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意識高い系言い訳マンだった昔の自分にヤメロと言いたい

昔から、言い訳が得意だ。

言い訳を生業にして生きてきた、と言ってもいい。

子ども時代の言い訳は、いたってシンプル。

「だってお母さんがダメって言うから」「どうせ言ってもわかってくれないから」

何でも親のせいにすれば、動かない理由ができた。

「うちの親、うるさいから」

そう言えば友達にも格好がつく。まわりもみんな、親に面と向かってたてつく勇気がない「良い子」ばかりだったから。

大人になると、さすがに何でも親のせい、はダサい。

言い訳はどんどん、自分ではどうにも出来なさそうな、大きな力へと向いていく。

「社会が悪い」
「日本の教育がさ」
「上司がわかってなくて」etc etc....

あ、男女関係の揉め事は、もちろん全部相手のせいでした。

「浮気するなんて最低」
「嘘ついたそっちが悪い」
「私は騙された、かわいそう」

ハイ、ダサい。
でも、ダサい自分に気づいていながらも、「私じゃなくて周りが悪い」と言い訳するのは、楽でした。

だって変わらなくていいから。変化を求めて、失敗したらそれこそダサい。

動かなければ、こうなった状況はまわりのせいでしょ?
私のせいじゃなくない?

そう思いながら、何か大きな力が自分を変えてくれるのをひたすら待って、自己啓発本を読み漁る。

何か始める前には考えて考えて、なるべくリスクは取らないで。

だんだん、言い訳の内容も「自分をダサく見せない方向」にシフトしていく。

「ワーホリ行きたいと思ってたけど、1年経ったら帰らなきゃいけないのがね...そのためにお金貯めるのもさぁ。行くならもっと、がっつり留学とかしないと意味なくない?」

「留学したいけど、ワープアのフリーターだからお金なんか貯まらないわ。ほんと日本は遅れてる。大学卒業して、まだ親に頼るっていうのもね、、ムリムリ」

「国際協力したいけど、JICAの青年海外協力隊って、派遣先によってはやりたいことができないって言うやん?向こうの生活が保証されてないと動けないってのもねぇ......」

この時の私は知らなかったが、大学の演劇科で一緒だった同級生たちは、さっさと親にお金を借りて留学していた。

親に頭を下げるほども、奨学金制度を探すほども、本気でなかったのは私。

何年も考えすぎた上で申し込んだ青年海外協力隊は、直後に起こった震災で募集が中止となった。そのあとまた再開したけれど、なんだか意欲が削がれてやめてしまった。

やっと本腰入れて調べたワーホリは、行きたい国の年齢制限をとうに過ぎていた。

あの頃の私に、全力で言いたい。

意識高い系の皮をかぶった言い訳を、今すぐヤメロ。
何でもいいから、やりたいことがあるなら、すぐ調べろ。申し込め。

もっと大人になると、若い頃の苦労も思い出もすべてあま苦く、「色々あったけど、今の自分でよかった」と思わずにはいられなくなる。

だって、ほかの人生を知らないんだもの。

あと、意識高い系言い訳仲間と「あれもムリ」「これもムリ、社会が悪い」とか言ってると、

やりたいことが何もできないまま年を取り、そのうえ本当に社会に声を上げなきゃ行けないときにビビって何も言えない、クソダサい人間になるぞ。

人生の大半を言い訳で逃げてきた私には、もちろん今も、すぐ言い訳を考えるクセがある。
ただ、クセや習慣は変えることができますって、昔読んだ意識高い本に書いてた。

言い訳をやめると同時に、何の理由もないのにチャレンジしない自分を、継続できない自分を責めるのもやめた。

誰もあなたの言い訳なんて聞いてないし、責めてないし......、それに、変化は怖いことではなかったよ。

そう思えるようになったのも、最近のこと。
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「変わり続ける人生をどう生きるか」2018年、キューバで聞いた

言い訳マンの自分、とくに意識高いわけではなかった自分を認めてしまえば、毎日が生きやすくなった。

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