があってから、トリッキーな歌詞やボーカルラインに挑戦したほうが良いのではないかと思います。私も苦戦してきました。
ギターのコード弾きもできないのに超速弾きや泣きのギターソロから取り組むみたいな。歪ませれば結構ごまかせたり……。

というわけで長々と書きましたが、いきなり難しい話はしません。退屈ですし。
前回の「キャラ絵作詞法」と同じく、気楽なトコから始めたいと思います。

言葉の音

作詞するにはまず言葉に敏感になる癖は付けておいたほうが良いと思います。
他人の言葉遣いの揚げ足を取るとかじゃないですよ(笑)
まずは言葉のの面から遊んでみましょう。

言葉の音に敏感になる

「あ・い」
という2音からどんな言葉を連想しますか?

「愛」、「あいうえお」のあい、猿の「アイアイ」。
「あ・い」が入る単語なら、相性、曖昧、間、哀悼の意、おあいそ、気合い、出逢い…。
英語なら、I(私は)、eye(目)、AI(人工知能)、1/0(電源マークなどのon/off)、i(虚数)や、
英単語で、idol(アイドル、偶像)、icon(アイコン)、icecream(アイスクリーム)、irony(アイロニー、皮肉)、ivory(アイボリー色)、iron(アイアン、鉄)。
iPhone、iPad、iQOS、IPアドレス、IEEE(アイトリプルイー,、電子機器の規格など)、IAEA(国際原子力機関)、AIDMA(アイドマ、マーケティング用語)……。
歌手名ならAIや大塚愛やあいみょん、曲名なら「愛の○○」なんてたくさんあります。
アインシュタイン、愛染明王、愛知県、アイダホポテト、アイナメ(釣り魚)、開いた口が塞がらない、アイ〜ン(故・志村けんさんのネタ)……。
多分挙げ始めたらキリがないです。私の場合、10分ほどで書き連ねてもこんな感じ。

ただのネタワードも入ってますが、「あ・い」という2音だけでも歌詞に繋がりそうな言葉がたくさんあると思いません?

逆パターンもあります。長く並んだ言葉から別の言葉を見つけ出す。
子供の頃、スーパーのチラシに書いてあった「豚ももスライス」という言葉が面白くて、しばらくそういった言葉を探す遊びをやっていたこともあります。今でもやっちゃいますが。
「ぶた」「たも(取っ手付き網)」「もも」「モスラ(ゴジラの怪獣)」「スライス」「ライス」「イス(椅子)」……と一つの言葉の中にたくさん言葉が隠れていて面白いですね。

聞き間違いや言い間違いも面白い言葉遊びです。
「ポイントカードはお餅ですか?」のコピペとか、お笑いコンビ・ナイツさんの野球ネタ「寿限無」→「10ゲーム」とか、アニメ『マクロスフロンティア』挿入歌『What 'bout my star』→「おっ○いマイスター」とか(笑)

言葉に敏感になると言っても、たくさん単語を連想できる知識量や発想力のことだけではないです。
聞き間違い・言い間違いなんかはむしろ鈍感になっているからこそ面白い。
面白い響きだな、こんな言葉があるんだな、とピンときたり引っ掛かったりしたら、すぐメモったり調べたりする。
街なかや店内BGMでピンときた曲があったら鼻歌検索アプリですぐにチェックしておくみたいな。やりません? 私はすぐスマホアプリを起動できるようにしています。
歌詞になるときの言葉はただの情報伝達ツールとしての面ではなく、音としての面でも魅力があります。

作曲やアレンジをする時に楽器を組み合わせたりエフェクターで音色をいじったりするように、言葉の音も組み合わせたりいじったりするのが当たり前の感覚になっていると、印象的な歌詞や韻を踏んだ歌詞が出てきやすいです。

以前紹介しましたが、こちらの自作品は私の言葉遊びの最たるものです↓

13曲目『貉-musena-』(東北イタコ)
【コンセプト編】「〇先」のいろいろ②キャラクター先で取り上げました。

「イタコ」「未必の故意」「muse」などの言葉の連想から一気に膨らませています。
「あ・か」だけで「紅」「明」「赤」「朱」。「火に入る虫」をそれに掛けて「「緋」に入る蟲」と漢字を変えています。
あまりに言葉遊びが多過ぎるので全部解説しようとするとかなりボリュームの大きな一記事になるでしょうね。

