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幾星霜

先日、偶然かつての恩師に会う機会があった。

当日まで会えるかどうかは分からなかった。恩師は既に一線を退いており、現場に顔を出すか分からなかったのだ。

恩師のことは、noteに数回書いたことがある。私が小学1年生だった時の担任で、厳格な女性だった。イメージとしてはハリーポッターシリーズに出てくるマクゴナガル先生みたいな感じ。

実際、映画版でマクゴナガル先生を演じたマギー・スミスに顔がとても似ているのだった。

私は決して出来の良い生徒ではなかったので、クラスで一番彼女を困らせていた。図工の時間に作品を作れば他のみんなが作ったものとは全く方向性が違うものができ(いまだにどうしてそんなことが起きたのか分からない)、宿題をこなしてくるのをしばしば忘れ、学期末にはロッカーに解いていないプリントを山ほどためているのがバレて本気で叱られた。

悪いことをしようとか彼女を困らせようと思って、そういうことをしていたわけではなかった。小学1年生の頃の私は常に夢の中を生きているような感じで、ぼんやりした子どもだった。全てに対して現実感がなかったのだ。自分の人生を自分のものとしてぎゅっと握りしめることができたのは、もっとずっと後のことだった。

マクゴナガル先生に似ている、と最初に書いたが、マクゴナガル先生に備わっているユーモアを、当時の私は彼女から感じることができなかった。私があまりにダメな生徒だったから、彼女の良い面を感じ取ることができなかったのだと思う。しかし、1年生の頃の思い出は、正直なところ良いものがひとつもない。厳格で、常に生徒を正しい方向に導こうと一生懸命だった彼女と、自分の人生を握りしめる力が弱い私の相性は最悪だった。

そんなわけで、卒業後彼女に会いに行くことは一度もなかった。私の人生に対する意識が急激にはっきりしてきたのは小学5年生くらいの頃で、その頃には成績もだいぶマシになり、中学に上がった後も成績は二度と落ちることがなかった。

自分の人生を冷静に眺めるようになってからは、”そういえば、1年生の頃に厳しい先生がいたなあ”としみじみ思い出すようになった。高校卒業時に医学部への進学が決まっていたので、私はマクゴナガル先生に手紙を書いた。かつてのダメな生徒が大きく成長したことを知ってほしかった。おめでとう、人を助ける立派な仕事に就いてくれて嬉しい、というような返事が返ってきて、私は満足した。彼女と私の関係性はそれっきりだと思っていた。

しかし、先日仕事で訪れた先で彼女に会える可能性があることを知った。会えるかも、と思うと会っておかないといけないような気がした。別に話すべきことは特になかった。もう30年も前のことを”あの時はしんどかったっすわ〜”などと蒸し返すつもりは全くなかった。

彼女はなかなか姿を現さなかった。仕事はすでに粗方片付いており、そろそろ疲れたから家に帰りたいと思ったが、この機会を逃せばもう一生彼女には会えないと第六感が告げていた。多分、まだ帰らないほうがいい。

15分くらい待っただろうか、スタッフに声をかけられて振り向くと、かつての恩師がいた。30年の時が経っていても、彼女だとすぐに分かった。

先生!と一言声を発して、その後は涙が出て言葉が続かなかった。全く泣くつもりなんてなかった。ただ、会って挨拶でもして、それですぐに帰るつもりだった。

今思い返しても、どうして涙が出たのかよく分からない。30年の時を経て、1年生の頃の私が引き摺り出されたようだった。いい子でいられなかったことや、叱られっぱなしでぼんやりとした生徒だったことに対して、私自身が気づかないほど心の奥深い場所に後悔の気持ちが残っていたのかもしれない。

私が会わなかった30年ほどの間に、彼女は小さく、丸くなっていた。かつての厳格さはもうなく、ただただ上品で優しいおばあちゃんだった。

あの頃の彼女を”優しくて素敵な先生”と思えなかったのは、私の中にそれを感じ取るだけの力がなかったからなのだろう。36歳になった今、彼女のことを一目見た瞬間に、"あなたに好かれる生徒でいたかった"という気持ちが溢れてしまった。

6歳の頃の私を、もう一度振り返る。小学校に入ったばかりの私は、担任の先生にどうも好かれていないようだなあと感じていた。ぼんやりした子どもなりに、うまくいかないなあ、どうしてかなぁと思っていた。先生と再会して、私は厳しかった先生を恨んでいたわけではなく、ただ好かれたいと思っていただけなんだと気がついた。

もし仮に恨んでいたとすれば、それは先生に対してではなく、うまくやれなかった自分に対してだったのだ。でも、今はもう恨みも怒りもなく、"そういうこともあったなあ"という穏やかな気持ちである。こんな再会が果たせるなら、歳を重ねるのもそう悪くないと思った。

Big Love…