じんのひろあき未映画化脚本『ミミカ』

『ミミカ』脚本じんのひろあき  1985/07/07 脱稿
 これは元の劇映画用の脚本を朗読劇として上演できるように、やや小説風に書き換えたものです。25歳の時に執筆しました。

●黒地に
  字幕が上がっていく。
  その字幕にはこう書かれている。
「ミミカという名前の女の子が芸能界にデビュ-して、11か月が過ぎた。ミミカはまたたくまにメディアに露出して行った、通称-アイドルロイドの一人である。このアイドルロイドの一群が出現して、ビジュアル、オ-ディオ、出版業界は一変した。それまで人気を集めていた、生身のアイドル達の関連商品の売り上げは、三分の二まで落ち込み、おかげで新人のアイドルはもちろん、中堅クラスのアイドル達も次々に姿を消して行った。このアイドルロイドの爆発的ヒットの原因は『レプリカ』にあった。『レプリカ』は、ミミカ達アイドルロイドと同じ顔、同じプロポ-ションで、日常の簡単な動作や、会話が可能な、機械仕掛けのダミ-である。内蔵された精巧なセックス機能の他に、画期的商法として注目を集めたのが、記憶の販売であった。オリジナルのアイドルロイドがその日経験した記憶を、各家庭のビジュアル電話、映話を通じて供給できるシステムである。これにより、メディアに登場するアイドルロイド達とリアルタイムで話しができ、しかも、彼女達を抱いて眠ることがで きた。『レプリカ』は大人気を得、莫大な収益を上げていた」

●メインタイトル
『ミミカ』

●記憶採集スタジオ
真っ黒な画面に雨の音。
スタッフ・キャストのクレジットが入っていく。
黒い画面の中、次第に女の子が一人、狭い部屋の細長いベッドに横たわっているのが見える。
目を開けたまま、宙を見ている女の子。
端正だが、無表情なその顔。
ハヤセミミカ。
アンドロイドとしての、年齢設定は十二才だが、体だけ見ると、十七か、八くらいに見える。
ガチャリと音がして、誰かが部屋に入って来たよう。
雨の音も止んだ。
ミミカの反応はない。
スイッチが入る音がして、部屋がぼんやりと明るくなる。
白っぽい部屋である。
ミミカ、眩しそうに目を細め、ゆっくりと半身を起こすと、肩まである髪を両手で束ねるようにして持ち上げた。
その後頭部から赤と黒のコ-ドが伸びている。
部屋に入って来た白衣の男。
シミズミチロウ(27)
ミミカの頭を撫でて。
シミズ「ごくろ-さん」
このコ-ドをそっと引き抜いてやる。
その記憶採集スタジオの副調整室では、ミミカのマネ-ジャ-の宮武和樹(31)が、大粒のイチゴの詰まったパックのラップをはがしている。
つっかけただけの靴をパタパタと鳴らしながら、スタジオから出て来たミミカ。備えつけのダ-クグレ-の椅子に腰を下ろした。
ミミカの前にイチゴのパックを差し出す宮武。
ミミカ、そのパックを膝の上に置くと、上体を折り曲げて、パックに顔を突っ込むようにして、イチゴをむさぼり食う。ろくに噛む事もせず、はふはふと短い息をして、ひたすら口へ押し込んで行く。
その姿にミミカのナレ-ションが被る。
「記憶を採り終えると、いつもなにか無性に食べたくなる。なんでもいい、とにかくなにか体の中に入れないと、不安でしょうがない。イチゴを食べるように勧めてくれたのは、マネ-ジャ-の宮武だった。噛み砕かなければならないものを、この勢いで、口の中へ詰め込んでいったら、口の中や、食道が傷だらけになってしまう。と言っていた。もともと、私の体は、物を食べるようにはできていないらしい」
あっという間にそのパックの大粒のイチゴ、ミミカの口の中へ消える。
赤いイチゴの表皮のカスが残った唇と指先を宮武がガ-ゼでぬぐってやる。
「落ち着いたか、ミミカ…これからポスタ-撮りやるけど、大丈夫だろうな」
放心したようなミミカの目線が、ゆっくりと宮武の顔で合った。
「大丈夫よ、大丈夫、大丈夫」
力なく笑うミミカ。
やがて、シミズが入って来るとミミカに。
「OKですよ、ごくろ-さん」
と言った。
「ああ、お疲れさん」
そう言って宮武はミミカの腕を掴んで立たせると、空になったイチゴのパックをパキパキと捩じって、灰皿に押し込んだ。
「じゃあ、あと、よろしく、行くよ、ミミカ」
宮武に促されて、外に出る前に、シミズを振り返って見るミミカ。
シミズが笑ってくれた。
ミミカもふう-っという笑いを返した。
生気の戻った人間的な笑みである。
スタジオの廊下を行くミミカ。
エレベ-タ-ホ-ルに向かっている。
「だってさ、いつもね、記憶採った後、ごくろ-さんって言うんだけど、その言い方がね、すっごく 優しいんだ。あの人、見かけで損してるな、お世辞にもいい顔してるとは言えないし、今、27だっけ? 中途半端に年取ってるからな。彼女とかいないだろうな。いる気配ないしねぇ。本当はいいひとなんだけど、見た目、暗いからなあ。いまいち問題あるよな。多いんだよね、コンピュ-タ-扱ってる人に、ああいうタイプ」
「いくらいい人でもな、好きになんかなるなよ。ああいうのはミミカにとっては、なんの意味もない んだからな。好きになるなら、芸能人かミュ-ジシャンにしてくれよ…なあ、おい」
ミミカは宮武の言う事は半分も聞かず、鼻歌を歌いながら、スキップして、先にエレベ-タ-の前に着いた。
そこには階数表示のないエレベ-タ-が四基並んでいる。
ミミカそれを見回して、一番右の扉を指差して。
「今日はこれだ!」
と、下向きのキイに触れた。
ミミカの指差したエレベ-タ-の上のプレ-トが光り、ピンポン! と鳴って、ドアが開いた。
「ラッキ!大当たり!」
ようやくたどり着いた宮武に。
「宮武、早く、早く! 今日も大当たりだったよ。すっごいでしょ、私、霊感あるのかな」
宮武、ミミカを押し込んで、ドアを閉めた。
  そのエレベ-タ-の中でミミカが言った。
「今日のポスタ-撮りって誰のところでやるの?」
「シマザキマキオって知ってるか?」
「シマザキマキオ? 知ってるよ。割と有名な人でしょ。マリアとかチホとかが撮ってもらったことがある人じゃないの?」
「そうだよ、有名だけど、かなり強引な奴だという噂だからな。気をつけろよ、ミミカ」
「ストロボ使うかな」
「スタジオだからな、使うだろうな」
「よかった」
「なにが?」
「だってストロボって好きなんだもん」
くくっと笑うミミカ。
そして、シマザキフォトスタジオである。
まばゆいばからりの真っ白な画面。
その中のミミカの陶酔した顔。
そう広くないスタジオに立てられたホリゾントの前で、体をくねらせ、髪をかき上げるミミカ。
激しいビ-トのBGMに混じって聞こえてくるシマザキの声。
「笑って、笑って、綺麗だよ、ミミカちゃん。いいよ、いいよ、笑って、笑って、そう、そう、体もうちょっと右へ、そう、はい、はい、いいよ、、いい感じだ」
スタイリストのカタセがミミカに駆け寄って。
「ちょっと入ります」
衣装のしわを整え、メイクを直す。
その間シマザキがチ-フアシスタントのユウキに小声で言った。
「これで年齢はいくつの設定なんだって?」
「12って言ってました」
「12? 冗談じゃねえよ、なに考えてんだよ、あの胸といい、腰といい、どう見ても、17、8だぜ」
カタセがミミカの側を離れた。
「どうもすみませんでした」
シマザキはすぐファインダ-を覗いて、明るい声で。
「はい、カタセちゃん、ありがとう。よ-し、このあたりいいから、少し多めにもらっとくね」
そして、再びユウキに向かって、小声で。
「ぼちぼち行こうか」
うなづくユウキ。
「いいよ、いいよね、ミミカちゃん」
その言葉がまるで合図だったように、スタイリストや、ヘアメイクの女の子とたちが、次々と外に出て行く。
スタジオの隅では、宮武がパイプ椅子に座って、眠りこけている。
スタジオを見回したユウキが、ミミカの側に寄って行く。
「ちょっと入ります、すみません」
ユウキ、ミミカのところへ来て、スカ-トをたくし上げた。
ミミカ、雰囲気が違う事に気がついて、さっと表情を固くして、ユウキを睨んだ。
シマザキは更に明るい声で言う。
「ミミカちゃん、ちょっと肩出してくれるかな、肩」
ユウキが強引にミミカの肩を掴んで。
「ちょっとごめんね」
と、言うなりミミカの背中のファスナ-を思いっきり下げて、襟を掴み、肩はおろか胸まで出そうとする。
ミミカ、その手を払いのけて、肌を隠す。ユウキ、それでも手は離さない。揉み合うミミカとユウキ。
気がついて飛び出してくる宮武が叫ぶ。
「待てよ、おい、なにやってんだよ、やめろ! 撮るな! 撮るな! 撮るなよ!」
シマザキが合図して、若いアシスタントが数人掛かりで、宮武を押えつける。
シマザキはそれでも、ミミカに明るく言う。
「どうしたの、ミミカちゃん。いい感じだったのに。大丈夫、大丈夫。怖くないよ。ミミカは今、とってもいいんだから、綺麗に撮ってるからね。う-んとセクシ-にね。大丈夫よ」
助手のユウキ、さらに強引に脱がせようとする。懸命に服を押えて、抵抗するミミカ。
宮武も言葉を荒くして。
「バカヤロウ! やめろって言ってんだよ。ミミカはアイドルだぞ、下手な物撮られちゃ困るんだよ」
叫んだ宮武は、アシスタント達を振りきって、ミミカに駆け寄ると、ユウキを突き飛ばした。
ユウキ、ホリゾントに激突してそのまま動かなくなった。
そして、ミミカを抱きかかえるようにして、スタジオの外に出ようとする。
うるさいほどのBGMが唐突に止んだ。
そして、シマザキが言った。
「ちょっと待てよ、マネ-ジャ-さん。どこ行くの。まだ終わってないんだから…いいじゃないの、肩くらい出したってさ、今ね、人間のね、生身のアイドルがバンバン脱いでる時代よ。肩見せようが、胸見せようが、どうってことないじゃない。こっちだってなにもスキャンダル写真撮ってるんじゃないんだから、ね、綺麗に撮ってるんだからさ」
宮武も負けずに言った。
「生身のアイドルが今脱いでるのは、あいつらが売れなくなったからだろう。そんな奴等と一緒にしてもらっちゃ困るんだよ。今、ミミカ達は売れてるんだよ」
「売れてる、売れてるって、こんなのいつまで続くかわかりゃしないだろう」
「そんな事はアイドルロイドがデビュ-した時から、散々言われてるよ。でも、売れたんだ。今はとりあえず売れてるんだ。おまえらの方こそ、こんな仕事してたら、いつまでも持ちやしねえぞ。アイドルロイドに人権がないからと思って、フザケタまねしやがって」
宮武はそう言い残して、ミミカを促すと、スタジオから出て行った。

ミミカの事務所の応接室で。
「よろしくお願いしま-す」
と、頭を下げたのは、新しいアイドルロイドのスギナミキリコだった。
彼女は髪の毛をふさふさと逆立てている。
その元気な挨拶に、ソファに座っていたミミカも立ち上がって会釈した。
キリコを自分の隣に座らせた宮武が言った。
「ミミカ、おまえの妹分としてデビュ-させるんだ。面倒見てやれよ。おまえはもう一年近くこの世界にいるんだから、いろいろと知ってるだろう、な」
キリコ、ミミカを見て、愛想笑いをする。
その顔をじっと見ていたミミカがやがて。
「妹分って言っても、私に全然似てないのね。この娘(こ)の方が出来はずっといいわ。肌も綺麗だし、眼もぱっちりしてて…かわいいじゃない…いいなあ、綺麗な体をもらって…私なんか、もう肌がイカれかけてるのよ。モニタ-に自分のアップが映ると、ドキッとするもん。嫌ね、年をとって、古くなっていくってのは…」
そう言って、ミミカはキリコに悲しげに笑い返した。
キリコの顔から笑みがすっと消えて、上目使いになる。
その二人の間に割って入るように宮武が言った。
「そりゃ、キリコは新しい素材をふんだんに使っているからな。人工皮膚や、頭髪なんかも企業が提供してくれるようになったし…これも、ミミカ達アイドルロイド第一世代が頑張って売れてくれたお陰だよ。そういう意味でも、このキリコはミミカの妹分だよ。ま、仲良くやってくれよ。なあ、ミミカ、俺からも頼むよ…」
そして、キリコに向かって。
「じゃ、キリコちゃん、がんばるんだよ」
と言った。
  キリコはミミカにもう一度微笑んで、ペコリと頭を下げると、部屋から出て行く。
ミミカ、ソファにもたれかかって、宮武に言った。
「いいなあ、新しい娘(こ)は、綺麗な体をもらって…ねえ、宮武、私のさ、肌を張り替えてくれないかな。もう一度私を綺麗な肌にしてくれたら、私、本当に頑張っちゃうから…ねえ、お願い」
「ダメだよ、そりゃ俺だって、ミミカがそんなに気にしてるんだったら、何とかしてやりたいと思うけどさ、皮膚の張り替えっていうのは、大変なんだ。金も時間もかかるし、第一そんな長い期間記憶を売らないっていうのは、ミミカのファンの子達への裏切りになっちゃうだろう。みんな、ミミカが今日一日なにをしたか、っていうのに興味があるんだからさ、毎日毎日ミミカが生きてるっていう感情の揺れを見せてあげなきゃ…それがミミカの仕事なんだからさ」
「それはわかってるけどね」
「僕らだって、同じなんだよミミカ、長く生きて年をとれば、皮膚は荒れてくるし、体のあちこちが痛み出す。それはしかたない事なんだ」
「だって、人間とアンドロイドはちがうもん」
「そんな事はないよ、同じだよ」
「違うもん」
納得せずにふてくされて、そっぽを向いているミミカ。
TV局・スタジオの外の廊下で、生身のアイドル達がだべっている。
「そうなの、私もスケジュ-ル表見たら、今週地方の営業ばっかりなんだもん。やんなっちゃう」
「握手会って最低よね、ねちょっとした手のやつっていない? 」
「いるいる、待ってる間、ずっと手を握り締めて、汗かいてんの」
「あとさあ、握って、離さない奴」
「そうそう」
「いるよね」
「それからさあ、握った時にやたら力を入れてくる奴」
「あれ、痛ったいの、こっちはさあ、もう何百人って握手してるんだから、軽くさっとやってくれればいいのにさあ、ここぞとばかりに力入れてくるのよね」
と、その時、スタジオの中から、女の怒鳴り声が聞こえてくる。
アイドル達、話を中断して、そっと中を覗く。
