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無料から始める歌モノDTM(第18回)【分析編②『ねぇ、』】

はじめに

はじめましての方ははじめまして。ご存知の方はいらっしゃいませ。
ノートPCとフリー(無料)ツールで歌モノDTM曲を制作しております、

金田ひとみ

と申します。

今回は前回までの【作詞編】の続きも兼ねた【分析編】です。
【分析編】としては【作曲編】でやった『"Allegretta"アレグレッタ』に続く第2回目です。

一応【作詞編】を受けてのことですので、今までの【作詞編】の内容を見直したい方は以下記事をご参考ください。

それと【作詞編】①と②の間に【雑記編】として、コラボ作品の解説でも作詞について少し触れていますので、よかったらご覧ください。

相変わらず毎回長くて自分でも読み直したくないくらい(笑)

それでは今回は前置き無くさっさと始めます。歌詞の内容うんぬんより導入部自体長くなりそうなので。
どういった流れで作詞しているか感じていただければ幸いです。

自作品を分析してみる

まずは聞いて歌詞を読んでいただくのが手っ取り早いので、作品のリンクと全歌詞を掲載します。バラードなのでやや長いです。

『ねぇ、』
 
「ねぇ、」
次の言葉に詰まって 引き止めるふりをしただけ
そんなふうに見えたかな?
ねぇ、
何気ないその仕草に 都合のいい解釈をして
困らせていいのかな?
繰り返す日々の中で 失うものがあるのなら
それ以上に大切なものを
つかまなくちゃ つかんでいなくちゃ!
涙の理由(わけ)を聞かないで 言葉にすれば消えちゃいそうで
綺麗なものだけ選んで 見て見ぬふりしたこんな私が
いま、恋をしているの。
 
ねぇ、
いつから始まっていたの? 心に問いかけてみても
教えてはくれないね
徒に過ぎて行った 一度きりの「ありきたり」を
これからは「ぜんぶありがとう」って
伝えなくちゃ 伝えていかなくちゃ!
涙の理由(わけ)を聞かないで 呼びかけるだけで精一杯なんだ
器用な物言いばかりで 逃げ続けてたこんな私が
いま、恋をしているの。
 
涙の理由(わけ)が何だって きっとあなたは笑ってくれる
不器用な声が震えて 素直になれないこんな私を

涙の理由(わけ)を聞かないで 言葉にすれば消えちゃいそうで
綺麗なものだけ選んで 見て見ぬふりしたこんな私が
いま、恋をしているの。
ねぇ、恋をしているの。

制作前夜

聞いていただくとわかると思いますが、もしも【作曲編】で取り上げるとしたらちょっとレベル高めです。(ちょっとか?改めて調べたら上級者向けコード進行とか書いてあって戦慄。)
借用和音(別のキーのコードを一時的に使うテク)、連続半音下がり、Bメロ後半からサビへのメジャー→マイナー転調、そこからまた2番Aメロへの再転調など、弾き語りするだけでも少々難しいと思います。

私の曲は結構こんな感じで変則的なコード進行が多いので、今後もコード進行のみを取り上げることはあまり無いかも。
転調のやり方などのテクニック解説は探せばいくらでも出てきますが、そもそも転調が必要な曲をコンセプトレベルからイメージできるようになってからでないと、意味の無いむやみなテクニックの羅列になるのでオススメしません。
私はどこで学んだかというと、それだけ意識的にさまざまなジャンルを聞いたり耳コピしたり弾き語りをやってきたりしたからだと思います。量と質です。

何度かお話してきましたが、私は基本的に曲先でさらにリズムやベース優先なので、コード進行から作ることは比較的少ないです。
ただこの曲では珍しくコード進行から作っています。
と言っても、イントロの「ジャッジャージャーン|チャラララチャララ」(変な擬音)、[Fm Gm A♭|B♭sus4 B♭]。
制作時の始まりはたったこれだけです。
(解釈によっては[Fm7 Gm7 AM7♭|B♭7sus4 B7♭]とかも有り。ギターやピアノ一本での弾き語りならこっちのほうがエモいかも。)
次のパートに移る直前やパートの終わりでよく使われる定番のコード進行のひとつ、
Ⅱm→Ⅲm→Ⅳ→Ⅴ
の前3つを素早くリズミカルに駆け上がる進行です。

