連作一人芝居『我々もまた世界の中心』 『電気鰻』

  
  飲み屋の椅子席でひとり残ったビールを空けている由紀夫。
  と、トイレから和美が戻ってきた。
「和美ちゃん…長かったね…トイレ…大丈夫? 大丈夫だよね…参ったなあ…いきなり酔っ払ってるんだもの…俺、待ってたんだよ…一応…会社終わって…(この)待ち合わせの時間来るまで…自分で進んで残業しちゃった…でもまだ時間余ったから…時間かけて飯食ったりして…和美ちゃん、誰と飲んでたの? いやいや…違う、違う…そういう話のために呼び出したんじゃないんだよ…
誰でもいいよな…そんな事…和美ちゃんだって忙しいんだし…俺だって明日早いんだから…乾杯していい? 和美にために日本酒頼んどいたよ…ビールより日本酒の方がいいんだよね…じゃ、ふたりの再会を祝って、乾杯!」
  乾杯する。
「あ~、うまい…和美とこうして…そうそう、ねえ…なんで住所変わっちゃったのに連絡してくれないんだよ…
 だって…和美ちゃん…それって、約束だったじゃない…別れる時の…
 離れ離れになっても、年賀状のやり取りくらいしようねって…
 住所変わったら、年賀状どうするんだよ…
 電話番号一緒でもさ…」
  と、向こうのボックスが騒がしいらしい。
「なんだあいつら…コンパか? 悩みはないのか、あいつらには…」
  と、和美は『なに? なんか悩みでもあんの?』と言った。
「あるよ、俺には悩みが…(コンパを指して)あいつらとは違うよ…いろいろあるんだよ…悩んでるよ…毎日、片時も休まず…」
  間。
「そんな事、和美には言えないよ…そんなこと言ったって、グチになるだけだからよ…
 行って見たんだよ…和美の前の部屋…あの…緑色の四階建…
 俺さあ…びっくりしたよ…行ってみたらさ…違うんだもの…夜、行ってみたんだよ……入ってみたら…誰もいなくって…部屋がらんとしてて…台所に…冷蔵庫だけあって…
 俺…あの部屋から見える…総武線を見てたら…なんだか泣けてきちゃって…へへへ…
ちょっと、泣いちゃった…うん…うん…本当は、わんわん泣いちゃった…立ったまま…子供だよな…立ったままわんわん泣くなんて…」
  と、和美が同情を寄せてくれたよう。なんだか感情がこぼれるように。
「寂しかったんだよぉ…総武線がぁ!…
 俺さあ…本当の事いうとさ…笑うなよ!…目は真剣だよ…いや、目だけじゃないんだけどさ…真剣だよ…
 和美に男が出来てさぁ…それで俺になかなか言い出せなくって、引っ越しちゃったのかと思ったよ…
 そう思ったら、なんだかさ…
 でさ…聞いて…和美…ベランダに出たんだよ…そしたらベランダの手摺の所で…カマキリが、カマキリ食ってんだよ…
 ほら、知らない?
 カマキリの雌って、雄とセックスし
 終わったら、雄食っちゃうんだよ……
 話には聞いてたけど…目の前で見るとさ…
 俺、ずっと見ちゃったもん…
 最後まで…
 その間にも、どんどん総武線は走って行くしさ…
 その雌のカマキリが頭を最後に食べるんだけど…体半分くらい食べられちゃったその雄のカマキリが、じっと、こっちを見るんだよ…体のこう…下の方食べられながら…なにも言わずにこっちをじいっと見つめてるんだよ…
 確かにカマキリは普段からなにも言わないけどね…俺、その雄のカマキリに感情移入して見ちゃったもの…
 電気鰻の電ちゃん、元気?」
  と、和美がグラスにビールを注いだ。
「あ…どもども…え? 飲み干すの? 俺、酒弱いんだよ…」
  と、それを飲み干す。
「電ちゃん…たまには会いたいな…電ちゃんに…」
  と、また和美がグラスにビールを注いだ。
「おっとっとと…と…ぐっと空けてって…高校生のコンパじゃないんだから…でもま、和美ちゃんの頼みとあらば…」
  と、呑む…
「なんかこれ…日本酒が混じってない? 気のせい? 気のせいだよね…俺酒弱いから…別れた男酔わせてどうするのってか!
 今度さ…電ちゃんに会いに行っていいかな…
 違うよ…
 和美の部屋に行きたいんじゃなくって、電ちゃんに会いに行くんだよ…
 ないない、下心なんて…
 だって、電ちゃんは和美の物であるけど、俺の物でもあるんだから…
 もう昔の話になるよな…這いずり物が流行った時に、和美が欲しいって言って…
 わざわざ玉川高島屋の屋上のペット屋まで行ったよな…
 そこで出会ったんだよ…
 電ちゃんに…
 いいよ、いいよ…何でも言ってよ…言いにくい事なんてなにもないでしょ…俺と和美の仲で…
(静かだが、かつてないほどの衝撃)電ちゃんがいなくなった?
 え?
 なんで、電ちゃんがいなくなるの?