言葉を音で捉える

第12回【作詞編】初回で取り上げた「音象徴」のお話は覚えていらっしゃいますでしょうか。

言葉の音と意味(シニフィアンとシニフィエ)の結び付きには必然性が無いけれど(=恣意性)、その言語体系(日本語なら日本語体系)の中ではその言葉の音と意味は強固な結び付き(=規則性)があります。
それに対する音象徴という研究が近年進んでいるわけです。各言語に跨る言葉の音としての共通イメージや擬音語・擬態語だったりですね。

例えば「う・た」と言われれば日本人なら誰でも「」を想像しますが、英語圏の人なら「?」となります。Google先生にマイクで拾わせるとワケわからん英単語を提示してきます。
英語圏の人なら「song」と言われないと「ああ、歌のことね」とは分かりません。それどころか「song」[sˈɔːŋ/sˈɔːŋ]を「そ・ん・ぐ」[soŋgu]と日本語っぽく発音してしまうと通じないことすらあるでしょう。
日本語の「うた」[uta]と英語の「song」[sˈɔːŋ/sˈɔːŋ]には音としての共通点はありません。

逆に、「ほったいもいじるな」(掘った芋いじるな)を英語っぽく発音すると、「What time is it now?」(今何時?)と全然違う意味に聴こえるみたいなこともあります。
音的には似ているのに意味が全然違う。

そこで、韻を踏んだりダブルミ―ミングや比喩・暗喩を使った歌詞を考えるときは「う・た」=「歌」という強固な結び付きをあえて破壊します。
前回の「キャラ絵作詞法」で、顔でその人物と判別できてしまうため全身像が意識されない、という問題があったのと感覚的に似ています。人物なら全体をひとつの映像として、言葉ならただの音の並びとして全体をぼんやりと捉え直す。
「う・た」=「歌」という思い込みを破壊して、音だけの[uta]をそのまま受け入れる。
すると[uta]が入る言葉……「泡沫(うたかた)」「撃たれる」「宇多田ヒカル」くらいならポンと出てきます。
劇場版『ワンピース』の「ウタ」くらいしか出てこない人はまだまだ結び付きが破壊できてないです。「歌」から名付けられたキャラクターってことくらいすぐ分かります。
「正体」「住宅ローン」「高タンパク低カロリー」なんか出てくる人はかなり破壊されてますね(笑)そのまま韻踏み歌詞に使えるかは別にしても。

韻を踏んだ歌詞なんて書かないという人にとっては何の役に立つんだと思われるかもしれませんが、AIシンガーやボカロに歌わせる調声をレベルアップさせよう思えば音に分解できる感覚は絶対に必要になります。
AIシンガーやボカロたちは「う・た」=「歌」という認識すらそもそもありません。そのまま楽譜に打ち込まれた音を再生しているだけです。
(まだAIシンガーのほうが切り取られた音ではなく歌声として学習している分、ナチュラルに発音してくれると思います。)

先に挙げた「正体」=「しょ・う・た・い」をそのまま1音1音符に当てはめて歌わせると、ホントにそのまま「しょ!う!た!い!」と歌ってしまいます。わざと区切ったメロディーに乗せない限り違和感が半端ないです。
実際の人間は「しょーた(い)」のように長音の組み合わせで発音しています。「い」を括弧付きにしたのは、これも実際は弱く短い発音でしかもピッチ(音の高さ)が無意識に下がっているからです。
中島みゆきさん『空と君のあいだに』の「しょおた”い~⤴”をぼくは~しぃってた~♪」みたいなメロディーに乗せない限り。

調声作業ではこの辺も人間らしく歌わせるためのコツになってきます。
楽譜に打ち込んで調声ツールで操作するなら「しょ・(ピッチ下げて)お・(長めに)た・(ピッチ下げて弱く短く)い」のほうがリアルな発音としては近い。
また音に敏感な人なら「Show time」(ショゥタイム)と韻が踏めそうなことくらいすぐに気づけそうですね。
「正体」をナチュラルに調声できるようになれば、本来英語が苦手なNEUTRINOのシンガーたちにも「Show time!」とカッコよく歌わせられるかもしれません。