で、最初はこれをイントロにして、めろうさんにクリスマス用バラードを歌ってもらうつもりだったのですが、その時点ではいまいちピンと来ず一旦保留にしておきました。
結局クリスマス用は逆に下がるコード進行[C#m B |A ・B](Ⅵm→Ⅴ→Ⅳ・Ⅴ)をイントロにして、[〇M7](メジャーセブンス)を多用したエモめのハードロック調で制作しました。
こっちはナクモくんとのデュエットのほうが面白いかもしれないと急遽予定変更したものです。

9曲目『Magic-Go-Round』(ナクモ&めろう)
曲調は違いますが、この曲もサビの前半後半を繋ぐ部分で連続半音下がりがあったりと作曲コンセプト自体は似たものを使っています。

その後、改めてめろうさんに歌ってもらおうと制作し始めたのですが、どうもしっくり来るメロディーもコード進行も歌詞も出て来ない。
そりゃ『Magic-Go-Round』でやりたいことのいくつかをすでにやってしまったので、また脳内ネタが蓄積するまではちょっと取り掛かりにくい感じでした。この時点では「素直になれない恋心」的な、ありきたりで未だコンセプトにすらならないぼんやりしたテーマしかありませんでした。

短所を長所に変えたコンセプト

一方でその頃、それまでNEUTRINOオリジナルシンガー、Merrow/めろうNakumo/ナクモNo.7/SEVEN/セブンの3人の内、セブンちゃんだけは一度しかソロで歌わせたことが無く、どうしたものかとは常々考えていました。
『Magic~』の次作品『あの頃君と見てた夢は』でコーラスで参加させただけです。
セブンちゃんソロ1曲目の『re-style』は彼女の声やキャラクターイメージからアニソン風で作ったので特に違和感はなかったのですが、かなり癖やパンチの強い声質や歌い方でなかなか使いどころに困っていました。『あの頃~』でもハモ担当なのに前面に出てきたり。

彼女の声質や歌い方は癖がかなり強く、アップテンポなアニソン、特にSF系・アクション系・アイドル系のOP曲などは好相性だと思うのですがそれ以外はちょっと扱いにくい。
例えば、
ロングトーンで「てー」と伸ばす時に「てぇ⤴」のようにかなり下から入る
[k][t][ch]など硬い発音(破裂音。舌の動きなどで肺からの気流を閉鎖して一旦せき止め、一気に開放する発音)でダイナミクス(音量)自体が急に大きくなる
1秒も無いわずかな長音でも何かのきっかけでビブラートが掛かって震え声のようになる、
歌詞の終わりで5〜6半音分くらい上までは余裕でシャクる
……などなど。
シャクリに関しては東北きりたんも強いほうなのですが、それを軽く越えて、それこそ音を外したんじゃないかというくらい癖が強い。
(のちにセブンちゃんのこういった癖は高音域ほど強く出る傾向があることがわかってきたので、以降はピッチガチャ等を駆使してある程度自在に調声できるようにはなりました。)

そんな中で、めろうさん予定で制作が進まないまま、とりあえずわずかばかり作っておいたAメロで一応音域テストだけはやっておこうといつものように仮歌を歌わせてみたところ、やっぱりいまひとつピンとこない。
これは珍しく完全にお蔵入りかな~と思いつつ、なんとなく気まぐれでセブンちゃんに歌わせてみたところ……、

コ、コレは⁉
私が求めていた、切なくもパンチのある歌い方じゃないか!

