敵わないなと思った人の話

私がたった一人、敵わないなと思った人の話

小説を書き始めて、もう今年で15年ぐらいになるだろうか。
そんなに長く、という人もいれば、まだまだ短いなという人もいると思う。

どちらにせよ、私にとっての創作活動は、数多ある趣味のなかで、唯一長続きしているものだ。
絵を描いてみたり、音楽を習ってみたり、あるいはスポーツを始めてみたり。いろいろなものに手を出したけれど、結局そのほとんどは身につかずに終わってしまった。
唯一続いたのが執筆で、そのかいもあってか出版までできるようになった。

そうして長らく一つの物を続けていると、色々な作品や創作者に出会うようになる。
私がこの15年ほどで、唯一この人には勝てないな、という人がいた。

仮にこの作家の名前を、浜田と言っておこう。私を古くから知っている人には、誰のことを言っているのか分かるかもしれない。
浜田と私は一年ぐらいしか創作の開始時期が変わらなかったけれど、私が小説(二次創作)を書き始めた頃には、とある投稿掲示板で活動を始めており、すでに一定の人気を集めていた。

二次創作の小説界隈において、知らない人に説明しておくと、作品の面白さが直接ファンの多寡を決める世界だった。
面白いということは神であり、作者や読者から多大なリスペクトが集まる。本人のアレな言動すらも、面白ければほとんど許されてしまうような世界。逆に面白くなければ誰にも相手にされない。自分から寄っていくしかない。

出版部数などの目に見える数字には左右されない、ただただ面白いという面だけで評価される世界はどこまでも優しく、ある一面で何よりも残酷だった。

私がいくつかの長編に挑戦し、ある一定の人気が集まった頃、浜田はそのジャンルにおいて、ほぼほぼ頂点に立っていた。

二次創作は同じ原作を母体とするだけに、キャラの解釈の仕方、表現の仕方に比重が重く置かれる。浜田の言葉選びのセンスは卓越していた。よくもまあ、こんな描写ができるなと、舌を巻いたことは数知れない。

私もこれまで数多くの名作と呼ばれる作品を読んできたし、また背筋が粟立つような経験もしたことがあれば、次のページをたぐるのが待ちきれない、というような先が気になるような経験もした。

だけど、こいつには敵わないな、と思ったのは、浜田だけだった。
彼は本当の天才だったのだと思う。

そんな浜田には、一つ欠点があった。
事情があって学生時代から実生活が忙しく、創作スピードにムラがあり、また完結作が少ないことだ。未完のままで放り出された作品も少なくない。

だが一度世に出された作品はどれもが面白いために、読者はヤキモキしながら続きをただ待つことしかできなかった。

そんな浜田は、大学を卒業し、社会人になったとたん、創作が止まってしまった。彼の契約しているyahoo geocitiesの無料契約の個人サイトは、今もかつてのまま、時が止まったようだ。

連絡も取れなくなった。彼はあるホテルに務めたそうなのだが、どうしているのだろう。結婚したのだろうか。子どもは出来ているのだろうか。それとも独り身なのだろうか。何も分からない。

ただ一つ分かっているのか、彼がもう筆を執っていないということだけだ。

たとえブランクによって感性が多少鈍った所で、彼が再び書いたならば、必ず世間の注目を集めないわけがないと、容易に信じている。だからこそ、彼の活動がないことが分かってしまう。

ふとこの頃、彼が学生時代に、今の書籍化ブームがあればどうなっていただろうか、と思うことがある。
二次創作だけでなく、オリジナルを書いても抜群に面白かったから、きっと書籍化の声もかかったに違いない。

浜田にとって、小説は面白いことではあったのだろうけれど、書かずに生きてはいけないというものではなかったのかもしれない。

世の中には、食事を取らないと生きていけないというようなレベルで、創作活動がなければ生きていけないという人種がいる。彼はきっと、そうではなかった。非常に惜しいことだと思う。

更新が途絶えた個人サイト。完結されることなく、そのままになっている彼の作品を、いまでもふと思い出して、読み返すことがある。この先どんな素敵な世界が繰り広げられたのだろう。ーーもう、確かめる術はない。

……やっぱり面白い。
今どこで、何をしているんだろう。また、書かないのかな?
もう二度と読めないだろうと確信しながらも、心のどこかでふと復活を待っている自分がいる。

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