【調声編】の先取りになりますが、年末にアップした最新曲は調声……というより「発音」そのもののレベルから技術的にこだわっています。

30曲目『さよならアドレセンス』(めろう)
調声中のTwitterつぶやきも載せておきます↓

「アドレセンス」(adolescence、青春期)を楽譜通りに歌わせるとかなりヒドイ違和感があります。特にサビの最後に持ってきている言葉ですので、語尾の「-センス」をそのまま伸ばすと「せーーー、んすっ!」と謎の気合でも入れたかのような歌い方をしてしまいます(笑)どうした、めろうさん⁉

完成作品ではナチュラルな[-ns]の発音な上、最後の「ス」まで「スゥー……」とサビ毎に長さを変えて伸ばす発音になるように調声しています。
「さ行」の発音は歯擦音と言って、歯と歯の隙間から空気が漏れる音が「さしすせそ」の音の輪郭を作っています。
『さよならアドレセンス』では楽譜上の音符の長さ調整と調声ツールを駆使してその歯擦音だけを取り出して再現しています。
調声技術が気になる方はTwitterの続きに少しコツを書いていますのでどうぞ。
いずれ改めて解説していきます。2~3月くらいになりそうな予定です。

よくNEUTRINO調声解説で「’」(アポストロフィ)を入力すると子音だけで歌わせられると紹介されていますが、正直役に立ちません。
こういった情報がDTMやボカロ界隈には探せどもなかなか無いんですよね。
言葉や声に関するめちゃくちゃ基礎的なことで誰しも調声で苦戦しているはずなのに。私からすれば本当の意味での基礎、初心者向けだと思いますよ。

その他に言葉の音に関する考え方として、モーラ音節の解説も改めてしようかと思いましたが、第12回【作詞編】初回ですでに軽く触れたのでそちらをご参考ください。
またモーラ・音節の情報は作詞入門等で探せば結構ありますので、私が解説するより正確で専門的です。

同音異義語なんかも改めて解説するほどではないかと思います。
「正体」「招待」「小隊」なんかですね。PCやスマホの予測変換でいくらでも出てくる時代なので、探して覚えて……までしなくても見つかります。

言葉の意味

言葉の音の次は、言葉の意味からのアプローチです。
私の歌詞は音の側面から見た韻踏み等も多いですが、意味の側面から見たダブル・トリプルミ―ミング比喩・暗喩もめちゃくちゃ多いです。
一応説明しておくと、ダブルミ―ミングはひとつの言葉に2つの意味を込めているもの。3つならトリプル。今までの記事の自作品紹介でも何度か登場しました。【作詞編】②で取り上げた21曲目『心呼吸』の「深呼吸」「Sync-co-cue」とかですね。
比喩は他の言葉や例えを使って説明する方法。「リンゴみたいに赤いほっぺ」のような直接的な例えである直喩のことを言う場合が多いですかね。「みたいな」「のような」で繋がる表現。
暗喩は比喩の中でも「ほっぺにふたつのリンゴ」のように人間の想像力やイメージを用いた間接的な例えです。言葉だけの比喩より映像や音といった他の感覚に訴える要素が強いので、詩や文学的表現、ことわざなどでもよく見られます。
詳しく説明しはじめると他にもあってキリがないのでこのへんで。

で、私の歌詞にはどストレートにわかりやすいものもありますが、行間を読ませたり皮肉を込めたり、ストレートに表現しにくい心情を他の言葉で言い換えたような歌詞も多いので、おそらく知識量や分析力、想像力がある人でないと難解に感じるものもあります。

こっちはどストレートにわかりやすいもの↓

6曲目『I/O』(めろう)
言葉の音のほうで挙げた「あ・い」が分かりやすく使われてます。
「愛を」と電源のon-offをあらわす1/0(イチとゼロ)=「I/O」の韻を踏んでいて、I=「私」を消してしまいたいという意味に掛かってきています。
ちょっとやり過ぎた感もあるかな。