かなり衝撃を受けました。
なにせ公式サイトには最速BPM180でロックやポップスが得意と書いてますし、叙情的なバラードを歌えるなんて考えたことすらなかったからです。
Aメロの歌い出しは「There~」(ゼァ、そこに)や「Say」(セィ、言う)のように「え」の母音を伸ばす言葉がなんとなくいいんじゃないかなぁと思っていたのがドンピシャ!
まるでセブンちゃんが
「ねぇ、」
と語りかけてくるように感じました。
セブンちゃんのロングトーンで下から入る癖がむしろ効果的。
はい、決まり。
それまでコンセプト練りの段階で雑多に集めていた言葉や参考曲、書きかけの歌詞を一旦すべて破棄して、ほぼゼロから作り直すことにしました。

素直になれない恋心
というぼんやりしていたテーマ、
ねぇ、
と語りかけて想い人を引き止める不器用な女の子のイメージ、
そして
綺麗なものだけ選んで」いた
……つまり、めろうさんというシンガーに囚われていた自分自身というものが一気にリンクしたような気がしました。

他には、「消えちゃいそうで」などの破裂音も“らしさ”があってイイ感じ。めろうさんなら歌詞自体「消えてしまいそうで」で作っていたと思います。「ちゃ」が強く出るのが逆にハマります。
不器用な声が震えて」も最初は「不器用な指が震えて」でした。声が震えて細かいビブラートの掛かりやすいセブンちゃんの歌い方から着想を得ています。
歌詞の区切りごとに入るシャクリによって息苦しく音を外すこと自体が、切なくも強い意思を感じさせるようで、情景がありありと浮かぶ歌い方になりました。めろうさんだと揃い過ぎて、平坦でただただ気だるい歌い方にもなり得たかもしれない。

短所が長所になる。このnoteのテーマにしている「真価を見極め発揮する」ということに気づき始めたのがこの曲からです。
そこからは早かった。
コンセプトがカチッと決まると、ホントにスルスルっと歌詞もメロディーも、そしてアレンジも含めた最終イメージも決まってくるものです。

のちに「メロディーがキャッチー」というコメントもいただきましたが、コンセプト段階から「不器用ながらも相手を掴まえようと呼び掛ける」ような要素が含まれているので自然とそのように聞こえるのかもしれません。
もしかしたら、メロディーのみ、歌詞のみだとそこまで感じないかも。

かなり初期の記事【コンセプト編】でいくつか例に出した考え方の中に、
声先
キャラクター先

がありましたが、この曲ではそれらも土台にしているということですね。

結局いくらオサレなコード進行やメロディーを思い付いたり真似たりしても、コンセプトがぼんやりだと何も進まないという実例だと思います。

構成

コンセプトが決まったらさっそく作詞……
ではなく構成です。
メロディーが少々あるからと言っていきなり歌詞の頭から作詞に取り掛かると、大抵途中で辻褄が合わなくなります。
歌いたい(歌わせたい)内容や使いたい言葉をついつい優先してしまいがちだからです。
1番に詰め込み過ぎると2番以降がありきたりで薄っぺらい歌詞になったり、意図的でない印象に残らないサビを繰り返すはめになり得ます。
文字で書いたり読んだりすると、メロディーに乗せて歌われる歌詞との大きな違いの1つがこの全体の構成です。
印象的な言葉やうまい言い回し、山場や感情表現を必要な箇所に効果的に配置するためには、どこにその言葉をもってくるか、どこで韻を踏むか、どこで繰り返すかなどの指針があったほうが良いです。

『ねぇ、』は一般的なポップスバラードを踏襲した馴染みのあるABサビ構成です。
細かく見ていくと以下の流れになります。
括弧内は音数(モーラ数)です。音数で太字にしているところは後ほど解説。

イントロ
1番Aメロ12,11,12,11)
1番Aメロ2
2,11,13,10)
1番Bメロ
(11,12,14,14)
1番サビ
(12,14,12,15)
サビ終わり①
2+8=10)
間奏
2番Aメロ2,12,12,10)
2番Bメロ
(11,12,15,14)
2番サビ
(12,17,12,15)
サビ終わり①
2+8=10)
ギターソロ
落ちサビ(12,14,12,15)
1番サビ
(12,14,14,15)
サビ終わり①
2+8=10)
イントロ
サビ終わり②2+8=10)
アウトロ

