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世界のモデル化:AR/VRスタートアップの夜明け



技術変革というよりイデオロギー変革をもたらしたApple Vision Pro

近未来的なデザインと実用性に特化した機能で話題になったApple Vision Pro

2023年6月にAppleより発表され、2024年今年の2月に発売されたApple Vision Proは、ゲーム向けが主流だったAR/VRヘッドセットから一転し、空間コンピューティングによって日々の生産性を向上させることに特化したデバイスになっています。新しくバーチャル空間向けのコンテンツを提供するだけでなく、既存の2Dコンテンツやツールも空間に自在に配置でき、またAppleのエコシステムとの互換性も高いです。
Apple Vision Proが特に革新的だった点は、AR/VRヘッドセット=ゲームという固定観念をぶち壊し、これまでXR領域に全く興味のなかった人々にも価値を提供していることだと私は考えます。

2020年までのAR/VR領域への投資額の推移
スマートグラス(濃ピンク)、生産性ツール(茶色)で大きく跳ねることが分かる

投資金額ベースで見ると、AR/VR領域への投資は年によって大きく差があります。スマートグラスの登場で一気に投資に熱が入ったり、FacebookがMetaになりメタバースに集中することで話題になったりと、AIやフィンテックといった領域と異なり、社会に「点」として現れる技術といった印象を持ちます。その背後にはやはり技術的な難易度や、それに対する消費者の期待が高すぎることの他に、ゲームという特定領域に属する技術の印象が強いため、一般のユーザーが増えなかったこともあるでしょう。

2023年におけるセグメントごとの投資額
AR/VRは右端の方に埋もれている

そんな中、Apple Vision ProはAR/VR技術をデジタル化の進む日常生活に組み込む提案をしました。これにはマークザッカーバーグも焦っているようですが、AR/VR領域自体を考慮すれば、人々の暮らしそのものに変化を与えるマス向けの技術としての一歩を踏み出せたと思います。
今回はそれに合わせ、AR/VRをゲーム以外の分野にも活用しようとしている挑戦的なスタートアップに焦点を当て、紹介していきたいと思います。

様々な領域に取り組むAR/VRスタートアップ

Gravity Sketch :VRによる新しいプロダクトデザインのカタチ

HP:https://www.gravitysketch.com/
設立年: 2014年9月
拠点:イギリス(ロンドン)
シリーズ:Series-A
累計資金調達額:4200万ドル(約60億円)

まるでFigmaのように、直感的に、協同で空間デザインができてしまう。Gravity SketchはVR技術をフル活用し、まるで絵を描くように3Dアセットをデザインすることができるツールを提供しています。
従来の3Dデザインではブレンダーなど画面の四方八方に様々な操作ボタンが並んでいるため、覚えることが多く、実際に出来上がっていく流れも見えにくいです。またプロダクトデザインのプロセスを見ても、一度作成した3Dモデルをマネージャーがレビューを行い、そこで出た指摘をさらに反映したりと、反復作業を繰り返しながらデザインを完成させていきます。

デザイナーとマネージャーが話し合いながら3Dデザインをする様子

これに対しGravity Sketchは手の動きをベースにした操作に加え、多人数が同時にデザインスペースに参加することで、話し合いながらすぐにデザインに反映させることができます。以下はGravity Sketchを使いヘッドフォンをデザインするチュートリアルの一部ですが、10分×8パートでリアリスティックなヘッドフォンをゼロベースでデザインしてしまっています。

実際に使っている現在のユーザーは、製造業のプロダクトデザイナーからゲームデザイナーまで幅広い業界の人がいます。またAdidas、Ford、日産と、既に業界大手のデザインチームにも使われているようです。

創設者のひとり、Daniel Thomasはケンブリッジでコンピューターサイエンスを専攻していたエンジニアですが、他二人はどちらもプロダクトデザイン業界にて長い経験を持つデザイナーで、まさに業界知識とソフトウェアの力が合わさってできたスタートアップだと言えます。Gravity Sketchは2014年に創業されてから、浮き沈みの激しいAR/VR業界で試行錯誤を繰り返してきましたが、2022年には米国トップのVCであるAccelやGoogle Venturesを含む投資家より、シリーズAにて約47億円もの資金調達を実施し、これからのスケールに期待できるスタートアップです。

このようによりユーザーによるコンテンツの制作を補助するツールが増えることによって、AR/VRのエコシステムもより盛り上がっていくと思います。

MEDIVIS : ARで外科医師に第三の目を与える

HP:https://www.medivis.com/
設立年: 2016年
拠点:アメリカ(ニューヨーク)
シリーズ:Series-A
累計資金調達額:2500万ドル(約37億円)

