なぜ沖縄県出身の社長は珍しいのか

※プレジデント誌の読者向けメールマガジンに寄稿した文章です。脱稿は2012年9月24日。

 だいたい年に一度、沖縄を訪ねるようになって十年近くになります。夏になると、「美ら海(ちゅらうみ)」と呼ばれる豊かな自然が、柄にもなく恋しくなります。それだけではありません。沖縄は独自の文化と複雑な歴史を抱える特殊な土地でもあります。日本なのに日本ではないような。国内旅行なのに海外旅行のような。私にとっては、そんな不思議な旅ができる場所です。

 沖縄には、1429年から1879年にかけて琉球王国という国がありました。那覇市の沖縄県立博物館では、歴代国王の御後絵(おごえ)をみることができます。ひときわ大きく描かれた国王を中心に、重臣・従者が配置された肖像画で、現代でいえば組閣の記念写真でしょうか。これを見ると、琉球王国が中国の支配下にあったことが、よくわかります。構図や色使い、国王らの服装から大陸の影響をひしひしと感じます。同じく、展示されている琉球王国の歴史文書は、仮名交じりで書かれていて、日本の古文書と見紛うばかりです。沖縄で話されていた琉球語もしくはウチナーグチ(沖縄口)にも、発音には日本語との明確な対応関係がみてとれ、日本との近さを感じます。

 海洋国家として成熟した文化を育んできた一方で、小国として大国に翻弄されつづけた歴史をもつ土地でもあります。沖縄戦では一般住民を含め18万人を超える死者がありました。1972年までは米国統治下にあり、現在も県土の10.2%を米軍基地が占めています。明、清、薩摩藩、明治政府、米軍。歴史に翻弄されるなかで、経済の回復はいまも立ち後れたままです。県民所得は47都道府県の最下位が定位置になっています。

 9月24日発売号の「学歴特集」では、主要企業の新社長607人の経歴についての記事を担当しました。この数年、同趣旨の記事を続けて担当しているのですが、あるとき、ほかの都道府県にくらべて「沖縄出身の新社長」がとても少ないことに気づきました。全国で沖縄県だけ新社長がいないという年は1度ではありません。最新号では、沖縄出身の新社長を「3人」としています。大同火災海上保険の上間優社長、ジェイ・エスコムホールディングスの嶺井武則社長、平和の嶺井勝也社長です。1年に3人というのは、きわめて異例です。

 なぜ沖縄出身の社長は少ないのでしょうか。ひとつの理由としては、大学進学率の低さがあげられます。文部科学省の平成21年度学校基本調査によると、沖縄の大学進学率は37.1%で全国最下位。1位の京都府は65.8%で、その差は歴然としています。

 もう一つは「官尊民卑」の土地柄です。ノンフィクション作家の佐野眞一さんは著書『沖縄 誰にも書かれたくなかった戦後史』で「那覇駐在のある全国紙の記者」の発言として、「完全に官優位の世界で、県庁の職員は日本一いばって、日本一働かない。そういう沖縄独特の構造があるんです」と記しています。さらに、こんな話も聞いたことがあるといいます。

<沖縄で大学を卒業して二、三年勉強して公務員試験を受ける若者が珍しくないのは、民間の大企業が本土のようにないせいもあるが、受験勉強をしている間、親や親戚が面倒をみてくれる環境も見逃せない、というのである。もしそうであるなら、親族同士が助け合う沖縄のユイマール精神は、沖縄人の進取の精神を殺ぎ、ひいては沖縄の発展を阻害する要因ともなっている。>

 沖縄は「被害者」であり、「無垢の土地」だと決めつけるのは、佐野さんがいうように、沖縄への冒涜でしかありません。それでも沖縄のことを知れば知るほど、心に引っかかりを覚えるのもまた事実です。歴代国王の御後絵は、実は沖縄戦ですべて焼失しています。私たちは写真でしか、御後絵をみることはできません。貴重な文化財が残らず焼失するほどの激戦。その事実にあらためて戦慄をおぼえます。

 佐野眞一さんは著書の文庫化に際して、「沖縄美少女探索紀行」という「やや長いあとがき」を書き下ろしています。単行本の表紙を飾った少女の消息を調べたルポです。その締めくくりに、こう書いています。

<私は本書で、沖縄が本当はあまりふれられたくない部分を意識して書いてきた。そのため随分辛辣な本ですねと言われたこともあった。
 この沖縄美少女探索紀行は、その罪滅ぼしのつもりで書いた。ここには、沖縄の陰の部分や暗い部分は一行もない。書かなかったのではなく、そんなところがまったく見あたらなかったからである。そしてこの突き抜けた明るさも、また私の大好きな沖縄である。>

 今回の特集は数字や図表ばかりですが、ひとつひとつの数字の背後にはドラマがあります。そんなことを思い出していただければ、無味乾燥にみえる特集も、すこしは面白くなるのではないかと思いました。今号もよろしくお願いいたします。

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