ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第十話「突堤に灯る火」 U.C.0083②

爆炎が照らす死闘。ジムとドラッツェの一騎打ち。

回廊内 月側

 アーサーが回廊に突入して間もなく、岩一つない回廊を閃光が走った。ビームライフルの輝き。閃光に射抜かれたMSが光の球になった。
 マモル曹長が一対二を破った証だ。たった一人で、目前の二機と伏兵の恐怖に打ち勝ち状況を好転させた。

 やはりマモル曹長は頼もしい。いずれは戦闘部隊長になる器だろう。今はまだ、アーサーの方が年長で少しばかり堂々としているだけなのだ。
 突出した自分を何度も助けてくれた男だ。敵機を任せた際、一度として逃げずに引き受けてくれた男なのだ。アーサーとマモルとマリアンナ、三人が揃えば回廊を突っ切り敵艦を拿捕する任務とて難しくない。少しばかり調子に乗ってしまいたくもなる。それほど腕の良いチームメイトだった。

 今度は自分の番だ。隊長の責務を果たす。彼を必ず連れ帰る。分かり切った伏兵に臆するよりも、目前のザクを処理する。時間が惜しい、一気に決める。
 アーサー・ドーラン少尉が名を馳せるきっかけとなった戦い、宇宙要塞ア・バオア・クー攻略戦。あの時のように腹を括って、アーサーはジム・ピオニアを推力任せにかっ飛ばした。


回廊 地球側 ムサイ艦

「ジャスルイズより信号受信。ザク全機発進せよ」

 コムサイとドッキングアウトしたムサイ艦が回頭し、地球を背にしている。艦首は回廊を向き、交戦宙域にメガ粒子砲が届く射程いっぱいまで後退している。
 MSカタパルトの警告灯に真っ赤に照らされたザク三機は、横倒しの姿勢で進行方向へ頭頂部を向け撃ちだされていく。マシンガンの他に残党軍が独自に作り上げた90㎜口径のガトリング砲を装備していた。諜報活動の成果、連邦軍開発データと鹵獲した装備の解析によって完成した武装。面制圧力に長けた兵器だ。終戦間際に月面で使用された代物らしい。連邦規格の弾薬の方が海賊の身の上に都合がよかったので、対空防御用に採用された。

 ザクの腕部フレームでは反動抑制が全く効かないため集弾率が低く、命中させるというより近づかせないための武器である。それゆえ今回の出撃にもってこいなのだ。
 艦長はムサイ艦の対空防御を考えているようだが、パイロットの少年達には母艦より優先すべきものがある。コムサイに乗った幼い子供たちを守るべく出撃したのだから。母艦など、戦争が好きな大人など守る気はない。「家族」に今生の別れを済ませた少年達に帰る場所は既になかった。全ては兄弟たちのため。ジャイアントガトリングは一発だって無駄にしないと決めていた。

 発艦して間もなく回廊に光球が生じ、ジャスルイズのザク撃墜を知った。間に合わなかった。このまま合流すれば少年たちは盾にされるだろう。未だ敵艦が顔を出していない所を見ると、連邦の方が暗礁宙域の戦闘に長けている可能性すらある。
 デラーズフリートに付き合っていたら死んでしまうかもしれない。死ぬのは覚悟の上。しかし目的があるのだ。大義に殉じて散ってやるなどまっぴらごめんだった。

 回廊に防衛線を張るべく、少年たちは大きく広がりながら指定座標へ向かう。僚機のカバーよりも防衛線の構築を優先していた。命令無視を決め込んでいる。たとえ生き残ってもジャスルイズは自分たちを拾わない。彼らが欲しいのはジオン軍人であって未熟なパイロットではない。MSを手土産に下っても待遇は期待できないだろう。

 門前の小僧習わぬ経を読む。少年たちはジオン残党の内情を知っていた。初めからMSを渡す気はなかった。
 母艦も、デラーズフリートも、少年たちの家にはならない。家とは家族が待つ場所を指す言葉。コムサイを見送った時、彼らの家は無くなった。本当の家族と死に別れ寄り添い暮らしてきた孤児たち。大人になるまで生きていられるのは一握りと悟ったとき、少年たちは全てを諦めた。優しさと思いやりを手放せず、未来を諦めきれない彼らが全てを捨ててでも守りたい家族ができたのだ。
 大人の好きにはさせない。大丈夫、弟妹たちにはルイーズがついている。彼女は賢い。クェイカー大尉を出し抜いて地球で幸せに生きてくれるだろう。


