『半沢直樹』と『あまちゃん』の差

※プレジデント誌の読者向けメールマガジンに寄稿した文章です。脱稿は2013年9月23日。

9月22日、テレビドラマ『半沢直樹』が最終回を迎えました。特にこの1カ月は、取材を終えて雑談に移ると、ほぼ必ず「半沢直樹、おもしろいですよね」という話題になります。同じく高視聴率を記録した『家政婦のミタ』ではこんなことはありませんでした。銀行を舞台にした社内抗争という物語が、勤労世代の熱い共感を呼んでいます。

『半沢直樹』における重要なキーワードが「出向」です。どこかでしくじれば、「出向という名の片道切符」を握らされる。銀行員に失敗はゆるされない――。そんなヒリヒリとしたドラマは面白いのですが、落ち着いて考えるとずいぶん極端な話です。出向とはいえ、クビになるわけではありません。一応、脚本はその点に自覚的です。銀行の内外で奮闘を続ける半沢直樹(堺雅人)に対し、妻の花(上戸彩)は、「直樹は東京に来てから時々怖い顔をする」「地方でゆっくりするのもいいんじゃない。銀行だけが世界の全てじゃないんだから」と話します。

『半沢直樹』は二部構成で、第一部は大阪、第二部は東京が舞台です。最終回では、釧路への出向を命じられた近藤(滝藤賢一)が、出向の取り消しをちらつかせる大和田(香川照之)に屈するかどうかがポイントでした。支社や支店のない会社で働く私には、家族を連れての釧路暮らしには、むしろ憧れすら感じますが、あの世界では心を病むほどの衝撃があります。見せ場の「土下座」も同じ構造です。言い換えれば「倍返し」とは、傷付けられた尊厳を、あの世界の流儀で報復する、というやり方に過ぎません。

というわけで、『半沢直樹』はすこし怖い話なのですが、この9月にはもう一つの人気作も最終回を迎えます。連続テレビ小説『あまちゃん』です。

主人公・天野アキ(能年玲奈)は、母の春子(小泉今日子)にいわせると「地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華もないパッとしない子」。そんな東京育ちのアキは、母の故郷である北三陸を訪れ、成長のきっかけを掴みます。アイドルを目指して東京に向かうアキに、春子は「こっちに来て、みんなに好かれた。あんたじゃなくて、みんなが変わったんだよ」といいます。『あまちゃん』は東日本大震災の前後を描いた物語です。舞台の北三陸も津波の被害に遭いますが、アキの祖母(宮本信子)は「周りが変わってしまったから、残ったものたちは変わらないように笑っているんだ」といいます。

「倍返し」には明確な敵が必要です。ところが、いじめ、町おこし、人気投票、津波……、いずれもそれでは解決しません。では、どうするか。『あまちゃん』は「そのままでいい」と説きます。もちろんアキは懸命にアイドルを目指します。しかしそれは「いかに自分を変えるか」ではなく、「いかに自分を変えないか」という方向での努力でした。作中では色々なトラブルが起きますが、それを乗り越えるのも、変わらない「自分らしさ」でした(だから登場人物はみんな個性的です)。

9月23日発売号の特集「金持ち老後、ビンボー老後」では、「老後の住まい」について取材しました。このなかで、日本初のアクティブシニア・コミュニティ「スマートコミュニティ稲毛」を取り上げています。事業を立ち上げた宮本雅史さんは、「昔に家を買った人ほど都心に住んでいる。リタイア世代は郊外で集住し、勤労世代に住宅を明け渡したほうがいい。それは次世代の負担を減らしつつ、より充実した暮らしを手に入れることになる」といいます。

リタイア後の約20年をどう過ごすか。「要支援・要介護」の認定率は75~79歳でも13.5%です。退職したからといって、すぐ「老人」になるわけではありません。そのとき都心の家に住み続けることが、「倍返し」になるのでしょうか。「あの世界の流儀」から離れて、「自分らしさ」を見つめ直す場所として、スマートコミュニティ稲毛はユニークな試みだと感じました。ぜひ記事をご覧いただければ幸いです。

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