夜のこと

夏の涼しい夜は、ずっと明けて欲しくない。窓を薄く開けて、くるりを流して、吉本ばななや江國香織じゃちょっと着きすぎているから、横光利一を読む。

涼しくても喉は渇くので、冷たい緑茶を置いておく。わざと濃く水出しして、コップに氷をたくさんいれて注ぐ。ハーブティーとか軟弱過ぎるのは眠くなるからだめ。ほんのり脅かしてくるお茶がいい。

電気の輪はひとつ。少し薄暗いくらい。おへそも脚も出るようなあんまりの薄着で心許ないから、ブランケットを巻く。

布団を丸めた上にクッションを置いて寄っかかったら準備万端。夏の夜長は足にマニキュアを塗るのにうってつけなので、ひとつひとつ丁寧に見せかけられる程度の大雑把さで塗ってゆく。

肌色に近いオレンジ。一昨年はマゼンダピンク、去年はターコイズブルーと来て、今年はずいぶん淡くなったなと我ながら思う。柔らかく揺蕩ってもいい頃になって来たのだと解釈してほくそ笑む。

乾く間に本を読む。ときたま冷蔵庫がブン、と鳴る。コップの氷がからんと溶ける。外で車がぐいんと走る。くるりは上海蟹が食べたいと歌う。利一の私は椿の蜜を吸う、神様の馬は豆を食べる。子は母にだけわがままをいう。京の娘は美しいとしきりに従兄弟は褒める。

ペディキュアは乾く。どんどん乾く。乾ききったら、夜は終わってしまう。明日があると、夜は酷く短い。

終わって欲しくない夜は、殊に短い。ひとりのわたしは、窓のそばで確かに漂っている。紺色の夜、電気が明るい。

数時間もしたら太陽が照って、汗をかいて、また一日が始まる。

始まらなくていい。ずっとこの夜でいい。夏の間の涼しい夜は、音楽も本も化粧品も電気も冷蔵庫も箪笥もベッドも毛布も風も何もかも、わたしをぼんやりと受け入れてくれる。世界だ、と思う。どこまでも鮮明でないこの許しは、朝になったら終わってしまう。

底なしのバケツみたいな夜が欲しい。

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