ベビーシッターと呼ばないで_130

商業漫画家が個人出版する時


【マンガ図書館Zでスタート】
1.自己紹介
 こちらは私の観劇の感想を書くために開いたnoteですが、私は漫画家でもあります。
 2018年、この31年間何の疑問も抱かず商業誌に描き続けて来た生活をちょっと軌道修正する機会を得た…つまり個人出版ということを知り、チャレンジしようと決意したので、それらの覚書も書き留めておきたいと思います。
 まず私が忘れっぽいということもあるのですが(笑)、私が仕事をしている二つの出版社とのやり取りの中で、少なくともこの界隈(大手出版社)では個人出版に向けて動いた漫画家は限りなくゼロに近いのだ、ということを感じました。
 私は漫画家による個人出版は一考に値すると思いますので、今後試して見たいと思われる方のためにも、書き留めておこうと思いました。

 まず、ほとんどの方は私についてご存知ないと思います。
 簡単に自己紹介します。
 私は1987年、講談社「フレンド」誌の増刊号でデビューしました。

大手出版社は人材豊富で競争は激しく、平凡な新人に過ぎない私は満足に仕事も取れず、先輩漫画家さんのつてを頼って小学館「別冊少女コミック(後のBetsuComi)」へ移りました。
 因みに、たまに漫画家さんが雑誌を移ると「移籍!」などと書かれますが、漫画家は基本的に自由業。ほぼ完全にフリーなので、社員でもあるまいし移籍も何もありません。
はなから籍などないので、「ただ移っただけ」に過ぎません。
基本的、ほぼ、と書いたのは、昔は専属漫画家というものが結構いたからです。
私も自分の周辺のことしか知らないので、今でも専属の方はいらっしゃるかもしれませんが、相当減っていると思います。専属契約を結んでいれば、まあ「移籍」くらいは言っていいかもしれませんね。

 ともかく、そんな感じで小学館も年齢につれて雑誌を渡り歩き、その間短いですが連載も何作か経験し、単行本は60〜70タイトルほど出して頂きました(実は数えてないのであやふや)。
 ですが、この通りヒット作があるわけでもなく、長編をものにしたこともなく、増刊号をメインにひたすら読み切りを量産していた無名の漫画家に過ぎません。
今思えば、それが「大手出版社で仕事をしながら、個人出版に興味を持って動いた」珍しい漫画家になってしまった一因かもしれません。
 私自身はやりたい仕事を楽しくやって充実してはいたのですが、読み切りですから連載作家さん以上に先の保証はありません。
常々、自分のことは自分で道筋をつけていかねばならないと思っていました。

2.個人出版を考えたきっかけ
 個人出版を考えたきっかけは、小学館プチコミック増刊号でシリーズ連載したフラメンコ漫画「Arriba!」の続編を描きたい思いがあったことです。


 これは最初から4話1冊分だけ、という約束で始めた話ですが、ダンス漫画ですからそんなにあっさり終わる訳がありません(笑)
万が一の可能性にかけて、続きが描けるような終わり方にしましたし、そうは言っても続けてくれるよう編集部に強硬にアプローチすることもありませんでした。
 私の性格的には、やりたければガンガンアプローチする方なのですが、この時はタイトルの重みに対して自信がなく、決断を保留していました。

 そんな私の後押しをしてくれたのは、かつて同じ先生の元でフラメンコを習っていたKさんです。Kさんはスペインと日本を行き来して、今世界で一番人気の男性フラメンコダンサーの元で研鑽に励んでいました。
これは業界ではありえないほど稀有なことで、私は常から彼女を尊敬していました。
 「Arriba!」を続けたかった私は、自分の記憶の中から「マンガ図書館Z」を思い出しました。


 ちょうどその頃「マンガ図書館Z」の元となったサイトを立ち上げ、現在も取締役会長でいらっしゃる漫画家の赤松健さんに直接お目にかかり、いろいろお話ししてきたというベツコミ時代のご同輩とランチする機会がありました。
というか、お目にかかるというので、私も興味があるので教えて〜ということになった訳です。
 「マンガ図書館Z」は、著作権の切れたマンガ作品を無料で公開し、広告料を漫画家に支払うというシステムが元になっており、今では小説などの文字媒体、投稿などの新作も公開されています。
ここに新作を投稿しては、と思った訳です。


 ですが、まずご同輩からは軽く止められました(笑)
これは大変ありがたいことで、彼女のいう通りなのです。原稿料が出ない、というのは、商業漫画家には致命的な問題です。
 問い合わせてみるとマンガ図書館Zのスタッフさんも大変親切で、正直広告料というのは金額的には少ないものなので、自分で出版される方もいらっしゃり…などなどアドバイス頂きました。
 私も一旦マンガ図書館Zへの投稿を保留し、いろいろ調べ始めました。
そこで知ったのが、Kindleのダイレクトパブリッシング(KDP)、つまり個人出版システムでした。
 そこから始まって、世の中はいつの間にか簡単に経費をかけず(電子出版の場合)個人出版できるシステムが出そろい始めていたということを知りました。
 Kindle以外にも、楽天ライティングライフGooglePlayiBookなどでは自分でも簡単に出版できそうだし、取次会社というのもできていて(もちろんずっと昔からあったでしょうが、個人で気楽にアプローチできるという概念がありませんでした)、頼めば100とか200のストアへ配信してくれるようです。
当然ながら、印税は出版社を通すより高くもらえそうです。
 
