ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第壱参話「大人たち 前編」2/2 U.C.0083

岩礁帯 スキウレ&ゲルググ・ペルート

 少年兵が寝返った姿を認めてもクェイカー大尉は何も感じない。彼らの行く末に興味などない。既にないも同然の命、弾除けに使えぬなら囮でよかろう。スキウレで巡洋艦を沈める前に、ビームライフルを撃つチャンスを得られたと思えば得なもの。案の定、ジムは信号弾の意味を図りかねて足が鈍った。ところが命中したのは寄りにもよって囮の方だ。しょせん規格落ち、最期まで役立たずか。

 スキウレの状態は想像以上だった。画面は出力101%を示し発射を待っている。左腕のライフルを撃ち終わると流れるように巨大ビーム砲を発射した。クェイカー大尉が跨るスキウレは、要塞防衛のために艦隊迎撃も期待された兵器。MAビグロの攻撃力をより簡便に扱おうとした訳だ。ビームの接触時間と面積を向上させ、より広範な破壊をもたらすことが可能だった。貫通力を下げ、命中率と破壊面積を増す。これには耐ビーム装甲へのカウンター兵器という性格もあった。接触時間を数%増やすだけでビームコーティング装甲は破壊できる。いささか時代を先取りした発想だが、ゲルググ標準武装として耐ビーム装甲が存在する以上、連邦に鹵獲された際の対抗手段を欲していた。

 ジムとサラミスを撫でるように砲身を動かすと、光の柱が移動しているように見える。巡洋艦の装甲をなぞりながらジムの頭部を吹き飛ばした。

 サラミスに直撃弾、右舷側に広くダメージが確認できる。しかし巡洋艦に沈む気配がない。遠距離の減衰を考慮しても、スキウレの直撃に耐えられるほどサラミスの装甲は厚くないはず。様子がおかしい。

「妙ですねえ……まさか……」

 クェイカー大尉は火を噴きながらも加速を続けるサラミスを目にし、一つの考えに至った。ビーム攪乱幕だ。あれは大量にばら撒かなければ効果が得られない、費用対効果の釣り合わぬ金食い虫。一発二発で効果を得られる便利な代物ではない。大規模侵攻作戦などの物量戦でのみ運用できるはず。連邦は巡洋艦の対空防御に、あろうことか艦一隻のために使ったのだろう。金の無駄というほかない。普段ならば。

 参謀本部肝入りと思しき、“ライフセーバー”を擁する巡洋艦。キシリア機関の情報網にも引っかからなかった謎の戦力。改良型ジムにしてもそうだ、一つも情報がないというのはおかしい。フォンブラウン市の「ガンダム」の代替プラン、あるいは出自を異にする別物……。クェイカー大尉が知らないなにかが動いている。

「後顧の憂いは断ちたい所ですが、これでは……」

 少し前からルイーズの声が届かない。モデレートシステム稼働から間もなく10分。オーバーヒートしたと考えるべきだろう。そうなるとフュアゲルトは撃てず、サラミスは沈まない。
 潮時だ。もう一度引っ搔き回すつもりだったが、後は“あかぎれ”に任せるとしよう。追討戦力が一隻のみと分かった時点で熟考すべきだったか。ローズウッド少佐を言いくるめて茨の園へ逃げ込む手もあった……。

――後悔先に立たず、ですか。

 連邦軍参謀本部の動きには分からないことが多い。ニュータイプ研究成果の奪取が目的ならば追手が少なすぎる。人工ニュータイプ部隊を潰すにしては動きが鈍い。参謀本部と実働部隊の足並みが揃っていない可能性はある。
 キシリア機関が参謀本部と結託してクェイカー大尉を裏切ったという話なら、準備不足で現れた事情も想像がつく。機関がクェイカー大尉の計画に賛同している確証はない。新設の特務部隊なんてものは早々にご退場願い、あわよくば共倒れを期待した。そんな所だろう。

 考えながらスキウレを乗り捨て岩礁へ潜ろうとした。今頃になってスキウレを明け渡した旧ザクが撃ってきた。馬鹿な奴だ、発光信号でとっくに居所は割れている。姿を晒すだけなのが分からぬらしい。連邦軍には「私が撃ちました。まだここにいます」と映っただろう。状況判断ができない未熟者にMSを任せた、哀れな艦。落ちぶれたジオン残党の醜態に目を覆いたくなった。
 短い感慨を破るミサイルアラートが、ヘルメットの骨伝導スピーカーを震わせた。