詩と歌詞の違いが分かるでしょうか?
3点ほどポイントがあります。

まず1点目。
各行を基本8小節で揃えて表記しました。(楽器だけのイントロや間奏は2小節や4小節もあります。)
当然ですが、歌詞の区切りの音数をある程度揃えてあります。12~13音前後です。(実際は小節を跨いで歌詞が入っていますのでぴったり小節ごとの区切りではありませんが、数えやすいよう4つずつにしています。)
このように揃えているので意味の無い早口やスキャット・長音化もありません。
極端に字足らずなのは「ねぇ、」に当たる2音の部分。これはもちろんコンセプトを体現するタイトルキーワードですのでたっぷり長さを取っています。
逆に字余りにしているのは2番サビ「呼びかけるだけで精一杯なんだ」の17音。微妙に早口にさせることで精一杯な感じを表現しています。
スキャット・長音化は落ちサビ最後の「こんな私Oh)」だけ。ラストの山場に繋ぐための表現です。
詞先/曲先どちらで作詞するにしても音数はある程度揃えるのが基本です。
そして揃えていない箇所はその理由が上記のようにちゃんとあります。

2点目。
繰り返しについてです。
落ちサビのあと、1番サビに戻って繰り返しています。
歌詞は繰り返しによってより印象付けることもできますので、1番のモチーフをそのまま最後に持ってきています。考えるのが面倒だったからではありません。戻ることで印象を残しつつ安心感・安定感を与えられます。
サビ終わりに分割している「いま、恋をしているの」も同様です。サビごとに繰り返して、最後の最後は「ねぇ、恋をしているの」とタイトル&キーワードに戻る構成になっています。
(一応心理学的な説明ができるとするなら、最初に与えられた情報に引っ張られるアンカリング効果、最後に与えられた情報が記憶に残る新近効果の2つを使っています。基本的には感覚派なのでそこまで考えているわけではありませんが。)
1番サビはもっとも印象的な一文「涙の理由を聞かないで 言葉にすれば消えちゃいそうで」。
いわゆる言葉にならない系の歌詞です。制作前夜で苦戦していたコンセプトが生まれるまでの経緯をラブソングの歌詞として生まれ変わらせています。
涙の理由は聞かないで」はすべてのサビでそのモチーフを繰り返していますが、ボーカルメインの落ちサビでのみ「涙の理由が何だって きっとあなたは笑ってくれる」に変えて、同じモチーフを使いつつも情景が変化しています。
私の「」とあなたの「笑って」の対比、2番サビ「器用な物言いばかりで」と「不器用な指が震えて」も対比させています。
単純な繰り返しではなく歌詞全体として対比させながら変化させています。
そしてそのこと自体を1番Bメロの歌詞に入れています。
繰り返す日々の中で失うものがあるのなら それ以上に大切なものをつかまなくちゃ つかんでいなくちゃ!」

構成段階でこういった指針が無いと、1番だけで完結してしまい最悪そのあたりで視聴を切られるかもしれません。モチーフを繰り返すのかすべて使い切り歌詞でいくのかを先に決めています。
作曲においてもそうですが、規則性逸脱性のバランスが大切だと思います。
近年流行りの、1番だけに詰め込んだり全部サビのような曲を作ったりもできますが、私の作詞作曲法的にはモヤっとする。出来るけれどやらない、のとそもそも出来ない、のは違います。このへんはその人その曲によって違いますのでこれが正しい!というものはないでしょうが、意図的に取り組めないと長く続けていくことはできないと思います。

最後3点目。
Aメロ、Bメロ、サビといったパートごとにシーンを書き分けています。
Aメロは自己疑問文です。
「ねぇ、」とあなたに語りかける疑問のようでもありますが、実際はそれ以外言葉にできていない状況ですね。「言葉にすれば消えちゃいそうで」のサビへの伏線をこの時点ですでに張っています。

Bメロはそれまでの過去と現在の状況、そしてそこから変化しようとしている意思です。
1番Bメロでは2点目に書いた通り「繰り返し」をテーマにしていますが、2番Bメロでは「一度きりのありきたり」、つまり今まで1曲しかソロ曲を作っていなかったセブンちゃんのキャラクターと重ねています。それもいかにもなアニソン風で「ありきたり」だったと言えます。その「ありきたり」を「ありがとう」に変えていく意思を乗せています。対比による言葉遊びです。