 “MS-11PM サイコミュ・モデレートシステム装備 量産型アクト・ザク” 月面ニューアントワープ地下秘密工場で製造されたアクト・ザクの出力調整タイプ。MS-11の完全再現にこだわらず、統合規格に則ったMS-06FZザクⅡ最終生産型の部品と連邦軍MS規格品を併用して少数だが量産に成功した。
 プロペラントの無駄遣いをした兄弟が先の戦闘で墜とされている。回避機動は最低に、敵を近寄らせず継戦時間を確保する。戦い方は三人で相談して決めた。ルイーズに負荷をかけない為モデレートは行わない。何もかも好都合だ。少年たちが好き勝手にできる。

 ジャスルイズが何を考えていようと構わない。ジオンも連邦も同じこと。ここから先へは誰も通さない。ジャイアントガトリングを構えて仁王立ちのアクト・ザク三機が、回廊の出口に立ち塞がった。


ムサイ級巡洋艦ジャスルイズ ブリッジ

「クェイカー!愚か者めがっ!」

 ローズウッド艦長の怒号がブリッジの空気を震わせた。回廊内で数的有利を得たはずが逆転されてしまった。敵増援は一機だがどうやら特務隊かなにからしい。幾度も機会があったが遂に二人はジム一機沈められなかった。

 ドラッツェを出すのはまだ早い。クェイカーの戦力を投入させ数的優位を取り戻したのち、折を見て味方機を退かせる。しかる後に連邦クェイカーまとめて薙ぎ払う算段のはずが、クェイカーはMSを戦線まで上げずに防衛ラインなど張っている。
 馬鹿は死ななきゃ治らないというが真実だろう。奴はキシリア閣下の威光を頼るばかりでグラナダ守備隊の頃からルーゲンス司令の命令を度々無視してきた。グラナダがキリング中佐の指揮下に入るや否や、終戦までの僅かな期間で基地中引っ搔き回してあれこれ搔っ攫っていった。
 自己保身ばかりで大局を見ていない。今だって防衛ラインなど張らずとも数で押し潰せばよいものを。

 それとも、馬鹿なりに小癪な手でもあるというのだろうか。なんにせよ今はMSだ。直掩機を空にしてまで伏せた伏兵だが、背に腹は代えられない。

「ザクⅡを戦線へ合流させよ」

 奇襲はザクⅠ一機でやる羽目になるが問題なかろう。ドラッツェとザクⅠが作戦の要だ。作戦変更ごとき戦場では日常茶飯事である。
 伏せていたザクⅡF2型が戦線に到着すると二対二の高速戦闘が始まった。ザクに距離を取るよう指示したがジム二機は接近戦の間合いを心得ている。税金泥棒の月軌道艦隊にしてはできる奴らだ。足の速いのが一機常に死角へ回り込んでいる。さっきまで追い込まれていたジムはと言えば、ビームライフルを二丁持ちしてザクの出足を抑えていた。

 連邦は金のかかる装備を複数配備し新型MSまで繰り出してくる。対するデラーズ・フリートはジャンク漁りと裏取引でなんとか命を繋いできた。一発の弾丸に男たちの魂が宿っているのだ。
 スペースノイドから吸い上げられた血税が、さも補給があって当然とビームライフルを使い捨てるような運用を連邦軍に許している。許せようはずがない。あれは叩かねばならぬ部隊だ。MSを撃墜し、艦はこの手で沈めてみせる。ローズウッド艦長は決断した。

「全クルーに達する。これより本艦は一斉射撃を開始する。
「敵艦補足を待たず敢えて姿を晒す形になるが、これは本艦がジオンの志を体現するものたる証明である。
「我らデラーズ・フリートはジオン公国の志を継ぐ勇士だ。スペースノイドの自主独立のために戦う戦士だ。その我々が、こそこそ隠れまわっていては連邦を恐れる腰抜けであると言っているようなものだ。
「スペースノイドが我らを信じ、再び立ち上がるためにも! 我らの戦いを世に示し問わねばならぬのだ!真に自由を守る者が誰なのかを!」

 若者たちはローズウッド艦長の発した檄に奮い立ち拳を突き上げた。理想を夢見る若人が雄たけびを上げる一方で、老兵(彼らと比べればだが)たちは静かに俯いて目を閉じる。妻子をのこしてきた者もいた。だがここで果てるならそれもいい。

