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月のウサギに罪はない(6)

恋の話です。八回に分けて投稿します。
いつも読んで下さってありがとうございます。励みになります。おしまいまでお付き合い頂ければ幸いです。

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「TPOをわきまえろって習わなかったか?少なくとも会社でする話じゃない」
「心配しなくても誰も聞いちゃいません。二階は俺が最後でした。霧島さんとこも皆帰ったんでしょう」
「チェック済みか。周到だね。それに入口に立たれてちゃ逃げようもない。で?きみはわたしになんて言われたいんだ。なんて言ったら気が済む?」
「あの日着てたシャツの胸んとこに口紅が付いてました。仮に酔ってぶつかったとして、コートとジャケットを着込んでるのにシャツだけに化粧品がつくなんて、ないでしょ」
 霧島さんは呆れたようにため息をついた。
「なにを言い出すのかと思えば。確かに上着脱がして寝かそうとしたら寄っかかってきたよ。その時付いたんだろ、知らないけど。そんな細かいこと一々覚えて…」
「霧島さん、僕は今からとても恥ずかしいことを言います」
 喫煙室のガラスに映り込む僕がひどく真面目くさった顔をした。霧島さんが子供みたいにきょとんとした目で僕を見上げる。
「僕は霧島さんと居るとすげえ楽なんです。余計な気も遣わなくていいし、居心地良いんです。そういう人は滅多といない。だから僕はあなたには嘘をつかれたくない」
「…そりゃあ、わたしだってきみと気まずくなりたかないさ。酒は気の置けない奴と飲むのが一番美味い」
「なので僕は、今から霧島さんの言うことを信じます。何もなかったというなら、その言葉を信じます」
 霧島さんは小さく息をついた。気持ちを切り替えるように。そうして少し遠くを見るような目で僕を見た。
「おおむね察しの通りだよ」
「……」
「言っとくけど未遂だよ。きみは途中で寝てしまったからね」
「…未遂ってどこまで」
「そんな細かいこと訊くな」
「またそうやって…」
「気まずくなりたくないからはぐらかしてるんだ。覚えてないなら都合が良かったんだ。そもそもきみだけが悪いのかというと、泥酔してる人間に理性もへったくれも無いって考えに及ばなかったわたしにも落ち度がなくはない。なんというか、きみといるとそういうのは気にしなくてもいいというか、考える必要がなかったんだ。だけどちょっと迂闊だった。わたしはちびだし、きみに腕力で敵うはずないからね」
 そうして僕から視線を外すと窓の外を眺めた。
「弱ってる時は思いがけず人恋しくなるもんだ。ひとってのはそういうものだ」
「そんな冷静に、他人事みたいに言わないでください。いくらなんでも許容がでかすぎです。あなたの話をしてるんですよ」
「ほらそうやって突っ込んでくる。だから話したくなかったんだ。覚えてないならもう良いじゃないか」
「違うでしょうが。霧島さんはそうやって全部飲み込んじゃうんですか?そんなのおかしいでしょう」
「こういう性分なんだ。無理に飲み込んでるわけじゃない」
「でも霧島さん、彼氏がいるのに。いや、いなきゃいいって話じゃないですけど。しかも指輪を貰うような間柄の」
「…指輪?」
 霧島さんの顔がはっきり曇った。そんな顔は見たことがなくて内心驚いた。だけど戸惑っている場合じゃなかった。スーツの内ポケットから指輪を取り出して見せる。霧島さんは眉をひそめたまま言った。
「どこで」
「先月、河原で。霧島さんがいた辺りの、茂みの陰に」
「‥そうか」
 居心地の悪そうな顔をした。
「拾って貰って悪いけどもう私には不要なものなんだ」
「え?」
「こないだのゴリラさ」
「ゴリラ?」
 急に話が転回して一瞬置いていかれた。
「バイクで車に突っ込んだ猛者」
「…ああ、大学の友達」
「うん。あれ、彼氏。元、だけど。あいつ勤め先で他の子と恋に落ちちゃったらしくてさ」
 僕は思わず言葉を失った。霧島さんはつまらない映画のあらすじを追うみたいに続けた。
「大学の時から付き合っててさ。そろそろ先のことも考えてみようかなんて言われて指輪も貰ったんだけど、まあ、致し方ない」
「……」
「まだ大学の友達に別れたこと言ってなくてさ。事情が事情なだけに、まあ言いにくいいというか。したらアイツ事故ってしまって。友達経由で情報だけが無駄に入ってくるんだよね。みんな心配してくれてさ。こんなことならさっさと別れたこと知らせとけば良かった。この前きみと飲んでた時に電話をくれた子にはあのあと会って話したんだけどね。逆に謝られちゃってなんか悪いことしたな」
「……」
「ああ、ごめん。話が逸れた。まあそういうことで指輪を持て余してしまって。仕方が無いからもういっそ川に捨ててしまおうかなって。…失くなくしたならそれはそれでいいと思ってた」
「じゃあ、あのあと俺を避けてたのは」
「きみから逃げ回ってたのはつまらない話を聞かせたくなかったからだ。きみは優しい奴だから、色々と、こう、励ましたりしてきそうだし。そういうのは苦手なんだ」
 いつもと同じ顔で言った。
 霧島さんのサバサバしたところが気に入っている。こだわりが強くなくて、甘えもなくて、だけど。
「俺、そんなに頼りないですか」
 霧島さんが不思議そうに僕を見た。
「愚痴くらい言ってくれたって良いんじゃないですか。だって指輪渡しといて振るってあんまりでしょう。なのに友達にも言わずに、しかも逆に思い遣っちゃって。強いったってほどがあります」
「愚痴っていってもなあ。怒ってるとか恨んでるってのはなんか違うかな。あいつがアホなのはよく知ってる。嘘も下手だし、捨て猫を見掛かけたらいつまでも後ろ髪引かれてるような奴だし。優しい奴だし。あいつなりに悩んだんじゃないかな」
 まるで国語の教材を読み解くみたいに淡々と心情を説明した。霧島さんが冷静に見えると逆にこっちがちょっと結構苛つくんだけど、なんでだ。
「でも霧島さんを泣かす奴でしょ」
 僕の声は尖っていた。霧島さんは少し驚いた顔をしたあとで、ぽつりと静かに呟いた。
「無関心になれたらいんだけど割り切れなくて、不便だね。未練がましくて参る」


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もちだみわ

イラストと漫画。ときどき文章。元デザイナ的な何か。車のオモチャは変形しないと物足りないです。自己紹介→https://note.mu/hiyokodou/n/ncba7ebadfc80 連絡先→hiyokodou38@yahoo.co.jp

創作テキストまとめ

ものがたりのテキスト記事などまとめ。

コメント4件

こんなん泣きますよ。朝から。霧島さんの寂しさ、哀しさ、意地、思いやり。佐々くんの気持ち…。いい人ほど、悲しくなっちゃう…。読んでて切ないけど、ハート掴まれてます。むぎゅうって。次号、楽しみすぎますっ!!
いとこさん いつも丁寧に読んで頂けてホントに嬉しいです(*^_^*)
いい人ほど悲しくなるとこ、ありますよね。「強いひと」はその強さで皆を守ってくれるけど、じゃあ「強いひと」を誰が守るの?と自分に問いかけつつ書いております。
霧島さん、好き〜〜(泣)みわさんのお話すっごくいいです。
かねきょさん わあ、嬉しいです。霧島さんに代わって照れておきます(〃▽〃)
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