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労働の極限

「芳川さん、助けてくれませんか」

もうずっと、極限を超えて忙しい。1日の最大アポ数は記録を更新して12まで伸びた。

家庭との両立、寝かしつけ等の関係で8-9時送迎または移動、9-20時労働、20-22時寝かしつけ、22-26時労働というのがもはや標準化され、ここにさらに全国出張が入ってくるという鬼神のごとき働きぶり、さすがに見かねてというか「1年以上ずっと言ってるけど!」というお気持ちだが、ようやく増員してくれ、しかもご丁寧に見た目が私に似た丸顔メガネを配属してくれ、通称「芳川さんの影分身」という彼は、そんなこと言われて嬉しくも無いだろう大丈夫かなと思っていたが、存外仕事もできるし、酒の趣味も、寿司の趣味も合うという分身ぶり、派手な失恋エピソードなども持ち合わせており大半気が合うし助かっている。

まあよく考えたらそうなのだが、「分身を育てる」というプラスのワークが増えて、妻からも、同僚からも「いよいよ死ぬ?」と聞かれる働きぶりになったが、2ヶ月ほどのOJTを経て一人前になった分身は独り立ちし、ここに日記が書けるくらいには時間が捻出できるようになった。ありがとう…育ってくれて…そしてよく頑張った自分…。

立派な過重労働者なので、産業医、保健師、人事部長などからスケジュールを追われているが、私にもどうなってるかわからないほどミッシリしているので(1日12アポである)今のところつかまっていない。自分でこうしているのではない、他部者の人が「芳川を呼べば決まる」と思って勝手に詰め込んでくるのだ。そして決めるので、また呼ばれる。無間地獄。

問題は、影分身が「あれ、芳川さんは全社平均の8倍、僕は3倍、残業してるな」ということに今月気づいてしまい、そして弊社はホワイト企業なので比較的希望通りに異動ができることが、私の新たな悩みである。

その矢先である。

「芳川さん、助けてくれませんか」

「無理ですってば」

産業医面談を「その時間、沖縄出張で飛行機乗ってますわ」と亜空間殺法で避けている(わざとではない)のを知らないはずがない人事部長からの依頼である。

「なんだかんだで忘年会をやることになったんだけど、新卒には何も仕切ることができず、でももう時間もない、出し物も間に合わない、司会もいない。芳川さん、助けてくれませんか」

「無理です、忘年会まで、その打ち合わせを毎週火曜日日定例会議やるんでしたっけ?スケジュール見てくれました?もう年内で空いてる火曜日というか、平日がどこも空いてないですよ」

「宴会といえば芳川さんしか居ない」

「でしょうね、でしょうねですけど…」

結局、私の宴会芸への情熱を見透かされ押し切られる形で引き受けることになり、定例の会議は出ないけど真夜中に神託のようなクリティカルなアドバイス「全員参加型のクイズは正直ダルいやで」とか「腕相撲、良いけど怪我するよ」とかするという妖怪のような役回りとなり、いよいよ過労死が見えてきたなという感じですが、イベント会場側との打ち合わせも、動線、受付、レンタル器具、食事の内容、タイミング、照明、音響、接続機器等の調整を行い、芸としては演者として一つ、プロデューサーとして別も仕切り、その他司会、クイズの景品、etc…無茶苦茶詰まってきている。

夏くらいに商談したお客さんがファンになってくれ、「芳川さんの話はとてもわかりやすくて良かったが、本当に値段だけで他社にさせてもらった」という事案があったのだが、「やっぱり他社のサービスがクソだったので芳川さんのとこに頼みたい」と非常に嬉しいアポがあったにもかかわらず

「なるほど、オッケーですけど、ありがとうですし、やりますけど、他社、そうでしょ?『ボク言いましたよね』」

「言いましたねぇ」

「でしょ。まあ、前回だいたい話してあるんで、あとは私に任すでいいすか」

「ぜひ芳川さんにお願いします」

「分かりました、そしたらあとは影分身を置いてくので、契約とか詰めてください。私はすいませんけど、忘年会の会場の下見をするんでここでドロンします」

「えっ、嘘、そんなことあります?超ウケる」

「超ウケますよね。さーせん、もう今日しか空いてなくて、下見が」

「何やるんですか」

「××××」

「超面白そうですね。見にいきたいです 絶対みたい」

「来てください、1人くらい増えてもわからんと思うので。そんかわり値引きは無しでいいですか」

「良いです」

「あざます。じゃ、あと⚫︎⚫︎さん(分身)、ヨロ…」

こんな働き方が許されるのか、私はいったいなんの仕事をしている人なのか、いまはまだ自分でもよくわかりませんが、いまは、夜更かしして群舞の絵コンテを描いています。この時間は労働になるんでしょうか。




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