サビはそんな自分がなぜ変わったのかというAメロBメロに対する答え/応えです。「恋をしているの」の一文で締めています。ラブソングの歌詞でもあり、自分自身あるいはセブンちゃんへの応答でもあります。

そして落ちサビだけは今までのパートとも違う。
それは「きっとあなたは笑ってくれる」という期待ですね。
これが無いと未来を予感させるラブソングになりません。

この曲では疑問→意思→応答という流れを構成段階で決めているので、どのパートにどの言葉や文体をもってくるかも迷う事がありませんでした。分かりやすく口語にするなら「〇〇なのかな?→でも〇〇したい!→だって〇〇だから」という自然な流れです。そして山場であるギターソロ後で期待→応答に繋がっています。
私は感覚派ではありますが、ただ闇雲に感覚で作詞しているのではなく、以上のような構成の練り込みがあってそこに自分の考えや言葉を乗せていくというスタイルです。短期間で違うジャンルや曲風で制作できるのは、構成によるところが大きいです。
【作曲編】でも述べましたが、構成は特別な才能的なものなど無くてもテクニックでカバーできます。定番コード進行みたいなもんです。
この曲で言えば疑問→意思→応答の順番を入れ変えたり、どれかだけが連続するとおかしなことになるのは目に見えています。
ただそこに乗せる想いや考えはその個々人、その時々のもの。定番はありませんのでその分コンセプトに時間を掛けているということです。

歌詞内容

もうここまででほとんどの分析は終わっていると言って良いかと思います。
あとはピッタリの言葉や言い回しを探して当てはめていく、ある意味「作業」。
コンセプトがしっかりしていれば使うべき言葉は限られてきます。思い付かなければイメージの近い参考曲から少し拝借したり、以前紹介した類語や反対語の連想を試したりといった、これまたテクニック的なことに近いです。
実際『ねぇ、』では、上手い言い回し、慣用句、四字熟語、特別印象的な単語なんかは特にありません。

ただ特徴はあります。
それは若い女の子っぽい語尾ですね。
「〇〇かな?」「〇〇の?(なの?)/〇〇の(なの)」「〇〇なくちゃ」「〇〇しちゃいそう」などです。
現実の女の子がこんなしゃべり方をするかというとそんなことはなくて、これは役割語と呼ばれるフィクションでよく登場する表現です。

最近流行りのお嬢様言葉「〇〇ですわ」「〇〇ですの」や博士言葉「〇〇なんじゃ」「〇〇じゃよ」のように、キャラクター付けをする際に小説やマンガで頻繁に登場します。台詞や声だけでもそのキャラクターが想像しやすく描き分けしやすいからです。
こういった特殊な語尾だけでなく、普段の会話でも使っている「わたし」「ぼく」「あなた」「きみ」といった主語なんかも役割語としての機能を持ちます。「わたし」「あなた」だと主に女性や年配の方が使うイメージ、「ぼく」「きみ」だと男性や若い子が使うイメージというのがあります。
今作では「私/あなた」を使っていますが、歌詞によっては女性ボーカルであっても「ぼく/きみ」を使っているものもあります。その場合、男性限定ではなく若い世代を広くイメージしたものです。
このあたりもコンセプトに沿った一貫性が欲しいところです。

さて、歌詞内容的におそらく一番印象深い一文は「涙の理由(わけ)を聞かないで」なんじゃないかと思います。
特別な言葉ではないです。「理由」を「わけ」と読ませているくらいですかね。それほど深い意味はありません。
「宇宙」を「コスモ」と読む、「地球」を「ほし」と読むみたいなひねりのあるルビではないです。普通に話し言葉の延長。
なので文字だけで読むと実はそれほど印象に残らないのではないかと思います。
この一文が印象的に感じられるのはこれが歌モノ曲だからこそです。

