君は神話こと「とっても!ラッキーマン」を見たか?

ついに来た。何って言わずもがな「とっても!ラッキーマン」連載開始から25周年の年である。この記念すべき年に私が願うことはただ一つ、今一度この世に「とっても!ラッキーマン」の素晴らしさを知らしめ、うまいこと各種アニメ配信サイトで合法で「とっても!ラッキーマン」のアニメが配信されてほしいナ〜〜ということだ。このnoteではとにかく「とっても!ラッキーマン」がいかに素晴らしい作品であり現代に語り継がれるべきであるかを私がネチネチ話していく。とてもではないが長ったら椎野で暇なときに読んでいただきたい。


「とっても!ラッキーマン」は1993年~1997年に少年ジャンプで連載されたガモウひろしによる神マンガであり、1994年~1995年には田中真弓を筆頭とした豪華声優陣によりアニメ化もされている。神マンガなので2回ゲーム化されており、キャラソンまで出ている。

さて、「とっても!ラッキーマン」とはどのような作品なのだろうか?

一言で言えば「神話」である。

何を言っているのかわからないかもしれないが、例えば一人の青年が新世界の神を目指すデスノート(ラッキーマンとの関係は不明だが、名作漫画だ)を「神話」と称せば少なからず納得する人もいるだろう。

「とっても!ラッキーマン」は、第一話にして追手内洋一という日本一ツイてない中学生が死に、甦るところから始まる。正確に言えば追手内くんはあまりにもツイていないために死んでしまうのだが、ラッキーマンという宇宙からやってきたヒーローと合体することにより再度命を得、日本一ついてない中学生追手内洋一でありながら宇宙一ラッキーな正義の味方ラッキーマンである存在として新しく甦るのである。もう神話だ。はい神~(ガバ判定)

短い1話にしてこのようなわけのわからない設定を読者に咀嚼させられるガモウひろしは天才というほかないであろう。「とっても!ラッキーマン」は基本的に侵略宇宙人or敵との戦い→ラッキーにより勝利という構成であるが、「ラッキーで勝っちゃった」というワンパターンになりえる構成を毎度ギャグとして成立させながら手を変え品を変え読者に納得させる手腕は圧巻である。


「とっても!ラッキーマン」は全16巻であるが、大まかにストーリーを分けることができる。

1巻~3巻…地球編。地球に来た侵略宇宙人との戦い。努力マン・スーパースターマンを加えた3人での日常・ギャグパートが多い。
4巻~7巻…よっちゃん編。勝利マン・友情マン・天才マンといった人気キャラが登場し、宇宙制服を企む謎の宇宙人よっちゃんとの戦いを描く。バトルシーンが主となり、シリアス展開も始まる。
8巻~10巻…H-1グランプリ編。宇宙がガバになったのでヒーローを新しく認定しましょう武道会。ここに出てきた16人がこの後の展開を担う。16人のヒーローの絡みはオタクの邪心を揺らめかせてくれる。堕ちたな(確信)
10巻~12巻…さっちゃん編。裏宇宙からの侵略を企む宇宙人さっちゃんとの戦い。巻数で見れば思いのほかコンパクトだが黄桜や越谷太郎などインパクトの強いキャラがボンボカ出てきてお得。個人的な感想だがさっちゃん編ラストのラッキー様の優しさは本当に素朴で宇宙一だと思います。
12巻~16巻…大宇宙トーナメント編。もはや宇宙同士がトーナメント戦を行うという規模インフレも真っ青のバトルである。「野球回がある作品は名作」の法則に則り野球回があるが、ここで人気が落ちたとガモウ先生は語る。解せぬ。

序盤は1話完結ものであるがよっちゃん編以降は連続ものになっている。とはいえ大長編と大長編の間におつまみ感覚で地球での1話完結ものが挟まれたりするので、オタクの心はもう鷲掴みだ。このギャグとシリアスの緩急の付け方はとりわけ「とっても!ラッキーマン」の大きな魅力となっている。