スタジオの中では、生身のアイドル、カナイミホ(17)が、自分より二十センチは背の高いディレクタ-のヤナギを見上げて、怒鳴っている。
「冗談もいい加減にしてよ。やってらんないわよこんな仕事、まったく、なんでリハん時から、あいつらに混じってヘラヘラしてなきゃなんないのよ、こっちは人間なのよ、生身の。わかってんのかよ。脳がねえ進行しやがって、バカヤロウ、やってらんないよ」
スタジオの中のアイドルロイドが一斉にミホを見た。
ミホ「なに見てんだよ、ざけんじゃねえよ」
びくっとするアイドルロイド達。
ミホのマネ-ジャ-のアライが飛んで来て怒鳴った。
「ミホ、いい加減にしろ、お前、なに言ってんだ」
そして、ディレクタ-のヤナギに。
「すいません、わがまま言って、申し訳ありません」
と、何度も頭を下げる。
「私の番になったら呼んでね、楽屋にいるから」
そう言って、アライの腕を振りきって、出ていくミホ。
ディレクタ-のヤナギも頭を下げ続けるアライを無視して、その場を離れた。
スタジオの外に出て来たミホ。
立ち聞きしているさっきのだべっていたアイドル達。
彼女達の側を通り過ぎていくミホ。
その背中に向かって、彼女達が言った。
「どこのお姉さんだろ、ヒステリ-起こして、うるさいの」
ミホ、きっと振り返った。
「ほんと、みっともない」
ミホが言った。
「誰に向かって言ってんだよ」
四人、さっ! と、身を寄せ合ってミホを睨む。
「誰に向かって言ってんだよ。聞こえてんだろ、返事ぐらいしろよ」
「どうして、そんなにアイドルロイドを目の敵にするの?」
「アイドルロイドだってさ、見た目私達とかわんないんだし、同じように感情だってあるし、なにもそんなに毛ぎらいする事ないんじゃないの」
「おまえら、いつからアイドルロイドの肩を持つようになったんだよ」
「ミホちゃん、私達ね、相談して決めたの。もうミホちゃんみたいにアイドルロイドに偏見持つの止めようって…これから、私達アイドルロイドと、仲良くやってく事にしたから…悪いけど」
「そう、悪いけど、決めちゃったの」
「甘いんだよ、バカヤロウ、あいつらにしがみついてたって、おまえらはダメだよ、ダメなものはダメなんだよ。まだわからねえのかよ」
「だからって、私達ミホちゃんみたいに、芸能界で悪役やって生きていくのは、絶対ヤだからね」
「ミホちゃん、時代はね、アイドルロイドの味方なのよ」
「ミホちゃんが言うように、売れなくなったらなったで、そん時はやめちゃえばいいじゃない、どうせアイドルなんだから」
唾を吐き捨てて、踵を返すしてミホが言った。
「早くやめてくれよ、めざわりだ」
そして、一人で控え室に戻ったミホは、置いてあるポットからウ-ロン茶を紙コップに注ぐ。
ドアをノックするなり開けて、マネ-ジャ-のアライが入って来て言った。
「おい、ミホ。おまえどういうつもりなんだよ。え、なに考えてるんだよ、遊びでやってるんじゃねえんだぞ、これは、仕事なんだぞ。わかってんのか。ああいう態度とってたら、お前の歌手生命失うぞ。歌えなくなるぞ、ほんとうに…冗談じゃないのは、こっちの方だよ。アイドルロイド相手につっぱるのもいいが、せめて生放送とか、本番の時だけにしてくれよ、だいたいな…」
「嫌いなのよ、あいつら」
「嫌いでもしょうがないだろう、とにかく今は売れてるんだから、そりゃ、一緒の仕事だってあるよ」
「嫌いなの、嫌いなの、たまらなく嫌いなのよ。お前こそなんとも思わないのかよ、どうして、どうしてあんな奴等が出て来たのよ」
「こんなのブ-ムだよ、ブ-ム。そんなにカリカリしなくてもいいだろ。今、いくら人気があったって、所詮はアンドロイドだよ。どんなに精巧に作ったって、ニセモノはニセモノだよ。誰だって、人間の女の子の方がいいに決まってるだろ。すぐに飽きちまうよ、こんなの。ミホはたまたま悪い時期に当たっただけで、もう少し我慢すれば、必ずミホの時代がまた来るよ」
「気休めはやめろ!」
ミホは握っていた紙コップのウ-ロン茶をアライに浴びせかけた。
そして、言った。
「おまえらみたいなバカばっかりだから、あんな奴等がのさばるんだよ。なに考えて生きてるんだよ、バカヤロウ。アイドルロイドはな、ブ-ムどころじゃすまないんだよ。変わってるんだよ、確実にこの世界は。例えどんなにいい物を作ったとしても、売れやしねえんだよ。喋って、動いて、歌歌うダッチワイフなんか出されちゃ、オシマイだよ。私達はどうあがいても、レプリカを売り出せないんだから…人間の記憶をコピ-できる装置が出来ない限り…」
「無理を言うなよ、ミホ」
「だったら、勝てないわよ。どう考えたって、あいつらには勝てないわよ。どうしてこんな事になったの?私はなんのためにデビュ-したの? 顔の骨を削って、人工筋肉を移植して、足の骨を継ぎ足して、痛むのよ。今でも時々…雨が降る前とか…記憶を取り出す端子をつけてよ、もうこんな体どうだっていいんだから…あれがないと、だめなのよ。ちくしょう…ちくしょう…ここまで来て…ちくしょう…ちくしょう…」
紅潮した顔をプルプルと震わせて、涙を流すミホ。
そして、さらに。
「出てって、出てってよ! 私はまだ、人の前で泣いた事はないんだから!」
圧倒されて言葉の出ないアライ。
静かに出ていく。
一人残ったミホが、しゃくり上げて泣いている。
インタ-コムが鳴る。ADの声。
「カナイミホさん、リハ行きますんで、よろしくお願いします」
上を向いて歯を食いしばって涙を止めるミホ。
局のスタジオの脇ではTV初出演のキリコとマネ-ジャ-のヤナギが、他のアイドルロイド達に挨拶して回っていた。それを遠くから見ているミミカと宮武。宮武がミミカに言った。
「本番中、何かあったらフォロ-してやれよ、キリコの事…」
「うん、わかってる、わかってる」
「ヤギの奴もだいぶマネ-ジャ-っぽくなってきたよな。よく動く奴だからな、実際」
その言葉どおり、ヤギは四方八方に深々と頭を下げている。
それを見て、ミミカが言った。
「私、ヤギさんみたいな人って好きだな」
「こら、ミミカ、そういうのはシャレにならないんだぞ」
と、スタジオの中が一瞬水を打ったように静かになった。
ふっとあたりを見回すミミカ。
正面のドアからミホが入ってくる。
周囲を威圧するその存在感。
ミホ、スタジオを横切って、椅子に座る。
そこへ挨拶に行くヤギとキリコ。
だが、キリコを一瞥すると、ミホは言った。
「ダメよ、こんなの売れないわよ。センスないわね、御宅の事務所、ブッサイクなの。いっその事、 お笑い用のマンザイロイドにして売り出した方が、受けるんじゃないの?」
ヤギ、ミホに向かって最初は愛想笑いをしていたが、みるみる顔色が変わっていく。
ヤギ、それでも。
「どうか、よろしくお願いします」
と、自分の後ろに隠れるように立っているキリコの肩を抱いて戻る。
その背中に向かってミホ。
「悪いけど、私アイドルロイドアレルギ-なの、3メ-トル以内に近寄らないでね」
と、そのキリコとヤギの後ろにいつの間にか、男性アイドルロイドの人気ナンバ-ワン、ヒガカアキヤが立っていた。
一瞬、ぎょっとなって、ぱっとしたを向くミホ。
そのミホを冷ややかに見下ろしているアキヤ。
ミホ、スタジオの隅に駆け出していく。
残されたのはうつむいているキリコとヤギ。
ヤギはキリコに言った。
「別に気にする事はないよ、キリコちゃん。あいつはああやって、アイドルロイドの反感を買う事で、芸能界に巣くってるんだから。今は君達アイドルロイドは売れてるんだから、TV局の人は大事にしてくれるからね」
「うん、ねえヤギさん、本当の事言って、私ってブサイクなの?」
「そんな事はないよ」
キリコは念を押すように。
「絶対?」
「絶対だよ、キリコ。そんな事を気にするよりも、今日歌う歌の事の方が大事だろ? 今のキリコにとっては」
ミホは自分の控え室に戻っていた。
そのドアをノック下アライ。
「ミホ、おい、大丈夫か?…どうしたんだみんな待ってるぞ…おい、大丈夫か?」
ガチャっとドアが開いて。
「大丈夫よ、今行こうと思ってたところよ」
そして、スタジオに向かうアライ。
ミホが吐き捨てるように言った。
「最低よ」
「なにが?」
「今日よ、今日は最低よ」
「なに言ってんだよ」
「なんでもないわよ!」
シ-ン変わって。
ミミカの部屋である。
小さなロフトのような部屋。
光源のはっきりしない照明。
全体的にライトグレ-の涼しい雰囲気である。
壁にはめ込まれた巨大なミラ-の前で、ピンクのベビ-ロ-ションを薄く塗って、ベ-スメ-クを落としているミミカがいる。
自虐気味にゴシゴシこする。
メ-クの下から現れるミミカの素顔。
所々変色し、あざのようになり、ガサガサにけばだっている顔。
深い溜め息をつくミミカ。
更に顔を近づけると、そっと手を頬に当てて、撫でてみる。
そこに唐突にノックの音。
飛び上がらんばかりに驚くミミカ。
「誰!」
と、ドアの向こうから声がする。
「私です。キリコです」
「キリコちゃん? 待って」
と、立ち上がったミミカ、壁についている照明のボリュ-ムを落として、ドアを開けた。
「なあに?」
入ってくるキリコ。
「あ、あの…私の肌、タイアップしてくれた人工皮膚の会社から取り寄せたんですけど、これ!」
と、小さな缶を取り出すキリコ。
「皮膚の上に薄い皮膜を作って、人工皮膚を守るクリ-ムです。効果があるかどうかわかりませんけど、使ってみて下さい」
うつむき気味にミミカ、顔を上げてキリコを見る。
ミミカの素肌、キリコとそんなに違っては見えない。
上目使いでミミカを見ていたキリコも、顔を上げた。
缶を受け取るミミカ。
「ありがとう、心配してくれて…」
そして、週刊誌の記者にインタビュ-されているミミカ。
喫茶店である。
三畳くらいの個室で、壁は薄いTVスクリ-ンになっていて、森の風景や湖の風景がランダムに映し 出されている。
テ-ブルの上には録音中のCDレコ-ダ-。
「ミミカさんのファンは女の子が多いという事ですけど、やはりタ-ゲットは女の子に絞ってるんですか?」
ミミカが営業用の口ぶりで、それに答える。
「いいえ、全然そんな事ないです。どうしてなんでしょうね…どう思いますか?」
「…え-、私に聞かれても…」
「そりゃそうですよね」
「アイドルロイド全体を見ても、非常にユニ-クなポジションにいるとは思いますけど…」
「デビュ-したての頃とかは、『目つきがおかしい』とか『粗悪品だ』とか、よく言われましたね、確かに…今でもよく変な子って言われますけど…私を変な子って言うのも、変ですよね。私、アンドロイドなんだから、変なのはわかりきってるでしょうに…『ミミカちゃんのちょっと変な所が好きです』って、普通の生身の女の子から手紙もらうと…なんていうか…変な気持ちになります…」
「よく聞かれる質問だと思いますが、自分と同じレプリカというのが、世の中に出回っているというのは、どう思いますか?」
「う-ん…私も一つ欲しいな」
そう言ってミミカは笑った。
「でも私、レプリカって見た事ないんですよ」
「え? そうなんですか?」
「ええ、事務所にもないし、買った人はきっと家に持って帰って、大事にしてるんでしょうね。他のアイドルロイドの子達もそうみたいですよ。みんな自分のレプリカを見た事ないみたいです」
「もう一つ、これもよく出る質問だと思いますけど、記憶を採られるっていうのは、どういう気持ちがするものなんですか?」
「おながかすくんです。何か食べたくなります。今はだいたい、採り終ったらイチゴを食べます」
「はあ、イチゴですか。近くアイドルロイドが全員集合して、大コンサ-トがあると聞きましたけど」
「あります。やります。アイドルロイドのデビュ-一周年を記念して、『アイドルロイド世紀元年(ミレニアム)というタイトルです。みんな来るように! あ、ここ蛍光ゴチックで書いといて下さいね」
そして、インタビュ-ア-の質問にランダムに答えて行くミミカ。
「人気があるとか、売れてるとかいう実感は、全然ないですね。仕事は楽しいっていうよりも、気持ちいいです。どこが、どう気持ちいいのかって聞かれると、困りますけどね。とっても気持ちいい時があります」
また別の質問に答えて。
「ライブがいいですね。見に来てくれた人と一緒になれるとか、そういうんじゃなくって、人に気を使わなくっていいし、アップになる事がないから…TVカメラって怖いんですよ。ぐ-っと近づい てきて、それに向かって笑うのは至難の技ですよ」
「え-、最後に月並みですが、ファンの方々に一言」
「月並みですけど、がんばります、応援してね」
そして、ある夜の記憶採集スタジオ。
ベッドに横たわり、記憶を取られているミミカ。
そののち、副調整室でパックのイチゴを口に押し込んでいるミミカ。

コンサ-ト会場の控え室の大部屋
壁の大きなスクリ-ンに『アイドルロイドミレニアム、オ-ルスタ-コンサ-ト』のリハ-サル風景が、映っている。
その映像の中に、更に様々なアングルのカットが、同時に映っている。
それを見ながら話している他のアイドルロイド達。
インタ-コムの呼びだし音が3回。
ADの声が響く。
「スギナミキリコさん、キリコさん、スタンバってください。次行きま-す。よろしく!」
キリコが胸に手を当てて。
「あ-ドキドキするなあ。トチったらどうしよう。歌詞間違えないように、踊り間違えないように …う-ん」
他のアイドルロイド達がキリコを励ます。
「大丈夫よ、キリコちゃん。ドキドキしてるのはキリコちゃんだけじゃないんだから、みんなおんなじよ。ステ-ジって何回やってもドキドキするもんなんだから」
「そうよ、少しくらい緊張してる方がいいんだから」
そして、ミミカも言った。
「リハ-サルでとんでもない失敗をしておけば、本番楽になるから、失敗してきなさいよ」
ようやくキリコの顔に少し笑みが戻る。
「そうかなあ…」
ミミカが続けて言う。
「それにピンスポなんか当たったら、眼の前真っ白になって、完全自分一人の世界になって、気持ちいいんだから…真っ白になるのよ、真っ白に…最高よ」
