IMG_3434__編集済み_

あかるいほうへ

本棚に収まる書籍数は多くない。ひとつの小説に出会ったら、しばらくはそればかり繰り返し読むからだ。どれも思い出深い本たちの中で、あまりにも入れ込みすぎて辛くなり、手放した物語があった。

吉本ばななさんの『王国』。薬草茶づくりを生業とする祖母とふたり暮らしをしていた主人公・雫石が、育った山を降り、街で暮らしていく中で、自身の人生を彩る人々と出会い、関係を築いていく過程が描かれるシリーズもの。ファンタジーではあるけれど、現実逃避できそうな甘い世界観は提供されない。むしろいかに現実から目をそらさず、自分自身の声に耳を傾け、心の声に嘘をつかないことが大切なのかをつきつけられる、どっしりした厳しさがある。どんな状況に置かれても、光を見つけて向かおうとする魂のありかたに、そっと背中を撫で、押してくれるような優しさがつまっている。

当時、結婚を考えているひとがいた。そのひとには、仕事のパートナーがいたのだけれど、ふたりは10年以上付き合っていた元恋人同士でもあった。仕事上だけの付き合いだと言われていたが、ふたりの間に流れる馴染んだ空気や絆に嫉妬し、疎外感を覚え、どうしてもそのひとの仕事を応援してあげられなくなってきた。その他様々な要因が絡まり合い、結局一緒にいることは出来なくなった。

『王国』の中で、雫石と恋人である真一郎くんの関係が終わりかけていく過程が、同じく終わりかけている自分に幾度も重なった。この小説を手元に置いておくのもつらく、ついには手放してしまった。好きなのに開くことが出来ない小説は初めてで、それもとても悲しかった。

もういいだろう、と今の私が思う。当時の曲げられなかった自分も、信じてあげられなかった自分も、もう私は私を許してあげよう。さんざん苦しい思いをして、いろいろな人たちに支えられて、乗り越えて、楽しく図太く生きられているのだから。そちらの方へ目を向けよう。それこそ『王国』のなかでも描かれている光であり、今だからこそ読み返したい、出会いなおしたいと思う場面だ。この小説は、しばらく会っていないけれど、なにかあると思い浮かべるような、大切なひとみたいだ。

今度の休みは本屋へ行こう。


王国〈その1〉アンドロメダ・ハイツ

王国〈その2〉痛み、失われたものの影、そして魔法

王国〈その3〉ひみつの花園

アナザー・ワールド―王国〈その4〉





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?