 デラーズフリートの内情を知れば、一発逆転の目がないことなど船員たちとて勘づいている。
 戦後三年間連邦の支配体制は揺らがなかった。ジオン共和国がかりそめの自治権を得ただけで良しと去る者達を見送ってきた。
 今日まで残った老兵はそれぞれ下ろせない荷物を背負い込んでいたが、それもここまで。後ろ盾を亡くし滅びゆく者たちは、開戦から四年半幾度も繰り返した作業に戻る。慣れた手つきで黙々と砲戦の準備を進めるのだった。


回廊内

 アーサーは攻めあぐねていた。ザク二機は強固な連携で隙を見せない。一機墜とされて冷静さを取り戻したか、アーサーの突撃に釣られない。連携パターンなのだろう、アーサー機が大きく軌道を変えるタイミングで両機から集中砲火を受けた。しかし撃墜を狙った攻撃とは思えない。進行方向を限定する、誘い込むような射撃なのだ。弾筋からも気迫を感じなかった。
 単に練度が低いのかもしれないが、コロニー戦闘のお手本のような射撃で高機動戦闘に対応できていない。

 攻めているのは形だけで守りに徹している。狙いがあるとすれば明白だ。岩礁に潜む伏兵だろう。備えはある。だが場所と数が分からなけば機先を制することは叶わない。ジオン残党のテリトリーで戦えばどうしたって後手に回る。
 一か八か追い込まれてみるか。マモルならば意図を汲んで一機抑えてくれるだろう。もう一機はなんとかしてみせる。

――伏兵はスナイパー、小隊、それとも艦船……
――もしもニューアントワープの長距離ビームだったら、一発で終わりだな……
――いや、長引けばジリ貧。仕掛ける。

 アーサーはマモル曹長と自機の位置を確かめて行動を開始した。小隊の連携戦術、月面戦闘時のオイカワ少尉同様、取り決めてあった合図を混ぜてジムを飛行させる。マモル機が返答サイン混じりの動きで応えたのを確認した後、近い方のザク目掛け緩急つけた動きを解いて一気に間合いを詰める。
 既に幾度も仕掛けた突撃より急角度の旋回でザクの頭上へ回り込み、倍速に近い急降下で急襲する。その間も機体をロールさせ狙いをしぼらせない。

 ザクのパイロットは肝を冷やしているだろう。明らかに対応が遅れていた。ザクは加速も減速も中途半端なままヒートホークを抜いてしまった。最善手を見失っている。

 アーサー率いる小隊は戦後三年間ジオン残党討伐任務に就いていた。ザクのパイロットとは場数が違う。初めから手の内を晒すようではベテラン呼ばわりの前に二階級特進だ。
 U.C.0083・6月現在、残党討伐部隊に引き分けは少ない。勝ちか負けのどちらか。手ぶらで帰る間抜けは最悪左遷、降格の噂も囁かれたほどだ。

 もしもザクのパイロットがアーサー・ドーラン少尉を知っていて、目前の相手が彼だと気付いたなら結果が違っていたかもしれない。彼を「時の人」にした連邦軍制作プロパガンダフィルム、虚飾塗れの再現VTRが描いた数少ない真実「突撃格闘戦の名手」アーサー・ドーランその人だと知っていたならば。

 機を起こして切り結ぼうとするザクの脇へ自機を潜りこませる。ビームサーベルを抜き放った動きそのままにジムが右腕を振り下ろした。肩口から逆側脇腹へと一刀両断。胴体を真っ二つに切り裂かれたザクの下半身が明後日の方向へ飛んでいく。
 ヒートホークが宙を撫でる間、アーサーは切り捨てたザクを尻目に残る一機へ襲い掛かった。

 後方、通り過ぎたばかりの足下から撃墜したザクの爆発光が照らしてくれる。ザクのパイロットは焼け付いたコクピットモニターに苛立っている事だろう。光学補正をかけ直す一瞬、ジムを見失ったはずだ。
 自機と敵機の方位を把握した上で逆光になるよう計算づくの攻撃。マモル曹長が敵を抑えてくれれば、これくらいの芸当はやってみせる。

 勝利に手が届く距離まできた。アーサーが熱源・赤外線モニターを注視しているのはいつもそんな時だった。

――追い立てられた先からの反撃、これが敵の書いたシナリオなら何かあるはず。
――仕掛けるなら今だが……
――それともまだ    来た!

