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第6話 Gox事件(マルクの話)~ビットコイン物語

ビットコインは一夜にしてならず。

ビットコインを生み出したのはひとりの天才、サトシ・ナカモトです。

しかし、現在のビットコインは他の技術者たちの手で更新されていて、サトシが書いたコードはほとんど残っていません。

そもそもビットコインは技術者やプログラマーだけが作り上げたものではありません。起業家や投資家、詐欺師や密売人など、いろんな国のいろんな事情をもった人々に必要とされ、時代の大きなうねりに飲み込まれて揉まれながら、奇跡的にも成長を続けてきました。

この物語では、ビットコインに関わった人物にスポットをあてていきます。

今日は前半戦のクライマックス、マウントゴックス事件についてお話していきたいと思います。主人公はマルク・カルプレスさん、当時28才のフランス人の若手起業家でした。

日本が大好き、マルク・カルプレスさん

マルクさんは1985年生まれ、フランスでいわゆる母子家庭で育ちます。母は3歳のマルクさんにコンピュータの扱いやプログラミングを教えて、おかげでマルクさんは読み書きよりも先にプログラムを覚えたといいます。

義務教育を終えないうちから天才プログラマーとしての頭角を現す一方で、自分の好きな勉強以外はまったく興味を示さなかったそうです。すごく天才っぽいですね。

マルクさんは、「幽☆遊☆白書」や「HUNTER×HUNTER」など日本のアニメやマンガが大好きで、フランスの「アニメ研究会」に所属していたそうです。コンピュータ好きのアニメ好き、そしてふくよかな体躯につやつやほっぺ、ヲタク像のど真ん中を想像していただいて間違いないかと思います。

Googleが出す検索結果

そんな彼は、19才の頃「東京国際アニメフェア」の手伝いのために初めて日本に行くことになったそうです。その時、日本で起こったある出来事に感銘を受けたといいます。

まず感動したのは日本の電車のお客さんのマナーの良さです。きちんと整列して順序を守って、老若男女が平和に共存していることに驚きます。フランスでは考えられないことでした。

ある日、マルクさんが電車にのっていると、ある女の子が「わぁ!」と高い声を出したそうです、それにマルクさんは驚いてしまいます。その子の父親が「これは失礼しました」ということで丁寧に謝罪をされ、お詫びにいなり寿司をくれたそうです。

フランスだったら考えられないことで、仮にあったとしても絶対に食べないのですが、その時マルクさんはそのいなり寿司を食べて、そのお父さんと身の上話を交わしたあとで連絡先まで交換するという、なんともすごい体験をしたそうです。

まあ、田舎にいったらありそうな話なのですが、これを受け入れたマルクさんもすごいというか、よほど日本に信頼をおいていたのでしょう。母国よりも信頼をおいている異国の地というのも面白い話です。

そんなこんなで、マルクさんはすっかり日本が大好きになり、2009年には日本の会社を買収し、日本に移住して会社経営を始めることになります。そして日本人女性と結婚されています。

ビットコインとの出会い

2010年にビットコインのことを顧客から聞かされたマルクさんは、すぐにビットコインに興味を持ちます。

といってもフランス人のマルクさんは自由主義者とか反体制の思想を持っていたわけではなく、プログラムのソースコードの美しさに惚れた……わけでもなく、ビットコイン・フォーラムのコミュニティの友好的なやり取りと一体感に魅力と居心地の良さを感じました。

当時のビットコイン・フォーラムは、お金目当てではない、新しい理想の通貨を求める人たちが、とても高い能力をもって、好きな人が好きな部分に貢献しあい、力をあわせてひとつのプロジェクトを進めているという、マルクさんにはとても理想的なコミュニティであったといいます。

綺麗ごとではなく、この頃のビットコイン・コミュニティの中で「お金」を目的に開発に協力していた人はゼロだったと言えます。世間の人はもちろん、コミュニティの中の中心メンバーでさえ、本気でビットコインがお金になると信じていた人は皆無だったでしょう。

今ではDAOと呼ばれるこのようなコミュニティは、もう暗号資産界隈には現れないと考えられます。この後生まれるコミュニティはどうしてもビットコインの成功が下敷きにありますから、どうしてもお金のにおいを消すことができません。

どれだけお金をかけても作れないコミュニティ。

きっとマルクさんは、「仲間との信頼関係」というものにあこがれと羨望をもっていたのではないでしょうか。

考えたら日本という国は、島国ゆえに「信頼」で成り立っているところが大きいように思います。「外資系」「ホリエモン」「巨大資本」など、合理的な考え方と資金力に嫌悪感をもち、「向こう三軒両隣」の助けあいを大事にする風土は、マルクさんにはとても居心地が良かったのでしょう。

2011年3月、マウントゴックスを引き継ぐ

前回お話した天才ジェドさんが、ビットコイン取引所「マウントゴックス」を立ち上げて、ユーザー数が増えてきたのは良かったのですが、PayPalの悪質な払戻しや、ウェブサイトへのハッキングなどへの対応で、もうジェドさんのやる気は完全に失われていました。

2011年に入って、マルクさんはジェドさんから「マウントゴックスを譲りたい」ということを打ち明けられます。マルクさんはビットコイン・フォーラムで大きな信頼を得ていたからです。