まず各サビの頭で繰り返されていること。
それから一気にメロディー高音に駆け上がって「なみだのー」と伸ばしていること。
そしてその後に続く「理由を聞かないで/言葉にすれば/消えちゃいそうで」を同じようなリズムで(正確には同等の音価、つまり音符の長さと組み合わせで)逆に低音に下がって落ち着いて行くこと。
要はメロディーとして印象に残りやすい3要素、高音・ロングトーン・リフレインを使っています。またリフレインは全体で見たときの各サビ毎、サビの前半後半の行毎、各一文ごとの部分毎とで3重構造になっています。
そこにさらにコード進行(つまりハーモニー)でメジャー→マイナーへの転調の要素、そしてサビで大きく動くベースアレンジ要素などが加わります。
アレンジは曲が進むにつれより強くなります。それがギターソロからの落ちサビでリセットされ、ラストサビを対比でさらに盛り上げています。
アレンジはまだそれほど触れていませんが、私が今までの記事で書いてきた作曲技法の総力戦になっていることが分かると思います。

ではメロディーなど曲の要素だけが印象に残る理由を決定付けているかというと、実は歌詞そのものに印象に残る理由があります。
「涙の理由を聞かないで」
人が泣くときってどんな場面でしょう?
悲しい場面だけではないですよね。怒ったとき、うれしいとき、感動したとき、緊張したとき、どこかが痛いとき、苦しいとき……。
前回の宇多田ヒカルさん『First Love』のビブラートの分析で、声が震えるときはどんな場面かというお話をしましたがそれと同じです。
人が泣くときというのは主観的な感情が溢れる場面です。
理由は上記のように色々あると思います。ただどれも突き詰めると「言葉にならないとき」に人は泣いたり声が震えたりすると思います。
このサビが印象に残りやすいのは「涙の理由を聞かないで 言葉にすれば消えちゃいそうで」がそのまま万人に当てはまるからではないかと思います。この作品では素直になれない恋心の苦しさや、何気ない相手の仕草への期待、自分の涙の理由が何であっても笑ってくれるであろう希望に対するうれしさなんかもあると思いますが、それですべて解釈できるものでもないと思っています。
実際作詞をやった私が泣いているわけではありませんし。

ただ、音域テストでセブンちゃんに歌わせたときの衝撃!
これは感涙ものだったことは間違いないです。

まとめ

今回は【作詞編】に対する【分析編】ですが、歌詞そのものの解説より考え方の解説になったかと思います。(予定通り。)
また今までの【コンセプト編】【作曲編】【作詞編】でやってきたことの具体例として今回の分析は役に立つのではないかと思います。
このやり方は自己分析だけでなく、ヒットソングの分析にも役立ちますし、それを元に自作品にフィードバックすることもできます。
なぜ自作品で分析をやっているかというと、まぁ著作権的に人さまの曲ではあまり堂々とできないというだけです。歌詞をそのまま載せたりは基本的にNGですもんね。

作詞作曲に行き詰ったら、自分が作ってみたいと思うタイプの参考曲の分析をしてみることをオススメします。
よく「まずはコピーから!」とは言われますが、コピーするにしてもこういった分析をしながらコピーしないとただの表面的な真似事で終わってしまいますし、オリジナルを生み出すには至らないのではないかと思います。
ヒットソング作詞作曲者の想いや考えの部分を言葉と音からだけで読み解くのはなかなか骨の要ることになりますが、その言葉と音に必ずヒントが隠れています。
最初は思い込みでも構いません。
他の解釈はないだろうか?だったらなぜこの構成なのだろうか?なぜこの言葉を選んだのだろうか?といった疑問を常に持ってコピーなり参考なりを繰り返すうちに、それを自分のものとして自在に扱えるようになると思います。

結び

私はこうやってnoteを書いたり色々理論や先行研究を調べたりと結構分析的なことをやっていますが、実際作詞作曲するときは基本的に感覚派です。
音楽は感覚的な芸術やエンターテインメントですので、あまりに理論が先走ると退屈なものにもなりかねません。
規則的に作り過ぎてはオリジナリティーがありませんし、かといって特殊テクニックの羅列ばかりで定番から逸脱し過ぎても受け入れらないか、長くは続けられません。