「そうそう、あの気持ちよさを味わえば、アイドルロイドやっててよかったなって思うから」
そして、マネ-ジャ-達のいる関係者控え室もまた、壁面がスクリ-ンになっていて、会場の様子が映し出されている。
  アップになっているキリコ。
それをソファに座って見ている宮武とヤギ。
ヤギがつぶやくように言った。
「もう一年になるんですね、アイドルロイドがデビュ-してから」
「早かったけど、つらく苦しい一年だったなあ…最初はどっこも相手にしてくれやしないし、ゲテモノ呼ばわりされて…なんたって、会社がアイドルロイドの開発に莫大な金をつぎ込んだ物だから、これがコケたら倒産だって、背水の陣で…売れてくれたからよかってような物の、売れなかった時の事を思うと、ぞっとするよ。記憶もレプリカも売れてばんばんざいだよ」
「でも、今、レプリカの生産が追いつかなくって、大変らしいですね。この前も限定販売のレプリカを奪い合って、あわや殺人ってとこまで…」
「だからって、TV局に自粛しろと言われて、はいそうですかと聞くわけにはいかねえよ。こっちは会社上げて、大バクチ打ったんだから」
「そうですね。アンドロイドがこういう商売になるなんて、誰も想像しなかったでしょうね」
そして、そのステ-ジ上で、歌っているキリコ。堂々としたものである。
アイドルロイドの控え室では、そのキリコの姿がスクリ-ンに映っている。
アリスが言った。
「かわいいね、キリコちゃんって。目がくりくりして手、いいなミミカは、こんな妹を造ってもらって、私も妹が欲しいな」
「え-妹? 欲しいと思う?」
別のアイドルロイドが言った。
「ああいう子、いいじゃん、私好きだよ。あ-あ、私も会社に頼んで作ってもらおっと」
「かわいいかな…キリコって」
そう言うミミカは、我が事のように嬉しそうだった。
再び関係者控え室。
スクリ-ンを見ている宮武とヤギ。
「宮武さん、アイドルロイドって、スポットが当たると、表情がガラっと変わりますよね」
本当に気持ちよさそうな表情になるんですよね」
「ネガティブパ-ソナリティ、基本性格に刷り込んであるらしいよ、白いものを気持ちいいと思うように、無意識に光の当たる所に行くようにね…タレントの必須条件だよ」
「へえ、でも、大丈夫なんですかね、そういう仕掛けなんかして…」
そして、今度はミミカがステ-ジにスタンバイしに行く。
その後ろの曲がり角から、ぬっと現れるアキヤ。
ミミカを追おうとする。
と、その方を掴む手。
アキヤ、はっとして、振り返ると、マネ-ジャ-のキタノが立っている。
そしてアキヤに言った。
「どこへ行く?」
「ちょっと」
「ちょっと、なんだ?」
「ミミカに会いに」
「ダメだ」
「どうして?」
「おまえのコンセプトからはずれる」
「…またかよ…」
「まただよ」
アキヤはこれみよがしに溜め息をついた。
「ミミカの事早くあきらめてもらわないと困る。毎日の記憶の中で、ミミカの事を考えている時間が多過ぎる。販売用にチェックして消去していく作業だってたいへんなんだぞ」
「チェックして消去しなきゃいいだろ」
「そうはいかない」
「どうして?」
「そういうコンセプトだからだ」
「けっ!」
「アキヤ、アイドルロイドはアイドルロイドだ、それ以上でも、それ以下でもないんだ」

そして、言葉通りに記憶を抜かれていくアイドル達がモンタ-ジュされる。
アキヤの記憶採集スタジオ。
記憶採集中のアキヤ。
アイドルロイドハルカの記憶採集スタジオ。
記憶を抜かれているハルカ。
アイドルロイドキキの記憶採集スタジオ。
記憶を抜かれているキキ。
アイドルロイドアリスの記憶採集スタジオ。
記憶を抜かれているアリス。
アイドルロイドミサキの記憶採集スタジオ
記憶を抜かれているミサキ。
キリコの記憶採集スタジオ。
記憶を抜かれているキリコ。
ミミカの記憶採集スタジオ・廊下
記憶を採り終えたミミカが、イチゴのパックに顔を埋めるようにして、口に押し込んでいる。

ハイウエイ。
ホバ-カ-のBMWのエンブレムが風を切って走る。
そのホバ-カ-の中。
乗っているのはアイドルロイドの敵、ミホである。運転しているのはマネ-ジャ-のアライ。
ホバ-カ-、ミホのマンションの屋上のヘリポ-トに、ゆっくりと降りてくる。
小さなバックを掴んで降りようとするミホに。
「いいなミホ! どんな事があっても、絶対に部屋の外に出すんじゃないぞ、わかってるな、誰がどこで見てるかわかりゃしないんだからな」
「くどいって言ってんだよ、わかってるわよ」
ミホ、ドアを叩きつけるようにして閉めた。
「バカヤロウ、これがばれたら、今度こそ歌手生命を失うぞ」

ミホの部屋、ゆっくりと明るくなってくるリビングに入ってくるミホ。上着を脱ぎ捨てた。
その部屋の真ん中に、ビニ-ルで包まれた、大きなレザ-のソファが届いている。
果物ナイフをそのソファに突き立てるミホ。
シ-トを破いていく。
シ-トの中、綺麗に包装されたアキヤのレプリカが入っている。
それを抱き起こすミホ。
映話に接続したアダプタを、レプリカアキヤの首筋の後方へ、差し込む。
音階のあるモ-ルス信号のような早い断続音。しばらく続く。
レプリカアキヤの髪をなでながら待つミホ。
やがて音が止まり、ゆっくりと目を開けるアキヤ。
ミホと見て…微笑んだ。
だが、その目はミホを見てはいない。
そのレプリカアキヤに、ディ-プキスするミホ。
レプリカアキヤの反応、今いち遅い。
そして、今日もまた、記憶採集スタジオの隅で、ミミカはイチゴをほおばっている。
空になったイチゴのパックをパキパキとねじる宮武。
そして、奥のシミズに向かって。
「じゃ、あとよろしく」
そして、ミミカと共にエレベ-タ-に向かう。
ミミカが言った。
「宮武ってさあ…キリコの事好きでしょ」
「なにいってんだよ」
「隠してもわかるんだかさぁ…好きなんでしょ、言っちゃいなよ。言っちゃうとずいぶん楽になる よ。ね、好きなら好きと言っちゃったら?」
「なんで、そんなふうにミミカは決めつけるんだよ。だいたい、何を根拠にそんな事言ってんだ」
「根拠? そんなもん、私の第六感にピ-ンと来たんだから、」
「またアイドルロイドの第六感か?」
「でも、私もキリコ好きだからね、キリコって、私達の間じゃ、けっこう人気があるのよね」
「とっても、いい子だと思うよ」
「ほら、やっぱり好きなんだ…だから、好きなら好きと言っちゃえばいいじゃない」
  ミミカそう言いながら、目の前のエレベ-タ-の扉を指さして。
「今日はこれが来る!」
と、下向きのキイに触れた。
ピンポン! と鳴って、ミミカが指さしたドアが開いた。
「当ったりい!」
「おっ! 調子いいな!」
「だから、言ってるじゃない、アイドルロイドの第六感は当たるって…私もキリコの事好きだって言ったんだから、宮武も言いなさいよ」
「そりゃ好きだけど、ミミカが好きって言うのと、俺が好きって言うのはニュアンスが違うだろう?」
「なにカッコつけてニュアンスとか言ってんのよ、好きなんでしょ」
二人、乗り込んだ。
「そりゃ、いい子だとは思うけどさ」
「じゃ、いいじゃない、言いなさいよ、キリコ、好きだよって…早く!」
「まあ…好きだよ」
「やったあ!」
ミホのマンションのなか、一匹のハエが壁に止まっている。
そのハエの見た目。
そのハエは造り物である。その目に映る、ミホとアキヤの痴態。
女物のブラウスを羽織って、部屋の中をうろうろしているレプリカアキヤ。
そのハエの目に映る映像は、近くのワゴン型のホバ-カ-に送られていた。
そのモニタ-を眺めている男が言った。
「おかしいと思ったんだよ、二週間も続けて、アキヤの記憶を映話から引き出してるなんて…」
ミミカの事務所にビデオテ-プを山のように抱えて入って来たヤギが、グラビア雑誌をめくっているミミカに言った。
「オハヨ! ミミカちゃん」
「あ、ヤギさん、おはようございます」
「今日はなに?」
「今日はね、これからTVの取材があるの」
「そうか、忙しくって、調子いいね」
「ボチボチですよ」
「ボチボチか…」
「最近キリコはなにしてるの? あんまり仕事で会う事ないね」
「え…うん、今日オフだからまだ寝てると思うよ」
「キリコってアイドルロイドの間だけじゃなくって、生身のアイドル達にも、うけがいいね。あっちこっちで褒められるよ。性格いいって…私さあ…いい妹持ったねって言われると、なんか変な気持ちだよ」
「生身のアイドル達にうけがよくってもなあ…キリコはいまひとつ人気がね、芳しくないんだ。そ れで、今も上の連中に怒られて来た所なんだけど…まったく…こっちは言われたとおりに仕事をしてるだけなのに…」
「大丈夫よ、ヤギさん。そんな最初っから売れまくったら、私の立場がなくなるもん」
「そうかもね」
「だって、キリコは謙虚な子だから…」
  そして、宮武が入って来た。
「おはよう、宮武」
「ミミカ、TVの取材な、遅れそうなんだよ」
「あれまあ、なんで?」
「あのカナイミホがな、自分のマンションにアキヤのレプリカを持ってたらしいんだよ」
「アキヤの…レプリカ?」
ミホのマンションには朝からレポ-タ-の群れが詰めかけていた。
「ミホを出せ! ミホォ出て来い!」
「やましくないなら、部屋の中全国の皆様に公開しろ!」
「勘弁して下さいよ、コメントだけでもいただけませんか!」
「突き破って侵入するぞ、十数えるうちにここを開けろ!」
その人々をバックに、TVキャメラに向かって、喋っている女性のTVリポ-タ-。
「え-、ごらんのように、アイドル歌手のカナイミホさんは部屋に閉じこもったきりで、一向に姿を見せる気配はありません。え-、本日のミホさんのスケジュ-ルに入っていた、アルバム用のポスタ-の撮影。コンサ-トの打ち合わせ、ラジオへのゲスト出演は、キャンセルする模様です」
そして、ミホのマンションのゴミ集積場をあさっているレポ-タ-もいた。
「よく探せよ、もしかしたらミホの奴、アキヤをバラバラにぶった切って、捨てたかもしれねえからな」
ミホの部屋はシャッタ-を降ろして、カ-テンを締め切っている。
薄暗い。
かすかに聞こえる外のレポ-タ-達の声。
鳴り続ける映話。
ミホ、ベッドの上で、アキヤのレプリカにキスの雨を降らせている。
アイドルロイドアキヤはその頃TV局で番組の収録を終えた所を、報道陣に捕まっていた。
レポ-タ-達に取り囲まれているアキヤ。
「ミホさんについてどう思いますか?」
「アンドロイドと人間の間に、愛は存在すると思いますか?」
「一言お願いします」
「こちらのカメラに向かって、ミホさんが見ていると思いますので、一言よろしく」
アキヤ、レポ-タ-を見回して。
「愛しているわけないでしょう。人間はアンドロイドじゃないんですよ」
悠然と立ち去るアキヤ。
そんなアキヤの様子を、自分の部屋で見ているミミカ。
モニタ-TVに大写しになっている。
そのミミカの横にキリコがいる。キリコが言った。
「いい気味ね、ミホの奴…きっと今頃部屋から出るに出れなくなって、やる事ないから、アキヤのレプリカとセックスしてるわよ。レプリカの運動能力なんてたかが知れてるけど、セックスなんて、そんなに複雑な動作はいらないかね、でもね、笑っちゃうよね、あんなにアンドロイドを嫌がっていた奴が、こっそりアキヤのレプリカを持ってたなんて」
「ミホは…結局なにが欲しかったんだろうね」
「なにって?」
「夜、アキヤのレプリカとセックスして、昼間は昼間でオリジナルのアキヤにつきまとって、また家に帰って、記憶を引き出してみて、今日のアキヤの気持ちをたどってみて」
「セックスよ、セックス。それ以外になにもないのよ」
「そんなにいいのかな、セックスって」
「いいんじゃないの?」
「私達、オリジナルのアイドルロイドにも、セックスの昨日つけて欲しかったよね」
「うん…」
「たぶんね…私の第六感だけど」
「え?」
「ミホはアキヤが全部欲しかったんだと思うよ」
「全部って?」
「全部よ、なにもかも、オリジナルのアイドルロイドのアキヤも、レプリカのアキヤも、アキヤのセックスも、アキヤの記憶も、全部欲しいのよ…たぶんそうだと思う」
「ふ-ん」
「好きになるって、そう思うようになる事だと思うよ」
超過密渋滞の幹線道路。ラッシュ時。
それにはまっているアキヤのホバ-カ-の中。
運転しているマネ-ジャ-。
運転席の横に、カ-ナビ。そこに文字。
『車の上昇は3メ-トル以内に制限』点滅している。
いっこうに進まない。
何台もの違反車が、アキヤのホバ-カ-のすぐ上を通り過ぎていく。
アキヤが言った。
「今日一日…疲れたな。朝からのこの騒ぎの、俺のコンセプトに添ったものなんだろうな」
「いいや、これはイレギュラ-だ」
「…イレギュラ-ね」
「だが『人間はアンドロイドじゃないんですから』ってのはいい台詞だったな。週末、流行るよ」
「じゃあ、ごほうびに、ミミカに会わせてくれよ」
「調子に乗るなよ」
「いいだろ、例え会ったって、そこの部分の記憶、抜いて販売すればいいじゃないか」
「そんな虫食いだらけの記憶なんか、誰が買うんだ」
「記憶を引き出す事は出来ても、手を加える事は出来やしないんだろ、俺はミミカが好きだ。それはいじれやしないだろ」
「じゃ、おまえはミミカのなにが欲しいんだ? 会ってどうする? ミミカがおまえの何になる? 愛し合って、結婚でもするのか? 笑わせるなよ」
「うるせえ…」
ミミカの部屋。
ミミカが一人で三面鏡を覗き込んで、皮膚をいじっている。
側の携帯映話が鳴る。
「はい」
映ったのはキリコ。
「ミミカちゃん、今、ちょっといい?」
そして、ミミカの部屋にやって来たキリコ。
「キリコちゃんなに? 内緒の話って?」
「ミミカちゃんさあ…秘密、守れる?」
「秘密? 秘密って、どういう秘密?」
「秘密は、秘密よ」
「守れるよ、守れる、守れる、絶対だよ」
「最後の秘密よ」
「最後の秘密?」
「さっきね、ヤギさんに言われたんだけどね、私、引退するんだって」
「え?」
