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速報レビュー ハイテンポラグビーのぶつかり合い:パナソニックワイルドナイツ対キヤノンイーグルス(5月8日)

 今日は熊谷でパナソニックワイルドナイツ対キヤノンイーグルス戦を観戦。

 キヤノンの最後の試合となってしまったので選手の挨拶は見たい気持ちもあったが、18時キックオフの川崎フロンターレ対ガンバ大阪戦をDAZNで見たかったのでノーサイドの瞬間にスタジアムを引き上げて帰路へ。なんとか18時10分に帰宅できた。その代わりいつもと違って試合直後にレビューが書けなかった。

 まあそれもあって昨日プレビュー書いたのだけれど。(今回はキヤノンんサポーターズクラブの席で見たので、視点がキヤノンよりになっています。どちらのファンと言うことではないのですが、パナソニックファンの方には済みません)


プレビューの「答え合わせ」

 プレビューで書いたポイントは3つだった。キック、ディシプリン、外側の攻防。

 キックについては、頻繁に使われたという点では正解。ただ、あとで書くけれど予想していた形とは違っていた。

 ディシプリンは、キヤノンがやはりいいところでのノット・リリース・ザ・ボールを数回犯したので正解。ただパナソニックも決定的に攻め込んだ局面で一度ノット・リリース・ザ・ボールを犯した。

 外側の攻防は、当たった部分と外れた部分とがある。

 あと、スクラムはパナソニック優位というのも予想通り。序盤からあそこまで圧倒されるとまでは思っていなかったが。

 展開についてはこんな風に予想した。

・全般的にパナソニック優位。キヤノンは点差を離されないことがポイント。前半風上で点差が開かないように戦うのが常道。しかしずっとパナソニックがスロースターターなのを考え、後半風上の陣を取り、後半勝負というギャンブルも面白い。コイントスの時から駆け引きが始まる。
・トーナメントと言うこともあり。両チームとも慎重な入り。前半はリスクを冒さずキッキングゲーム。その中で手堅く3点を積み上げていく展開。風向きが趨勢を左右するかも。得点チャンスを着実にものにすることが重要。仮にキヤノンにラッキートライが出れば面白くなる。
(パナソニック大勝シナリオ)
・後半になってパナソニックのスクラム優位が明らかに。その場合、ペナルティから前進し、またPGで点を重ねていく。最後にはパナソニックがリスクを取ってアタックし、ある程度点差が開いた形でパナソニック勝利。
(パナソニック辛勝シナリオ)
・スクラムでキヤノンが頑張れたら、田村優と後半に出てくるであろう山沢のキック精度の勝負。ここでディシプリンの差が出て、PG機会の差でパナソニックが接戦の末勝利。
(キヤノンアップセットシナリオ)
・トライを無理に狙わず、得点チャンスを積み重ね、スコアで離されずに終盤まで。とにかく終盤にリスクを取ったアタックを連続的に仕掛けて、最後にひっくり返すことができる点差にとどまること。

 外れると予告したとおり外れた(笑)。まあ、3つのシナリオが混ざり合った形だったと言えなくもないけれど。


ハイテンポのラグビーを仕掛けたキヤノンのゲームプランとパナソニックの対応

 最終スコアは32-17(前半20-3)でパナソニックの勝利。まあ順当勝ちといえる力関係だが、一時20-10になったこともあり、スコアよりエキサイティングな試合だった。

 何よりこの試合をエキサイティングにしたのが、キヤノンのゲームプラン。ゲームテンポを上げるだけ上げて、ボールを縦横に動かすラグビーを仕掛けてきた。

 私は1995年ワールドカップの日本対アイルランド戦を思い出した。アイルランドのスローテンポのラグビーに対し、平尾誠二、堀越正己、吉田義人、松田努らが限界までテンポを上げて挑んだ試合だ(結果は50-28でジャパンの敗北)。

 トーナメントと言うこともあり、両チームとも手堅くゲームに入ってくるのではないかと思ったのだが、全くそんなことはなかった。キックオフのその瞬間からキヤノンはハイテンポなラグビーを仕掛けてきた。

 驚いたのは、パナソニックもそのハイテンポを真っ向から受けて立ったこと。最初のショートパントからのトライなんかがその典型だ。

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 パナソニックがまさかあの時間にあんなリスキーなプレーを仕掛けてくるとは思わなかった。ただそのプレーが決まったことで、パナソニックが優位に試合を進めることができるようになった。

勝負の「アヤ」はPG?

 勝負の「アヤ」となったのは前半のキヤノンの3回のPGチャンスだろうか。

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 1回はPGを狙ったが、2回はタップキックやタッチを選択し、結局ノット・リリース・ザ・ボールやノックオンでボールを失ってしまった。

 私は、とにかく後半までスコアを詰めておくことが大事だと思っていたので、「そこは3点でしょう・・・・」とスタンドでつぶやいていた。仮にこの2回のチャンスで6点を取れていれば、後半最初のトライで20-16。そこまで点を詰められるとまた展開が変わってきた可能性がある。

スペースに素早くボールを運ぶためのキック戦術

 自分的に、この試合で一番驚いたのはキックだ。キックが中心のゲームになると予想していたにもかかわらず驚いた。それは、いわゆるテリトリーキックとも、ハイパントとも違う使われ方をしていたからだ。

