連作一人芝居『我々もまた世界の中心』『カッコーの巣』


  大成ゼミナールの職員室。
  夜10時前。
  1日の全ての授業が終わって、各クラスから先生が引き上げて来ている。
  やがて中野優もこの部屋に入って来る。が、体半分はまだ廊下に出たまま。
「気をつけて帰れよ…はい、さよなら、はい、はい、さよなら…
 こら、タコ村、早く家帰って勉強しろよ!」
  と、そのタコ村に向かって。
「タコ村!
 お前、寺井とつき合うな…
 おまえら一緒にいても、成長はないぞ…
 タコ村、ますますあれになるぞ!
 広瀬君…タコ村と一緒に帰ってやってよ…勉強教えてあげながら…
 ああ…広瀬行っちゃった…
 まったくタコ村は…
 どいつもこいつも、何しに来てるかわかりゃしねえな…
 学校と一緒にするなよ…ぴしっと、気持ち引き締めて塾に来い…」
  と、そこですれ違うように沼田先生が帰って行く。
「沼田先生…お疲れ様です…早いな…」
  と、ここで職員室に入って来る。
「(他の先生に)速攻ですね…
 沼田先生…あれですかね…明学塾と、掛け持ちの噂って本当なんですかね…
 今日の会議だって…意見言わないし…
 筑波君…筑波君…筑波大学君…もう帰るの?
 お疲れ…どうもう慣れた?…
 はいはい…
 お疲れさんね…
 俺もバイトに戻ろうかな…」
  と、ここで藤城先生が帰って来た。かなり年配の先生である。
「藤城先生!
 藤城先生…
 油、油、来てますよ…そこの宅急便…
 高橋郁子の親から…サラダオイル…
 先生今シーズン、サラダオイル当たり年ですね…もう家庭はあれでしょ…油の地獄…」
  と、藤城先生が、サラダオイル持って行きませんか…といった。
「いやいやいや…家ももう、海苔とサラダオイルは勘弁して下さいよ…
 うちはもう戸棚、海苔海苔…佐々木先生…懸詞ですよ…いとおかし? 
 海苔だらけで人が一生かかっても食い切れないくらいありますよ…
 高橋郁子のお母さんって、見た事あります?
 きれい、きれい…うん、うん、うん…」
  と、佐々木先生がスネたよう…
「佐々木先生が綺麗じゃないって、いつ言いました? 言ってませんよ…私は…
 高橋郁子だって将来はね…
 楽しみですね…
 変な目で見てませんよ…
 そういう事をいう藤城先生の方が…ほらほら…スケベなんです…
 ほら、バカって言ったもんがバカなんだって、これタコ村の口癖なんですけどね…
 まずいな…タコ村と口きいてると、こっちまであれになっちゃうな…
 高橋郁子のお母さん、若いんですよ、スタイルも良いし…
 とんびがとんびを産んだって言うんでしょうかね…あれ?
 鷹が鷹を産んだっていうんでしょうかね…」
  と、佐々木先生が、正しいことわざを教えてくれた。