もし手術中に体の内部を見ることができたらどんなにか楽だったろうか、と外科医ではないので思うことがあるのかどうかは分かりませんが、MEDIVISはそんな魔法のような新しい視野を外科医に与えるARツールを提供しています。

MEDIVISは医師の持つデータを活用し、それらを3Dの目にみえるイメージへと変えていきます。この患者の実際の状態を元にした3Dイメージは、①手術手順の計画、②患者への症状の説明、③手術の事前練習や医学生のためのトレーニング、といった外科医療領域に様々なベネフィットを提供することができます。

患者の上にARイメージを重ね合わせ、手術手順の計画を楽にする

これらはVR技術のシンプルな活用ではありますが、実際の業界のニーズに沿ったプロダクトを提供できており、既に15以上の医療センターにて使われているようです。

創設者のChristopher MorleyOsamah Choudhryは、どちらも医学博士の学位を持っており、NYU(ニューヨーク大学)にて実習生として働いていました。おそらくその際に出会ったと思われますが、そこで医療業界で働きながらも、2014年に二人でMEDIVISを立ち上げ、ARの医療への適応に可能性を見出していたことはとても興味深いです。そして2023年の6月に、約30億円のシリーズA調達を実施しました。

課題としてはやはり既存のARグラスではまだ制限が多く、このハードウェアの部分の進化にMEDIVISの性能や使いやすさが左右されてしまうということでしょう。しかしこれはAR/VR領域にて度々論じられてきたテーマでもあります。業界特化に刺していくバーティカルVRスタートアップとして、今後も注目していきたいです。

WIN Reality : 時間、場所を問わずVR空間でバッティング練習

HP:https://winreality.com/
設立年: 2018年12月
拠点:アメリカ(テキサス)
シリーズ:Series-A
累計資金調達額:5000万ドル(約75億円)

球場そっくりの空間で、プロの投手と一緒に素振りのトレーニングができる。WIN RealityはVR空間でバッティングの練習ができる、Meta Quest向けのアプリを提供しています。一般ユーザー向けのフィットネス用VRアプリは既に多く存在しますが、WIN Realityでは特に野球の練習に励む少年からプロまでをターゲットにし、リアルなバッティング環境、600人以上のピッチャーのフォームから繰り出される無制限のボール、そしてリアルタイムでのデータ分析を提供しています。

また直近ではVR空間でコーチによる指導を受けることができるプラットフォームサービスも開始し、WIN Realityによる野球の練習をよりインタラクティブなものにしようとしています。
これまでチェスや将棋といったマインドスポーツにおいては、人間がAIに対して練習することで能力を劇的に向上させることができました。若き天才棋士である藤井聡太棋王も、AIを用いて将棋の研究をしていたことを公言しています。これに対して、野球やバスケといったフィジカルスポーツは、AR/VR技術を用いた練習範囲の拡張やデータ分析などによって従来よりはるかに効率よく能力を上げることができます。次世代の大谷翔平はVR空間から生まれるかもしれません。

創設者の二人、Dan O'DowdChris O'Dowdは親子であり、親であるDanは野球界で広く知られたマネージャーであり、特にColorado Rockiesの元ゼネラルマネージャーとして有名です。対して息子のChrisはプロの野球選手として6年以上活動しており、Chicago White Soxなどに在籍していました。こうした球界のプロがAR/VR技術に目をつけたように、他スポーツでの活用もこれから増えていくと考えられます。

StatusPro : 限りなくリアリスティックなVRフットボールゲーム

HP:https://www.status.pro/#status-pro
設立年: 2020年
拠点:アメリカ(マイアミ)
シリーズ:Series-A
累計資金調達額:2500万ドル(約37億円)

引き続きスポーツ×VR領域となりますが、StatusProはVRフットボールゲーム「NFL PRO ERA」を開発するスタートアップです。Meta Quest向けに発売された同タイトルは既に累計100万人にプレイされており、VR技術によってプロのアスリートの感情、競争、そしてコミュニティ的な感覚を体験できる一人称視点のゲームとなっています。

StatusProはNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)とのライセンス提携を通じて、実際のフットボールの試合や選手のデータを活用し、本物そっくりのゲーム体験を開発しています。またプロの選手向けのシミュレーション機能も提供しており、選手達は人間の対戦相手や仲間がいない中でも、一人でフットボールの技術を磨くことが可能です。