↑のコマは努力マン(左)がピンチというわりかしシリアスなシーンだが、

勝利マン(右)はあぶない!と言いながら背中では「といってももうおそいなこりゃ」と言ってしまっている。この感情がそのまま書いてある背中文字の開発はギャグ漫画においてかなり最強の剣であると私は考える。

ガモウ作品はわりと登場人物全員が身勝手かつ自分の感情に素直がちであるが、この背中文字により「口で言っていることとの矛盾ギャグ(本心の暴露)」が可能になり本筋を進行しながらギャグが同時に行えるのである。また背中文字により「コマ内で起こっていることへのツッコミ」「セリフに被せてのダジャレ」などが可能になり結果として1コマ内に「メインのギャグ」「ツッコミ」「ダジャレ」などあまりにも多くの情報量を詰め込まれることとなる。

この情報過多ギャグは「とっても!ラッキーマン」を1度通して読んだだけでは気付かないことも多い。改めて読み返してみると「え、ここ気付いてなかったけどラッキーマンが努力マンを盾にして保身に走ってるな」「よく見たらスパスタの足…」などと細々したところまで散りばめられた情報に驚かされる。文庫版を読んでいると本当に目が痛くなる。


とまあギャグのボリュームについて語って来たわけだが、「とっても!ラッキーマン」はもちろんキャラクターも素晴らしい。

前述のとおり追手内くんは不運の権化のような存在であるが、その精神自体は非常に強かで純粋である。飛び降り自殺者の下敷きになった後の「俺なんかこんなついてねーのに死にてーなんて思ったことねーぞ」というセリフは追手内くんの不屈のメンタルを非常によく表していると思う。私は追手内くんが大好きで、受験番号が追手内くんの身長(142センチである)と一致していたときはあまりのことに勝利を確信しその日から一切勉強をしなくなってしまったほどだ。大体これほどの不運続きの日常を「ついてね~」というフレーズで表すこと自体ガモウワールドのキャラクターたちのあっけらかんとした感性を物語っていると言えるかもしれない。

一方宇宙一ラッキーな正義の味方ラッキーマンに変身した洋一は自分の感情に素直な一面がより強調されている。宇宙人(通称:元祖ラッキーマン)と合体した存在だからなのか、死にたくなければ大泣きするし命乞いはするし寝返る。ラッキーマンの精神は洋一の元来の精神の素直さが強調されたものなのか、それとも元祖ラッキーマンと融合した存在であるから元祖の精神も混ざっているのか考え出すとオタクは夜も眠れない。(勝手にしろ)このような別にガモウ先生が想定していない所で勝手に拗らせだすのもオタクとしてまた一興だ。

ちなみに地球でヒーロー活動を行うキャラクターには人間生活を送るための仮の姿(通称:人間体)を持っているという設定で、勝手に人間パロを用意してくれる優しさにオタクの心はまたしても鷲掴みだ。ちなみに「全てのラキオタは努力から始まる」と言わしめた男努力マンの仮の姿は「杉田努力」くんであるが、これは日本のどこかにいる日本一努力している中学生、杉田努力君の姿を勝手に模したものである。どうしてそんな闇の深い設定を意味もなくつけてしまうのか………?お前はアイシールド21か??!?!?!!!!!
(※フォロワーのおむ先生よりウルトラセブンパロであるという指摘を頂きました。十うん年読んでてもまだ私はラッキーマンのことをよく知らない。)ちなみにこういった設定などはおそらくその都度ガモウ先生がフィーリングで設定していると思われるので、本当に深い意味はないんだろうなということが多い。オタクはもう神の掌でブレイクダンスしっぱなしだ。