この記事を書きながら、ふとマラソン選手の円谷幸吉さんのことを思い出しました。
ちょっと悲しいお話ですがお付き合いください。

円谷幸吉さんは戦後の東京オリンピックでマラソン3位入賞を果たし、現在に続く日本のマラソン界を大きく発展させた方の一人です。
そして自殺で亡くなった方です。
詳しくの解説はWikipediaにゆずりますが、当時はまだスポーツ選手のメンタルケアなど考えられていた時代ではなく、今ほど科学的なトレーニングも行われていなかったのではないかと思います。
円谷さんの自殺はマラソン界だけでなく一般社会にまで影響を与え、現在のような心身両面から指導アプローチの流れを生み出すきっかけになったと言われています。
またその遺書は川端康成、三島由紀夫、寺山修司など当時の文筆界の著名人にも影響を与えました。

父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました
敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました
勝美兄姉上様 ブドウ酒 リンゴ美味しうございました
巌兄姉上様 しそめし 南ばんづけ美味しうございました
喜久造兄姉上様 ブドウ液 養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました
幸造兄姉上様 往復車に便乗さして戴き有難とうございました。モンゴいか美味しうございました
正男兄姉上様お気を煩わして大変申し訳ありませんでした
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、
良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、
光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、
幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、
立派な人になってください
父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません
何卒 お許し下さい
気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません
幸吉は父母上様の側で暮しとうございました

https://tsuburayakokichi.jimdofree.com/%E5%86%86%E8%B0%B7%E5%B9%B8%E5%90%89%E3%81%AE%E9%81%BA%E6%9B%B8/

遺書ですので詩でも歌詞でもないのですが、なぜか心に残ります。
繰り返される「美味しうございました」のせいでしょうか。
「もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」と吐露する一文のせいでしょうか。
遺書と知らなければそれほど印象に残らないでしょうか。
わかりません。
ただ、そこに心の声のようなものを感じます。

ひとりでやる作詞作曲は時にマラソンのような感覚があります。
ひたすら孤独でゴールは果てしなく遠く思える時もある。
ゴールしたとてDTM・ボカロ・音楽界隈では順位を競うような場面もある。
それが良いか悪いか、お金になるかどうか、誰かの心に残るか忘れ去られていくか、といったことの判断は人それぞれですので、ここでのコメントは控えます。
でもその長い道を走り抜けて、また次の道を走り始めるためのアイデアや手法、いわば心身両面からのアプローチを私の自己分析を通じて少しでも感じていただければなと思います。

次回予告

次回からは以前からやるやると言って先延ばしにしてきた【調声編】をぼちぼち始めたいと思います。
ただ散発的な内容にもなるかもしれないので、ちょっと構成は考え中です。
私もまだ勉強中・研究中ですので。
それと、どうしてもAIシンガーNEUTRINOを用いたものになりますので、他の人気AIシンガーシリーズやボーカロイドとは操作系やらなんやらが結構違うかもしれません。
出来る限り一般的に応用が利きそうな範囲で、具体的な音価や波形などが見える形での執筆を心掛けたいとは思いますが、操作不可な部分やNEUTRINO特有の傾向などはご了承ください。

またある程度【調声編】も進めつつ、再度【作曲編】【作詞編】のもっと突っ込んだところに戻って来たりするかも。
たぶん【アレンジ編】や【ミックス・マスタリング編】【動画編】はそんなにやらないかな。私はエンジニアリング的なことはあんまり向いてないと思います。
なんとなーく感じていて、いつか記事にしたいと思っているのですが、
アーティスト/クリエーター/エンジニアは被っていつつもちょっと違っていて、さらにプレイヤー/マーケター/サイエンティストなんかもまた違うなどとも考えております。分類する意味があるのかすらもまだ考え中。
向き不向きはありますが、プロデューサー(ボカロP)はそれらすべてに少しずつでも触れていないといけないのが大変なところ!
まあマラソンのようにじわじわ進めて参ります。

それではまた次回!
Thank you for reading!


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