StatusPROは2022年に元フットボール選手のAndrew HawkinsTroy Jonesによって創業され、二人はMorgan Stanleyで働いたりMBAを取得していたりと、ビジネス面での経験もあります。2020年と他のAR/VRスタートアップと比べて早期に開発が始まったサービスですが、2024年の2月には、Google Ventures含む投資家より2000万ドル(約30億円)の資金調達を実施し、またDisney Acceleratorへの採択も決まりました。

ゲームがゲームとしてだけでなく、現実のスポーツでの訓練にも使われたりと、AR/VR技術による現実とデジタルの融合を感じさせるスタートアップです。

Luma AI : 現実のモデル化

HP:https://lumalabs.ai/
設立年: 2021年9月
拠点:アメリカ(カリフォルニア)
シリーズ:Series-B
累計資金調達額:6800万ドル(約100億円)

最後に、直近で最もホットなAR/VR系スタートアップを紹介します。Luma AIは来たる人類総バーチャル時代に向け、現実のオブジェクトを3Dスキャンによってモデル化するアプリに加え、Text-to-3Dオブジェクトの生成AIツールを提供しています。

Luma AIのアプリ上で360度スキャンをすると、3Dオブジェクトが作成できる

スキャンアプリの方では、スマホのカメラで360度、モデル化したい物体をスキャンすると、その3Dモデルを作成することができます。これは例えば現実の物体をゲームやバーチャル空間に活用したいときや、3Dモデル作成の生成AIへの学習用データとして使うこともできます。

「勇者の剣」をプロンプトにしてできた3Dオブジェクト

また直近ではLuma AI独自のText-to-3Dオブジェクトの生成AI「Genie」がローンチしました。ここではプロンプトに文字を入れるだけで、およそ10秒ほどで3Dオブジェクトが生成できてしまいます。

Luma AIの創設者は3人いますが、その中でAlberto TaiutiはAppleでAR/VR部門、Amit JainはAppleのコンピュータービジョン部門にてソフトウェアエンジニアとしての経験を持ち、米国VCが好みそうな強力なファウンダーマーケットフィットを持つことが見てとれます。2021年にシード調達をしたLuma AIは、2023年にはシリーズA、2024年にはシリーズBと順調に資金調達を重ねていることから、事業が拡大していることがみてとれます。また今年1月のシリーズBでは、a16zが独占して約64億円の出資をしており、その裏にあった熾烈な投資競争が想像できます。

まずはゲーム領域での3Dモデルの生成によるUGCツールや開発者向けツールが成長の目処になりそうですが、将来的にはさらに現実をモデル化するためのText-to-Worldモデルの開発にも繋がりそうで空恐ろしい感覚もあります。

AR/VRの社会浸透のスタート地点となるか

今回の記事ではApple Vision Proによる現実世界での様々な部分へのAR/VRの活用をメインに見てきましたが、Vision Proもその値段の高さや、ヘッドセットの重さによりまだ社会浸透という点では早い気もします。

新しいYCombinatorの動画では、Apple Vision ProがiPhoneのように、次の様々なスタートアップサービスが生まれるプラットフォームとなり得るかについて議論していましたが、コンシューマー向けから、ビジネスにおいて情報処理や情報とのインタラクティブネスを生むようなツールが増えるだろうという期待とともに、やはりハードウェアの部分の発展速度に対する懸念についても話されていました。

AR/VR技術は世界のデジタル化を考えると、長いスパンでは必ずニーズのある技術ではありますが、その開発速度や大衆適応の遅さによって今までは「点」でしか注目されていませんでした。今回のApple Vision Pro、またそれに連なるハードウェア側での技術競争が起きることで、その上にサービスを作るスタートアップのエコシステムも活性化されるのではないかと予測します。
今年からどんどん出てくるであろうAR/VRスタートアップに期待しています。

最後に

最後まで読んでいただきありがとうございました。
HAKOBUNEではAR/VR領域のスタートアップ含む、「将来の時代を象徴する"変化"」に積極的に投資していきます!
これからの社会を担う起業家や、アイデア段階にいる方々ともぜひお話をしたいと考えていますので、お気軽にご連絡ください!

HAKOBUNEのウェブサイト:https://www.hkbn.vc
記者のTwitter:https://twitter.com/shinichi815


<参考資料>
a16z, Big Ideas in Tech 2024
Pitchbook, Q4 2023 Emerging Tech Indicator
Venture Beat, Digi-Capital: Over $4.1 billion invested in AR and VR in 2019
Y Combinator, Apple Vision Pro: Startup Platform Of The Future? [Lightcone Podcast Ep. 2]
Apple, Apple Vision Proが登場 — Appleが開発した初の空間コンピュータ
crunchbase