「マンションポエム」と『狭小邸宅』

※プレジデント誌の読者向けメールマガジンに寄稿した文章です。脱稿は2013年3月21日。

「マンションポエム」という言葉があります。分譲マンションの広告に添えられる大仰なキャッチコピーを揶揄した表現です。「煌めく」「住まう」「私邸席」……。週末の折り込みチラシには、そんな詩情に富んだ言葉があふれています。背景には、マンションの売れない時代に、なんとか差別化を図ろうとする不動産会社の切迫した事情があるのでしょう。

 そんな業界事情に材をとった『狭小邸宅』という小説が話題を集めています。著者の新庄耕さんは、1983年生まれの会社員。デビュー作の本作で、第36回すばる文学賞を受賞しました。

 物語の主人公は、売れない営業マンです。新卒1年目。東京・恵比寿にある中小の不動産会社で、戸建て住宅の販売を担当しています。担当エリアは、東京23区のなかでも高級住宅街が立ち並ぶ城南地区。「庭付き一戸建て」を購入しようとすれば、1億円以上が必要となる地域です。

 主人公は「明王大学」という架空の大学の出身で、友人たちの多くは丸の内の一流企業に勤めています。同級生との集まりで、浮薄な男に「結婚したら世田谷あたりで家買おうと思ってんだよね」と聞かれた主人公は、こう啖呵を切ります。

「世田谷で庭付きの家なんててめぇなんかが買えるわけねぇだろ。そもそも大企業だろうと何だろうと、普通のサラリーマンじゃ一億の家なんて絶対買えない、ここにいる奴は誰一人買えない。どんなにあがいてもてめぇらが買えるのはペンシルハウスって決まってんだよ」

「ペンシルハウス」とは、作中の説明を借りれば、こういったものです。

——ペンシルハウスは二十坪前後の狭い土地に建てられる狭小住宅を指す。正面から見ると鉛筆のように細長く見えるため、いくらか揶揄する意味を込めてそう呼ばれることがある。容積を最大化するため建物は三階建て。日照権の関係で多くは屋根が鋭角に切れ込んでいる。一台分の車がぎりぎり停められる車庫の上部に、二階分増築されたようにみえなくもない。最新のシステムキッチンや浴室を備えるなど内部は機能的で、決して安普請というわけではないのに、家屋としての風格はやや希薄で、住宅街の中にペンシルハウスがあるとどこか違和感さえ覚える。——

 作中で示される価格は約5000万円〜8000万円。購入者は、大手商社やテレビ局といった破格の厚遇に恵まれた人たちですが、それでも都内の高級住宅街に一戸建てを求めようとすれば、「狭小住宅」を選ぶしかない。主人公たちはそれらを「邸宅」として売り込むことで、理想と現実のギャップを埋めていきます。

 主人公の勤める不動産会社では、お客から契約を取ることを「客を殺す」と呼んでいます。社長が定例総会で怒声を響かせるシーンは、本作の見せ場です。

「いいか、不動産の営業はな、臨場感が全てだ。一世一代の買い物が素面で買えるかっ、臨場感を演出できない奴は絶対に売れない。客の気分を盛り上げてぶっ殺せっ。いいな、臨場感だ。テンションだっ、臨場感を演出しろっ」

 小誌3月25日発売号の特集は「土地・マンション おトク大図鑑」。巻頭では、「いまは新築マンション価格が『底値』にある絶好の買い時」として「7つの証拠」を紹介しています。記事内容には自信を持っていますが、不動産は「一世一代の買い物」です。マンションポエムで演出されるような「臨場感」に流されてはいけません。冷静かつ計画的に。小誌記事がそういった判断を下す材料になれば幸いです。

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