催眠状態について考える

催眠はあいまいで非科学的で裏づけに乏しいものだと思うことがあります。例えば、行動分析に関する本を読むと、行動分析は催眠に比べて、考え方が整然としていて、実験などによる裏づけもあり、予測と制御ができる理論だなと感じます。

催眠があいまいであることの代表が"催眠状態"だと思うのです。催眠は、掛かり手が掛け手の暗示のとおりに行動してしまう現象といわれ、その説明として、掛かり手が催眠状態であるからというのが一般的に使われます。

その催眠状態は、掛かり手が掛け手の暗示どおりに行動してしまう心理状態であると説明されることが多いのですが、これだと循環論になってしまうのです。

行動分析に関する本『メリットの法則』(奥田,2012)では、心理学の説明の多くが、循環論になってしまうということを指摘しています。確かにそのとおりで、催眠に限らず心理学の説明には 、説明しているつもりになっているが、実は何も説明できていないものがあります。

私自身も催眠についていろいろ書いていますが、説明しているようで説明できていないことがあるなと反省することがあります。そこで、反省として、もう一度、催眠状態について考えてみたいと思います。

催眠誘導という方法で、人は催眠状態という心理状態(精神状態)になり、その状態になると人は暗示のとおりに行動してしまう。それが催眠です。

催眠状態とは、催眠誘導によって引き起こされる心理状態です。どんな状態かというと、集中していて、リラックスしていて、受動的だと考えられています。

また、催眠状態とは、特殊な状態ではなく、日常で誰しもが経験しているものです。それは、空想にふけっているとき、映画や音楽にのめりこんでいるとき、と似ていると言われます。

と書いてみて、やはり説明になってない気がします。

例えば、上の説明だと、催眠状態ならば、集中、リラックス、受動的であるのか、それとも、集中、リラックス、受動的であれば催眠状態なのかというところがあいまいです。

集中かつリラックスしている状態が催眠状態であるならば、好きな音楽に没頭しているときは、そういう状態に近いのでしょう。だから、催眠状態は、日常でも経験しているとされるのですが本当でしょうか。

もし、音楽に没頭している状態が催眠状態なら、そのときに「体が固まる」言われたら、催眠ショーのように体が固まって動かなくなるのでしょうか。しかし、全くそんなことは起きません。このことから、集中、リラックス、受動的であれば催眠状態であるわけではないということがわかります。そして、催眠状態は普段から経験している、というのも、違うということがわかります。

別の例で考えてみましょう。興奮状態は、血圧が上がり、息が上がっているとします。では、血圧が上がり、息が上がっているからといって、必ず興奮状態でしょうか。運動した後も同じ状態とはいえないでしょうか。運動したあとは興奮状態と呼べるのでしょうか。同じことが、催眠状態でもいえると思うのです。

人は動物ですが、動物であれば必しも人ではないのです。

催眠状態を、脳波や脳の活動として測ってみたらどうでしょうか。

例えば、催眠状態だと思われるときに脳波を測ったら、○○波がでていとして、○○波がでていたら催眠状態なのでしょうか。実はこれも先に書いた同じ問題にぶち当たります。

他にも、催眠状態だと思われるときには、脳の○○野が活発に活動している、あるいは○○皮質が活動している、としても同じ観点から違うといえます。

考えれば考えるほど、催眠状態という心理状態を催眠の説明として使うのは、無理がでてくるのです。先述したように、説明しているようで、実のところ説明になっていないのだと私は思うのです。

#催眠 #催眠術 #催眠状態 #循環論法

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