こっちはたぶんわかりにくいほう↓

20曲目『Γύγης‐ギュゲス‐』(セブン/めろう)
ヘビーなエレキギターが効いた曲なので、歌詞はスルーされていたり表面的なエロチックな部分が目立つようになっています。
実はあまり公言はしたくなかったのですが、ニコニコ動画で年2回開催されるボカロやAIシンガーの楽曲投稿イベント「ボカコレ(ボーカロイドコレクション」や、日々量産されるボカロ曲を皮肉った曲です(笑)
1番Aメロ「お好きなアイを選ぶといいわ」で察せられる人は言葉に敏感だと思います。アイ=「AI」ですね。
「ギュゲス」というタイトルで気づく人はさらに知識量もあるんじゃないでしょうか。古代ギリシアの哲学者プラトンの著作『国家』に出てくる「ギュゲスの指輪」の逸話が元になっています。指にはめて回すと透明になれる伝説の指輪の能力を使い、ギュゲスという人物が王妃と✕✕して、王様を殺し王位を簒奪したという例え話です。人間は姿を隠せるなら不正を行うのか、正義とは何か、という議論の中で登場します。
これ以上の解釈はご想像におまかせします。自分で解説し過ぎるのも野暮ですし、想定外の意味に取られてわざわざ敵を増やしたいわけではないので。気まぐれなアイロニー=皮肉ソングです。

さて、言葉の意味のほうから攻めようとすると、やはりそれなりに知識や経験が必要になるとは思います。知らない言葉は使いようが無いですから。
雑学大好き人間の私でも知らない言葉なんていくらでもあります。
それに一般的にあまり知られていない言葉を多用すると、『ギュゲス』のようにあえて意味をぼかす場合は別にして、それこそ歌詞の意味を理解してもらえない可能性もあります。

かといってありきたりな言葉を並べただけではやはり、印象が薄く、想いや考えの浅さが見えてしまいます。
前回記事で例に出した即席サビ歌詞なんかはそうですね。

不器用で うまく言葉に できないけれど
 どうしても 君に伝えて おきたい想い
 今しかない そんな気持ちに してくれたのは
 ただひとつ 君の笑顔が 勇気くれたから

歌いたいことは伝わるでしょうし、音数も揃えていてサビの歌詞として成り立っていますが、なんというかパッとしない。
よく言えば初々しい。
でもあまりにふつ~な言葉を並べ過ぎていて、学生バンドの初オリジナル曲のようで印象は薄いと思います。
そんなときどうするか。
それが言葉の意味から探っていく作詞の醍醐味です。

言葉の意味を見直す

先の即席サビ歌詞がイマイチなのは、音のとしては揃っているけれど、韻踏みやリフレインも無く、語頭や語尾の子音・母音を揃えたりも無く、歌詞というより文章(散文)に近いからです。
【作詞編】初回で、歌詞は定型詩と自由詩の両方の要素があると述べました。
音の数としては定型詩に則っているし、縛りの無い自由詩のように散文的につらつら~と心情を書き連ねるのが悪いわけではないですが、メロディーに乗せずそのまま「詩」として読んでも耳に響くところがありません。
前項目の言葉の音としての捉えたときの魅力が無いんですね。

その上でさらに印象的な言葉も特にこれといって無い。心にも響かない
あえて挙げるなら、「不器用」「勇気」くらいでしょうか。
というかその2ワードで言いたいことが説明できるくらい。
「不器用だけど勇気を出して伝えたい」、以上。
自分で自分の作品をこき下ろす(笑)

前回のキャラ絵作詞法で解説した通り、サビは曲の顔みたいなものでそこにコンセプトが集約されているとお話ししました。そしてサビ歌詞は一般的に40~100音数程度がいいとこで、どちらかというと削っていく方が多いとも述べました。
ところが削った結果が「不器用だけど勇気を出して伝えたい」。少なっ!
むしろこの一文でも7-7-5のリズムがあって音数が揃ってるくらい。
コンセプトの薄さも相まって、サビ歌詞にしては退屈になってしまっています。
ではコンセプトが悪いのかというとそんなことはなく、「好きな人に想いを伝えたい」なんてテーマはあらゆる人が経験する切ない青春の1ページや、告白・プロポーズするときの心情だったりするわけで、万人受けしないはずがないです。世のラブソングの大半は「好きな人に想いを伝えたい」がテーマです。あとは想いを伝えた後の「君と一緒にいると幸せだ」とか「これからもよろしくね」とか。そんなにバリエーション無いし、それらも組み合わさってたり被っていたりします。

