ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第壱四話「大人たち 後編」 U.C.0083/第一部最終回

U.C.0083 6月
暗礁宙域 岩礁回廊 サラミス級巡洋艦ケセンマ

 アーサーとホス少尉、マモル曹長がケセンマへ着艦した。右舷に取り付こうと試みた所、船体が時計回りにバレルロールを始めたものだから上部へ降りるしかなくなってしまい、アーサーはそのまま上部甲板MSデッキへ、ホス少尉はマモル機を抱えて左舷デッキへ飛び込んだ。ミサイルを迎撃しながらケセンマの射線を塞いでの緊急着艦。艦長の罵声は今まで聞いたどんな怒鳴り声より殺意に満ちていた。墜とされるかと思ったほどだ。

 中破したマモル機の収容を終えた旨を甲板員が知らせ、アーサーは深く息を吸った。ゲルググとの戦闘で酸素欠乏症に陥っていたらしい。バイタル異常を表すレッドシグナルが、やっと静かになった。対岸のムサイを沈めたというが、依然状況が分からない。戦闘オペレーターの早口は、靄のかかる頭が受け入れを拒んでいた。ヘルメットを脱ぎ文字起こしされた戦況報告に目を通す。

「マリアが沈めてくれたのか。敵の数はおおよそ見えたな。増援が無ければ勝てそうだ」

 なぜそう思ったのだろう。暗礁宙域はジオン残党の庭だ。増援を抜きにしても、伏兵がスナイパーだけとは限らない。その正体も不明、ビームの出力から“ビグロ”との推測が出ている。高機動大火力のMA相手では巡洋艦など動く的である。不思議だ。頭が回り出すと直感は否定される。なぜMAの存在を否定したのか。敵の底が知れたと考えたのか。まだ酸素が足りていないのだろう。

――オイカワがいれば、ぼんくら呼ばわりされたな。

 宇宙経験のないオイカワ小隊の方が活動限界は長かった。初顔合わせを兼ねた模擬戦闘で一勝三敗。正直ドーピングを疑ったほどだ。オイカワ小隊は推進剤を使いすぎる癖が直らず、連携は大変苦心した。
 思い出に耽っている場合ではない。今日はどうかしている。幼少期の記憶といい小隊結成からの日々といい、頻繁に過去がよぎった。

――重症、かな。まいったね。

 スーツの酸素ボンベを交換するべくデッキへ降りる。機付長を探して首を回すと、自機のバックパックが外れていた。着艦直後に技術主任が何か言ってうんとか、はいとか、了承したような気がする。
 吹かしまくった自覚はあるがバックパック丸ごと交換とは想定外だ。戦闘中に機体をバラすなんて……口をついて出かけた言葉を飲み込む。右腕は肘から先がない。スラスターは真っ赤っか、コンピュータの異常がどうのこうのと聞こえていたし、どのみち再出撃は無理な話だ。

 突如、船体が激しく揺れた。MSデッキ中の固定されていない資材が浮き上がり壁にぶつかる。床や壁に足をつけた甲板員が舞い上がった。アーサーは飛んできたコンテナに当たって吹き飛んだ。壁に打ち付けられたアーサーが瞼を開けると艦内は暗闇に包まれており、エアロックの非常灯しか目に入らない。

「右舷に被弾!ダメージコントロール、MSデッキへ急行!」

 艦内通信が全周波数に割り込んだ。デッキに光が戻ると、目の前に広がるのは惨状だった。自機が傾きコンテナを潰している。誰か下敷きになったようだ。コクピットへ飛び込んで姿勢を戻し、左マニュピュレーターでコンテナをどけた。助け出された整備員はうずくまったまま動かない。男はジム・ピオニアの技術主任だった。


回廊内 巡洋艦ケセンマ ブリッジ

 アソーカ・エンライト艦長は、次第に大きくなるムサイの艦影を睨みながら、月管区開発工廠でのやりとりを思い出していた。参謀本部肝入りで月の支配者アナハイム・エレクトロニクスに送り込まれた男は、確かに優秀だった。優秀すぎるがゆえに痛くない腹を探られ、閑職へ追いやられたとも想像できたが、参謀本部の差配は正しかったろう。二人は同じものを見ていた。アナハイム社の野心である。