 なんで?
 電ちゃんどこ行ったの?
 なんで、電気鰻が行方不明になるの?
 足があるわけじゃないんだよ…
 電気鰻だよ、水から出ると死んじゃうんだよ…どこ行くのよ…
 引っ越しの最中にどこか行っちゃった?
 和美ちゃん…しつこいようだけど、電気鰻だよ…」
  と、形を作って。
「こんなもんだよ…
 引っ越しのダンボールの間に挟まってるってもんじゃないでしょ…
 生物なんだから…
 引っ越しの時に子供が珍しそうに見てた?
 それで?
 次見たら、電ちゃんも子供もいなかった?
 じゃあ、そいつが犯人じゃん!
 電ちゃん誘拐したんだよ…
 わかる和美ちゃん、そいつの特徴、思い出してよ…
 うん…
 うん…
 小学生? ピザ食ってた? トロそうな奴?
 あ…
 ねえ…
 ねえ…
 他には…」
  和美ちゃんはもう呂律が回らなくなっている。
「和美ちゃん…
 和美ちゃん…
 今日誰と呑んでたの?
 そんなになるまで…
 全快祝?
  なに、病気だったの和美ちゃん…誰と呑んでたの?
 いや、それは聞かないお約束だよね…
 その小学生の名前ってわかる?
 タコ村?
 タコ村?
 そんな名前の奴は、この世にはいないよ…聞き間違いだよ、和美ちゃんの…
 きっと、武村とか高村とかじゃないの…でも、その小学生も危ないよね…
 電ちゃんさ機嫌いいと800Vくらい放電するもの…
 その小学生の…だからタコ村って…
 いいよ、いいよ、タコ村で…そのタコ村君が危険だよ…
 800Vだよ…
 黒こげになっちゃうかもしれないじゃない…
 タコ焼きってさ…
 (半分呆れて)和美ちゃん…まずいな…電気鰻って、子供のおもちゃじゃないんだから…
 いや、大人のおもちゃって言うと、また感じが違うんだけどね…
 電柱にビラ貼って、賞金つけようか…電気鰻知りませんか? って…
 そうか…そうだよな…
 電気鰻が十匹ぐらい集まったら、その中から、電ちゃんを見分けるのって結構大変かもしれない…
 電ちゃん達の顔って…紛らわしいからな…
 うそだよ…
 電柱にビラは貼れないよ…
 電気鰻って本当は一般家庭で飼っていいものじゃないんだから…
 そうそう…
 狼こっそり飼ってたやつがいて、逃げ出したじゃない、最近…
 あれ、見つかったのかな…マスコミに叩かれてたものね…当たり前だよね…狼が街中、犬みたいな顔して歩いてるんだから…
 おちおち出掛けられないよね…電ちゃんも言われるのかな…
 曲作ってどうすんの?
 『電気鰻を知りませんか?』
 和美…まだあのバンドの追っかけやってるの?
 もしかして、和美の今の男って…そのバンドの奴なの?
 そうか、和美ちゃんは今、そのバンドの奴とつき合ってるんだ…
 どういう人とおつき合いしてるの?
 隠すなよ…もうバレバレなんだからさ…
 だからさ…バンドでなにやってる人なの?
 ギターとか、ヴォーカルとかさ…
 みんな? バンドのみんなとおつき合いしてるの? 普通それ、回されてるっていうんじゃないの?
 ピラニア?
 なにピラニアって…?
 電気鰻の次はピラニアが飼いたい?
 どうすんだよ…ピラニア飼って…そのバンドの奴の事に話しを戻さない?
 ピラニアなんかより、絶対人間のボーイフレンドの方がいいよ…ひとりの人に大事にされたいって思わない?
 和美ちゃん…
 和美ちゃん…
 気持ち悪いの?
 ピラニア、ピラニアって…そんなもの、飼いきれなかったらどうするの…
 駄目だよ…下水に捨てちゃ…
 そんな事して、巨大化して人間襲うようになったら、どうするの…いるらしいよ…おもしろ半分で飼ってたワ二とかイグアナとかみんな下水に捨てちゃって、マンホールの下で巨大化してるんだよ…書いてあったもん…
 噂の本に…
 最近、その手の物読書してるんだよ…
 ああ…もうノストラダムスは(やめたというジェスチャ)
 和美…和美…
 寝ちゃった?
 寝ちゃった?
 和美…
 飼ってやるよ…ピラニア…
 だからさ…
 また和美の部屋に…お邪魔しちゃおうかな…
 名前、何にしようか、ピラニアの…ピラちゃんじゃ安易だしな…
 ピラニアの…ピーちゃんがいいな…
 和美…寝たの?
 和美…ふたりで、ピーちゃん大事に育てような…
 和美…
 寝ちゃった?
 …だったら、本当の事、俺言うけどさ…
 俺さ、お前と出会う前って、どうやって生きてたか、覚えてないんだよ…
 なあ…和美…」
  と、独り言のように。
「ピーちゃん…ピーちゃん…ピーちゃん…ピーちゃん……」
  暗転。
 

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