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ラグビー戦術の歩み<8>:シールドロックを打ち破れ(2)

 1990年代後半から2000年代のにかけて発達したディフェンスシステム。シールドロック。前回はそれを打ち破る試みとしてのキック戦術を取り上げました。

 先日引用した平塚晶人さんの『ウェールズへ』にはこんな記述があります。

このシールド・ロック現象は、試合の流れを確実に遅くし、ダイナミックなボールの動きを減らしてしまう。
シールド・ロックが多発すればいやでも、技もスピードも関係のない、正面から衝突するガチガチのぶつかり合いが多くなる。これに勝たなければ、所詮勝ち目はないのである。つまり、勝敗の帰趨を左右する最も重要なファクターは、敵のシールド・ロックを突破するだけのパワーと、敵にシールド・ロックを突破されないだけのタックル力だということになる。

 当時のラグビーの雰囲気を上手く伝えた文章ですが、それから20年経った今、ラグビーはここに描かれたような形にはなっていません。シールドロック同士がぶつかり合う力比べとは違う形でゲームが進んでいます。

 それはなぜでしょう?

 ルールが変わってシールドロックが規制されたわけではもちろんありません。それを打ち破るための戦術が発達してきたからです。

「ミスマッチを作る」という発想

 その重要な鍵となったのが、「ミスマッチを作る」という発想とダブルライン攻撃でした。

 ラグビーは、背番号がポジションを表す珍しいスポーツです。1番から8番までがフォワード、9番から15番までがバックスです。フォワードは体が大きいけれどもスピードに劣り、バックスは体は相対的に細いけれど俊敏な動きができるというのが定石です。

 スクラムやラインアウトなどのセットプレイの状況であれば、フォワードのマークにはフォワードが付き、バックスのマークにはバックスが付きます。そうなると、フォワード対フォワードであればパワー勝負、バックス対バックスであればスピード勝負のような形になります。

 ミスマッチとは、フォワードのマークにバックスが付いたり、バックスのマークにフォワードが付く状況を指します。ミスマッチの中では、フォワードはフィジカルな優位を生かしてバックスを吹き飛ばせるし、バックスはスピード優位を崩してフォワードのタックルをかいくぐるというようなことが起こります。

 例えばこの写真では、明治のフォワード(プロップ)が慶応のバックスを吹き飛ばしています。

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 あるいは、キックパスの時にミスマッチを作るというような形もあります。例えばタッチライン際に背の高いロックを立たせておきます。通常、この位置のディフェンスはウイングですから、体はロックに比べるとかなり小さいです。こうしたミスマッチを作っておいてキックパスを蹴り込むと、高い確率でボールをキャッチできます。

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 こういう攻撃は2000年代初めによく見られました。最近ではナンバーエイトやフランカーがタッチライン際で待機することが多いです。

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 逆のミスマッチの典型的なケースが、2019年ワールドカップ決勝戦、南アフリカ対イングランド戦での南アフリカのコルビのトライです。この時はコルビが4人を抜いてトライしていますが、ターンオーバー直後と言うこともあって、ディフェンスのうち3人がフォワードで、コルビの俊敏な動きに付いていくことができませんでした。

 今年の大学ラグビーでは、明治大学の石田吉平選手が似たようなプレーを何度か仕掛けていましたね。

もう一つはダブルライン攻撃

 もう一つの重要な戦術が、ダブルライン攻撃です。ダブルライン攻撃は以前にも説明しましたが、アタックラインを2段に分け、片方をおとりにしてディフェンスを引きつけ、突破していく戦術です。

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 よく知られているとおり、世界最初のダブルライン攻撃である「カンペイ」を作り出したのは日本の早稲田大学でした。有名な話ですが、「カンペイ」とはラグビー合宿の聖地である菅平を音読みしたものです。

 カンペイは、以下の手順で進められます。
 まずスクラムハーフがパスアウトしたらスタンドオフを経て12番までパスされます。このタイミングで、15番がアタックラインに入ってきます。

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 12番は、隣の13番にパスすると見せかけ、裏に入ってきた15番にパスします。この時ディフェンスは13番のマークに付いてますから、15番はフリーになっています。

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 15番はそのままスピードに乗って突破。その外にいるディフェンス側の11番がタックルに来たら、引きつけて外にいる14番にパス。14番はこの時フリーですから、そのままスピードに乗って走ってビッグゲインできます。

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 昔のラグビー中継では「フルバックライン参加!」という実況がよく聞かれましたが、カンペイはその「フルバックライン参加」の1つのオプションです。(最近は珍しくなくなったからかそういう実況はなくなりましたね)

 ダブルライン攻撃は、前のラインである「フロントドア」と後ろのラインである「バックドア」から構成されますが、カンペイは10、12、13番がフロントドアにあたり、15、14番がバックドアに当たります。

カンペイの限界:1999年平尾ジャパン

 カンペイは、早稲田大学だけでなく、ジャパンの基本戦術になっていきます。今も語り継がれる大西ジャパンのニュージーランド遠征で現地を驚愕させたものの1つがこのカンペイによる攻撃です。
 1999年ワールドカップの平尾ジャパンでもカンペイは多用されました。この時は、大畑大介が11番、元木由記雄が12番、アンドリュー・マコーミックが13番、パティリアイ・ツイドラキが14番、松田努が15番という非常に攻撃力の高い、ジャパン歴代の中でも最高クラスのバックスラインでした。

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 しかも、組み合わせにも恵まれていたにもかかわらず(ウェールズ、サモア、アルゼンチンと同組。当時のアルゼンチンの位置づけは現在とは異なり、ほぼジャパンと同格と評価されていた)、ジャパンは3試合とも完敗し、大会を通じて奪ったトライはわずかに2つ。

 大会後の選手のインタビューによれば、特に初戦のサモア戦ではカンペイによる攻撃がほとんど見破られていたようです。当時の元木は非常にパススキルが高かったのですが、サモア戦ではキックオフ直後に松田がラフプレイ気味のタックルを受けて退場するというアクシデントがあったこともあり、15番の松田にパスするか13番のマコーミックにパスするか見破られてしまっていたということです。

 話をシールドロックとダブルライン攻撃に戻します。上記の1999年大会でのカンペイのエピソードでわかるように、ダブルライン攻撃そのものがただちにシールドロックに対する万能薬になったわけではありません。

 ここで重要になってくるのが、ミスマッチを活用することです。ミスマッチとダブルライン攻撃を組み合わせることによって、シールドロック突破の端緒が開かれていくのです。


(続く)