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楠木健著「絶対悲観主義」書籍レビュー

 本書は、著者が、”絶対悲観主義を通して物事を考えることの有用性”を語った書籍である。学者が書いたとは思えない、ユーモアとセンスのある文章。その一方で、本質を突いた知見がちりばめられている。読後は、肩の力が抜けて、気軽に前に歩み出せる気持ちになった。

 初めに楠木氏に触れる。楠木氏は、一橋大学ビジネススクールで教鞭をとる傍ら、執筆、著名企業のアドバイザリーボードメンバーを務める、日本を代表する経営学者である。2023年には、大学で要職に就くのを嫌い、定年前に退官。現在は特任教授としての立場で、国内外の研究者、企業幹部を指導している。

 それでは本書の概要を紹介する。

 はじめに、著者は、絶対悲観主義について、こう語る。

 フツーの人にとってベストと思っている仕事の構え、それが「絶対悲観主義」です。「自分の思い通りにうまくいくことなんて、この世の中にはひとつもない」という前提で仕事をする。厳しいようで緩い。緩いようで厳しい。でも、根本においてはわりと緩い哲学です。(中略)
 「うまくやろう」「成功しなければならない」という思い込みがある。だから、ちょっと思い通りにならないだけで、「困難」に直面し「逆境」にある気分になる。「やり抜く力」や「挫折からの回復力」を手に入れなければならないと考える。ずいぶん窮屈な話だと思います。(中略)
 こと仕事に関していえば、そもそも自分の思い通りになることなんてほとんどありません。この身も蓋もない真実を直視してさえおけば、戦争や病気のような余程のことがない限り、困難も逆境もありません。逆境がなければ挫折もない。成功の呪縛から自由になれば、目の前の仕事に気楽に取り組み、淡々とやり続けることが出来ます。GRID(困難に直面してもやり抜く力)無用、レジリエンス不要。これが絶対悲観主義の構えです。

楠木健著「絶対悲観主義」より

 そして、絶対悲観主義の概念を説明する。

 成功しなければならないという呪縛から自分を解放する。厳しい成果基準を自らに課さない。(注略)
 絶対悲観主義を二つの側面から考えてみます。ひとつが「事前の期待」「事後の結果」、もうひとつが「うまくいく」「うまくいかない」です。組み合わせてみると、四つのパターンに分けられます。
①事前にうまくいくと思っていて、やってみたらうまくいった
②事前にうまくいかないとおもって、やってみたらうまくいった
③事前にうまくいくと思っていて、やってみたらうまくいかなかった
④事前にうまくいかないと思っていて、やってみたらうまくいかなかった
理想は②。現実には④が多い。(中略)
うまくいかなないだろうと事前に悲観的に構えておくと、うまくいったときに大変気分がいい。①よりもずっと幸福度が高い。

楠木健著「絶対悲観主義」より

 そして絶対悲観主義の6つの効用を語る。

 第一に、実行が極めてシンプルで簡単だということ。やるべきことは、事前に期待のツマミを思い切り悲観方向に回しておくだけです。うまくいったら、ものすごく嬉しい。大体は失敗するのですが、端からうまくいかないと思っているので、心安らかに敗北を受け止めることができます。
 第二に、仕事への速度が上がります。仕事のスピードが上がるということではなく、仕事に取り掛かるまでのリードタイムが短くなるということです。どうせうまくいかないと思っている絶対悲観主義者はあくまで気楽にとりかかるので、仕事の立ち上がりが早く速くなります。
 第三に、悲観から楽観が生まれるという逆説があります。絶対悲観主義者はリスク耐性が高い。リスクに対してオープンに構えることができます。どうせうまくいかないのだから・・・という絶対悲観主義者は究極の楽観主義者でもあります。
 第四に、リスク耐性だけでなく、失敗が現実のものになったときの耐性も強くなります。ちょっとやそっとのことではダメージを受けません。絶対悲観主義者にとって、失敗は常に想定内です。挫折とも無縁です。レジリエンスも不要です。うまくいかなくても、淡々と続けていくことができます。
 第五に、自然に顧客志向になり、相手の立場で物事を考えられるようになります。なぜかというと、相手がこっちの都合に合わせてくれる、事情を斟酌してくれる、気分を忖度してくれるといったことなど絶対にないと思っているからです。
 第六に、十年ほどやっているうちに自分の固有の能力なり才能の在処がはっきりしてきます。悲観的な予想が良い方向に裏切られ、うまくいくことがたびたび出てくれば、その分野に才能があるとわかる。

楠木健著「絶対悲観主義」より

 さらに、筆者は、絶対悲観主義から見える、幸福の条件、健康と平和、お金と時間に関して、その洞察を語る。私は、幸福の条件、健康の中で取り上げた高齢化への考え方に、共感を感じたので紹介する。