「迎撃ですか?無駄な……おや?」

 サラミス級巡洋艦から発射されたミサイルの群れが、目前で爆発した。近づけばよく見えたもの、ヘッドアップディスプレイにビーム攪乱幕の散布状況が表示されている。小型弾頭に充填されたそれらは、大戦時より効率よく滞留していた。ビームが直進しかできない以上、岩礁帯を出て迂回しない限りサラミスは狙えない。ゲルググ・ペルートの遠距離武器は封じられた。つくづく金のかかった艦だ。
 接近警報が鳴りやまない。爆発の光を背にジムが一機飛び込んできた。閃光弾の先ではなく、クェイカー大尉へ真っすぐ向かってくる。ライフセーバー以外にも元気な奴がいるものだ。

「覗いていたのはあなたですか?フフッフフフフフ」

 サイコミュ・モデレートシステムに混線していた気配。やはりニュータイプ。連邦の秘匿部隊、ライフセーバー率いる特務艦の正体が、自分と同じモノだとは。クェイカー大尉は運命の神を褒めてやりたかった。


ジム・ピオニア マリアンナ・ジーノ機 学習型コンピュータ “CHLOROS”

 ジム・ピオニアの機体制御が書き換えられていく。自律同期型連携攻撃アストロラーベから僚機の着艦援護まで続いた、おびただしい流量のデータリンク。隊長機から受け取った未来予測偏重制御データの群れは、バックグラウンドで学習型コンピュータに負荷をかけ続けていた。スラスター推力の上限解放と関節駆動フィールドモーターのリミッター解除に合わせた挙動制御、即ちアーサードーランの突撃格闘戦術を体現する機体制御プログラムが、マニューバープログラムを上書きしてしまった。

 CHLOROSが目覚めた際、マリアンナ曹長に合わせながら出番を待っていた “ライフセーバー式突撃格闘マニューバー” は、待っていましたとばかりにジム・ピオニアを振り回し始めた。


回廊 マリアンナ・ジーノ曹長 vs クェイカー・モウィン大尉

 許さない。あの “男” が少年を撃ち殺した。守るべき子供を。大人にあるまじき行為。守れなかった後悔が足をすすめる。怒りが背中を押している。自分でも分かるくらい頭に血が上っていた。艦長の判断は正しい。ビーム攪乱幕ミサイルを通常の広範囲散布で走らせず、集中滞留モードで濃度を上げている。この隙に下がれと言っているのだ。沸騰した頭でもそのくらいの分別はついた。

 狙撃時に感じたもう一人の自分。静かになったかと思えば耳元で囁いている。落ち着きのない奴だ、あの男を放って下がれるものか。ゲルググは、あの男は仕留める。しかし突撃格闘戦の名手“ライフセーバー”ことアーサー・ドーラン相手に生き延びた強敵。開けた回廊、ビーム攪乱幕は遥か後方、遮蔽物はない。

――どう戦う?

「うるさい!あんたもなんか考えなさい」

 もう一人の自分は問うばかりで役に立たない。ビームスナイパーライフルを拾い直し “敵意” へ向かって飛んでいるが、高機動のゲルググを相手取るプランなど持たなかった。生還できるか怪しい。それでもマリアンナ曹長は勝利を欲した。

 回廊を抜けたコムサイはあの男が率いている。少年兵を使う卑劣漢。ニュータイプの少女だけではない、助けを待つ子供が大勢いるかもしれないのだ。生かして帰せば犠牲が増える。男のビジョン、敵の抱く邪な想像が、陽炎の如く “視え” ていた。

「地球へ行けると思うな!あの子を殺したお前に、未来なんてあるものか!!」

 ゲルググはビームライフルを振り回して銃口を向けてくるが撃つ気はない、撃てないのだ。マリアンナ曹長には “分かる” 。敵意、攻撃のきっかけを感じていた。不思議がってはいられない。ぶつぶつ言っているもう一人の自分のおかげだとしても、役に立つなら受け入れるほかなかった。隊長やオイカワ少尉に格闘スキルは及ばず、マモル曹長の分析力もホス少尉の粘り強さも持たない自分では、オカルトだろうと利用しなければ勝ち目はないのだから。


