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船は昧爽に向かう。

 小樽港に着くまでの、束の間のひとり旅だった。
 夜更けに暇を持て余して甲板に立てば、圧のある風が渺渺と耳元で唸った。船の横っ腹で粟立つ波は瞬く間に夜の色をした水面に吸い込まれていく。波が消えていく先を見渡せば、水平線と空の境界もなくて、辺り一面の黒い海。じっと眺めていると、不意に別の時間に迷い込んでしまったような、明けることのない夜の海を彷徨って揺れているような、不思議な心持ちがした。
 まるで誰も居ない夜が延々と続く。けれど、暁を待ちわびて心躍る。そんな、不安と期待がほどよく入り混じった感覚が、胸の奥にしんと息づいていた。いまよりも少し気の長い船旅が出来た頃の、古い旅の記憶。船は夜の海の静けさの中に、確かな一本の線を引くように、明け方の港を目指していた。
 

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