「私ね、売れてないんだって。普通の生身のアイドルに比べたら、結構売れてる方なんだけど、アイドルロイドってバッカみたいに維持費、かかるから…いっその事、派手に引退させちゃおうって事になったんだって。ミミカちゃん、引退って、なんだか知ってる? 消えてなくなる事よ。なくなるの、なにもかも、だから私が消えてなくなる前にお願いしようと思って…私のね、皮膚を持っていて欲しいの。アイドルロイドの素体って、バッカみたいに高いから、引退したら中のメカニック整備して、新しい顔と新しい皮膚をつけて、次のアイドルロイドがデビュ-するんだって。だからね…結局私って、この皮膚だけなのよ。この皮膚だけは私の物だから、どうしようと勝手でしょう。引退する日にマジックで書いておくから」
そして、自分の頬に四角を描いた。
「ここの部分、ミミカちゃんにあげてくださいって、私のサインを入れておくから、大事にしてね。それしか残らないんだから…それが私がここにいたっていう証拠なんだから。いやだね、消えてなくなるなんて、嫌な気分だよ…売れなよ、ミミカ、売れなきゃダメなんだよ。売れて、売れて、売れまくれば、消えてなくならなくってすむんだから」
涙を浮かべたキリコ。
ミミカに近づいて来て、キスをする。
何度も、何度もキスをする。
そして、抱きつくと、ミミカの膝の上に伏す。
やがて、ミミカのスカ-トを握り締めて泣き出すキリコ。
ミミカ、その髪をなでてやる。
その姿にミミカの声が被る。
「キリコの引退記念のコンサ-トやビデオのセ-ルスは散々な結果に終わった。引退を発表した時から、街中の中古ビデオ屋にキリコのレプリカが並び出し、すぐに『レプリカキリコ引き取りお断り』の貼り紙が出された。記憶の映話サ-ビスも、日に数百件というありさまだった。キリコは、誰も知らぬ間に予定より早く引退した」
それをミミカが知ったのは、TV局の控え室だった。
宮武が沈痛な面持ちで告げたのだった。
「なにもないんだ」
「なにもないってどういうこと? どうして? キリコは言ったのよ、あの綺麗な肌をくれるって」
「…キリコの体は、うちの会社と提携しているアンドロイドの研究所で、またもとの素体に戻して、顔とパ-ソナリティを与えられて、新人のアイドルロイドとして、デビュ-するという話だったんだ、けれども、いざ整備してみたら、運動伝達中枢系に問題はあるし、間接部の消耗も激しいんで、廃棄処分になったらしい」
「廃棄…処分?」
「嫌な…嫌な仕事だな…こんなんじゃなかったんだよ、昔は…売れなくなったら、消えてしまうって事はなかったんだ。いくら自分達が造り出した物だからって、勝手に…勝手に廃棄処分だなんて…バカな…」
その夜。
記憶採集スタジオのうす暗い部屋。
記憶を採られているミミカ。
その調整。いる気配ないしねぇ。本当はいい
ひとなんだけど、見た目、暗いからなあ。いまいち問題あるよな。多いんだよね、コンピュ-タ-扱 ってる人に、ああいうタイプ」
「いくらいい人でもな、好きになんかなるなよ。ああいうのはミミカにとっては、なんの意味もないんだからな。好きになるなら、芸能人かミュ-ジシャンにしてくれよ…なあ、おい」
ミミカは宮武の言う事は半分も聞かず、鼻歌を歌いながら、スキップして、先にエレベ-タ-の前に着いた。
そこには階数表示のないエレベ-タ-が四基並んでいる。
ミミカそれを見回して、一番右の扉を指差して。
「今日はこれだ!」
と、下向きのキイに触れた。
ミミカの指差したエレベ-タ-の上のプレ-トが光り、ピンポン! と鳴って、ドアが開いた。
「ラッキ!大当たり!」
ようやくたどり着いた宮武に。
「宮武、早く、早く! 今日も大当たりだったよ。すっごいでしょ、私、霊感あるのかな」
宮武、ミミカを押し込んで、ドアを閉めた。
そのエレベ-タ-の中でミミカが言った。
「今日のポスタ-撮りって誰のところでやるの?」
「シマザキマキオって知ってるか?」
「シマザキマキオ? 知ってるよ。割と有名な人でしょ。マリアとかチホとかが撮ってもらったことがある人じゃないの?」
「そうだよ、有名だけど、かなり強引な奴だという噂だからな。気をつけろよ、ミミカ」
「ストロボ使うかな」
「スタジオだからな、使うだろうな」
「よかった」
「なにが?」
「だってストロボって好きなんだもん」
くくっと笑うミミカ。
そして、シマザキフォトスタジオである。
まばゆいばからりの真っ白な画面。
その中のミミカの陶酔した顔。
そう広くないスタジオに立てられたホリゾントの前で、体をくねらせ、髪をかき上げるミミカ。
激しいビ-トのBGMに混じって聞こえてくるシマザキの声。
「笑って、笑って、綺麗だよ、ミミカちゃん。いいよ、いいよ、笑って、笑って、そう、そう、体もうちょっと右へ、そう、はい、はい、いいよ、、いい感じだ」
スタイリストのカタセがミミカに駆け寄って。
「ちょっと入ります」
衣装のしわを整え、メイクを直す。
その間シマザキがチ-フアシスタントのユウキに小声で言った。
「これで年齢はいくつの設定なんだって?」
「12って言ってました」
「12? 冗談じゃねえよ、なに考えてんだよ、あの胸といい、腰といい、どう見ても、17、8だ ぜ」
カタセがミミカの側を離れた。
「どうもすみませんでした」
シマザキはすぐファインダ-を覗いて、明るい声で。
「はい、カタセちゃん、ありがとう。よ-し、このあたりいいから、少し多めにもらっとくね」
そして、再びユウキに向かって、小声で。
「ぼちぼち行こうか」
うなづくユウキ。
「いいよ、いいよね、ミミカちゃん」
その言葉がまるで合図だったように、スタイリストや、ヘアメイクの女の子とたちが、次々と外に出て行く。
スタジオの隅では、宮武がパイプ椅子に座って、眠りこけている。
スタジオを見回したユウキが、ミミカの側に寄って行く。
「ちょっと入ります、すみません」
ユウキ、ミミカのところへ来て、スカ-トをたくし上げた。
ミミカ、雰囲気が違う事に気がついて、さっと表情を固くして、ユウキを睨んだ。
シマザキは更に明るい声で言う。
「ミミカちゃん、ちょっと肩出してくれるかな、肩」
ユウキが強引にミミカの肩を掴んで。
「ちょっとごめんね」
と、言うなりミミカの背中のファスナ-を思いっきり下げて、襟を掴み、肩はおろか胸まで出そうとする。
ミミカ、その手を払いのけて、肌を隠す。ユウキ、それでも手は離さない。揉み合うミミカとユウキ。
気がついて飛び出してくる宮武が叫ぶ。
「待てよ、おい、なにやってんだよ、やめろ! 撮るな! 撮るな! 撮るなよ!」
シマザキが合図して、若いアシスタントが数人掛かりで、宮武を押えつける。
シマザキはそれでも、ミミカに明るく言う。
「どうしたの、ミミカちゃん。いい感じだったのに。大丈夫、大丈夫。怖くないよ。ミミカは今、とってもいいんだから、綺麗に撮ってるからね。う-んとセクシ-にね。大丈夫よ」
助手のユウキ、さらに強引に脱がせようとする。懸命に服を押えて、抵抗するミミカ。
宮武も言葉を荒くして。
「バカヤロウ! やめろって言ってんだよ。ミミカはアイドルだぞ、下手な物撮られちゃ困るんだよ」
叫んだ宮武は、アシスタント達を振りきって、ミミカに駆け寄ると、ユウキを突き飛ばした。
ユウキ、ホリゾントに激突してその口に持っていくと、前歯を当ててひと噛みし、果汁をチュ-と、音を立てて吸う。
そして、かじったイチゴの断面を見て。
ドキッっとするミミカ。
キリコの顔、その生々しい色をした唇を思い出した。
所狭しと並べられているディスプレイ用のモニタ-の群れの中で、シミズと宮武が、映し出されたアルファベットと数字を見ている。
一番大きなモニタ-の下にある操作卓のキイをカタカタと打って、画面を送っていくシミズ。
「このあたりなんですけどね、ほら」
と、画面のあちこちに*印の羅列が現れる。
「宮武さん、なんだと思いますか、この部分? 記憶が欠けてるんですよ。記憶されてないというか…今日、ミミカになにかありませんでしたか? たとえば、頭部にショックを受けたとか、酸性の湿気の多い所に長時間いたとか」
「なかったと思う。どういうことだ? 記憶が欠けてるって?」
「前にも少し出た事があったんですけど、今日みたいにひどいのは初めてです」
「朝から、新曲の衣装会わせ、ラジオのスポット撮り、午後はTVのスタジオに入ってたから、環境の悪い所には行ってないはずだけどな…」
「精密検査が必要かもしれませんね。アンドロイドって、人間と同じ形をしてるから、つい、こっちも人間並みに扱ってしまいますけど、ここにあるコンピュ-タ-なんかよりずっとデリケ-トなものなんですからね。きっと、ゴミでも入ったんでしょ。一定の温度と湿度に保たれた部屋でないとダメなんですよ。一度オ-バ-ホ-ルした方がいいですよ。一応本社には報告書を作って、送っておきますけど」
「オ-バ-ホ-ルってのは、何週間くらいかかるもんなんだ?」
「そうだなあ、頭はやっかいだから、早くて二週間、へたすりゃ二十日間くらいかかりますね」
「冗談じゃない。一日たりとも記憶の販売を休むわけには行かないんだ。オ-バ-ホ-ルなんかのために、二週間も三週間もじっとしてたら、ミミカのファンの子達はミミカの事など忘れてしまうよ。ミミカのレプリカはたちまち中古屋に並ぶよ。今、芸能界は二十四時間一昔で動いてるんだからな」
シミズ、さらに操作卓のキイを叩くと、画面が流れて、*印が画面いっぱいになる
「かなりの重傷なんですけどね」
「とにかく、この*印の部分が、今日の何時頃の記憶なのか調べてみてくれ。俺も明日からなるべくミミカの側を離れないようにしてチェックしてみるから」
そして、調整室を出て行く宮武。
ミミカはアキヤからもらったグリ-ンパ-ルのピアスを耳に宛てて、手鏡を覗いている。
パックのイチゴは半分も食べないまま、灰皿の上にひっくり返してある。
宮武がミミカに言った。
「ミミカ、ちょっと聞くんだけど、今日、何か変な感じはしなかったか? どっかに頭をぶつけたとか、めまいがしたとか…」
「めまいってなに?」
「体がふらつく事だよ。なあ、ミミカ、ちょっとまじめに思い出して欲しいんだよ、大事な事なんだよ」
  ミミカ、ピアスを箱を大事そうに小箱に入れてパタンとふたを閉じた。
「どうしたの、宮武先生。マジになって…ねえ、もし頭をどこかにブツけて、体がふらついたとしたら、何なの? はっきり答えてよ。ま、言わなくてもわかってるけどね。今日の記憶、おかしいんでしょう」
「やっぱりなにかあったのか?」
「なにもないけどさ、だっていつもだったら、シミズさんが出て来て『ごくろ-さん』っていうはずじゃない。どうして今日は言わないの? 隠さないで言ってよ。私、故障してるんでしょ。宮武、いいから言ってよ」
「うん、確かに、今日の記憶は少しおかしい。でも、まだ何が原因なのかはよくわからないんだ。ミミカの方に問題があるのか、それとも、この記憶採集システムの方がおかしいのか。シミズが今晩、メンテの連中と調べてみるって言ってるから、その結果を聞いてみないと、なんとも言えないけどね。ただ、この頃、ミミカは少し働き過ぎだから、俺の目の届かない所で、なにかあったんじゃないかと思って、心配してたんだ」
「なにもなかったわ」
「そうか、だったらいいんだ」

その間も、副調整室では、シミズが一人、キイを叩き続けている。
やがて、コンピュ-タ-が一人で解析を始める。
シミズ、立ち上がってコ-ヒ-を入れると、眺望壁の透明度を上げていく。
次第に見えてくる剣山のような超高層ビルの群れ。
に、雪が降っている。
しばしみとれていると、コンピュ-タ-の解析終了の音。
そのランドスケ-プの中に、赤い光の点でできた帯がある。
ハイウエイ、今日も渋滞中である。
そのハイウエイに捕まっている宮武のホバ-カ-。
その中。
運転席に宮武。
右の指でコツコツとハンドルを叩きながら、右の指で、ギヤの前のカ-ナビのスイッチを入れる。
迂回の道、全てふさがっている事を示す図。
幾つか。
しかも、『車の上昇は3メ-トル以内に制限』されている。
後席のミミカ、窓を開けて、雪を見ている。
ミミカが独り言のようにつぶやく。
「綺麗だな…街中スタジオになったみたいだ」
ホバ-カ-のクラクション、あちこちで鳴りまくっている。
宮武、ミミカが窓を開けている事に気づいた。
「ミミカ、やめろよ、寒いだろ」
「ううん、寒くないよ、寒けりゃ、ヒ-タ-を強くすればいいでしょ。宮武、私、外歩きたいな。す画面の中に映るシミズ。
8インチのモニタ-を自分の方に向け、マイク付き、軽量ヘッドホンをかける宮武。
「記憶の欠落は…ちょうど、記憶採集スタジオへ入る三十分前から、一時間くらい前のが、ごっそりと抜けていますね」
「うん、わかった、ありがとう」
ブラックアウトするモニタ-。
「なあ、ミミカ、今日TV局のビデオ撮りの後、なにしてたか覚えているか?」
「ビデオ撮りのあと?」
「そうだ」
「なに、さっきの話の続き?」
「うん、思い出してくれるか?」
「う-んとね、なにしてたかな、急に言われてもな…あ、そうだ、ファンの子が持って来てくれた差し入れを食べてたよ。自分の家で作ったイチゴクレ-プとかで、すっごいいっぱいなの。一人じゃ食べ切れないから、他の子にも分けてあげたの。宮武の分も残して置こうと思ったけど、すっごくおいしかったから、あっというまに売り切れちゃった。なに、宮武、自分の分がなかったから、さっきから怒ってるの?」
「え…いや、そんなんじゃないけど…そうか、だったらいいんだ」
「納得した?」
「ああ、ミミカは大丈夫だ」
一向に進む気配のない、目の前のテ-ルランプの群れ。
宮武、額の汗を拭いて溜め息をつく。
クラクションの音に混じって、多数の消防自動車のサイレンの音。
「やけに多いな、救急車…消防車かな…なにか事故でもあったのかな」
ミミカは外の雪をまだ見ている。
「綺麗だな…雪って本当に…」
その遥か先。
遠くのビルの間から、もうもうと黒煙が上がっている。
炎上している何台かのホバ-カ-。
炎の勢いが強過ぎて、近づくことが出来ない。
その風景にミミカの声が被る。
