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一つ松の姿

 遠い天平の時代、日本の地に正しい仏教の戒律を伝えるために唐の高僧鑑真は渡海を決意した。嵐や密告などにより5度に渡って挫折したものの、その意志は固く、6度目にして海を渡り鑑真は日本の地を踏む。その時鑑真は両眼を失明していた。

 奈良の都にある唐招提寺は鑑真和上により開かれた律宗の総本山。その御影堂には国宝鑑真和上像が安置され、障壁画は巨匠東山魁夷により10年以上の歳月をかけて製作された。その眼で実際に見ること叶わなかった日本の風景と両眼の奥に思い出される故国中国は揚州の風景が描かれ、和上の御霊が慰められている。

 その障壁画の中で一番私の印象に残るのは宸殿の間にある「濤声」という16枚の襖絵。鑑真がたどり着いた日本の海岸が描かれている。白い波頭に毅然とした黒い岩が対峙し、岩に砕かれた波は次第に優しくなり砂浜に溶けていくようだ。黒い岩の上にはしがみつくように一本の松が描かれている。ただただ風浪に耐える松が。けして堂々とした松ではない、どちらかと言えばか弱々しい頼りないような松だ。

 ちーやんこと中村知先生が好きだと言った「一つ松、幾代か歴ぬる吹く風の 声の清めるは年深みかも」という万葉集にある市原王の歌。市原王やちーやんの思う「一つ松」はどのような松だったのだろう。それを知ることはできないが、私にとって「一つ松」と言えば、東山魁夷によって描かれた黒い岩の上にしがみつく一本の松が思い浮かぶ。一見弱々しく頼りないように見えても、実は計り知れない強さを秘めているように思う。この松には幾代に渡って風浪に耐えてきた強さがある。濤声の奥に潜む松の声が風の中から聴こえる。

 また、鑑真和上像を見て感じるのも計り知れない内に秘めた強さだ。挫折を繰り返しても困難に立ち向かう強さだ。鑑真和上には日本に戒律を伝えるという使命があり、その使命はその強さにより果たされた。

 今、新型コロナウィルス感染症への対応としてスカウト活動にも様々な制約が生じている。本来の方法が難しい中で運動自体も危機的な状況にあると言っても過言ではないだろう。団指導者や隊指導者からも対応への疲労の声が聴こえてくる。そんな中で誰がスカウティングにとっての戒律を担い運動を維持していくのかといえば、それは間違いなくコミッショナーだ。コミッショナーに求められる資質や経験はいろいろあるが、一番大切なのは内に秘めたる強さ、困難にあってもぶれない使命感なのだと思う。活動自粛を呼びかけるだけで、秘めたる強さ、その使命感を周囲に示すことができなければ、本運動の将来に不安を残す。

 鑑真和上の姿、そして一つ松の姿にコミッショナーの在り方が重なる。

令和3年5月5日

 

  



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