言葉の音の面から攻めて、韻を踏んだり語頭語尾を揃えたりで膨らませていくことはできますが(私もそれで穴埋めすることも多いですが)、薄いコンセプトは薄いままです。商業音楽的に量産すること前提なら技法としてありだと思います。

それではこの退屈な即席サビ歌詞を何とか改良するとして、言葉の意味からアプローチできるでしょうか。
そこで、わずかながら印象に残りそうな「不器用」の言葉の意味を掘り下げてみます。

「不器用」と言われてどんな言葉を連想しますか?

口下手、不慣れ、苦手、つたない、ぎこちない……。
この辺りなら誰でも出てきそうです。
出てこないという人でもすぐ出せる方法があります。
ネットで「不器用 類語」と調べるだけです。便利な時代だ。

先に上げたような言葉が出てきます。まあでもパッとしないですよね。言い換えただけなので。

なので作戦その2。
対義語を探してみます。
「不器用」でない状態・状況をうまく言えれば「”それ”ができないこんな自分だけど……」といったちょっと深みのある歌詞が書けます。対比させることで本来言いたいことを際立たせる感じです。
対義語がすぐに思い付かないという方でも、上のサイトなどですぐ調べられます。タブで類語↔対義語、反対語を切り替えられます。
器用」が出てきますね。そりゃそうだ。
でついでに「器用」の類語を調べてみると、
上手、巧み、腕利き、得意……。
なんだか求めてる言葉のイメージと違う。
「不器用だけど勇気を出して伝えたい」に対比させるとしても、
「口説くのが上手くて勇気なんかいらない奴みたいにできないこんな自分だけど、伝えたい」って歌詞にしては説明的過ぎますね。てかそんな奴ただのチャラ男やん。むしろ見習うな(笑)
この歌詞の場合は「不器用」の対義語から直接攻めるのは難しそうです。

類語や対義語から探っていく方法は、音数の調整などのためにひとつの言葉を言い換えるには便利なのですが、あくまでその言葉に対応する辞書的な他の言葉が出てくるだけです。要は言語体系的に強固に結び付いているものをピックアップしているだけ。
ということは、言葉の音の場合と同じです。
強固な結び付きを破壊してしまいます。
そんなときこそ言葉から少し距離を置いて全体像を眺めてみる。

まずは「不器用」という言葉単体で捉えるのではなく
不器用だけど勇気を出して」というひとつ大きな枠組みで見直してみる。
当然、類語や対義語なんてネットや辞書で調べても出てきません。
でも反対の状況・状態は誰でも分かりますね。
つまり、現状は「不器用で勇気が無い」。
全体像に意識チェンジできる能力が誰しもあるはずです。
(専門家ではないので詳しくは断定できませんが、脳障がいや精神医学的に問題があるとうまくチェンジできない可能性があります。特に問題ない人でも勘違いや思い込みで言葉尻だけを捉えてしまったりという事はありえます。それも利用できるっちゃできるのですが。)

「不器用で勇気が無い」から連想される言葉や言い回しなら、かなり広い射程で歌詞になる表現を探していけます。
照れる、恥ずかしい、劣等感、自信が無い、見つめ合うと素直におしゃべりできない(サザンオールスターズ『TSUNAMI』のサビ歌詞)……、
そして「うまく言葉にできない」。
おや、元の歌詞と被ってますね。つまりそういうことです。
「不器用」の言葉の意味に「うまく言葉にできない」が被っちゃってるんです。