 月管区工廠はアナハイム社に付けられた鈴だ。天下りポストといえど連邦軍の飛び地においそれと手は出せまい。漁夫の利を得んとするルナリアンを監視するならアナハイム社に入り込むより他にない。ルナリアンが第二の全滅戦争を起こすとは考えにくいが、奴らは火種を抱き込んでいる。旧ジオン重工業、ロビイストに身をやつした旧公国軍人家族やその支援者、そして月独立派だ。ジオン公国のように自治権を要求せず、復興需要の民需品から兵器製造まで盾して連邦軍再建計画を私物化している。地球連邦の内にいながら好き放題、事実上独立国とかわらない。
 連邦政府はルナリアンを抑えられずにいる。兵器製造や生産依存だけでは説明がつかなかった。もっと政治色の濃い、後ろ暗い何かがアナハイム社の跳梁を許している。一軍人には分からない社会の理、そんなものが月の引力を強めていた。

 ケセンマは新兵器の実戦テストが課せられた。月管区工廠の擁するジム・ピオニアをはじめとしたコンバットプルーフに乏しい装備の数々。フォンブラウン市のプロジェクトから流用したビームライフルにしてもそうだ。試射データをしこたま渡した程度で安全を担保した気になるな、とエンライト艦長は声を大にして言いたかった。配備コストと効果時間・効果範囲が釣り合わないビーム攪乱幕ミサイルをしこたま積み込めた理由も同様だ。ビーム攪乱幕の中でメガ粒子砲、ビーム兵器は使えない。連邦軍がジオン軍を圧倒した物量と並ぶ優位性、MSのビーム兵器という利点を自ら潰してしまう戦術は、たった一隻で用いるべきではない。

 ミサイル能力の高さを買われたにしても、僚艦一隻随伴しない作戦はいくらなんでも酷かった。金のかかる防御兵器と新型MSを用意してやったから活用して見せろ、連邦軍の台所事情を鑑みても破格の待遇だから文句を言うな。参謀本部はそう言っているのだ。

 月管区工廠はアナハイム社に利益をもたらしつつ手綱も握って見せねばならない。連邦軍とアナハイムに板挟みなのだ、無茶の一つも言ってこよう。しかし初めから無理難題を突き付けられるとは予想外だった。装備更新のためとはいえ、近づくべきではなかった。


 被弾したMS隊が戻ってきた。さすがベテランパイロットだ。おかげで数的不利を巻き返したが、依然大ピンチだった。射線を塞いだベテランぼんくらは修正をくれてやるとして、ミサイルをくれてやるべきムサイは猛加速している。すれ違いざまに叩き込むチャンスはほとんどない。

 艦に衝撃、またも直撃弾。艦体前方、MSデッキ外壁。対空防御のMSが展開する方角からだ。

「メガ粒子砲!MAビグロと推定、さっきの奴です」

 オペレーターの声が裏返った。大火力と足の速さで連邦軍を切り刻んだ怪物だ。あんなものが出てきた日には巡洋艦などひとたまりもない。

「最大船速、進路そのまま!緊急回避用スラスターも全て使え!」

「早すぎます!敵も加速してちゃミサイルなんて」

「当たりゃせんだろうな!構わん撃ちまくれ!どのみち回廊を出んことには援軍とも合流できん。中尉!」

「お任せを」

 頼もしく応じた偉丈夫の操舵手は、船体左右の緊急回避用スラスターを吹かしていた。十数秒吹かせるかどうかの代物。両舷同時に吹かせば一時的に前進加速を得られる最後の手段だ。
 間もなくムサイと交差する。前部ミサイルの射角を出てしまえば後付けミサイルの滅多撃ち、そして後部ミサイルと続く所だが右発射管は死んでいた。左発射管の射線を取るべくバレルロールの真っ最中。それでもムサイに叩き込めるミサイルが僅かに足りない。相対速度が速すぎて命中率は期待できず、沈める自信はなかった。指令は拿捕、生け捕りなのでかえって都合がよいかもしれぬ、なんて口が裂けても言えないが。敵艦を沈め生還するべくケセンマは遂に最大加速を得た。

 被害報告によればダメージは右エンジン出力40%ダウン、電力ラインはサブがフル稼働中。戦闘後、左舷エンジンのみでは月へ帰れそうもない。地球軌道艦隊が上がってこなければ大ピンチだ。

――迎えに来いよ、地球遊泳の暇人ども。来なかったら殺しに行ってやる。


コムサイ サイコミュ・モデレートシステム

 ルイーズの意識が途切れかかっている。シートに縛られた体はピクリとも動かず、表情を失っていた。バイタルモニターが反応しているが、傍目には昏睡状態に見えるだろう。しかしルイーズの心は、暗礁宙域から遠く離れつつある今もまだ戦っていた。兄弟の仇を撃ち連邦軍を沈め、クェイカー大尉を守り、連邦軍パイロットに助力してクェイカー大尉を討ち、家族を守り地球へ……敵と味方が曖昧になったまま戦い続けている。