 ちゃんとレビューを書くときに数えるが、キヤノンはものすごい数のキックを蹴ってきた。

 このキックは、ただのテリトリーキックではなかった。テリトリーキックは、基本的には奥に蹴って相手に取らせて、チェイサーで追い込み、ラックを作ってプレーエリアを押し下げるか、あるいはタッチに蹴り出させるのが常道だ。

 けれどこの試合のキヤノンは、むしろキックディフェンスの隙間に低い弾道でキックを落としていくことで、イーブンボールの競り合いに持ち込み、早い展開でボールを動かそうとした。

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 もちろんボールを捕られることもあるから、そのときはタックルで止めなければいけない。この展開でキヤノンは、スタンドオフの田村優はもとより、フルバックの小倉順平という、ダブルゲームメーカーの利点をフル活用していた。2人とも精度の高いキックパスを蹴れるから、アタックの様々なタイミングでキックパスを飛ばすことができる。

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また、小倉順平がいるので、田村優が思い切ったランでクラッシュしてラックに巻き込まれても、スタンドオフ役がちゃんとアタックラインにいるので、素早いアタックを続けることができる。

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 こうして、スペースを見つけてはボールを蹴り込み、そのボールを巡ってコンテストが行われ、ボールの支配権がめまぐるしく入れ替わるゲームとなった。

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 特に中盤の攻防は、ラグビーと言うよりサッカーのイメージに近かった。トランジションが頻繁に行われるヨーロッパサッカーのようなゲームだった。なので、マイボールとユアボールの時とでポジショニングを頻繁に変えていかなければならない。おそらくプレイヤーの消耗は通常の試合の比ではなかっただろう。

 また、キヤノンはパナソニックがリターンキックをすることにも備えていた。まず、パナソニックのキックディフェンスは基本2枚なので、スペースに落とすようにする。

 しかし、パナソニックも蹴り返してくることもある。そのときに備え、キヤノンのキックディフェンスは常に3枚だった。

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また、マフィも前線から少し下がったポジションを取る。そうなると、パナソニックが蹴っても、キャッチした選手に加えて2人、マフィを加えると3人がアタックに入ることができる。その分カウンターで優位に立てる可能性があると言うことだ。

 これについても、パナソニックは真っ向から受けてきた。カウンターで走ってきたランナーを確実に潰し、ラックに絡んでノット・リリース・ザ・ボールを取る。

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なんと福岡堅樹さえもジャッカルを成功させており、パナソニックとしても十分に備えてきたことがうかがえる。

ダブルスタンドオフを生かしたキヤノンのアタック

 NTTコム戦でも威力を発揮したが、この試合でもキヤノンはダブルスタンドオフを駆使した攻撃を仕掛けてきた。

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 アタックラインはトリプルライン。最前線は9シェイプのフォワード。次に田村優の横に立つ10シェイプ。3列目は小倉順平の横に立つ15シェイプ。

 攻撃の基本パターンは、9シェイプがクラッシュと見せかけて背後の田村優にパスするいつもの流れ。そこから田村はディフェンスを見て、横の10シェイプにパスするか背後の小倉順平にパスするか、あるいはキックするか決める。キックした場合には小倉順平と15シェイプがチェイスをかける。小倉順平がパスを受けた場合は、横にパスするか自分でランするか、あるいはキックもある。キックの場合は、やはり15シェイプが自分たちでチェイスしていく。

 後半28分のトライは、まさにこの2つのユニットが複雑に連携しながらディフェンスを崩していったトライだった。これはまたきちんとレビューしたい。

素晴らしい試合を、ありがとう

 ボールが大きく動く、アクチュアルプレータイムの長い、ボールが大きく動く、少し目を離すと展開が大きく変わっているダイナミックな試合だった。

 ゲームテンポを上げるというのは格上の相手に挑むときに戦い方の1つの定番ではあるのだが、まさにその形で仕掛けてきたキヤノンに対し、ゲームテンポをスローにして流れを殺していく(前述のアイルランドはそうだった)のではなく、自分たちもゲームテンポを上げて迎え撃ったパナソニック。そしてダブルゲームメーカーを生かし切ったキヤノンと、センターを遠目の位置に突っ込ませていくパナソニック。

 お互いが自分の形を崩さず、仕掛け合った。その結果、ボール支配権がめまぐるしく入れ替わるサッカーのような試合。そうなるとアンストラクチャーな局面が頻発する。このアンストラクチャーな局面は、偶然生じるのではない。お互いのゲームプランをきちんと再現性ある形で実行しているなかで生まれてくる局面だ。

 そこで効いてくるのは個人技。前に、「組織戦術に基づく個人の力の優位性」というレビューを書いたことがあるが、両チームとも、練り上げられた組織戦術の上に個人技を積み上げていたた。

 ハイテンポの中で再現性のある戦術を駆使しながら展開されていく試合で、ワールドクラスのタレントがきらめいた。福岡堅樹、ハドレー・パークス、ジェシー・クリエル、田村優、小倉順平。

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 こう言う試合を見ると、ラグビーって面白いな、と思う。本当に素晴らしい試合だった。

 5/4のフロンターレ対グランパス戦の後も興奮がしばらく収まらなかったが、この試合の興奮もしばらく収まりそうにない。スポーツファンとしては実に幸せなゴールデンウィークだった。