 印税が高くなる、というのはすごい話です。
これで原稿料が出ない分を賄える可能性があるからです。私がそういう可能性に希望を感じ始めた頃、フラメンコのKさんと飲みに行く機会がありました。

 Kさんは私に「Arriba!」の続編を描いて欲しい!とスパッと言ってくれました。
正直、漫画業界以外の人には個人出版がどういうものなのかわからないだろうし(当たり前)、漫画関係者ならそれがどんなリスクを負うチャレンジかわかるので、簡単に頑張れとは言えません。
 でも、Kさんはフラメンコの世界でなかなかできない努力を重ね、不可能とも言えるチャレンジをしていました。そんな彼女にはそれをいう資格が十分にあるし、私も彼女をフラメンコ業界で孤軍奮闘させるわけにはいかない、と強く感じました。
 間違いなくKさんの頑張りが、私の背中を押してくれたのです。


 
  これが、私が個人出版を決意するまでの経緯です。
私が有名な漫画家だったら、自己紹介なんかでスペースを取らずに済んだのですが(^_^;)。。。
 まあ、大手出版社で描いていようとなかろうと、漫画家というのは基本的にフリーランスの不確かな職業であり、描いた作品は古びて力を失って行きます(大抵は)。
 個人出版は価格を下げたり、無料にしたり、様々な工夫で古い作品に光をあて、多くの人に読んで頂ける可能性を開きます。
 事実、まずお願いしたマンガ図書館Zさんでの最初の単行本無料公開で、4ヶ月間で7000を超える閲覧を頂きました。
 このタイトル「死ぬほどメロウ」はそもそも紙の単行本しか出ておらず、電子出版されていませんでした。

*現在は日本語版の他英語版も電子版で発売中です↓



 掲載誌のYOUNG YOUが廃刊になり、ほんの一時期描いていただけの私のタイトルは、電子化の折にフォロー外だったようです。
電子化の黎明期にはよくあることだったと思います。
 個人出版を決めて、一応(というかちゃんとやっておかなければならないですが)集英社へ電話して、全ての権利が私にあることを確認しました。
集英社の編集さんは「うちで出してもいいんですけど」と一応言って下さいましたが、「もう古い本だしそんなに売れないだろうからいいです」と返して、軽く笑い合いました(笑)
「これ、私の好きにしていいんですよね?」「ええ、好きにして下さい」と本当に言われてしまったのも良い思い出。まあ、もう少し漫画家に対して言葉を選んだほうがいいとは思いますが(笑)
集英社さんにはあまり貢献していないので、仕方ないですね。


 ともかく、私は死んでいたタイトルを掘り起こすことができて嬉しかったですし、マンガ図書館Zでは今も継続して閲覧数を伸ばし続けています。
古い作品(2003年刊)なのにこんなに多くの方が読んでくださったのかと感動しました。
 もしちゃんと電子本化されていたとして、定価だったら今頃は年間数十ダウンロードがいいところでしょう(新しければそんなことはないですが、15年も経てば… 小学館から頂いたデータから推測して)。
多少複雑ですが(笑)、無料だからこそ読んで頂けたのです。
 作品に旬があるのは当然のことなので、もうこうなったら無料でも読んで頂いた方がいい!というのは、私に限らず多くの漫画家さんが同意してくださることではないかと思います。
 私はインターネットが全くない時代から漫画家になり、電子化黎明期を経て今も現役で描いています(老い先短いとは思っていますが)。
 その間には多くの紙版タイトルが廃刊となり、私は幸いにも2、3の例外を除いて電子化して頂きましたが、その機会なく埋もれたタイトルが山のようにあることを知っています。
 電子化には経費もかかりますので、出版社にできることには限界があるのです。


 しかし、漫画家、あるいは元漫画家自身が一念発起しさえすれば、自分の作品を掘り起こすことができる時代になったのです。
無論、アマチュアの方も同じですね。
 是非それを掘り起こし、描き下ろし、電子本として(再)出版して多くの方に読んで頂き、多少なりとも収入に繋げてみてはいかがでしょうか。
 最初に書いたように、大手で描いていらっしゃる漫画家さんは安定感があるためか、意外に個人出版について動かれた形跡が少ないのですが、今後は時代につれ変わっていくと思います。
 また、出版社の皆様にも共に生き抜いて頂きたいと思っている者なので、参考にして頂けるのではないでしょうか。
 こんな私の一面的な経験に過ぎませんが、どなたかのお役に立てばと書き綴っていくことにしました。
 不定期更新ですが、またチェックしていただけると嬉しいです。
 たくさんの名作漫画、フレッシュな投稿漫画を読むことができる「マンガ図書館Z」も是非継続的にご覧いただけたらと思います。
これからの漫画業界に必要な存在だと思っているので、もっともっとメジャーになって欲しいと願っています。

 次回は、マンガ図書館Zへ作品の公開をお願いするあたりから、公開して実際にどうだったかなどを中心に書いてみたいと思います。
 長々とお読み頂き、ありがとうございました。

    2018年 師走  浜口奈津子         (不定期で続きます)

2020年現在、マンガ図書館ZのJコミックテラスさん、ナンバーナインさんより20タイトル近くを個人出版しています↓



 


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