 グラナダニュータイプ研究所が開発したサイコミュ・モデレートシステムは、一方通行のサイコミュ通信を実用化した代物だと思われている。しかしモデレーターは常に強い感応波に曝されていた。精神感応波の制御系に逆流を遮断する技術など存在しない。サイコミュ・モデレートシステムはパイロット側、受信側における一方通行を見かけ上実現して見せたにすぎず、送信側、筒に収まるモデレーターは常に周辺の感応波の影響を受けている。
 受信器に感応波を遮断する術がない以上、モデレーターは敵の微弱な感応波を探し回るうちに多くの雑念に触れてしまう。モデレーターが敵の思考を覗き見て、仲間のパイロットに伝える。言い換えれば、複数の対象へ精神感応波を飛ばし、返ってきた情報を再び別の対象へ送信する代物なのだ。モデレーターはソナーであり、ハブであり、情報処理装置でもあった。

 遠隔誘導兵器サイコミュビットに要求されたそれよりも過酷なシステムだ。遠隔地のターゲットを精確に把握し、複数のビットへ攻撃命令を下す。これには情報処理能力を必要とするが、ビットは機械なので感応波の反響は微弱にすぎない。
 サイコミュ・モデレートシステムでは対象が人間であるため、対象の感応波が返ってきてしまう。システム側では反響波が誰のものかを判断できず、リミッターで一律に減衰している。
 以上がサイコミュ・モデレートシステムの重大な欠陥であり、クェイカー大尉や開発者たちが軽視した点である。クェイカー大尉は筒に入ることができなかった。サイコミュ兵器を扱えない低レベルニュータイプの彼にモデレートシステムは使えず、受信端末になりきる外なかった。研究所は高レベルニュータイプ製造が使命であり、モデレーターには高レベルニュータイプをあてがう計画だったためこの問題は放置された。

 それゆえ戦後三年半、研究所の生き残りや多くの戦災孤児たちは他人の反響波を受け止め続けてきた。彼らの心を壊して余りあるおびただしい激情と後悔。それらは筒から出た者を別人に変え、やがて廃人たらしめた。
 優しい人と寂しい人が戦っている。どちらの心も救いたい。兄弟の仇も、敵の仲間も、寂しい男のことも。守りたい。誰を?誰から?どうやって?
 敵の巡洋艦を見つけた。ケセンマの仲間、優しい女性が帰る艦を守りたくて、誘導砲台フュアゲルトが“ケセンマ”を狙う。この後どうすればいいのか分からない。撃つべき敵を見失ったルイーズが最後に触れたのは、優しい姉の笑顔だった。血の繋がらない、まだ出会っていない、温かい家族の笑顔。

 助けなければ。ルイーズの意識はそこで途切れた。


ケセンマ ブリッジ

「対艦ミサイル全弾、撃てーー!」

 エンライト艦長と砲雷長の叫びは同時に轟いた。ムサイ艦とすれ違う間、ミサイルのハリネズミはその名に違わぬ異様を見せつけた。今までの弾幕が子供騙しにみえるおびただしいミサイルの同時連続発射。一分に満たないすれ違いで、ケセンマの使えるミサイル発射管は全て三巡、四巡以上回した。文字通り、全ての発射管が連射間隔15秒から20秒、自損を厭わない正気を亡くした奇策に出た。

 エンライト艦長は賭けに勝った。ムサイは穴だらけ。ビームもミサイルも、機銃さえ飛んでこない。ムサイ艦は前方側面の損傷著しく、船体の歪みを観測できた。ムサイは沈む。

 補助エンジンが沈黙、メインエンジンが生きていようと長くもつまい。MSと陸戦隊で拿捕できる。地球軌道艦隊の到着前に敵を召し取れる。

「みたかジャブローのモグラども!はーっはっはっは」

 快哉を叫ぶエンライト艦長だが、その矛先はジオン残党より参謀本部へ向いていた。ブリッジクルーは言葉の真意を知ってか知らずか、めいめい勝利を叫んでいた。

「MS隊は再出撃だ。ムサイを拿捕するぞ」

「MSデッキで事故発生。隊長機は出られません。シャークス機のみ出撃できるとのことです」

「ちっ。 構わん!キッシンジャーとジーノを呼び戻して当たらせろ」

 オペレーターはマリアンナ曹長が戦闘中、ヤスコ曹長がザクを鹵獲して曳航中である旨を告げた。

「勝手なことを言うな!! ムサイの拿捕だ!」

「子供を保護すると言って聞きません、もう降りちゃいますよぉ」

 情けない声を上げるオペレーターを無視して、キッシンジャー機がザクと共に着艦してしまった。自爆を警戒して陸戦隊がザクの抑えにかかる。残ったビーム攪乱幕ミサイルを発射して、マリアンナ曹長へ後退を促した。母艦が沈むのだ、ゲルググが無駄死にを望まない限り戦闘は止まるはず。
 回廊出口、ほとんど抜けたようなもの。回頭してムサイを射線に捉えたまま陸戦隊とキッシンジャー、シャークス両機の再出撃を待つ。