「アキヤが死んだ。TV番組のロケの待ち時間、突然ホバ-カ-に乗り込み、酸素供給車と小型タンクロ-リ-に突っ込んだと言う。酸素供給車の乗員二名も巻き添えになって死んだらしい」
その様子をミミカは事務所のモニタ-で見ていた。
燃え上がる車。
衝立で仕切られている映話のコ-ナ-から、宮武の怒鳴り声が聞こえてくる。
ドアの外に押しかけて来ているレポ-タ-達の声が聞こえる。
映話のスクリ-ンに向かっている宮武。
「ですから、私どもは、今現在コメントする事は何一つございません」
こちらへマイクを向けて、口々に好きな事を言っているレポ-タ-達。
「御宅のミミカさんにですね、フラれたあげく、アキヤは自殺したわけでしょう」
「責任はどうするんですか、責任は。謹慎どころじゃすみませんよ、これは」
「こちらとしてはですね、どうしてもミミカさんの生の声が聞きたいわけですよ」
「ミミカを出せ、ミミカを! 十数えるうちに出さないと、突っ込むぞ」
「アイドルロイドだからって、甘えは許されないと思うんですよね」
そして、宮武は言った。
「ミミカの今日の気持ちは、明日の映話サ-ビスでお確かめ下さい。失礼します」
映話を一方的に切る宮武。
口をパクパクさせているレポ-タ-達、ブラックアウトする。

応接室に戻ってくる宮武。
モニアタ-を見ているミミカの隣に座る。
モニタ-に映っているのは、記者会見中のアキヤのマネ-ジャ-である。
「そうです…はい…はい…はい、昨夜、同じアイドルロイドの歌手のミミカさんとアキヤがホバ-カ-の中で会ったのは事実です。しかし、そこでなにがあったのかについては、アキヤはなにも言いませんでしたし、なんといっても…記憶を採る前にこんな事になってしまったので…最後の二十二時間、アキヤはなにを思い、なにを考えていたのか…誰にもわかりません、その22時間は、アキヤだけのものなんです」
そして、炎上している車が映し出される。
超ハイスピ-ドの画面に、ミミカと宮武の声が被る。
「本当なのか、ミミカ」
「なにが?」
「アキヤのマネ-ジャ-が言ってる事だよ」
「私、昨日はアキヤに会ってないわ…うそよ、嘘をついてるのよ、この人」
「じゃあ、どうして、こんな事言うのかな」
「わかんないわよ」
「おかしいとは思わないか?」
「知らないわよ、そんな事」
「そうか」
そして、モニタ-の画面は、ミホの記者会見になった。
泣きながらも、レポ-タ-の質問に一つ一つ答えていくミホ。
「ええ…ええ…愛してました、本当です…アンドロイドであっても、もう、そんな事はどうでもいいんです。人間かアンドロイドかなんて…もうどうでもいいんです」
その画面にはさみ込まれる、事故現場の様子。
黒煙を上げて燃え盛る車。
時折、何かが誘爆して、新たな炎と共に、破片が舞い上がる。
高熱のため、ユラユラと揺れる陽炎のような画面。
スタッフ達の怒鳴り声も入っている。
「消防車はまだか!」
「風向きが不安定だぞ! おい! 炎がそっちに行くぞ!」
「機材はいい! とにかく逃げろ!」
サイレンの音が近づいてくる。
その画面の下にテロップ。
一時間後。
すでに火は勢いをなくし、黒煙だけが、ただ、もうもうと上がっている。
折り重なった車の形、確認出来る。
さらにテロップ。
二時間後。
消防隊の制止を振り切って、車に近づく手持ちキャメラ。
ちょうど、車のドアを焼き切って、アキヤの死体を引きずり出す所だ。
朝のワイドショ-の司会者のけたたましいナレ-ション。
「ああっとぉ! 今、今アキヤの体が引きずり出されます。ああっ! 見えました、見えました。今、見えました。これがアキヤです。若い女の子に絶大な人気を得ていたアイドルロイド、アキヤの最後の姿です。TVを御覧のみなさん、これは人間ではありません。御心配なさらないで下さい。おしかりの映話などなさらないように…これはアンドロイド・アキヤの死体です」
まだ煙の立ち上る黒コゲの焼死体のアップ。
ストップモ-ションになった。
ミミカの事務所でそれを見ていた宮武が立ち上がって言った。
「今日はこんな調子じゃ、外に出られないからな。仕事はキャンセルするよ。久しぶりに、ゆっくりしていいよ」
「そう」
「何か飲むか?」
「ハ-ブティがいいな、アップルの」
「わかった」
キッチンで紅茶を入れている宮武がつぶやいた。
「ここに来て、いっぺんにガタが来はじめてるな」
カップを持って戻って来た宮武が言った。
「もう少ししたら、俺は本社の方に行かなきゃなんないんだ。今日一日、ミミカはじっとしていてくれよな。なにかあったら、向こうの事務の人でも呼べばいいからな」
TVを見たままうなづくミミカ。
TVの画面、いつの間にかニュ-スになっている。
キャスタ-が言った。
「-繰り返しお伝えします。昨夜深夜、首都高速支柱下に停車中の、小型タンクロ-リ-と酸素供給車にホバ-カ-を激突させ、酸素供給者の運転手、サワタリタカヒロさん二十二歳と、同じく助手のヒロセシンイチさん十九歳を焼死させた、アイドルロイド・ヒダカアキヤのマネ-ジャ-キタノミツノリ二十九歳と、ヒダカアキヤの製造整備を担当していたコジマユタカ三十一歳を、業務過失致死の疑いで、逮捕すると共に…」
ミミカの事務所では、宮武がハ-ブティのカップを握り締めたまま。
「逮捕だと…」
本社のロビ-で、宮武はシミズに会った。
シミズは宮武に言った。
「昨日の記憶に混じっていた*印は全部消去指定おきました」
「ああ、御苦労さん」
「でも、やっぱり、なにかウソでもいいですから、空いた時間の記憶を埋めておいた方がよかったんじゃないですかね。特に今日なんかマスコミの連中が躍起になって、空白の時間を調べますよ」
「わかってるよ、*印の空いた時間のミミカの行動は、今、でっちあげてる最中だよ。発表は今日の夕方。特別料金の映話サ-ビスでやるらしい」
「なるほどね…さすが、上の連中は、どこまでも商売上手ですね。感心して、あきれ返りますよ」
「まったく、よく考えつくよな」
「ミミカ本人の具合はどうなんですか?」
「なにか隠しているらしいんだが、どうも、なに考えているかわからないんだ。今からミミカの基本人格を作ったカシマさんに会って相談してみようと思ってるんだけどな…それはそうとアキヤのマネ-ジャ-が逮捕されたな」
「ええ、驚きましたよ」
「アンドロイドの管理不行き届きっ立ってな。車乗ってて人はねたら、そりゃ運転している奴が悪いだろうけど、同じ次元で考えてもらっちゃ困るよ。本当に…」
「狂ってきましたね、少しづつ…」
「ああ、ミミカじゃないけど、嫌な予感がするよ」
  宮武は、ミミカの基本人格を作ったネガティブパ-ソナリティプロットライタ-のカシマタケオを訪ねた。カシマはミミカについてこう言った。
「そうですね、こういう部分的健忘症の場合、大きくわけて、脱落性健忘と、選択性健忘というのがあって、脱落性健忘の場合、一定期間の記憶がすっかり脱落するもので、これはおもに癲癇や錯乱などの意識傷害を持った場合に起こります。それから選択性健忘というのは、特定の場所、ないし人について思い出せない心因性の健忘でして、心理的外傷、いってみれば、心の傷が記憶を遮断するわけです、ミミカの場合、たぶん後者の心理的外傷による健忘だと思うんですが…それから、さっきお話に出たイチゴのクレ-プの件ですけれども、それは我々の言う『作話』でしょう。健忘がある場合、その記憶の欠損部分を補うかのように、作り話をするんです。だいたい内容は豊富で誇大的な話が多いんですけれど…」
「健忘になって、作り話をするアンドロイド…」
「信じられませんね。確かに第一期のアイドルロイドの中では、完全に近いパ-ソナリティを作ったつもりですけどね…記憶採集システムの方は本当になにもなかったんですか?」
「正常だった…それに、ファンの子が持って来た差し入れをそのまま食べさせるマネ-ジャ-はいませんよ。爆発物こそないけど、劇薬入りのアルカリイオン飲料や、腐敗した動物の死骸の入ったハンバ-ガ-が他のアイドルロイドの元へ届けられてるんです」
「どうして、そんな物が?」
「オリジナルのアイドルロイドに覚えてもらうためですよ。昔は『追っかけ』とかいって、TV局の玄関に何時間も粘って、自分達の作ったプレゼントをアイドルに渡して、自分の事を覚えてもらおうとする子達が大勢いたんですよ。それがアイドルロイドが出て来て形態が変わり、ファンの子達が個人でレプリカというアイドルを所有できるようになったけれども、友達の家にも同じレプリカがある。だから、何か別の事で差をつけなきゃなんなくなって来てるんです。自分がいかにこのアイドルを好きかという意思表示のためにね。そういった物を差し入れして、アイドルとコンタクトを取ったという証拠にして、翌日レプリカで記憶を引き出して、仲間内で自慢しあうんです。たとえアイドルロイドが差し入れのそういった物を食べて、オシャカになったとしても、結局、器物破損ですからね…アイドルロイドが口にする物は、TV局だってピリピリしてるんです。昨日は誰からもイチゴクレ-プの話なんて聞いてません。飢えているわけでもないだろうに…昨日はいつもならむさぼり食うイチゴもほとんど手をつけていかなかったし…でも、カシマさん、アイドルロイドに嘘がつけるものなんでしょうか?」
「ウソをつくように作ったわけではありませんが、自分のパ-ドナリティを保護する事を思いついたのかもしれませんね。人間そっくりのパ-ドナリティを入れておきながら、その実、人間がやらないような毎日の記憶の暴露をやっているわけですからね。誰だって、隠しておきたい事がありますよ。そうなにもかも開けっ広げにしていたら、まいってしまいますよ」
そして、その夜もミミカは記憶採集スタジオで記憶を抜かれていた。
スタジオ。副調整室。
ベンチに一人座っているミミカ。
その調整室で、シミズに宮武が言った。
「まあ、とりあえずこのまま様子を見てみようという事になったんだ。とにかく、もう一度パ-ソナリティを作り直すしか方法がないという事らしいんだ。今のところ、その記憶の欠落以外にこれといって、症状というか問題行動を起こしてないからな…」
「わかりました…宮武さん、アキヤの自殺前の記憶って、どうなってたんでしょうね」
「え? どうなっていたとは?」
「もしかしたら、アキヤの記憶も相当おかしかったんじゃないでしょうかね。記憶を採った後、修正を加えて販売していたとか」
「おい、頼むからあんまり脅かさないでくれよ」
「脅かしているわけじゃないですけど……なにかアキヤにもあったはずですよ…きっと」
「何を…どおすりゃいいんだ?」
高層ビルの壁面電光スクリ-ンに映し出される、燃え盛るホバ-カ-と酸素供給車、小型タンクロ- リ-が大写しになっている。
アキヤの事故の映像である。
そこにミミカの声が被る。
「事故から、四十九日目に、アキヤは蘇った」
その事故の映像に、アキヤの笑い顔がオ-バ-ラップしてくる。
「アキヤの事務所と製作会社は、新しくデビュ-させようとしているアンドロイドの素体を急遽アキヤと同じプロポ-ションに作り替えて、基本人格を組み込み、そして、事故の前日までの記憶を再入力した」
その画面に重ねて『復活ネオアキヤ、アイドルは死ねない』の文字。
ホバ-カ-の中から、その壁面電光スクリ-ンを見上げている宮武とミミカ。
いつものように渋滞している幹線道路。
宮武が言った。
「明日から、記憶の販売も始まるらしいな。しっかし思い切った事をするなあ。短期間でまったく別の素体に基本人格を入力してしまってなんともないのかな」
「帰ってくると思ってた」
「え?」
「なんとなくね、帰ってくると思ってたんだ…アキヤは…」
「またアイドルロイドの第六感ってやつか…」
「そう」
「ふん…これは当たるよ。大当たりするよ。ただ、二度三度使える手じゃないけどね」
「じゃあ、私が自殺したら、もう再生してもらえないの?」
「死ぬ気あんのか?」
「ない」
「バカなこと言うなよ」
「あんなに赤い炎の中で、真っ黒くなって死ぬなんて嫌よ」
そしてTV局。
『歌のトップテン』のセットが建っている。
雛壇にミホが一人でポツンと座っている。
ADの声がマイクを通じて。
「は-い、ボチボチ座って見て下さい。よろしくぅ-、はい、はいお願いします」
雛壇に上がってくるアイドルロイ達、続々と…
ミホ、生きた心地がしない。
やがて、その雛壇は、全てアイドルロイドで埋まる。
そして、番組が始まった。
司会者が出てくる。
「さあ今日はあの地獄のような紅蓮の炎の中から、見事生き返った、フェニックスネオアキヤさんの、復活第一弾独占生中継を用意しております。二時間ごゆっくり…」
ミホを囲んでいるアイドルロイド達が口々にささやく。
「よかったわね、ミホちゃん、あなたの愛したアキヤが帰って来て」
「まあ、なんど生まれ変わっても、あなたなんか愛してはもらえないだろうけどね」
ぐ帰ってくるから、いいでしょ」
「いい加減に城よ、ミミカ。雪はな、水なんだぞ。アイドルロイドは水に気をつけなきゃダメだよ。ショ-トして、そのままスクラップになったって知らないぞ。そうなったら、俺にはどうしょうもないんだからな。それにおまえ、寒い風は肌によくないぞ。また、荒れるぞ」
慌てて、窓を閉めるミミカ。
そっと自分の頬に手をあててみる。
冷たい。
「ヒ-タ-を強くしてよ」
「いっぱいだよ」
  ミミカ、頬に手をあてたまま、じっと降り続く雪を見ている。
「宮武」
「うん」
「雪ってどんなニオイがするの?」
「ニオイ? 雪にニオイはないよ」
「そうかな、なんだかス-っとするニオイがしそうだな」
「雪はハッカとちがうんだよ。そんなに雪が好きなら、今度のコンサ-トで降らしてもらえばいいじゃないか」
「ダメよ、あれはウソの雪だもん。この雪がいいのよ。見てよ、信じられる? 黒い空から、白い雪が降ってくるのよ」
と、運転席の映話が鳴る。
画面の中に映るシミズ。
8インチのモニタ-を自分の方に向け、マイク付き、軽量ヘッドホンをかける宮武。
