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いつか、思い出を思い出さなくなっても

高校卒業まで住んでいた静岡市に、熱愛していた文具店が2つありました。

1つは、「新静岡センター」という名のバスのターミナルビルの、4階か5階にあった雑貨店のような文具店のような広いスペースのお店。中学時代の私は、週2~3回、学校帰りにそのお店をうろうろして、文具や雑貨を手にとっては、これが家にあったらどんなに日々が潤うだろうと、妄想をふくらませていました。

その後、いつの間にか別の店になり、数年前にはビルも取り壊されて、今は、新しいショッピングモールになっています。かっこいい先輩を尾行したことも、妄想をふくらませきったあと、エスカレーターで降りた下の階で法多山の厄除け団子を買って帰ったことも、記憶の中だけのもの。お店の名前も覚えていないし……あのお店は本当にあったのか、いろいろ断片的に残っている記憶が本当のことだったのか、たしかめる術もありません。

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もう1つの文具店は、通っていた小学校の前の大通りをまっすぐ行った区画整理の記念碑の五差路のところにある「文具館コバヤシ」。こちらは、健在です。そして、先日、静岡に帰った際に寄ってみました。多分、10年ぶりくらいに、です。

一歩店内に足を踏み入れると、ふわ~っと独特な香り。すっかり忘れていたけれど、その香りがしたとたん、ああ、あの頃とまったく同じだ、と。その衝撃のままに店内の品を見ていると、あの頃、全身でわくわくしていた感じが一気にやってきました。

このお店、たしか最初はワタナベという名前の文具店だったと思うのですが、いつからかコバヤシになっていて、それでも、その基本的なレイアウトや品ぞろえは変わらず、それがとてもいい具合だなあと感じていました。

店内に入ると手前半分には、ファンシー系のメモ帳やノート類、楽しい雑貨などが、奥半分は硬派な文房具が、とくに派手なポップなどもないままにたくさん並んでいます。

手前のファンシーグッズは小中学生女子にはたまらないラインナップ。私も当時は何時間も、本当に何時間もいろいろな品を眺めていました。

奥の文具コーナーは硬派な印象で、当時はあまり必要を感じなかったのですが、大人になった今見てみると、派手さはなく商品数も多いのに、店員さんの意識が行き届いていて、文具自体から「いつお呼びがかかってもオッケー」的な静かな意気込みが感じられる佇まい。ただものではない感じでした。あの頃はこんなことまでわからなかったけれど、でも遠目に見ていたこのコーナーの雰囲気に、なんというか、一種の頼もしさのようなものを感じていたように思います。

商品への誠実さとか、全体的に丁寧な仕事ぶりとか、あの頃の私は、ファンシーグッズに惹かれるだけでなく、そういうところにも魅力を感じていたのかもしれない、そして、それが今も私のなかで結構大事なものになっているのかも……ふと、そんな考えが頭をよぎったり。

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街を回っても、知らないお店ばかりになってしまった、静岡。もうここは私の街ではないんだなと思うようになって20年くらい経ち、いつの間にか、それを寂しいと思うことすらなくなっていて……そんななかで、忘れていた好きなものを思い出し、それが変わっていなかったことがわかって、なんだかセンチメンタルになっちゃっただけかもしれないのですが、でも、好きなもの、自分にとって大事なものって、結構子どものころから変わっていないのかもしれない、少なくとも私はそうなのかなと思いながら、寝入っている子どもと母親を待たせていた車に戻りました。

あの頃なにかしら感じていたことが、今の私に確かにつながっている。その確かな手ごたえを得た今、新静岡センターにあのお店があったのかどうかという不確かさもまた、今の私になにかつながっているのかもしれないと思えてきます。あったものがなくなってしまっても、不確かなものが不確かなままでも、もう思い出さなかったとしても、たとえ忘れてしまったとしても、私の中には、なにか確かにつながってきたものがある。それならそれでいいのかもしれない。

令和元年の7月下旬、そんな風に思っています。

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