 岩礁回廊の対岸で微細な光源。ピオニーユニットが光学映像の僅かな変化を捉えて瞬時にアラートを発する。
 ミノフスキー粒子濃度が濃い空間では強力な赤外線放射も攪乱され発見は困難。全天をカバーすべく注意を張り巡らせていたピオニアが、岩塊から顔を覗かせるムサイ級巡洋艦を認めて拡大映像を割り込ませた。
 体は反応している。警戒音が聞こえた時には機体を潜らせていた。敵に頭頂部を向けて突っ込んでいたので頭を下げるだけで下降する。直前までいた軌道の先でメガ粒子の光がほとばしった。

「まだ……岩礁にいたのか」

 ムサイ艦が地球へ向かうというのは参謀本部の見立てだ。敵の真意など分かろうはずもない。しびれを切らして出てきたか、それとも別動隊か。ザクの数が合わないのも気になった。再び数的不利に陥る前に一度引くことも考えるべきだが……
 敵はこちらを上回る戦いをするはず。艦砲射撃で終わる訳がない。

「マモル聞こえるか」

「はい隊長」
 
「まだ本命がいるはずだ。この機にあぶり出す。
「敵艦に仕掛けるが、ザクは任せられるか?」

「一対一なら、あと三分、もたせて見せます」

「頼んだ! こいつで凌げよ、二分で戻る!」

 接近した二機のジムはしばし並走したのち再び分かれる。アーサー機が未使用のビームライフルをマモル機へ投げ渡し、敵艦へ向け加速していく。
 マモル機が二丁拳銃で使い切ったビームライフルを一丁捨てて、三丁目のライフルを受け取った。新たなビームライフルをドライブした時、モニターにピオニー用インターフェースが現れた。

 “tactical proposal(戦術提案)α” 初めて見る機能が提示される。試験機らしい不具合と無視を決め込むと、新たに色形の異なる照準環が現れ勝手に動き回る。ザクは遠い。一対一の射撃戦なら負ける気がしない。戦術提案αとやらを試してみるのもいいかもしれない。

 突然割り込んだコンバットプルーフ(実戦で証明された信頼性)のない未知の機能。普段なら決してしない馬鹿げた想像だが、マモル曹長はこれから起こる事態を予想できた。加速した思考、ゾーンに入ったマモル曹長の力かもしれない。ピオニアの実態を朧気ながら掴みかけている自分に驚きつつ、マモル曹長はピオニアに身を委ねてみる気になった。


 解除したはずの連射モードが再び設定され、何もいない空間に幾度も射撃指示が浮かぶ。疑念は拭えないが動揺もない。
 わざとザクに背後を取らせたマモル曹長は、MS特有の楕円回避軌道から上半身だけを振り向かせビームライフルを発射した。敵機の回避はセオリー通りではなかった。失速し背後を失うのを恐れた加速。みるみる照準環に吸い寄せられていく。
 直後、“なにもない空間”への射撃指示に従った二射目のビームは、誰も映さない射撃指示の先に現れたザクへと吸い込まれた。三度目の光球が回廊を明るく照らし出す。

 隊長と別れて約一分、しのぐどころか撃墜してしまった。自動照準などではない、断じて違う。
 戦術提案αは “未来予測” だった。

 マモル曹長は目の前の出来事が信じられず我に返る。今の今まで自然に受け入れていた自分はなんだったのだろう。ジム・ピオニアは高性能MSなどではない、もっと別の何かだ。足下から寒気に襲われた。勇気と手応えが遠のいていく。
 とんでもないものに乗っている。マモル・ナリダ曹長の偽らざる本心だった。


岩礁対岸 ジャスルイズ

 丸裸のジャスルイズ目掛けて足の速いジムが突っ込んできた。残るMSはザクⅠとドラッツェ。直掩機はない。ローズウッド艦長の勇ましい演説が嘘のように、岩影に船体を隠している。
 こうなってはクェイカーの処分など二の次だ。ドラッツェを出すしかない。唯一残った歴戦のパイロット、奴なら仕留めてくれるはず。