「記憶の欠落は…ちょうど、記憶採集スタジオへ入る三十分前から、一時間くらい前のが、ごっそりと抜けていますね」
「うん、わかった、ありがとう」
ブラックアウトするモニタ-。
「なあ、ミミカ、今日TV局のビデオ撮りの後、なにしてたか覚えているか?」
「ビデオ撮りのあと?」
「そうだ」
「なに、さっきの話の続き?」
「うん、思い出してくれるか?」
「う-んとね、なにしてたかな、急に言われてもな…あ、そうだ、ファンの子が持って来てくれた差し入れを食べてたよ。自分の家で作ったイチゴクレ-プとかで、すっごいいっぱいなの。一人じゃ食べ切れないから、他の子にも分けてあげたの。宮武の分も残して置こうと思ったけど、すっごくおいしかったから、あっというまに売り切れちゃった。なに、宮武、自分の分がなかったから、さっきから怒ってるの?」
「え…いや、そんなんじゃないけど…そうか、だったらいいんだ」
「納得した?」
「ああ、ミミカは大丈夫だ」
  一向に進む気配のない、目の前のテ-ルランプの群れ。
宮武、額の汗を拭いて溜め息をつく。
クラクションの音に混じって、多数の消防自動車のサイレンの音。
「やけに多いな、救急車…消防車かな…なにか事故でもあったのかな」
ミミカは外の雪をまだ見ている。
「綺麗だな…雪って本当に…」
その遥か先。
遠くのビルの間から、もうもうと黒煙が上がっている。
炎上している何台かのホバ-カ-。
炎の勢いが強過ぎて、近づくことが出来ない。
その風景にミミカの声が被る。
「アキヤが死んだ。TV番組のロケの待ち時間、突然ホバ-カ-に乗り込み、酸素供給車と小型タンクロ-リ-に突っ込んだと言う。酸素供給車の乗員二名も巻き添えになって死んだらしい」
その様子をミミカは事務所のモニタ-で見ていた。
燃え上がる車。
衝立で仕切られている映話のコ-ナ-から、宮武の怒鳴り声が聞こえてくる。
ドアの外に押しかけて来ているレポ-タ-達の声が聞こえる。
映話のスクリ-ンに向かっている宮武。
「ですから、私どもは、今現在コメントする事は何一つございません」
こちらへマイクを向けて、口々に好きな事を言っているレポ-タ-達。
「御宅のミミカさんにですね、フラれたあげく、アキヤは自殺したわけでしょう」
「責任はどうするんですか、責任は。謹慎どころじゃすみませんよ、これは」
「こちらとしてはですね、どうしてもミミカさんの生の声が聞きたいわけですよ」
「ミミカを出せ、ミミカを! 十数えるうちに出さないと、突っ込むぞ」
「アイドルロイドだからって、甘えは許されないと思うんですよね」
そして、宮武は言った。
「ミミカの今日の気持ちは、明日の映話サ-ビスでお確かめ下さい。失礼します」
映話を一方的に切る宮武。
口をパクパクさせているレポ-タ-達、ブラックアウトする。

応接室に戻ってくる宮武。
モニアタ-を見ているミミカの隣に座る。
モニタ-に映っているのは、記者会見中のアキヤのマネ-ジャ-である。
「そうです…はい…はい…はい、昨夜、同じアイドルロイドの歌手のミミカさんとアキヤがホバ-カ-の中で会ったのは事実です。しかし、そこでなにがあったのかについては、アキヤはなにも言いませんでしたし、なんといっても…記憶を採る前にこんな事になってしまったので…最後の二十二時間、アキヤはなにを思い、なにを考えていたのか…誰にもわかりません、その二十二時間は、アキヤだけのものなんです」
そして、炎上している車が映し出される。
超ハイスピ-ドの画面に、ミミカと宮武の声が被る。
「本当なのか、ミミカ」
「なにが?」
「アキヤのマネ-ジャ-が言ってる事だよ」
「私、昨日はアキヤに会ってないわ…うそよ、嘘をついてるのよ、この人」
「じゃあ、どうして、こんな事言うのかな」
「わかんないわよ」
「おかしいとは思わないか?」
「知らないわよ、そんな事」
「そうか」
そして、モニタ-の画面は、ミホの記者会見になった。
泣きながらも、レポ-タ-の質問に一つ一つ答えていくミホ。
「ええ…ええ…愛してました、本当です…アンドロイドであっても、もう、そんな事はどうでもいいんです。人間かアンドロイドかなんて…もうどうでもいいんです」
その画面にはさみ込まれる、事故現場の様子。
黒煙を上げて燃え盛る車。
時折、何かが誘爆して、新たな炎と共に、破片が舞い上がる。
高熱のため、ユラユラと揺れる陽炎のような画面。
スタッフ達の怒鳴り声も入っている。
「消防車はまだか!」
「風向きが不安定だぞ! おい! 炎がそっちに行くぞ!」
「機材はいい! とにかく逃げろ!」
サイレンの音が近づいてくる。
その画面の下にテロップ。
一時間後。
すでに火は勢いをなくし、黒煙だけが、ただ、もうもうと上がっている。
折り重なった車の形、確認出来る。
さらにテロップ。
二時間後。
消防隊の制止を振り切って、車に近づく手持ちキャメラ。
ちょうど、車のドアを焼き切って、アキヤの死体を引きずり出す所だ。
朝のワイドショ-の司会者のけたたましいナレ-ション。
「ああっとぉ! 今、今アキヤの体が引きずり出されます。ああっ! 見えました、見えました。今、見えました。これがアキヤです。若い女の子に絶大な人気を得ていたアイドルロイド、アキヤの最後の姿です。TVを御覧のみなさん、これは人間ではありません。御心配なさらないで下さい。おしかりの映話などなさらないように…これはアンドロイド・アキヤの死体です」
まだ煙の立ち上る黒コゲの焼死体のアップ。
ストップモ-ションになった。
ミミカの事務所でそれを見ていた宮武が立ち上がって言った。
「今日はこんな調子じゃ、外に出られないからな。仕事はキャンセルするよ。久しぶりに、ゆっくりしていいよ」
「そう」
「何か飲むか?」
「ハ-ブティがいいな、アップルの」
「わかった」
  キッチンで紅茶を入れている宮武がつぶやいた。
「ここに来て、いっぺんにガタが来はじめてるな」
カップを持って戻って来た宮武が言った。
「もう少ししたら、俺は本社の方に行かなきゃなんないんだ。今日一日、ミミカはじっとしていてくれよな。なにかあったら、向こうの事務の人でも呼べばいいからな」
TVを見たままうなづくミミカ。
TVの画面、いつの間にかニュ-スになっている。
キャスタ-が言った。
「-繰り返しお伝えします。昨夜深夜、首都高速支柱下に停車中の、小型タンクロ-リ-と酸素供給車にホバ-カ-を激突させ、酸素供給者の運転手、サワタリタカヒロさん二十二歳と、同じく助手のヒロセシンイチさん十九歳を焼死させた、アイドルロイド・ヒダカアキヤのマネ-ジャ-キタノミツノリ二十九歳と、ヒダカアキヤの製造整備を担当していたコジマユタカ三十一歳を、業務過失致死の疑いで、逮捕すると共に…」
ミミカの事務所では、宮武がハ-ブティのカップを握り締めたまま。
「逮捕だと…」
本社のロビ-で、宮武はシミズに会った。
シミズは宮武に言った。
「昨日の記憶に混じっていた*印は全部消去指定おきました」
「ああ、御苦労さん」
「でも、やっぱり、なにかウソでもいいですから、空いた時間の記憶を埋めておいた方がよかったんじゃないですかね。特に今日なんかマスコミの連中が躍起になって、空白の時間を調べますよ」
「わかってるよ、*印の空いた時間のミミカの行動は、今、でっちあげてる最中だよ。発表は今日の夕方。特別料金の映話サ-ビスでやるらしい」
「なるほどね…さすが、上の連中は、どこまでも商売上手ですね。感心して、あきれ返りますよ」
「まったく、よく考えつくよな」
「ミミカ本人の具合はどうなんですか?」
「なにか隠しているらしいんだが、どうも、なに考えているかわからないんだ。今からミミカの基本人格を作ったカシマさんに会って相談してみようと思ってるんだけどな…それはそうとアキヤのマネ-ジャ-が逮捕されたな」
「ええ、驚きましたよ」
「アンドロイドの管理不行き届きっ立ってな。車乗ってて人はねたら、そりゃ運転している奴が悪いだろうけど、同じ次元で考えてもらっちゃ困るよ。本当に…」
「狂ってきましたね、少しづつ…」
「ああ、ミミカじゃないけど、嫌な予感がするよ」
宮武は、ミミカの基本人格を作ったネガティブパ-ソナリティプロットライタ-のカシマタケオを訪 ねた。カシマはミミカについてこう言った。
「そうですね、こういう部分的健忘症の場合、大きくわけて、脱落性健忘と、選択性健忘というのがあって、脱落性健忘の場合、一定期間の記憶がすっかり脱落するもので、これはおもに癲癇や錯乱などの意識傷害を持った場合に起こります。それから選択性健忘というのは、特定の場所、ないし人について思い出せない心因性の健忘でして、心理的外傷、いってみれば、心の傷が記憶を遮断するわけです、ミミカの場合、たぶん後者の心理的外傷による健忘だと思うんですが…それから、さっきお話に出たイチゴのクレ-プの件ですけれども、それは我々の言う『作話』でしょう。健忘がある場合、その記憶の欠損部分を補うかのように、作り話をするんです。だいたい内容は豊富で誇大的な話が多いんですけれど…」
「健忘になって、作り話をするアンドロイド…」
「信じられませんね。確かに第一期のアイドルロイドの中では、完全に近いパ-ソナリティを作ったつもりですけどね…記憶採集システムの方は本当になにもなかったんですか?」
「正常だった…それに、ファンの子が持って来た差し入れをそのまま食べさせるマネ-ジャ-はいませんよ。爆発物こそないけど、劇薬入りのアルカリイオン飲料や、腐敗した動物の死骸の入ったハンバ-ガ-が他のアイドルロイドの元へ届けられてるんです」
「どうして、そんな物が?」
「オリジナルのアイドルロイドに覚えてもらうためですよ。昔は『追っかけ』とかいって、TV局の玄関に何時間も粘って、自分達の作ったプレゼントをアイドルに渡して、自分の事を覚えてもらおうとする子達が大勢いたんですよ。それがアイドルロイドが出て来て形態が変わり、ファンの子達が個人でレプリカというアイドルを所有できるようになったけれども、友達の家にも同じレプリカがある。だから、何か別の事で差をつけなきゃなんなくなって来てるんです。自分がいかにこのアイドルを好きかという意思表示のためにね。そういった物を差し入れして、アイドルとコンタクトを取ったという証拠にして、翌日レプリカで記憶を引き出して、仲間内で自慢しあうんです。たとえアイドルロイドが差し入れのそういった物を食べて、オシャカになったとしても、結局、器物破損ですからね…アイドルロイドが口にする物は、TV局だってピリピリしてるんです。昨日は誰からもイチゴクレ-プの話なんて聞いてません。飢えているわけでもないだろうに…昨日はいつもならむさぼり食うイチゴもほとんど手をつけていかなかったし…でも、カシマさん、アイドルロイドに嘘がつけるものなんでしょうか?」
「ウソをつくように作ったわけではありませんが、自分のパ-ドナリティを保護する事を思いついたのかもしれませんね。人間そっくりのパ-ドナリティを入れておきながら、その実、人間がやらないような毎日の記憶の暴露をやっているわけですからね。誰だって、隠しておきたい事がありますよ。そうなにもかも開けっ広げにしていたら、まいってしまいますよ」
そして、その夜もミミカは記憶採集スタジオで記憶を抜かれていた。
スタジオ。副調整室。
ベンチに一人座っているミミカ。
その調整室で、シミズに宮武が言った。
「まあ、とりあえずこのまま様子を見てみようという事になったんだ。とにかく、もう一度パ-ソナリティを作り直すしか方法がないという事らしいんだ。今のところ、その記憶の欠落以外にこれといって、症状というか問題行動を起こしてないからな…」
「わかりました…宮武さん、アキヤの自殺前の記憶って、どうなってたんでしょうね」
「え? どうなっていたとは?」
「もしかしたら、アキヤの記憶も相当おかしかったんじゃないでしょうかね。記憶を採った後、修正を加えて販売していたとか」
「おい、頼むからあんまり脅かさないでくれよ」
「脅かしているわけじゃないですけど……なにかアキヤにもあったはずですよ…きっと」
「何を…どおすりゃいいんだ?」
高層ビルの壁面電光スクリ-ンに映し出される、燃え盛るホバ-カ-と酸素供給車、小型タンクロ- リ-が大写しになっている。
アキヤの事故の映像である。
そこにミミカの声が被る。
「事故から、四十九日目に、アキヤは蘇った」
その事故の映像に、アキヤの笑い顔がオ-バ-ラップしてくる。
「アキヤの事務所と製作会社は、新しくデビュ-させようとしているアンドロイドの素体を急遽アキヤと同じプロポ-ションに作り替えて、基本人格を組み込み、そして、事故の前日までの記憶を再入力した」
その画面に重ねて『復活ネオアキヤ、アイドルは死ねない』の文字。
ホバ-カ-の中から、その壁面電光スクリ-ンを見上げている宮武とミミカ。
いつものように渋滞している幹線道路。
宮武が言った。
「明日から、記憶の販売も始まるらしいな。しっかし思い切った事をするなあ。短期間でまったく別の素体に基本人格を入力してしまってなんともないのかな」
「帰ってくると思ってた」
「え?」
「なんとなくね、帰ってくると思ってたんだ…アキヤは…」
「またアイドルロイドの第六感ってやつか…」
「そう」
「ふん…これは当たるよ。大当たりするよ。ただ、二度三度使える手じゃないけどね」
「じゃあ、私が自殺したら、もう再生してもらえないの?」
「死ぬ気あんのか?」
「ない」
「バカなこと言うなよ」
「あんなに赤い炎の中で、真っ黒くなって死ぬなんて嫌よ」
そしてTV局。
『歌のトップテン』のセットが建っている。
雛壇にミホが一人でポツンと座っている。
ADの声がマイクを通じて。
「は-い、ボチボチ座って見て下さい。よろしくぅ-、はい、はいお願いします」
雛壇に上がってくるアイドルロイ達、続々と…
ミホ、生きた心地がしない。
やがて、その雛壇は、全てアイドルロイドで埋まる。
そして、番組が始まった。
司会者が出てくる。