ここで、ジェドさんはほんとうに一刻も早くマウントゴックスから離れたかったために、マルクさんにただ同然、というか一部の株式を発行してもらう約束だけで、ほんとに無償で取引所を譲ったのです。その当時200万ドルの価値があったということから考えると破格の対応でした。

実はそこにはいろんなほころびが既にあったのですが、マルクさんはずっと後にそれに気づくことになります。

2011年6月、1回目のハッキング

午前3時すぎ、東京。マルクさんは仲間からの電話で、ビットコイン価格が17ドルから1セントに暴落していることを知らされます。

マウントゴックスの取引所のサーバーがハッキングを受け、不正に価格を操作されたのです。

幸いにも、価格を操作されてアクセスが集中しサーバーがパンクしたため、外部にビットコインを持ち逃げされなくてすんだので、(つまり、ブロックチェーンへの書き込みは行われなかったので)取引の取り消しをすることができました。

これはかつての社長、ジェドさんのアカウントがハッキングされたことが原因でした。そして、マルクさんの運営もセキュリティ対策が万全だったとはいえない部分もありました。

この事件は、ビットコインがすでにその理想から外れつつあることを世間に知らしめることになりました。

どういうことかというと、そもそもビットコインは、国家や銀行などの信用不安から逃れるため、第三者への「信用」が不要であり、個人間で自由に使える通貨をめざしたはずです。

しかしビットコインを手に入れる方法が「自分で採掘し発行する」ことから「取引所で買う」そして「取引所で保管する」ことが一般的になってみると、取引所への信用が必要となっていたこと、そして取引所がその気になれば取引は取り消しされることがあるという現実に皆が気づいたのです。

ビットコイン自体は何も変わっていません、変わったのはそれを取り巻く人たちです。これはとても大きな変革でした。

この少し前まで、ビットコインを使う人は自分のPCにビットコインのソースコードをインストールし、それをコンパイルして実行ファイルにし、自分のPCにブロックチェーン全体をダウンロードして、ビットコインを新規にマイニングする人だけでした。

つまり、コンピュータの専門知識がある人たちだけが、半ばおもちゃとしてビットコインで遊んでいた時代です。

ここから先は、コンピュータの知識のない人でも、株式や金などの資産と同じようにビットコインを取引所で購入する時代に突入していきます。

そして、特に国家や銀行に不信感をもっているわけでもないけど、「なんだか儲かりそう」というお金のにおいを感じた投資家、投機家、そしてその分散性と匿名性を隠れ蓑にしたい詐欺師、麻薬密売人などの黒い組織に使われることになっていきます。

ということで、理想を追い求めるプログラマーが活躍してきたこの連載の第一部はここまでです。次回から第二部として、利益を追い求める投資家や起業家たちが活躍する時代に入っていきます。

その後

その後のビットコインについては、投資家や起業家、麻薬密売人などの関わりを書いていきますが、ここではマルクさんのその後をお話していきます。

2013年、投資家や起業家に支えられ、なんとかマウントゴックスの経営を続けてきたマルクさんでしたが、もう限界に達していました。

というのは、にわかには信じられないかもしれませんが、1回目のハッキング事件後もなお、マウントゴックスの取引所のプログラムはマルクさんひとりで作っていて、誰もその中身を知らなかったのです。

しかも、当時の従業員は30人ほどいたにも関わらず、投資家から預かっているビットコインの保管場所は、マルクさんひとりしか知らなかったといいます。

2014年2月、約480億円もの資金の消失について報道された当初は「ハッキングを受けた」と報道がされました。それはそのとおりで真犯人は2週間後に見つかります。

信じがたいことですが、事実としてこの真犯人は2011年9月から数年間もずっと、取引所から資金を盗み続けていたといいます。なんともずさんなマウントゴックスの資金管理と言わざるを得ません。

また、それとは別に、実はマルクさんが一部の資金を不正に移動していたことが発覚します。

その不正な資金移動は、マルクさんがマウントゴックスをジェドさんから譲り受けた際の帳簿の矛盾を解消するためのものだということでしたが、これをひとりで行ったことは賢明ではありませんでした。

マルクさんはジェドさんと同様、取引所の経営にはそこまで「正しく」はありませんでした。二人の天才プログラマーは、金融業の経営とセキュリティにはさほど熱心ではなかったのです。

2015年8月にマルクさんは逮捕され、2019年3月に東京地裁で一部の罪での懲役2年6ヶ月、執行猶予4年の有罪判決を受け、2021年1月に最高裁で確定します。

その後ハッキング犯の逮捕による資金回収により消失したと言われた額の90%は戻っていると言われていて、なおかつ行方不明だった20万BTCが見つかったことなどから、「破産管理財団」におかれた資金は当時の被害額(ドル建て)を大きく超える額になっており、その配分方法について今も検討をしているところです。

「Goxする(=資金を失う)」の語源となっている、いわゆる「マウントゴックス事件」の顛末は以上です。

そしてマルクさんは、現在も暗号資産の技術開発に携わっていて、2019年6月に新しいスタートアップ企業の最高技術責任者に就任しています。

「日本に対する私の愛は変わっていない。PCに関して日本は技術的に超大国だったが、現在は違う。しかし、私はまだ日本のポテンシャルを信じている、そしてそれを発展させたい。」

https://mainichi.jp/english/articles/20190605/p2g/00m/0bu/090000c

第一部 完

次回から第二部スタート。良くも悪くもビットコインを世に広げた一番の立役者、麻薬の密売人のお話です。

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