 ローズウッド艦長は戦力の逐次投入という愚策にはまっていた。機動力に優れたドラッツェで初めから攪乱しておけば損失は避けられたかもしれない。
 対してドラッツェのパイロットは役割を心得ている。加速性能を活かした一撃離脱。ドラッツェの武装からも用兵思想の偏りが見て取れた。固定装備のマシンガンに加えてロケット弾頭、MSミサイルで武装している。
 MS戦では欠点となる低い旋回性を補うべく、高速で実弾の雨を降らせて敵機の逃げ場を塞ぐ。加速の乗ったビームサーベルですれ違いざまに切り捨てる。まるで戦闘機の戦い方だ。高速戦闘に順応したベテランパイロットが、迫りくるジムの迎撃へ向かった。


 アーサーが向かう先、ジャスルイズが潜む岩礁から戦闘機に似た機体が現れた。暗礁宙域浅瀬でザクを運んできたMSキャリアと思しき機体だ。MAかMS、判断がつかないがとにかく足が速い。
 まだ距離がある内から牽制射が飛んでくる。弾を惜しまぬ執拗な連射。攻撃に躊躇いがない。

 前進を阻まれたアーサーが左側からムサイの腹へ潜るつもりで大きく軌道を変える。ドラッツェは垂直に近い急降下でムサイとの間に割り込むように襲い来る。ほぼ真上から単発式ロケット弾頭シュツルムファウストが数発降り注ぐ。
 今度は減速して相対速度を落としつつ四肢を振り回すAMBAC(能動的姿勢制御)回避でやり過ごす。その間に旋回して距離を稼いだドラッツェが、後ろ向きのミサイルで器用に上昇を阻んだ。

 アーサーは足を封じられ、逆にドラッツェは速度が上がり過ぎている。互いに最善手を繰り出せる状況ではない。

――負ける気はしないが、勝てる気もしないな。マモルも連れてくればよかった。

「馬鹿め!失速したな」

 オープン回線から敵パイロットの蔑みが響く。ジオン残党ってのはよく喋る、と一人余裕ぶってみるが大ピンチだ。このまま視線を交わして過ぎ去る敵ではあるまい。
 高速MSが敵の奥の手なら手の打ちようはある。敵艦が岩陰へ下がった今、残弾とビームサーベルなら充分一騎打ちに持ち込める。ムサイが再び顔を出す前に叩く。大きく旋回して戻ってきたドラッツェが下方より迫っていた。

 アーサーはマシンガンを腰ハードポイントへ戻し、シールドを左前腕ラッチから外してハンドグリップへ持ち直す。右手でビームサーベルを抜き放ちながらオープン回線に応答した。

「こいよ、中途半端なモビルスーツ。 早いのは逃げ足だけか?」

――こういうのはオイカワのやり口だろうに。なにやってんだ俺は。

「ほざくな!! 腐りきった連邦の犬め」

――乗ってきた! 言ってみるもんだな。

 売り言葉に買い言葉。安い手に頼ってしまった。部下に示しがつかないな、と場にそぐわない反省が頭をよぎる。
 アーサーは機体を敵機に向け直して加速を始める。スラスターが唸りを上げ、コクピットシートの振動が大きくなる。みるみる速度が上がっていくが、正面切ってやり合うにはまだ速さが足りない。歩兵と騎兵ほどの差があった。

 アーサー・ドーランという男はこんな場面でも慌てない。幾度も潜り抜けた死線、振り返ればこんな事態はままあったからだ。
 慣れた手つきでジム・ピオニアの左腕出力を上昇させる。関節部のマシンストレスが増大する反面、武装保持力とAMBAC性能は向上する。一方サーベルを振るう右腕に変更は加えない。ビームサーベルは強力だが、当たらなければ意味がないので命中精度を優先した。
 敵機はマシンガンの他にも近接武器があるはずだ。左手でシールドをぶん投げて射線を塞ぎ、内懐へ飛び込んで斬りすてる。それがアーサーなりの一騎打ちへの回答だった。もっとも教導隊に採点されたら目も当てられない評価だろうが……。

――ジム以上のフレーム剛性と旋回性、ピオニアのポテンシャルを引き出せれば……!