「さあ今日はあの地獄のような紅蓮の炎の中から、見事生き返った、フェニックスネオアキヤさんの、復活第一弾独占生中継を用意しております。二時間ごゆっくり…」
ミホを囲んでいるアイドルロイド達が口々にささやく。
「よかったわね、ミホちゃん、あなたの愛したアキヤが帰って来て」
「まあ、なんど生まれ変わっても、あなたなんか愛してはもらえないだろうけどね」
「便乗してまた人気取ろうっていう魂胆なんでしょ。ミエミエじゃないの。やあね」
「あんたも死んでアイドルロイドにしてもらえばいいのに」
はっとするミホ。
「そうね、それはいい考えね」
アキヤの事故現場がまた映し出される。
撤去せずにそのまま残してあるホバ-カ-の残骸。
その回りにファンの子達が置いて行った花束の山。
その風景に司会者の声。
「さて、皆さんお待ちかね、ネオアキヤ君の登場です。あの事故以来、この場所を訪れるファンの子が絶えず、黒煙で汚れた壁に自分達の名前を刻みつけていくのが流行になっています」
そして、曲のイントロが流れ始める。
「それでは、復活第一弾『アイドルは死ねない!」
ホバ-カ-の焼け焦げたドア、蹴飛ばして出てくるネオアキヤ。
歌い出す。
『アイドルは死ねない』
TV局のスタジオ雛壇。
モニタ-TVの中で歌っているネオアキヤを目で追っていたミホがつぶやいた。
「アキヤ? どうして? どうしてこれがアキヤなの?」
つぶやいているその声、次第に大きくなる。
「違うわよ、違うのよ、アキヤじゃないわ、こんなもの」
「なに言ってんだ、こいつ」
「よかった、アキヤは死んだんだ」
「なんだよ」
「わからないでしょ、あんたら人間モドキの目じゃ」
「もう一度言ってみろよ」
「聞こえなかったのかよ」
「なに?」
「てめえらみんなバケもんだと言ってんだよ」
  アイドルロイドの一人がバン! と立ち上がって、ミホの頬を張り飛ばした。
雛壇から転げ落ちて、床に叩きつけられるミホ。
そのミホを追って降りて来るアイドルロイド。
ミホの髪を掴んで起き上がらせる。
鼻から血を流しているミホが立ち上がりざま。
「この野郎!」
と、叫んでアイドルロイドの顔を正面から殴る、拳が鼻にメリこんだ。
「いやああぁぁぁぁ!」
右手で顔を押えるアイドルロイド。左の指はミホの髪に絡まって取れない。
殴られたアイドルロイドの鼻と口から、ドロっとした疑似血液が滴り落ちる。
力一杯左の腕を振り回して、絡みついたミホの髪を数十本引き抜く。
雛壇からバラバラと降りて来るアイドルロイド達。
髪の毛を引き抜かれた頭を抱えて、うずくまろうとするミホを蹴り上げる。
他のアイドルロイドも腹といわず腰といわず蹴り上げる。
鈍い音が響く。
死にかけた蝶の幼虫のように、丸まったミホを踏みつける。
飛んできたTV局のADが殴りつけるアイドルロイドを羽交い絞めにして。
「やめろ! おい! なにしてんだ!」
押えつけられたアイドルロイドが叫ぶ。
「うるせえ! 離せこの野郎!」
ディレクタ-がマイクを通じて、そのADを怒鳴った。
「邪魔するな、とってるんだぞ! アイドルロイドを下手に傷でもつけてみろ、莫大な損害賠償をとられるぞ」
AD、脱力してアイドルロイドを離す。
そして、またミホのリンチに加わった。
ミホに顔面を殴られたアイドルロイドが、つぶれた顔をこちらに向けた。
上唇と鼻から流れ落ちる疑似血液が止まらない。
そして、その側のモニタ-TVの中では、ファンの子達が置いて行った花束を蹴散らしながら、歌の サビを絶叫しているネオアキヤ。
ミホは病院に運ばれて、そのまま入院した。
寝かされているミホをマネ-ジャ-が見舞った。
「ミホ、どうだい様子は?」
「最悪よ」
「話があるんだ」
「私もよ」
「先に話せ」
「私をアイドルロイドにして、私の記憶を全部アンドロイドに移し替えてよ…もういいの、この体には、なんの未練もないんだから」
「たぶん、そんなことを言い出すんじゃないかと思っていたよ」
「じゃあ、アンドロイドにしてくれるのね」
「ダメだ」
「どうして」
「人間のパ-ソナリティをアンドロイドに移し替えるのは、不可能だよ」
「私の性格を分析して、今までの経験をデ-タ化して…」
「ダメだ、そんな手間をかけるくらいなら、もっと一般ウケするキャラクタ-を作って、新しい粗体に入力した方が、手間も金もかからないし、商売になる」
「そっちの話って何?」
「もっといい話を持ってきた。ビデオの主役だ」
「ビデオ? 今さらビデオでなにすんのよ」
「ただのビデオじゃない」
「やるわよ、なんでもいいの、もうなんだってやるわよ」
「そう言うと思ってたよ」
TV局、地下駐車場。
辺りを気にしながら、やって来る人影がある。
ミミカである。
とあるホバ-カ-に近寄って、助手席のドアを叩く。
ロックが開いて、ミミカを迎えるネオアキヤ。
「久しぶりだね、ミミカ。帰ってきたよ」
ミミカ、そのネオアキヤの顔をマジマジと見て。
「アキヤと違う…」
ネオアキヤはうなづいて。
「ミミカならわかってくれると思ってたよ。とってもよく似た顔と体をもらったけど、俺はアキヤじゃない、ネオアキヤだ…呼び出してすまない。今日はどうしても渡したい物があったんだ」
と、包装された小箱を渡す。
「私に?」
ネオアキヤがうなづいた。
「なに? 開けてもいい?」
と、包装を破いて行くミミカ。
「デビュ-一周年の記念にと思って…」
小箱の中、グリ-ンパ-ルのピアスが入っている。
「素敵…」
と言った時、ミミカの脳裏になにかがよぎった。
なにか…なにかが…だが、思い出せない…それを悟られまいとして、笑顔を作るミミカ。
「ありがとう…うれしい」
ミミカはまだなにかを思い出そうとしている。
「なんだか、これと同じ事をアキヤに言った事があるような気がする…」
「俺は初めて聞いたよ」
ミミカを見つめるネオアキヤ。
その優しい笑み。
ミミカ、手を伸ばしてネオアキヤの頬に触って言った。
「綺麗な皮膚、また新しい素材が開発されたのかな…いいな」
「でも、急ぎ過ぎたお陰で、その下の造形があまりうまくいってないんだ」
と、目の下、こめかみ等を自分で押すネオアキヤ。
ブヨブヨしている。
そして、今度はミミカの頬にさわろうとするネオアキヤ。
びくっとして身を引くミミカ。
その肩を掴んで抱き寄せるネオアキヤ。
「あたしの皮膚ね、もうボロボロになってきちゃった、体、他のと取り替えて欲しいと思ってるの。美人じゃなくってもいいから、なるべく綺麗な体と、白くてすべすべしている皮膚が欲しいの」
ネオアキヤ、そっと手のひらでミミカの頬を撫でて言った。
「体は取り替えない方がいい。例えどんなにボロボロになったとしても、この体でやっていかなくっちゃだめだ。死んで生まれ変わるって事はないんだ。絶対にないんだ。ミミカ、わかるかい。悲しいけど、本当の事だ。死んで生まれ変わるって事はないんだ。ミミカが死んで新しい綺麗な皮膚をもらって生まれ変わったとしても、それはもうミミカじゃない。ミミカによくにた別の物だ」
「うん、わかってるんだ、それは…それにアキヤ君のように、死んでまた生き返るなんてのは、もう一回やったって、スキャンダル性が低いから、元が取れないまま、終わっちゃうだろうって、うちのマネ-ジャ-が言ってた」
「スキャンダル性か…確かにウケたけどね、僕は…でも、こういう人気は盛り上がるのが早い分、忘れ去られるのも早いからな、いつまでもつか…急ごしらえの体も、そう長くは使えないらしいんだ」
ネオアキヤ、撫でていたミミカの頬にキスをする。
そして、唇にも…
黙って応じるミミカ。
長い長いキス。
ミミカの手に握られているパ-ルピアスの小箱。
そして、その夜の記憶採集スタジオ・副調整室で宮武は激怒した。
それを、まるで他人が怒られているかのように、きょとんとしてきいているミミカ。
「なんでそんな勝手な行動をとるんだ、いつの事だ? いつネオアキヤに会ったんだ」
「さっき」
「さっきってどれくらい前だ?」
「一時間くらいかな、ここに来る前だから…」
宮武、調整室のシミズに向かって。
「その記憶流しちゃダメだ…すぐ抜いてくれ」
そして、ミミカに。
「おいミミカ、頼むから軽はずみな行動をしないでくれよ。これは大変な事なんだよ。この前アキヤが自殺した時に、人間が二人巻き添えになっただろ、あの刑事責任が降りかかってくるかもしれないんだよ、今、アキヤと親しくしてると…わかってんのか、なんでアキヤのホバ-カ-なんかにのこのこ行ったんだ?」
「アキヤくんが来て欲しいって言うから…だって、別に私アキヤくんのこと嫌いじゃないし、宮武だって、好きになるんなら、芸能人かミュ-ジシャンにしろって言ったじゃない」
「おまえ、アキヤの事、好きなのか?」
「わかんない」
「じゃあどうして行ったんだ?」
「なにか…行かなきゃなんないんじゃないかなって思ったの…」
「どうして」
「どうしても…なにか、忘れてた事が思い出せそうで…」
「なに言ってるんだ?」
「うまく言えないけど…」
「アイドルロイドの第六感って奴か?」
「ううん…そんなんじゃなくって…」
「で、思い出したのか?」
「アキヤくんに会ったら、どうでもよくなっちゃった…」
  宮武が深い溜め息をついて言った。
「まあよかったよ…アキヤのマネ-ジャ-が教えてくれた、と言うよりも、向こうもこういう事がバレちゃマズイだろうけどね…」
ミミカの事務所・深夜
一人でモニタ-に向かって、残業しているヤギ。
宮武が帰って来た。
「お、こんな時間までなにやってんだよ」
「仕事ですよ、仕事…うんざりしますよね事務所は気が滅入って…しんどかったけどまだマネ-ジャ-業の方がよかったですよ…キリコが、あんな結果になっちゃったから…自業自得ですけどね」
「続けて新人をデビュ-させる話ってのを聞いたけどな」
「アンドロイドの素体がますます成功になって、価格も上昇してるんで、うかつに手が出せない状態なんですよ。今、丁度、芸能界で生き残っているアイドルロイドのリサ-チをやってるところですよ」
「これ以上アンドロイドの性能を上げる必要があるのか、もう充分じゃないか」
「宮武さん『ヘッドクラッシャ-』ってビデオ御存じですか?」
「『ヘッドクラッシャ-?」
「一般市場には出てなくって、闇ル-トで流れてるんですけど、例のカナイミホが主演してて、かなりヤバいビデオらしいんですよ」
「レプリカならいざしらず。今時、ビデオが闇ル-トで流れるなんて、珍しいな」
「そのビデオを『歌のベストテン』が買い取って、今週末オンエアするらしいんですよ」
「あの番組はなりふり構わないからな…ネオアキヤの復活第一弾もあそこだったろ」
「ええ、あれでリンチにあったカナイミホのリタ-ンマッチという企画ですよ」
TV局のスタジオ
『歌のベストテン』のセットの雛壇。
ミミカを含めて、ズラっと並んだアイドルロイド達。
本番直前待機中である。
ミミカもその中にいる。
そして、ミミカの隣に座っているアイドルロイド達が話している。
「どんなんだろうね『ヘッドクラッシャ-』って」
「すごいすごいって言ってるけど、数出回ってないんでしょ。見た人いないらしいよ」
「噂だけ飛ばしてんじゃないの? ミホの事務所がさ」
「ありうる、ありうる、ミホの事務所なら」
「だって、今時ビデオですごいって言ってもたかが知れてるでしょ」
「そうよね。結構さ、ミホが強姦されるビデオだったりして…」
「そんなの流してもいいの?」
「やるわよ…天下の『歌のベストテン』よ、何だってやるわよ」
そして、正面のドアから入ってくるミホ。
「来た…ミホだ」
頭から黒のフ-ドをかぶった黒装束のミホ。
アイドルロイド達の雛壇の対面に用意された椅子に座る。
ADの声。
「はい、本番六十秒前」
司会者がアイドルロイド達の雛壇に向かって深々と頭を下げながら言った。
「それではみなさん、今日もいっちょうお願いします」
一斉にスタジオのライトがつく。
カメラスタンバイ。
明るくなったスタジオ内、アイドルロイド達の瞳、一瞬ラン! と光る。
ADの声が再び。
「十五秒前…十秒前…急、八、七、六…」
司会者、中央に走り出て来て。
「新聞の番組欄を見てチャンネルを合わせて下さった皆さん、そうでない皆さん、お待ちかね、ビデオのスタンバイはいいですか? 今日一回限りの放送です。あのアンチアンドロイドのドン、カナイミホ主演の長過激ビデオ『ヘッドクラッシャ-』本邦初放送! お楽しみに」
番組、CMに突入。
スタジオ内の緊張感、すっとなくなる。
雛壇のアイドルロイドが一人、つぶやいた。
「なんか今日、私達、完全に添え物ね」
アイドルロイドの歌が幾つか、モンタ-ジュされる。
黒装束のミホ、微動だにしない。
それをじっと見ているミミカ。
やがて…司会者が言った。
「大変長らくお待たせしました、カナイミホ、、イン、ヘッドクラッシャ-」
VTRの画面。
手書きのタイトルが浮かび上がる。
司会者のナレ-ションはまだ続いている。
「アイドルロイドを憎み、嫌悪し続ける芸能界の大悪役、カナイミホが今、ビデオという使い古されたメディアで何を仕掛けたのか。みなさん、じっくりと御覧ください。繰り返します、TV放映は、これ一回限りです」
そして、ビデオは始まった。
銃身を切りつめた短いボウカンを片手に、路地裏を走るボロ布をまとったようなシルエット。
近未来のバウンティハンタ-、賞金稼ぎに扮したミホである。
ボロ布の間から、ちらちらと黒光りする装甲服のようなものが見える。
その遥か先、ミホに追われて走る少女のシルエット。
賢明に逃げるが、その動作、のろい。
瓦礫の間を飛び、重油の澱みを駆け抜け、刻々と間を詰めていくミホ。
けつまづきながら走る少女の上、うなりを上げて襲い来るボウガンの矢。
コンクリ-トの壁に当たり、爆発する。
爆風と降り注ぐコンクリ-トの破片を浴びて、気を失いそうになる少女。
の、前に突如現れるミホ。
その振り上げられた腕に、刃渡り四十センチのサバイバルナイフ。
はっ! と、息を呑んで、立ち止まった少女の肩に食い込む。
その恐怖と痛みにゆがんだ顔に、初めて光りがあたる。
キリコだ!