「いや、そうなんですよ…佐々木先生。
 本当は、とんびが鷹を産んだって言うんですけどね…
 ひゃ…立教、国文科は、チェック厳しいなぁ…
 知ってますよ、私だってそれくらい…ええ…ええ…社会学科ですけどね…
 社会学科で教わる事は、麻雀の点数計算ぐらいですよ。
 あ…今日、私です…
 私が当番ですから…
 戸締まりしてきますから…
 佐々木先生…今日もカラオケですか…
 ええ…行ってもいいですけど…ボクにも一曲くらいは歌わせてくれますか…
 ああ…藤城先生と一緒なんですか…
 なんだ…
 二人は出来てたんですね…なんだ…俺って鈍感…
 お疲れ様でしたぁ…」
  と、他の先生が、今日の会議はなんの会議か聞いたよう…
「今日の会議ですか…もう塾長、白熱! 議題はひとつですよ…
 塾全体のレベルダウンについて……
 ええ…ええ…
 どうしましょうって…
 ねえ、桜井先生…
 今年は有名私立中学はもう絶望的でしょうね……
 みんなで受けに行っても、このままじゃ全滅ですね…
 討ち死に…大成ゼミナールは今年は白虎隊ですよ…
 この前の全国統一模試で、うちのレベルが他の塾にバレたのが大きいんじゃないですか?
 詳しくない、詳しくない…
 やめてください、なんで私がスパイなんですか…
 合格ラインがひとりもいなかったですからね…
 だいたい、タコ村までが、第一志望筑波付属駒場ですからね…
 開成とか麻布とか…書くのは自由ですけどね……
 いや、それはタコ村が悪いんじゃないんですよ…親が書けって言ったらしいんですよ…
 一家揃って、タコ村なんですよ…
 レベルは上がんないですよ…急には…ドラゴンクエストじゃないんだから…
 あ…そうだ、攻略本、相川知子に借りっぱなしだ……
 そうそう…農業だって、豊作の年と、不作の年があるじゃないですか…
 いい事言うなあ、桜井先生…
 頑張ってもねえ…努力してもねえ…
 勉強して私立は入れるんだったら、みんな勉強してますよ…
 いや、本当…
 一昨年みたいに、引き抜いてきましょうよ…大原塾から偏差値七十以上の奴を…
 金で転びますよ…あいつら。
 トレード?
 タコ村何人束にすれば、偏差値七十になるんだ?
 そういう計算じゃないですよね…やっぱり引き抜いてこないと…
 今の生徒に期待しても駄目でしょう…ね…
 ね…
 引き抜いて、金のわらじで迎えましょうよ…
 桜井先生…金のわらじって英語でなんていうんですか?
 あ、今、オモシロイ事言おうとして、考えてるでしょ…わかりますよ…
 ゴールデンわらじ?
 桜井先生…帰るんだったら、この場の雰囲気なんとかしてってからにして下さいよ…
 お疲れ様で~す…
 ええ…今日当番なんで…戸締まりして帰りますから…」
  と、みんな出て行ったよう。
「(溜息をつき)はあ…」
  と、近所に椅子に座る。
  煙草でも吸おうとした時に人の気配。
「誰?
 美樹ちゃん?
 もう来ちゃったの?
 大丈夫、大丈夫…他の先生みんな帰っちゃったから…俺だけ…」
  と、外を見る。
「タコ村! お前なにやってんだ…早く帰れよ…
 お父さんとお母さんが心配してるだろ…早く帰れよ…
 お母さんいなくってもお父さんがいるだろ…本当にお前はへ理屈ばっかり言って…
(急に言った事に不安になって)なんでお母さんいないんだよ…
 別居してんだ…
 そうか…大変だなお前も…
 お父さんだって好きで遅いんじゃないだろ…仕事なんだよ…大人は大変なんだよ…
 ま、子供のタコちゃんも大変だろうけどな…
 タコちゃん、ひとりっ子か…妹は、じゃあお母さんとこにいるんだ…
 お父さんとお母さん、どっちが好きなんだ…
 え…どっちが好きなんだよ…
 え?
 言えよ…タコ村…
 え?
 なに?
 先生って俺の事?
 え?
 俺の事が一番好き?
 おいタコ村…やめろよ…俺、そういうの、弱いんだよ…
 そうか…
 そうか…そうなんだ…
 タコ村…タコ村…タコちゃん…タコ村…お前の家庭の事情はよくわかった…
 でもな…もうちょっとしたら、お姉さんがここに来るから、そしたらお前帰るんだぞ…
 …しょうがねえだろ…ふたりとも家が実家なんだから…
 来るよ…(自信なく)来るはずなんだよ…
 美樹ちゃんの事はいいだろ…
 美樹ちゃんは美樹ちゃんだよ…タコ…いいか、その名前忘れろ…お前忘れるの得意だろ…」
  忘れない…とタコ村が言った。
「なんで書き取りの漢字が忘れられて、美樹ちゃんを忘れないんだ…タコ…こら…」
  と、タコ村を追いかけようとする。逃げるタコ村。
  側にあったプリントを掴んで丸めて投げようとするが、ふとその内容に目が行く。
「…なんだよ…このプリントは…」
  と、見て。
「武蔵中の予想問題のプリント…
 沼田先生もう作ったのか…速攻だな…
 こんな予想して、この問題が出るって事あるのかな……
 (と、プリントを読み上げる)数字の一を○で表します…二は△、三は×です…
 では四は何で表わされるでしょうか?
 なにこれ?
 これのどこが算数なんだよ…とんち問題だよ…
 武蔵中は、一休さんでないと受からないな…」
  と、いきなりものすごく早くそのプリントを丸めて。
  と、タコ村を油断させて置いて!
  と、そのプリントを投げつける。
「うりゃ! 隙あり」
  と、そのプリントをタコ村は受け止めた。
「…ナイスキャッチ!」
  と、その丸めたプリントを投げ返して来るタコ村。
  それを受ける先生。
「よし…今度はカーブな…」
  と、また投げる。
「今曲がったろ…曲がったろ…曲がったんだよ…
  と、ここから、ずっとタコ村とのキャッチボールが続く。
「来ないな…しかし…なにやってるんだか…(投げる)
 これっきりって事ないよな…(受ける)
 どうしよう…(投げる)
 謝った方がよかったかな…(受ける)
 悪いのは俺なんだから…(投げる)
 でもな…(受ける)
 でもな…(投げる)
 女とプライド…どっちを取るか…(投げる)
 …選択を迫られる夜だよな…(投げる)
 タコ村…お前なんで小学生なんだよ…(投げる)
 早く大きくなれよ…先生と一杯やろうぜ…(受ける)」
  と、タコ村に投げ返す。
「大人やってくのも大変だけどさ…(受ける)
 子供やってくよりも全然楽だよ…(投げる)
 (しみじみ)ああ…タコちゃんと一杯やりたいよ…(受ける)
 タコちゃんと…イカでも食ってさ…(投げる)」
  と、タコ村が豪速球を投げて来る…それをしっかりと受け止めて。
「おおっ! タコ村! ど真ん中だよ…」
  暗転。

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