 その時だった。背後から地球軌道艦隊のシグナルを受信、ほどなく通信が繋がった。

「私は地球軌道艦隊、『特別』分遣艦隊司令、トーマス・キタザワ少佐だ。ケセンマのエンライト少佐、よくぞムサイを仕留めた。さすが参謀本部の眼鏡に叶う、名高き、」

「おそーーーーい!
「今頃やってきて何様のつもりだ!!! 税金泥棒め!」

「な、なんだ……なんだその態度は! 私は貴艦のためにはるばる、」

「そっちの事情なんぞ知らん!さっさとアレをとっ捕まえろ!」

 モニターの向こうで顔を真っ赤にした中年男がワナワナ震えて拳を振り上げた。聞き取れない何事かを発した直後通信が切れ、ほどなくMSが12機展開、内8機がムサイを拿捕した。


暗礁宙域 岩礁帯 小型輸送艇

 クェイカー大尉はジムを振り切り撤退した。いざという時のため、岩礁帯に隠していた複数のデブリ回収艇の一隻へ乗り移る。ゲルググ・ペルートのコクピットから戦闘データの写しを持ち出し、自爆装置を起動した。

 ルイーズはだめだった。クェイカー大尉は声の内容に落胆した。敵との交感で、たかが狙撃に利用した程度で同情しているようでは使い物にならぬ。クェイカー大尉のやり方は力しか引き出せなかった。戦場に出ずして意思は磨かれない。筒に押し込めた被検体の甘さと対照的に、死に物狂いで戦った規格落ちの子供たち。
 やり方を間違えた。戦場の真実から教えねばならなかったようだ。筒の中で死に触れれば手間を省けると思ったのだが、認識を改めなければ。

「地球の施設、必ず手に入れます」

 降下後のプランはかなり強引だったが上質のサイコミュ研究を見過ごす連邦ではない。戦闘だけが仕事ではないのだ。己の向かう道の確かさと困難を噛み締めながら、デブリ回収艇は暗礁宙域を離れた。


貨物輸送船 コムサイ型カプセル増設艦

 回収艇を収容したのは、アナハイム・エレクトロニクス社関連企業の船籍を持つ貨物船。アナハイム社のロゴ入り作業服に袖を通した大人が数名、男を出迎えるべくキャビンに整列している。いつの間にかパイロットスーツを脱ぎ捨てた男が、減圧もそこそこにキャビンへ降りてきて、同じ色の制服を受け取った。

「楽にしてください。もう軍隊じゃありませんよ」

 制服に袖を通しながら男は敬礼を解くよう促す。大人たちは手を下したが表情はこわばっている。楽になる者などいない。
 小柄だ。格闘家のような筋肉を制服で覆い隠した小男は、童子の笑顔を向けて問いかける。

「プランは?」

「はっ!本船は地球軌道艦隊の演習コースへ侵入し保護される手筈です!コムサイを分離し、先行する“筒”とのドッキングまで、現時点でコースタイムに誤差ありません!
「回廊は地球軌道艦隊の分遣隊が事後処理に入りました!丸一日、追ってこないとのことです!」

 胸を張り顎を引いた大男が声を張り上げる。傍目には分からないが、微かに膝が震えていた。

「ほう。思っていたより手際がいいですね。あちらも上手く回り出しましたか。
「筒回収までの時間は?」

「約半日です!」

「けっこうけっこう」

 小男は笑いながら楽にしろと付け加えた。船体下部にドッキングしたコムサイはジオングリーンのままだ。こんな姿を見られれば臨検は免れない。だが、まもなくコムサイの色は変わる。ボルトアウトしたあと再ドッキングするのは、サイコミュ・モデレートシステムを擁するコムサイなのだ。地球連邦軍が欲するグラナダニュータイプ研究所の成果を手土産に、クェイカー・モウィン大尉だった男は地球へ降りる。


 これより約半年後、男の頭上をコロニーが通り過ぎることになる。彼が妄執と吐き捨てたデラーズフリートの意地が、北米へ降り立った男に新たな道を開くのはさらに数ヶ月ほど先の話である。




第一部 0083編 完結

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