 ジムとドラッツェ、衝突まで秒読みのチキンレース。ドラッツェは小回りが利かないためほとんど直滑降。対するジムは足りない速度で攻撃と回避を同時に行わなくてはならない。
 アーサーは機体を反時計回りにドラムロールさせて飛行し敵パイロットの目を慣らしていく。敢えて読み易い軌道に自機を置き、直前で推力任せにサイドステップする。敵の軌道外側を通って後ろを取ると見せかけて、内懐へ飛び込むつもりだ。

 双方譲らず、必殺の間合いへ至る。ドラッツェが最後の牽制射、といっても当てるつもりでジムのロール軸を崩しにかかった。一発でも当たれば致命傷は避けられない。アーサーが敵パイロットでも同じことをしただろう。ジムの軌道の先目掛けて撃ち込まれるマシンガンは、しかし完璧なタイミング故に避けやすい。
 速度が上がり始めたジムが脚部スラスター全開で円軌道の内側、進行方向右へ強引に飛び込んだ。アーサーは途轍もないGで体が潰されそうだ。前方斜め上から巨大な掌で殴られるような全身の痛み。これに耐えなければ勝機は生まれない。
 視界が赤く染まっていく。レッドアウト寸前、かっと両目を見開いて勝機を掴みに行く。

 ドラッツェがビームサーベルを抜き放った。ジオン残党がビームサーベルを使う場面にはめったにお目にかかれない。少々意外だ。
 アーサーは咄嗟に予定を変更し、左腕を前に突き出したまま、サーベルの間合い一歩半手前で振りかぶる。一拍早めに振り下ろしたサーベルが空を斬るとき、ドラッツェは両肩の姿勢制御スラスターを噴かして制動をかけた。敵がこちらの間合いをずらすことは想定済み、前もって“振り下ろして見せた”ビームサーベルに油断しきっているに違いない。
 ドラッツェが慣性で斬りかかる。アーサーの予想通りだった。

――最高速度に斬撃を合わせようとすれば、取れる手は限られる。
――素直すぎたな、ジオンのパイロット……

 ジムは右腕を振り下ろした勢いで左半身が前に出ている。そのまま左手を伸ばして至近距離でシールドを投げつけた。シールドがドラッツェと正面衝突するが慣性のまま接近は止まらない。ドラッツェはと言えばビームサーベルを振り下ろすのが一拍遅れてしまう。この一拍が、アーサーの狙いだった。

 この隙に機体を捻って一回転、左下方から斬り上げたビームサーベルがドラッツェのサーベルとぶつかった。鍔迫り合いの衝突。僅かにドラッツェの勢いが上回りジムは押し負けそうになる。
 ジム・ピオニアに近接防御火器はない。しかしモビルスーツは腕が有れば足もあった。ジムが左膝蹴りを見舞う。ドラッツェは体制を崩した。足がなく腕も短い戦闘機らしい機体は、加速性能の代償に運動性を犠牲にしており、機体を立て直すのは困難だった。
 膝蹴りで距離が開いた二機、動き出しはジムの方が早い。当然だ。小回りを捨てて真っすぐ早く飛ぶ機体と、手足を振って旋回できる機体、どちらが自由に動けるだろう。
 後ろを取るまでもなく、ビームサーベルを一太刀浴びせて勝敗は決した。

 敵がリックドムに乗っていたら勝敗は分からなかった。戦闘機が直線勝負で敗北するにはそれなりの理由があったはずだ。小回りの利かない機体で鍔迫り合いなどすればこうもなろう。援護なしならなおのこと……。

 ジオン残党にしては素直すぎた。若かったに違いない。ひょっとしたら学生上がりかもしれない。敵機の残骸に背を向けながらふと敵の素性が気になったが、最早知る術はなかった。


2分前
暗礁宙域 岩礁回廊 地球側 MSコクピット

 クェイカー大尉が長距離ビーム砲から離れてしばらく、後方に控える母艦からザク三機が発艦していた。ローズウッド少佐は下手を打ったらしい。当然だ、無能には荷が勝ちすぎる。回廊内に爆光を観測していた。戦闘が終わってしまっては目も当てられない。

 それにしても……例の試作機と思しき改良型ジム、良い動きをしている。ひょっとして近づけば精神感応が起こるのではないか。期待が頭をもたげると、もう穏やかではいられない。戦後三年間、いや開戦から四年……遥か以前より待ち望んでいた邂逅……。

 クェイカー大尉は人生で二度、胸を焦がす出会いを経験した。ザビ家との運命の出会い、ニュータイプ研究所で出会った少女。いずれも“ジオン”によりもたらされた出会い。自らを宿命づけた“呪い”の場ではなかった。故に欲したのだ、三度目の運命を。