とまあ色々語って来たが、深いことを考えずとも「とっても!ラッキーマン」は気さくに楽しめる名作であるので、「う~ん…(笑)絵が…」などとウンコたわけたことを言わずに読んでいただきたい。最終巻まで読めばこんなに面倒くさいデザインのヒーロー達を1コマにちみちみ描けるのはガモウ先生が天才ゆえであるという事がわかるだろう。

↑私はパロディで描いたことがあるが、1コマめで本当に精神が摩耗したし普通に一人描き忘れてしまった。


さて、最後にはなってしまうがアニメ「とっても!ラッキーマン」である。私はこのアニメのネット配信を悲願としている。2005年にはファンの要望もありDVDBOX1,2として発売されたが、今となっては当然ながら絶版となり中古で購入するしかなくなっている。当然ながら中古価格は高騰しており、1つのBOXが5万で買えれば安い方といった状況だ。ちなみに右のラッキーマンの湯飲みに空いた穴からはティッシュを取り出すことができる。(はあ?)

アニメ「とっても!ラッキーマン」の魅力はなんと言ってもそのチープさ自由さである。決して悪口ではない。初期は予算も少なかったのであろう、本当に動きが少なく予算を八代亜紀への主題歌依頼で使い切ってしまったのではないかという事を心配させられる。

しかし田中真弓、千葉繁、高乃麗、緒方賢一をはじめとしたアドリブに強すぎる声優陣を起用していることが幸いし、バランスが取れているのだ。作画節約上の都合なのか、ヒーローは口が動かない。(口パクが存在しない)つまりは千葉繁の独壇場ということである。また異様に兼ね役(掛け持ち)が多く、松本保典に至っては幸運の星、モブ、審判マン、悪役などを同時にこなしている。ストーリー上肝要なラスボスまで茶風林の兼ね役で解決しているあたりがこのアニメの真骨頂と言えよう。

動きは少ないが作画自体は雑という訳ではない。しかし、統一感がない。というよりも、ちょっと見れば作監が特定できるレベルで作画の特徴がはっきり分かれているのだ。この時代のアニメにおいてはそれほど珍しい話ではないが、前向きにとらえて楽しみ所の一つと言えよう。このためラキオタは「どの作監さんの努力が好き?」などというめんどくさい話をすることが可能だ。

常々思っているが本木作画の努力マンは持ち前の狂気を存分に発揮していて本当に怖すぎる。殺されたら勝てない。(?)一方船越作画の努力マンはデフォルメが効いていてかわいい。とても他人の家に勝手に上り込み晩飯を食ったあげく嫌いな納豆が出たからと玄関のドアを破壊する狂人には見えない。

アニメは展開が原作に追いついてしまったためにオリジナル展開で終了となってしまったが、それを差し引いても素晴らしい劇伴の数々、声優の名演技、スタッフの遊び心で書かれた背中文字など魅力は尽きない。また監督にあの不条理を視聴者の胃袋にグーでねじ込んでくることでお馴染みの浦沢義雄を起用しているあたりも原作の魅力とマッチしていると言えよう。
このような素晴らしいアニメを眠らせてしまうのは非常に心苦しいし、いきなりチマチマした原作を読めとも言いづらい時に気軽に「とっても!ラッキーマン」へと招き入れる存在になってほしいと願うばかりだ。


というわけで今年2018年の旬ジャンルは既に「とっても!ラッキーマン」で決定したことは分かってもらえたと思う。dアニメストアなどアニメ配信サービスに加入している方はお手隙の際にでも配信リクエストに「とっても!ラッキーマン」を書いていただけると幸いです。

またこれを読んで少しでも「とっても!ラッキーマン」に興味を持ってくださった方がいたらご一報いただき、存分に私のラッキーマンの話がしたいという欲望のはけ口になっていただきたい。(大胆な私利私欲はガモウ作品の特権)

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マンモスラッピー!!!!!!
82

肘樹

感想・ダイマ

ここはオタクが産み落とした惑星エヒメのソドムの市
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