旅行_note_

ハンガリーに行った話 - ヨーロッパ最大のシナゴーグ編 -

こんにちは、ヒカルヒカです。

ハンガリー旅行記③。食べ物について綴った②はこちら。

さて、今回はブダペストにあるシナゴーグに行ってきたお話。

その名もドハーニ街シナゴーグ

見てくれ、この美しく荘厳な内部を。(フラッシュを焚かなければ撮影OK)

シナゴーグ内部を初めて見た私「もっと地味だと思ってた……」

ここはイェルサレム、ニューヨークに続き世界で三番目の規模を誇っている。つまりヨーロッパ最大のシナゴーグ。細部の装飾までとても美しく、煌びやかだった。

入場料を払えばだれでも入れる。ただし、男性はキッパーと呼ばれるユダヤ教の小さい、伝統的な帽子をかぶらないと礼拝堂に入る事は出来ない。もちろんユダヤ教徒でない男性は持っていない人が殆どなので、入り口で簡易キッパ―(紙製)が配られていた。神に対し頭を隠す事で謙遜の意を示す、という意味合いがあるらしい。私的には「宗教的な理由で何かを身に着ける」というとムスリマのヴェールが一番最初に浮かぶため、キッパ―を被る伝統があるということは知っていたのに「ユダヤ教だと男性に決まりがあるのか」と驚いてしまった。ちなみに職員さんたちは毛糸などで作られたマイキッパ―を持っていた。

観光地化されているだけあって、多くの言語で無料ガイドツアーが行われていた。残念ながら日本語はないが、ヘブライ語・ハンガリー語・英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・ポルトガル語といったラインナップだったと思う。私たちはせっかくだからと英語のツアーに参加した。私の英語力と記憶力は中の下といったところなのでもう今は説明をなにも覚えていないし、多分聞いているときもそれまでの疲れで半分くらいうつらうつらしていたと思う。おじさんごめんなさい。

ただ、恥ずかしながら私は今までハンガリーに大きなユダヤコミュニティがあることを知らなかったので少しだけ調べてみた。ユダヤ人迫害と聞くと真っ先にナチス・ドイツを思い出すが、ハンガリーにも矢十字党という反ユダヤ思想団体があったのだという。そしてWWII中ナチスに占領されてからはすぐさま政府がゲットーを国内に作ったとか。また、お隣のオーストリア・ウィーンにあったシナゴーグは「クリスタル・ナハト(1938)」と呼ばれる反ユダヤ主義暴動で破壊されてしまったそうだ。その歴史を考えると、このシナゴーグが今もなお残っているのはすごいことなのだろう。こちらについては今後きちんと勉強したいなと思う。

礼拝堂を出て中庭へ行く途中、ユダヤ人殺戮の犠牲者が眠っているという場所を通る。そして中庭には「生命の木」と呼ばれているモニュメントがある。柳の木をモチーフにしたもので、ハンガリーの彫刻家であるヴァルガ・イムレの作品。葉一枚一枚に犠牲者の名前が刻まれていた。調べてもらえば分かるが、相当な量の葉が下げられている。これでも犠牲者の一部なのだと考えると胸が痛む。

ちなみに礼拝堂外観を撮り忘れたが、昔世界史の資料集で見たスペインのアルハンブラ宮殿に似てるなあと思った。そして少し調べてみたところ

このユニークなデザインは、イスラム風とスペイン風が融合したムーア様式。中世のイベリア半島で流行していた建築様式です。完成したのは1859年。19世紀後半、ヨーロッパではオリエント趣味が流行していたのです。

だそう(引用元)。なるほど似ているわけだ。

シナゴーグ訪問は自分の勉強のきっかけを作るとてもよい機会になったと思う。ブダペストを訪れる人は時間が許せば足を運んでみる事を強くお勧めする。

ハンガリー旅行記は多分次で終わり!では。

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