 依然としてルイーズの視線は感じられないが、敵の視線は肌を震わせるほど力強い。クェイカー大尉は低レベルニュータイプだが、精神感応の経験はある。この殺意も幾度となく装甲越しに味わったものだ。敵は強い。ひょっとしたら被検体の子供たちより。

「私を感じている?」

 ジムは無鉄砲な加速の割に回避が精確だ。ロックオンしたビームがかわされた。サイコミュ・モデレートシステムの実物は、ニュータイプ・インキュベーションユニットが擁する“筒”一機のみのはず。研究員、施設ともどもグラナダ基地の掃除は終えている。連邦が複製できるはずはない。これではまるで本物のニュータイプではないか。
 許せない。ライフセーバーの動きと違い覇気だけだ。人工ニュータイプのクェイカー・モウィンを墜とそうというのに、センスは足りず思想もない。無策で勝てると値踏みされたか。馬鹿にされているようで気分が悪かった。

 やはり連邦のニュータイプ部隊の当て馬にされたのだろうか。ニュータイプと戦いたいと願ったのは誰あろうクェイカー大尉自身だ。しかし、欲した敵を前に彼の胸中を怒りが満たしていく。

「視えているのにその体たらく。強いだけの愚か者、ニュータイプの恥さらしめ!」

 マリアンナ曹長の無思慮な突撃がクェイカー大尉の逆鱗に触れた。兆しを得ながら激情のままひた走る姿は、旧人類そのもの。宇宙を駆けるに値しない。シールドを失い右腕も動かないゲルググ・ペルートだが飛行面での不利は消えつつあった。左右非対称な推力が鳴りを潜め、増速パックと主推進機のバランスが整ったおかげで、脚部スラスターによるベクトル変更が効きやすい。ナギナタもある。敵に後の先を取られようと、二の太刀で切り捨てる。兆しを得た者が愚かでいいはずはない。引導を渡してくれよう。


 マリアンナ曹長は攻撃の予兆に過敏に反応していた。再び声が鳴りやんで、手足の末端が反射的に動く。自機が機敏に追従する。代わりに操縦がピーキーになった。バグか不具合だろうがコマンド分離が短すぎる上、冗談みたいに反応が早い。最悪のタイミングに幸運な不具合。どういうわけか違和感なく順応していた。勝つためならなんでも受け入れる。ビームライフルを二発回避したマリアンナ曹長は、遂にゲルググの眼前に到達した。スラスターを一吹きすればビームサーベルがぎりぎり届く距離。スナイパーライフルを手放して切りかかりたい衝動に抗っている。静寂を切り裂いて、またも内なる声が邪魔をした。

――手放しちゃダメ。それが必要。

「ワケを教えなさい!」

 もう一人の自分は相変わらず言いたいことだけ言って返事がない。分裂症というやつなら、もう隊には戻れないかもしれない。殺し合うコンマ数秒、仲間の顔が浮かんでしまった。アーサー・ドーラン、マモル・ナリダ、二人と初めて会った日がフラッシュバックした刹那、ゲルググがビームライフルを捨てると分かった。ここだ。サーベルで “斬り合うフリ” をした。
 自機の左マニュピュレーターがライフルから離れ右肩サーベルラックへ向かう。右腕はスナイパーライフルを保持したまま。一瞬だけ攻撃も防御もできない恰好を晒してしまう。

 ゲルググが吹かしてきた。左手にビームナギナタが握られている。上昇して避ければ数秒は稼げる。それでも追いつかれ勝敗が決するはずだった。マリアンナ曹長は右腕をだらりと下げて、ビームスナイパーライフルを真下に向け、スラスターを最速で吹かした。


 ジムは愚かにもライフルを持ったまま斬り合う。そう思わせたいらしい。小賢しい“女”だ。
 クェイカー大尉にも精神感応が起きていた。サーベルの斬り合いは起こらない。そのためのライフル。クェイカー大尉は誘いに乗った。

「奥の手はとっておくもの。まだ青いですね、お嬢さん」

 上昇したジムがビームサーベルを抜き放つ。上昇を続けながら、ゲルググめがけ投げつけた。

「ああそう来ますかニュータイプ。まあ、悪くはないですよ」

 クェイカー大尉の精神は研ぎ澄まされていた。ライフセーバーの異名を持つアーサー・ドーランと斬り合い、右肩を撃ちぬかれる間ずっと、ルイーズの感応波を浴び続けていたのだ。ニュータイプの覚醒、望んだ形では叶わない。それが戦争の、闘争の中でしか叶わないと “分かって” いた。