 まず幸福の条件について

 世の中、幸せになりたくない人というのはまずいません。幸福の希求、その一点では人間は共通しています。ただし、幸せの内実は主観の極みです。ある出来事とか事実に対してそれが幸福か不幸かということは、誰にも決められません。ある人にとっての至福が、別の人にはとんでもない不幸だということもあり得ます。みんな同じで、みんな違う。幸せというのはそういうものです。(中略)いろいろな経験を重ね、自分の性格が形成され、自分の好き嫌いについての理解が深まる中、幸福の多様性が広がっていく。(中略)
 安直な不幸回避を求める人は「他責鬱憤晴らし」に傾きます。(中略)
「時代が悪い」時間軸でのマクロ他責です。「高度成長期の元気な日本だったらよかったけれど、俺は就職氷河期だから・・・」とか、「これからの人口減少の日本には希望が持てない」(時間と空間の合わせ技)とかブツブツ言う。「時代が悪い」と言う人に聞きたい。じゃあ、いつの時代なら「良いのか」。
 マクロ他責の鬱憤晴らしは悪循環の起点にして基点です。しょせん一回の人生、一人の自分しか生きられません。人生晴れの日ばかりではない。それでも、生活の充実は「今・ここ」にしかありません。(中略)
 他者との比較。より厳密に言えば嫉妬。これこそが幸福の敵であり、人間にとって最大級の不幸のひとつだと僕は思っています。(中略)
 自分について根拠のない有能感を持っているほど、無意味な他者との比較に陥りがちです。「俺はデキルノのに・・・」と思い込みがあるから、他人と自分を比べて嫉妬にかられる。その点、始めから自分の能力に確信を持たない絶対悲観主義者は、嫉妬とは無縁です。(中略)
 繰り返しますが、幸福ほど主観的なものはありません。幸福は、外在的な環境や状況以上に、その人の頭と体が左右するものです。あっさり言えば、ほとんどのことが「気のせい」だということです。自らの頭と心で自分の価値基準を内省し、それを自分の言葉で獲得できたら、そに時点で自動的に幸福です。「これが幸福だ」と自分で言語化できている状態、これこそが幸福に他なりません。

楠木健著「絶対悲観主義」より

 そして高齢化問題について

 僕はまだ初老段階にあります。本格的な高齢者経験はないのですが、年を取っていくといよいよ知性の勝負になるという気がしています。高齢化問題の最終的な解は教養にある、というのが現時点での僕の考え方です。(中略)
 七十代、八十代になると人間のレベルに差が出てきます。よく生きている人と、そうでない人の違いが露骨に表れる。長い人生の中で、一方は好循環を、他方は悪循環を起こすので、どんどん差が開いていく。この差の根幹にあるのは何か。僕は知性と教養だと考えています。自分を客観視する。世の中での自分を俯瞰して見る。具体的なことごとの背後にあるものを抽象化して本質をつかむ。ようするに知性です。なによりも自分の経験と頭と言葉で獲得した価値基準を持ち、精神的な自立と自律を保てているか。つまりは教養です。(中略)
 人生百年時代と言うと、健康的な生活習慣、老後に備えた資産形成という話が全面に出てきます。僕はそれ以上に頭の中身が大切だと思います。認知症などの医学的な頭の問題は徐々に解決されていくにしても、それは教養とはまた別の問題です。絶対悲観主義者としては、体力低下はもちろん、ハードウェアの故障がどんどん出てくるのを覚悟しています。ハードが低下していくからこそ、ソフトの力がものを言う。ソフトまで劣化すると、人生百年時代が幼児退行の時代になってしまいます。健康問題は教養問題というのが僕の考えです。

楠木健著「絶対悲観主義」より

以上が本書の概要である。

 私が本書を読んで、考えたこと、学んだことは、

1)チャレンジの際には、「頑張る」「成功する」を、セットで考えるのが一般的だが、絶対悲観主義の「たぶん失敗するだろうけど、どりあえずやってみよう」というマインドセットは、一歩踏み出すときに、きわめて効果的。考え方の一部として、取り入れる価値があると感じた。

2)幸福の条件で、”幸せの内実は主観の極み”の示唆は極めて本質的。
”しょせん一回の人生、一人の自分しか生きられません。人生晴れの日ばかりではない。それでも、生活の充実は「今・ここ」にしかありません。”
の言葉を、胸に刻んで、生活していきたいと思った。

3)年齢を重ねた時に大切になるのは、教養と語り、教養を、以下、言語化してくれている部分は、大きな学びとなった。
”自分を客観視する。世の中での自分を俯瞰して見る。具体的なことごとの背後にあるものを抽象化して本質をつかむ。ようするに知性です。なによりも自分の経験と頭と言葉で獲得した価値基準を持ち、精神的な自立と自律を保てているか。”

である。

 本書には、絶対悲観主義を切り口に、縦横無尽に、自己認識、組織論(チーム論)等、様々な事象を語っている。その考え方は、常識にとらわれず、本質を突いたものであり、物事の考え方の新しいヒントになると思った。著者の言葉を借りると”思考のストレッチ”である。本レビューを読んで、著者の考え方に興味を持った方には一読をお勧めする。

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