本当に「がん」と闘っている人はだれか

※プレジデント誌の読者向けメールマガジンに寄稿した文章です。脱稿は2016年4月25日。

 一昨年の9月、父を肝臓がんで亡くしました。享年71歳。がんをみつけたのは、その9年前、父が62歳のときです。「膵神経内分泌腫瘍」という珍しいタイプの膵臓がんで、最近ではアップルのCEOだったスティーブ・ジョブズ氏が罹患したことで有名です。幸いにも膵臓がんの治療はうまくいったのですが、しばらくして肝臓への転移がわかりました。

 肝臓がんの治療では、血液の流れを一時的に止めることで抗がん剤の効果を高める「塞栓術」というものがあります。この治療法は、肝臓の血流を数日単位で止めるため、大きな副作用があります。父は、はじめて塞栓術を受けた後、会話もできないほど体力が落ちました。1カ月以上も寝たきり状態を強いられるため、そこまでして抗がん剤を投与する必要があるのか、と疑問に感じることもありました。

 父自身も同じ考えだったようです。塞栓術に見切りをつけ、船橋市の病院が取り組む「でんぷんを用いた一時的肝動脈化学塞栓療法」という治療法に挑戦しました。これは同じ塞栓術なのですが、血液の流れを止める物質に「でんぷん」を使うことで、止める時間が短くなり、負担が少ないという新しい治療法です。認知度は低いのですが、公的医療保険の適用対象にもなっています。この挑戦が功を奏し、亡くなる直前まで父は元気でした。

 がんとどうつき合うべきか。父の枕元には、近藤誠医師の『患者よ、がんと闘うな』など、「がん放置療法」を説く本もありました。きつい副作用に悩んでいたのですから、医療から離れる選択肢も考えたはずです。事実、それまで山登りなど一度もしたことがないはずなのに、「御利益がある」といって高尾山の滝行に通ったこともありました。それでも最後までがん治療を続けたことが、結果的に父の余命を延ばすことになりました。

 プレジデント5月16日号「特集:病院のウラ側」では、約500人の医師に匿名アンケートを実施しました。このなかに「近藤誠医師が提唱する『がん放置療法』は評価できますか?」という設問があります。その結果、83.1%の医師が「評価できない」と回答し、「とても評価できる」と回答したのは539人中7人だけでした。医師からは「あきらかに寿命を縮め、医療費も逆にかかる」「非科学的な戯言」「くだらない話に付き合うマスコミはいい加減にしろ」など辛辣なコメントが相次ぎました。

 今回の特集で取材した医師にも、こう言われました。「近藤医師の診察を受け、がんを放置した結果、手遅れの状態になってから駆け込んできた患者を何人も診た。近藤医師は『あなたの判断です』として、患者に責任を押し付けている。治療の責任を放棄するようでは、医師とはいえない」。

 近藤誠医師はプレジデント誌に登場したこともあります。アンケートでも「がんとの共存のような考え方は検討に値する」とした医師もいました。「がん放置療法」は検討に値するのか。その判断はみなさまに委ねます。ただ、がんで家族を亡くした1人として、「放置」の危うさを痛感しました。特集では、がん治療のほか、最新の医療情報を幅広く取りあげています。ぜひご覧ください。

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