 マリアンナ曹長はビームサーベルを真下に投げつける。発振器がドライブしたまま、数秒間ビーム刃を形成したまま飛んでいく。お構いなしに突っ込んでくるゲルググから視線を切らさず回避機動を続けた。スナイパーライフルを真下に向けて。
 ゲルググまでサーベルが飛んだところに、ライフルを撃ち放った。ゲルググは回避して見せたがサーベルデバイスは撃ち抜かれ誘爆する。柄に圧縮充填されていたミノフスキー粒子が解放され、飛び込んでくるゲルググへビームの飛沫を浴びせた。破壊力は物足りないがゲルググのカメラ、センサー類は死んだはず。スナイパーライフルの近接モードは二射目の発射に約一秒。勝った。

「動きが鈍って…… うそ、止まらない!?」

 ゲルググはまんまと策に嵌まった。カメラは死に、センサー類は機能していないはず。しかしゲルググは足を止めなかった。ビームライフルで迎え撃つが、上下に大きく揺れながら飛び込んでくるゲルググに当たらない。

――甘いですよお嬢さん。

 声が届いた。もう一人の自分ではない、あの子でもない。誰なのだ。ビームの先にゲルググの姿はない。股下に潜り込まれた。


「奥の手はこう使います」

 ナギナタの間合いにはまだ遠い。クェイカー大尉は構わずゲルググ・ペルートの左腕を突き出した。前腕から小さな銃口が顔を出す。
 ビームスポットガン。威力は劣るが連射が可能な近接防御火器。ジェネレーター直結型のビームスポットガンは、ミノフスキー粒子を縮退直前で保存しておく「エネルギーキャップ技術」を用いない為、ビームライフルより構造が簡便だった。ビーム技師不在のニュータイプインキュベーションユニットが持つ数少ないビーム兵装だ。
 ゲルググの固定武装ともオプションとも言われるが、実際は前腕ブロックごと換装できる仕様であり、マシンガンやジェット推進機など複数存在する。機体構造のモジュール化が生んだゲルググらしい武装だった。間に合わせのビーム兵器、未完成とまで呼ばれていたが決して欠陥品ではない。低出力ビームの減衰を考慮しなければならず、扱いが難しかったのだ。ゲルググが投入された大戦末期、あてがわれた兵の中に使いこなせる者がどれだけいたか。

 戦後三年半、ジオン残党は実弾火器を多用した。連邦軍はビーム兵器と戦い慣れていない。今の今までビームライフルをあれだけ見せつけて投げ捨てた直後、並みのパイロットなら警戒を解いている。中距離では実体弾より心許ないが、近距離、おまけに背中はがら空きときている。あとは赤子の手をひねるより簡単なはず。

 股下からビームの雨を浴びせられジム・ピオニアの装甲に穴が開く。致命傷にならず、数秒前進して逃げ回るが背後を取られてしまった。バックパックの主推進器を撃ちぬかれればお終いだ。近接防御火器はなく、サーベルも失い、180度姿勢変更してライフルを撃つ余裕もない。急降下をかけて第二射を避けたがゲルググ・ペルートの足からは逃げられない。マリアンナ曹長は詰んだ。そのはずだった。

――ライフルを分離して。

 あの子だ。ムサイ艦狙撃時に聞こえた声、間違いない。コムサイにいるという女の子。あの子が、マリアンナ曹長へ言葉を届けてくれた。救うべき子供に助けられようとしている。力及ばず助けられないかもしれないと諦めかけていたマリアンナ曹長は、沸き上がる勇気を糧に走り出した。彼女の想いを無駄にしない。応えて見せる。

 スナイパーライフルから狙撃アタッチメントをパージして投げつけた。ライフル本体と見紛う長大なバレル。クェイカー大尉はナギナタを振って切り捨てる。再度撃ちぬかれ誘爆されてはたまらない。敵の狙いを察知して一手早く対処した。再びビームスポットガンのトリガーに指をかける。不鮮明なサブカメラ頼みのコクピットモニターから、ジムの姿が消え失せていた。

 ビームスナイパーライフルは集束率を向上する追加バレルとビームライフル基部からなる。バレルを外せば中距離向きビームライフルとしてそのまま使える。戦場でのバレル交換まで視野に入れた野心的な装備だった。想定された使い方とは全く異なってしまったが。