 ニュータイプは実在する。ならば戦わねばなるまい、未だ分らぬ答えを得るべく。戦うために生み出された命が欲する“真実”を見極めるために。

「一度やってみたかったんですよねえ。 『ニュータイプ』とMS戦を!」

 操縦桿を握る男は、少年のような童顔を大きく歪ませている。まるで公園で遊ぶ友達を見つけた様な顔をして。「僕もいれて」そんな声まで聞こえてきそうな顔だった。


岩礁回廊 対岸 長距離ビーム砲

 コロニー外壁デブリに固定された長距離ビーム砲は、MS用携行武装としての機能を省かれ、新たに二つの特徴を与えられた。サイコミュアンテナがその一つだ。

 グラナダニュータイプ研究所は本国の研究機関よりも兵器製造局の面が強く、既存の兵器やMSをサイコミュ化して操作する “汎用サイコミュユニット” の研究を行っていた。クェイカー大尉が預かるニュータイプ部隊は“汎用サイコミュユニット”の実験部隊であった。

 ジオンの人員不足と戦争の長期化によって齎された研究内容、要塞防衛のためのピケットライン(防衛線)を担う兵器開発計画である。防衛の要衝たる宇宙要塞ソロモンとア・バオア・クー、そしてサイドスリー本国。人員が払底しはじめた戦争後期、防衛線には無人兵器の登用が望まれた。
 要塞よりニュータイプがサイコウェーブを送信し、防衛兵器による迎撃を行う。MSや艦船を出動させずに要塞の防御力向上が見込めると期待されたのだ。

 ニュータイプ研究所の誤算は、サイコミュ兵器を扱える高レベル人工ニュータイプが量産できなかった点にある。精神感応波の強度を上げるべく研究は非人道的な肉体改造を許容するに至ったが、被験者の個体差問題を解消できずにいた。
 研究所が掲げた遠隔誘導兵器量産計画は、有機物的・無機物的アプローチ双方とも高い壁を越えることは遂になかった。

 デラーズ・フリートは、ア・バオア・クーで検証中の「汎用サイコミュユニット」を持ち出していた。しかし適性者と技術者が確保できず持て余しており、クェイカー大尉は茨の園でこれを受け取ったのである。デラーズ・フリートとしても使えない高性能資材より一機でもモビルスーツが欲しいわけで、両者の利害が一致した末の物資交換だった。

 誘導兵器というからには誘導が可能である。長距離ビーム砲に与えられた二つ目の特徴、移動砲台の足を担うのはパッケージ化された推進ユニットだ。
 デブリを掴んだ固定脚と電送冷却ケーブルで繋がった砲身が浮かび上がる。ビーム砲を球形に取り囲むトラス構造体のあちこちから、棘のように姿勢制御スラスターが生えている。MS二機分はあろう巨大な球体が、砲身の向きを変えはじめた。ゆっくりと。

 この兵器の欠陥は砲身の旋回に時間がかかる点であった。そのうえ高出力ビームはチャージに時間を要し連射ができない。ジオン軍はニュータイプ量産化の目途が立たたないと知るや、欠陥を抱える防衛兵器の採用を見送った。時代が進み技術が追いつけば少数で広範囲の防衛を可能にする兵器であっただろう。
 敗戦により研究員の多くはアクシズへ落ち延び、かくしてクェイカー大尉の手元には失敗作の人工ニュータイプと失敗兵器が残ったのである。

 そんな失敗作の一つが、汎用サイコミュ誘導兵器・試製長距離ビーム砲 “フュアゲルト” 。後方に突き出た高圧粒子圧縮器を含めMSの全長を上回る20m超の長砲身。だが岩礁の内にあっては他のデブリと見分けがつかない。普段は強力な赤外線放射・電磁放射ともに発生しないので隠密性には優れていた。

 コムサイからのサイコウェーブを受信したフュアゲルトの砲身が旋回する。ジムが飛び交う戦闘宙域を無視して睨み据える先。ムサイ級巡洋艦ジャスルイズ。

 コムサイで祈る少女はなぜ連邦軍よりもジオン軍を撃たなくてはならないか、クェイカー大尉の真意を知らない。理由など無いのかもしれない。連邦との裏取引きにしたって双方裏切りは織り込み済みのはずだ。

 もしも駆け引きを、戦争を楽しんでいるのだとしたら、こんなくだらないことはない。そのせいで帰ってこなかった兄弟が何人いたか。許せない。必ず贖わせる。
 しかし今は耐えるのだ。地球に下りて幸せを掴むまでは。地球へ降り立った後は……いつか必ず。




――第拾壱話へ続く

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