元歌詞が素人っぽく冗長に感じて大半を削っても意味が通じてしまうのは、一つのサビ歌詞の、しかもたった一行の中で同じことを歌ってしまっているからです。
それなら先に上げた『TSUNAMI』の「見つめ合うと素直におしゃべりできない」のほうが歌詞としてクオリティーが高いのは一目瞭然です。さすが日本を代表するアーティスト。
(さすがに有名な曲ですしちょうどよいリンクが無かったので、もし知らない方は検索してください。)
「見つめ合うと」という状況、「素直に」という心情、「言葉にできない」ではなく「おしゃべりできない」をチョイスするセンス。「おしゃべり」のほうが身近な相手なんだなと想像できます。
それをたった18音数で表現しています。
ほぼ同じ長さ19音数の「不器用でうまく言葉にできないけれど」のほうは、状況や心情や相手との関係性が表現しきれていません。この素人め!即席なんで勘弁して(泣)

桑田佳祐さんご本人がこのようなことを考えながら歌詞を書いているかはわかりません。何か研究や勉強をしたわけではなく、アーティストの本能のようなものでスラスラ~っと出てきた可能性も高いです。
私もスラスラ~っと出てくる時もあるし、全然出てこないときは上の類語を調べたりする流れの中で別の歌詞が浮かんで、案外そっちが気に入って元歌詞がボツになることも度々あります。
でもそこに至る過程にも意味があって、結局使わなかった言葉もメモや頭の片隅に残しておきます。
いざ別の曲で「うまく言葉にできない」という歌詞がぴったり当てはまらないときに「不器用」の一言で表現できるかも、と経験していればそれはそれでいずれ使い道があります。何より語彙が増える。

歌詞がなかなか浮かばない、うまく書けないという方は、ヒット曲や自分に「刺さる」歌詞の分析をやってみることをおすすめします。
言葉の意味をひとつひとつ見直して、全体も眺め直して、「あ、この言い回しが自分に刺さるんだな」という感覚を掴んでおく。
語彙も増えるしセンスも養われるしで一石二鳥です。

言葉に意味を与える

語彙が増えたり、類語・対義語などを調べたりするうちに、強固に結び付いていた言葉の音と意味を意図的に破壊できる癖が付きます。
破壊というとそろそろ物騒なので、分解くらいにしときます。
音も意味もその結び付きも分解できると、例えば最初に挙げたように「あ・い」の2音からたくさんの言葉を導けるようになりますし、
「愛」の言葉ひとつであってもその類語、いとしい、好き、惚れる、想い、恋、恋慕、情動、温もり、Loveなどの単語、
一緒にいたい、手を繋いで、寄り添って、共に歩む、などの言い回し、
おしどり夫婦、比翼連理、ロミオとジュリエットなどの慣用句や比喩も爆発的に思い付くようになります。

そして分解された言葉ひとつひとつが、意外と広い概念を指していたり他の言葉とイメージが被っていたりと気づけるようになります。
そこから再構築して歌詞になる言葉の並びに組み立てていくときに他の意味を引き連れてくる
類語・対義語など辞書的な意味しかなかった言葉に新しい意味が付与されていきます。
「リンゴ」が「ほっぺ」になるわけです。どちらもほんのり赤くて丸っこくてみずみずしい。甘くてシャリシャリしたフレッシュ感のあるフルーツのイメージから、若さや恋の象徴としても感じられる。
「ほっぺにふたつのリンゴ」が「若い子が照れている」のような意味の暗喩として機能するのは、誰しも無意識に言葉の意味の分解とその再構築を行っているからです。人間が持つ結構スゴイ能力です。動物ならリンゴはエサにしかならない。

あとキリスト教圏の人だと1個のリンゴから「禁断の果実」「知恵の実」「堕落」「性欲」「原罪」とかを連想するかもしれません。聖書に出てくるエデンの園、アダムとイヴの話ですね。またフランス人なら「ジャガイモ」を連想するかも。フランス語でジャガイモは「pomme de terre(ポム・ドゥ・テール)」。直訳で「土のリンゴ」です。ジャガイモと言えばインカ帝国からヨーロッパに伝わる時に、芽にソラニンという毒があったり種芋から増殖することから「悪魔の実」と呼ばれたり……「悪魔の実」と言えば『ワンピース』の……『ソラニン』といえば浅野いにおさんの漫画で……はい、終わらない(笑)。雑学人間のさがです。でもこうやって語彙は増えていきます。
言語体系や知識体系が違うと分解再構築の仕方も変わると知っておくとさらに表現の幅が広がります。