 “tactical proposal (戦術提案) α” メインモニターは先ほどの奇妙なインターフェースが所狭しと飛び回り攻撃を促す。誰もいない、ゲルググの軌道から大きく外れた空間に。目が散ってしょうがないところへ自機の飛行ガイドまで現れた。操縦シミュレーターで散々見せられた飛行ガイド。そんなものが実戦で表示されている。ふざけるなと叫びたかった。最低最悪のお節介に、乗っかるよりほか打つ手がない。もう一人の自分の囁きもあの子の声も聞こえないが、マリアンナ曹長は直感していた。これが最善手だ。
 バレルパージ直後、鋭角に転進しながらカウンタースラスターを吹かして急減速、即座に脚部スラスターを力強く吹かして来た道を戻る。力任せに機体を振り回しているのだ、いつ空中分解してもおかしくない。コクピットシートを真下から蹴り上げる衝撃に耐えながら、投げ捨てたバレルへ追いつく軌道遷移。加減速負荷に体が悲鳴を上げる。スーツで守られていても首が折れそうだ。ゲルググとバレルの延長線上に自機が到達し、更にもう一吹かし。コクピットシートのすぐそばからフレームの軋む嫌な音がする。死の恐怖が心を染め上げる中、マリアンナ曹長はトリガーを引いた。

 ゲルググがバレルを切り捨てた。敵の視界にジム・ピオニアはいない。撃ち放ったビームの先へ寸分違わずゲルググが現れ、申し合わせた殺陣の如く、頭部を撃ちぬいた。続けざまに放った二射目がバックパックをかすめ火を噴かせる。しかし敵もさるもの、推進器をカットしたのが見て取れた。既に向き直り、同様に脚部推力にものを言わせて懐へ飛び込まんとしている。敵はなぜ耐えられるのだろうか。相対速度はむしろ開いたはずだった。敵を出し抜くため、空中分解手前で反転したマリアンナ曹長命がけのマニューバーはあっさりと凌駕された。敵の挙動が信じられない。パイロットは異常だ。これがニュータイプだろうか。

 勝てないかもしれない。頭を失って尚迫りくるゲルググに、負けそうになっていた。手首ごとナギナタが高速回転し、ビーム刃が円盤型に広がる。命中率と接触範囲を向上させるゲルググ特有の斬撃モーション。恐ろしい。自機が言うことをきかない。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。

――助けて。

 あの子、ではなかった。もう一人の自分が助けを求めている。世界が動きを止めていく。内なる声が木霊する、制止した世界。マリアンナ曹長を再び動かしたのは、怒りとも恐怖とも異なる静かな決意だった。

――大丈夫。
――私があなたを守ってみせる。

 ビームナギナタが面になって迫りくる。敵も視界に頼っていない。ならば小細工はなしだ。ゆっくりと動き出す世界に呼吸が合わさっていく。接触まで約1.5秒。チャンスはワンアクション。右脚が見えない壁を蹴って、進行方向左・内側軌道へ機体を強く押し戻す。左膝を屈曲させて脚底部スラスターを噴射、前方宙返りをしながらゲルググの頭上を飛び越え背後へ回り込む。アーサー・ドーラン少尉がザクを撃墜したアクロバットモーション。だが敵は合わせてきた。面に広がったビーム刃が、角度を変えてジム・ピオニアを襲う。肩から斬り落とされ左腕が宙を舞った。ここだ、身をよじる暇も与えない。刹那、宇宙を照らした閃光に、ゲルググのバックパックが貫かれていた。

 小さな爆発の向こうで、平らな背中を晒しゲルググが潰走する。生きていた。仕留め損ねた。脚部スラスターとスカートエンジンだけであっという間に離れてゆく。男を終わらせるべくマリアンナ曹長はトリガーを引いたが、ビームライフルは連続使用でオーバーヒートし機能停止。攻撃手段を失った。

「撃たせてよ!あいつが逃げちゃうじゃない! ねえ!!」

 やるせない口惜しさがコクピットを満たした。ジム・ピオニアもオーバーヒート寸前。メカニカルヘルスチェックモニターによれば関節駆動フィールドモーター、躯体フレーム、バランサーと軒並み異常をきたしている。男を追うことは叶わなかった。




――後編へ続く

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