見出し画像

ラグビー戦術 基礎の基礎<4>:ラックと「チャンネル」

 1ヶ月半空けてしまいました。久しぶりに「ラグビー戦術 基礎の基礎」です。

 今日はラックについて。

競技規則の確認

 まずはルールの確認です。

原則
ラックの目的は、プレーヤーに地面にあるボールを争奪させることである。
ラックの形成
ラックは、フィールドオブプレー内でのみ行われる。
ラックは、各チームから少なくとも1名ずつのプレーヤーが接触しており、立ったままの状態で、地面にあるボールに被さっていることで形成される。
ラックのあらゆる段階において参加するプレーヤーは、頭と肩を腰よりも低くしてはならない。 罰:フリーキック

 モールと比べて大きな違いは、「地面にあるボールを争奪させる」こと。モールではボールはプレイヤーが持っていますが、ラックではボールは地面にあります。基本的には、タックルを受け、倒されたときにボールを地上に置くというのがラックのきっかけになります。

 タックルを受けたボールキャリアがボールを地上に置き(ダウンボール)、敵味方を問わず誰かがバインドした時点でラックが形成されます。

 到着したプレーヤーは、立っていなければならず、自チームのオフサイドラインの後方から参加しなければならない。
 プレーヤーは、最後尾のプレーヤーに並んで参加してもよいが、最後尾のプレーヤーの前方に参加してはならない。
 プレーヤーは、味方か相手プレーヤーにバインドしていなければならない。バインドは、体の他の部分の接触よりも先、または、同時でなければならない。
 プレーヤーは、ラックに参加するか、ただちにオフサイドラインの後方へ下がらなければならない。
 ラックの一部に参加していたプレーヤーは、オンサイドの位置からであれば、再び参加してよい。

 ポイントは、「立っていなければならず」というところなのですが、日本の大学では寝ているプレイヤーを頻繁に見ます。

画像2

画像1

ラックと「リサイクル」概念

 今日はそうしたレフェリングの部分ではなく、戦術的なポイントを。

 繰り返しますが、モールではボールはボールキャリアが持っていますが、ラックでは地面に置かれています。

 これが実はポイントで、ラック戦術では、

タックルを受ける→ボールを地面に置く→サポートプレイヤーがバインドしてラックを作る→ボールをパスアウトする

という手順を繰り返します。

 この、タックルを受けてからパスアウトするまでのプロセスを「リサイクル」といい、早ければ1秒あるかないかで一つのリサイクルを終わらせることができます。

 ラックは作られるとオフサイドラインが形成されます。

スライド1

 つまり、素早くオフサイドラインを作ることができる、というのがラックの大きな特徴で、ラックを繰り返し作る「ラック戦術」は極めてスピーディに展開されます。なので、早稲田大学や法政大学のようなバックスを中心とする大学ではラック戦術が重視されます。

ラック戦術の2つの利点

 ラックを作ることにより、攻撃側に与えられるメリットは2つあります。

 1つは、オフサイドラインを作ることでディフェンダーを減らすことができること。

スライド3

 前のラックから前進して(=ゲイン)ラックを作った場合、オフサイドラインを押し下げられます。そうすると、ディフェンダーは元の位置にいたらオフサイドになってしまうため、下がらなければなりません。

 その下がるまでのごく短い間、そのディフェンダーはディフェンスの人数から外れてしまうわけです。逆に言えば、この瞬間にアタック側は数的有利を作れます。仮にオフサイドポジションにいるディフェンダーが守備をしてきたらオフサイドのペナルティを取れます。

 もう一つはラックを作っている間に攻撃側選手のポジショニングを変えることができることです。

 ラックであれモールであれスクラムであれ、ポイントができている間にディフェンスラインはアタックのどの選手にタックルに行くか、ノミネートを決めます。

ラック戦術2

 しかし、アタック側の選手が入れ替わったらノミネートをやり直さなければ行けません。例えば、前のラックに入っていたフォワードがアタックラインに入った場合。当然、ディフェンス側も前のラックに入っていたフォワードをディフェンスラインに入れるわけですが、その瞬間、誰が誰にタックルに行くか(ノミネート)が決まっていない時間が発生します。

スライド5

 現代ラグビーではその時間は2秒といわれていますが、その2秒の間にパスアウトできれば、ディフェンス側を混乱させることができるわけです。

 あるいは、反対側に並んでいたバックスを移動させることもあります。

スライド6

 これを移動攻撃といい、今年の早稲田大学が多用した攻撃です。当然ディフェンス側のバックスも移動してきますが、この間、ノミネートをやり直さなければならなくなり、やはり2秒の間にパスアウトできればアタック側は有利に攻撃を進められます。特に上の図のようにノミネートが混乱していると有効なディフェンスは非常に難しくなります。

 この2秒を上手く使ったのが天理の攻撃で、素早くボールをリサイクルすることによって明治も早稲田もディフェンスが混乱させられ、天理に大量点を許してしまいました。

サッカーの「レーン」に近い概念としてのチャンネル概念

 ただ、ラックは、相手に絡まれることによって球出しを遅らされたり、オールを奪われたり、あるいはノット・リリース・ザ・ボールの反則を取られることがあります。なので、ラックにおけるボールの争奪戦を含めて、ラックのことを「ブレイクダウン」ともいいます。ブレイクダウンで有利に立つと全体の趨勢を有利に運ぶことができます。

 そして、ブレイクダウンに関連して「チャンネル」概念というのもあります。「チャンネル」というのは、サッカーで言う「レーン」のようなもので、フィールドを縦方向に区切ったものです。ただ、「チャンネル」という場合は、絶対座標ではなく、ブレイクダウンを起点にした相対的なものです。

チャンネルは、0から3の4つに分けられます。
 チャンネル0:フォワードがブレイクダウンから縦に前進する場合
 チャンネル1:スタンドオフの内側で突破を図る場合
 チャンネル2:センター(12番、13番)のところで突破を図る場合
 チャンネル3:ウイングのところで突破を図る場合

ラック戦術

 チャンネル概念の重要な利点は、攻撃の手順をシンプルに言語化できることです。例えば、スクラムの後、左のチャンネル2を突いてラックを作り、次は逆に右のチャンネル2を突く、といった具合に、攻撃の段階をシンプルな言葉で共有できるようになるのです。

 これを基礎に、何段階かの攻撃をあらかじめ準備しておく「シークエンス」という攻撃手法が生まれることになります。

「ラグビー戦術 基礎の基礎」は今回で終わりです。次回からは1990年代からの戦術の発展を簡単に振り返ってみようと思います。