TVスタジオ。
驚愕しているミミカ。
と、アイドルロイド達。
VTR画面。
肩の傷口を押さえたまま、さらに逃げるキリコ。
傷口の中、複雑に絡み合った有機的金属が痙攣している。
声を上げて、笑いながら追跡するミホ。
逃げるキリコ。疲れ手足がもつれ、やっとの思いで、倒壊したコンクリ-トの塀の陰に座り込む。
と、そこへ猫のような巨大なドブネズミの集団が、襲いかかる。
キリコ、必死にそれを払うが、そのうちの一匹が左手首に噛み付いて、肉を食いちぎろうとする。
キリコ、叫んで立ち上がると、眼の前にミホ。
引きずって来た小型のチェ-ンソ-のエンジンをかける。
けたたましい音を立てて、回り出すチェ-ンソ-を振り回す。
巨大なドブネズミが食いついたままの左腕、ドサリと落ちる。
そのキリコの悲鳴が、TVスタジオの雛壇の中の、まばたきもできなくなっているミミカの顔に被 る。
フラッシュのようにカットインする画面。
コンピュ-タ-のディスプレイに*印。
無数の*印。
ものすごいスピ-ドで流れていく。
VTR画面に戻った。
倒れるキリコの背中に、大上段からチェ-ンソウを振り下ろすミホ。
白い有機金属、そして、小さなプラスチックの破片、舞い上がる。
画面一面に雪が降っているようである。
夜の廃墟。
ナイフでメッタ裂きのアイドルロイドのレプリカが幾つも。
顎にフックをかけられて、ズルズルと引きずられていく。
野犬の遠吠えがする。
TV局スタジオ。
息を詰めて見ているアイドルロイド達。
無残な自分のレプリカの姿を見つけて、カタカタ震えているアイドルロイド。
しかし、ミミカの姿、ない。
 VTRの画面。
高層ビルの密閉された非常階段。
おぼつかない足取りで必死に降りてくるレプリカキリコ。
その背中を蹴るミホ。
転がり落ちるレプリカ。
ミホ、踊り場に飛び降りると、置き上がれないレプリカを蹴り上げる。
何度も、何度も…
TV局のスタジオで、ついに雛壇のアイドルロイドが叫び声を上げた。
「いや! いやぁ、やめてぇ!」
アイドルロイド達、ようやくモニタ-画面から目を離して、対面のミホを見た。
ミホ、下を向いたまま、ひきつったような笑いを浮かべている。
と、ミホ、カッとアイドルロイドの方を向くと、懐からハンドガンを取り出して、アイドルロイドの 雛壇の中の一人に狙いをつける。
悲鳴を上げてアイドルロイド達が散る。
ミホ、撃つ!
真ん中の一人の胸に炸裂して、体がはじけ飛ぶ。
文字通りパニックを起こしているスタジオ内。
撃たれたのは…キリコのレプリカだ。
局の調整室。
ディレクタ-のヤナギがモニタ-を見ながらガッツポ-ズをとっている。
「よしよしよし…」
再びスタジオの中。
恐怖にうずくまって泣いているアイドルロイド達をかき分けて、スタジオの中央に出てくる司会者。
「それではみなさん、また来週」
やがて、スタジオの天井に仕込まれているライト半分以下に落ちていく。
番組終了。
アイドルロイドのマネ-ジャ-やスタッフが、どっと中央へ出てくる。
右往左往するスタッフの間、ミミカを探す宮武。
どこにも見当たらない。
スタジオの外に駆け出る宮武。
ロビ-に駆け込んでくる宮武。
見回して走り去る。
使用していないスタジオにライトをつけていく宮武。
地下の駐車場を駆けていく宮武。
そして、再び『歌のベストテン』のスタジオに戻ってくる宮武。
スタジオ、すでにアイドルロイド達の姿はなく、大道具などの片づけが始まっている。
薄いシ-ツのような布がかけられているキリコの残骸。
誰も片付けようとはせず、避けて通っている。
舌打ちして出ていく宮武。
スタジオの隅で、ディレクタ-のヤナギとミホのマネ-ジャ-が手と手を取り合っている。
「インパクト抜群! 最高、最高!」
「レプリカなんて安いもんですからね。超低予算のニュ-ディ-ル作戦ですよ」
「抗議の映話、鳴りっぱなしだよ。これで次週は念願のフタケタへいけるぞ、ミホちゃん最高だよ」
「来週の月曜日から『ヘッドクラッシャ-2』の撮影に入るんですよ」
その二人から離れた暗がりに立っているミホ。
二人が喋っているのをじっと見ている。
射るようなその目線。
そして、ミミカが失踪して、かなりの時が流れたある日。
シマザキフォトスタジオで、ポスタ-撮りが行われていた。
真っ白い光の中。
ネオミミカの陶酔したその表情。
ハイスピ-ドの笑み。
騒々しいBGMの中、ネオミミカのヌ-ド撮影が行われている。
シマザキの調子のいい声が響く。
「最高! 最高! いいなあミミカちゃん。いいよ、いいよ、いいよ」
後方で立ったまま腕を組んで見ている宮武。
アシスタントの女の子が寄って来て、宮武に映話が入った事を告げる。
うなづいてスタジオを出ていく宮武。
と、思い出したように、一度立ち止まってミミカを見た。
申し訳程度のシルクを身にまとって、ポ-ズをつけている。
ふうっと溜め息をついて出ていく宮武。
そのフォトスタジオの映話のコ-ナ-。
衝立で仕切られたボックスの中。
画面に映っているのはシミズ。
「今、警察の第二技術センタ-なんですけど、見つかったんですよ、ミミカが…」
「なに?」
「ミミカですよ」
「どこで? どこにいたんだ、ミミカは」
「高島平の取り壊し寸前の団地の給水塔の上ですよ」
「なんでまたそんな所に…」
「今、手と機材を借りて、バラしてるんですけど、記憶の回路がほぼ完全な形で残ってるんで、復元が可能かもしれないんです。とりあえず、ミミカのレプリカに繋いで、記憶を送って事情を聞き出してみようという事なんですよ。すぐ、来てもらえますか?」
  そして、スタジオに戻ってくる宮武。
撮影が終わって、ロングのTシャツを来てウロウロしているネオミミカが言った。
「宮武! どこ行ってたの?」
「ちょっと、緊急の映話が入ったんだ…もう終わったのか?」
「うん、終わったけど…なに? 緊急の映話って」
「ミミカには関係ないよ、いいから早くなにか上に着なきゃだめだよ」
「なに? なにがあったの? 教えてよ」
「いいから着ろ!」
「やだ、教えてくんなきゃ、なにも着ない」
「だだこねるな」
「教えてぇ」
  スタジオにヤギが走り込んで来る。
「宮武さん!」
「おお、ヤギ!」
「さっき、本社の方にシミズさんから映話が入って…」
「ああ、こっちにも入ったよ…しかし、なんで今頃になって…」
「ここは私が引き継ぎますから、早くミミカの所へ行ってやって下さい」
「ああ、頼むよ」
それを聞いていたネオミミカが言った。
「なに言ってんのよ…ミミカは私よ…」
宮武とヤギ、どう答えていいのかわからない。
警察。第二技術センタ-のとある部屋。
宮武、シミズ、主任刑事、その部下数名と、技術員数名が、見守る中、椅子に座ったレプリカミミカ の後頭部に差し込まれるコ-ド。
断続的な入力音。
数珠つなぎの小さなミキサ-に似た機械で、調整しながら様子を見ているシミズ。
入力終了。
ゆっくりと目を開けるレプリカミミカ。
「ミミカ、わかるか、俺だ、宮武だ」
「…宮武…」
「ミミカ、おまえはどこに行ってたんだ?」
「私…私ねえ、嫌だったの…」
「なにが?」
「古くなっていくのが…汚くなっていくんだもん…だんだん、肌がボロボロになって…昔はもっと白くてすべすべしていたのに…どうしてこんなになってしまったのかな…私よりも綺麗な肌をしていたキリコが先に引退していなくなって…私がずっと売れて生き残るなんて…嫌だな…」
「なにを言ってるんだ…」
「キリコだけだったな、私の肌を本気で心配してくれたのは…」
そして、ミミカの失踪した時の記憶。
最後の記憶が羅列される。
スラム地区を夜、ふらふらと歩くミミカ。
その姿にミミカの声が被る。
「雪が好きだな…真っ黒な空から、音もなく降ってきて…そう匂いをかぐと、すうっとするような、いい匂いの雪が…」
空を見上げるミミカ。
曇天。
遥か向こうに給水塔が見える。
「黒い空に呑み込まれてしまえば、雪になれるかもしれない」
そして、給水タンクの側面の梯子を一段、また一段と登っていくミミカ。
給水タンクの上に出た。
強い風に紙をなびかせて立つミミカ。
と、裂くような風の音と共に、船の汽笛のような音が聞こえてくる。
多少、音の高低はあるが、途切れることなく続いている。
なにかとてつもなく巨大な生き物の鳴き声のような音。
空から聞こえてくるのではない。
足下からだ。
見回して、その泣き声のする穴を見つけたミミカ。
給水タンクのメンテナンス用の穴のフタ、開きっぱなしになっていて、そこに風が吹き込んでタンク を鳴らしているらしい。
低い音が渦巻くその穴の縁に膝をついて、中を覗いて見るミミカ。
水の残っている気配はない。
ただ、音だけが渦巻いている。
タンクの表面、雨が落ちて着た。
大粒の雨…次第に激しく…
ミミカ立ち上がって、雨を体中に浴びながら、周囲を見回す。
真っ黒な中にたった一人いる。
のしかかってくるような黒い空に向かって、手を伸ばしてみる。
そして、文字通り、空を掴む。
やがてゆっくりと両手を降ろすが、顔はまだ空を見上げている。
ずぶぬれのミミカ、ビクっとして、目を開く。
パキっという音と共に、眼の前が真っ白になる。
真っ白な光の中、きりもみしながら落ちていくミミカ。
笑っている。
給水塔の上。
立ったままショ-トしているミミカ。
カラの給水タンクの泣き声、続いている。
雨、さらに激しくなる。
そのロングショット。
警察。第二技術ゼンタ-廊下・映話コ-ナ-
宮武が話している。
画面の下から吐き出されるテレホンカ-ドを受け取り、外に出る宮武。
シミズが聞いた。
「どうでした…」
「うん、もうすでに報道陣を呼んで発表したらしい」
「どうなるんですか、ミミカは」
「あっちにいるネオミミカと、こっちにいるミミカを二人一組のデユオにして、再デビュ-させると…」
「そうですか、そんな事じゃないかと思ってましたよ」
「しかし、変な事になっちゃいましたね」
「ああ…」
「ネオミミカというミミカの複製がいて、そのオリジナルのミミカは、レプリカを通じて喋っているなんて…」
「俺にもよくわからんよ、いったい、誰が本当の誰なのか…」

コンサ-ト会場・ステ-ジ
カ-テンコ-ルが終わって、割れんばかりの拍手。
客席からミミカコ-ルが起こる。
一度フェ-ドアウトした照明、一つづつついていく。
ステ-ジ中央に立ったミミカを照らす。
レッド、ブル-、グリ-ン、イエド-等々の光、重なり合って、次第に白くなっていく。
その中のミミカの陶酔した笑顔。
両手をゆっくり持ちあげて、宙を掴む。
満場の拍手の音、いつしか、激しい雨の音に聞こえてくる。
真っ白の中にすっくと立つミミカ。
そのロングショット。
ストップモ-ション。
ただ、激しい雨の音だけが続いている。
ミミカその中で眠るように目を閉じた。
やがて、クレジットが上がってくる。

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