同じ文化圏のみだったり人類全般に共通していたりの差異はあれど、言葉の分解・再構築の仕方はある程度お決まりパターンがあります。
それがことわざや慣用句、四字熟語だったりするわけですが、何もそれらを直接たくさん知っていたり強引に歌詞に引用したりする必要はないです。
むしろ堅苦しく難解な歌詞にもなり得ます。
それはそれで面白いし分析や深読みのやりがいがあって素敵なのですが、かならずしも「上手い」「刺さる」とは限りません。

案外平易な誰でも知っている言葉であっても、その言葉を大切にし、その人なりの意味を与えてあげるられること、それこそがその人のオリジナリティーであると思います。

結び

さて、前回の予告で言葉集め、言葉遊び、替え歌など取り上げてみると言いましたが、替え歌はやめときます。
記事が長くなりましたし著作権とかもあるので。
たまにTwitterで呟いてるくらいがちょうどいい。

今回の記事のような言葉の音や意味に迫った解説はあまり目にしないか、あってもかなり専門的だったりで取っ付きにくいかもしれません。
私も作詞の先生でもなければプロに添削を受けたりしてきたわけではないので、まだまだ試行錯誤しながら自分の表現方法を探っているところです。この道のりはたぶん終わることはない。
たまにプロに添削を受けて「元の歌詞がこうなりました!」といったツイート等を見たりするのですが、あれ?元のほうが良かったんじゃ……と思うことがあります。プロがダメということではなく、元々その人が持っていたオリジナリティーや、つたない不器用さこそが味があって良かったのに、みたいに感じることもあります。
私の感覚がおかしいのかもしれませんし、感じ方や捉え方は人それぞれの部分が必ずありますので「正しい/間違っている」で判断することができないところでもあります。
なので「正しい/間違っている」よりも「刺さる」「心が揺さぶられる」のほうが、私としては良い歌詞の判断基準なんじゃないかなと思っています。
作曲で言えば「ド・ミ・ソ」のCメジャーコードが理論や技術的にも正しく美しく聴こえることは間違いないけれど、そればかりでは退屈に感じるような。かといって飛び道具のエモいコードばかりでは全体がぼんやりしてしまう。

使い慣れたふつ~の言葉であっても、歌詞の流れの中で突然輝き出すときもある。
30曲目『さよならアドレセンス』で、
「キラキラしたあなたがキライだったわ」
の一文が刺さった!というコメントをいただきました。なんら難しい言葉は使っていません。
でも自分でも自身に刺さる好きな歌詞です。思い付いたとき……本当に自然な流れで出てきたのですが……「あ、決まったな。」みたいな感覚がありました。
「嫌い」などという直接的でネガティブな単語はあまり歌詞向きではない言葉のはずなんですが、歌詞全体の流れの中で、そして曲のメロディーやコード進行と合致した瞬間、突然輝き始めた気がします。これだから歌モノ曲はやめられない!

理論的・技術的な上手い下手は確かにあると思いますし、私も実験的に単語を羅列した量産型の曲を作ったりしますが、何より「自分自身に刺さる」歌詞のほうが結局のところ「好き」です。そしてその「好き」に共感してくれる人の存在はとても励みになります。
まずは「好き」を追求してみること。それが、私がDTMを始めて去年までの約1年半ちょっとでやっと辿り着けた「ありきたり」な答えです。

あとおまけで、『貉-musena-』の用語解説をのせときます。なんだかんだこういうのも好きなんですよね(笑)

次回予告

次回は今回と逆から攻めてみます。
一見、音ばかりで意味が無かったり薄かったりする言葉たちが、実は歌モノ曲だからこそ活きてくるというお話です。
紙や画面の上に丁寧に書かれた歌詞だけが歌詞じゃない、歌詞にならないところにこそ人間の感情が表出しているんだ、という「歌」ってなんぞやみたいな話になるかと思います。
作詞専門の方には暴挙と思われるかも(汗)
でもこのnoteの目指すところは歌モノ曲を作ることです。静止した「文字」はまだ「歌詞」とは呼べない。

さて、それでは次回も気愛(GACKTさんか?笑)を込めていきましょう!
Thank you for reading!

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