愛されるハゲは何がちがうのか

※プレジデント誌の読者向けメールマガジンに寄稿した文章です。脱稿は2014年7月9日。

 この1カ月は満足に睡眠をとることができませんでした。サッカーのワールドカップを観ていたわけではありません。7月14日発売号「特集:孫正義の褒め方・叱り方」の編集作業に追われていたからです。うまく仕事に区切りを付けることができず、恥ずかしながら日本代表の応援すらままなりませんでした。初戦に本田圭佑選手の強烈なミドルシュートがゴールに突き刺さったのをみて、「これはいけるのではないか」と仕事に戻ったのが失敗でした……。

 今回のワールドカップの開催国・ブラジルは「地球の裏側にある」といわれます。東京とサンパウロの時差はちょうど12時間。文化や慣習にも大きな違いがあります。そんなブラジルについて書かれた本で、私が真っ先に思い出すのは、井上章一さんの『ハゲとビキニとサンバの国 ブラジル邪推紀行』(新潮新書)です。

 井上さんは風俗史の第一人者。著書『パンツが見える。』では、「パンツが見えることを喜ぶ、見られて恥ずかしがる。当たり前のように思っているが、この感情はそれほど普遍的ではない」という仮説を、「50年前の女性はパンツをはいていなかった」という風俗史から裏付けました。関西では「熱狂的なタイガースファン」としても、たびたびテレビに出演されているので、ご存知の方も多いと思います。

 この井上さんがブラジルを訪ねたとき、イパネマの酒場で、驚くべき光景を目にしました。マイクを持ってステージから降りてきた女性歌手が、歌いながら、客席にいるおじさんたちにキスをはじめたのです。それも、ハゲたおじさんばかりをえらんで。そのハゲぐあいにあわせて、後頭部や前頭部、あるいは頭頂部と、場所をえらびながら。

<なんとも、不可解な光景である。どうして、客席のハゲた人だけが、歌手の歓待をうけるのか。そもそも、彼女はいったいなにをうたっていたのだろう。
「ハゲの歌ですよ」
 いぶかしがっている私の心中を、さっしてくれた彼は、そうおしえてくれた。どうやら、ブラジルには、「ハゲの歌」というものがあるらしい。そして、それは国民的に知られているというのである。
「ハゲ…… の歌ですか」
「そう、ハゲの歌です」
「ハゲって、その、あの、いったいどんな歌なんですか」
「女はみんなハゲが好き、ハゲは女たちから愛される。歌詞はそうなってますね。有名な曲ですよ」
「信じられないな。日本だと、ありえないですね」
「そうですね。私も日本でくらしたことがあるから、お気持ちはわかります。日本で、ハゲた男が女にもてることは、あまりないですね」
「じゃあ、ブラジルでは」
「ハゲだからといって、きらわれることはないですよ。ハゲた男がセクシーだという女の人も、多いしね」>(井上章一『ハゲとビキニとサンバの国』)

「ひょっとしたら、ブラジルはハゲの楽園なのかもしれない」。そう考えた井上さんは調査に乗り出します。曲名も、歌詞も、はっきりとしませんが、調べてみると、ブラジルにはハゲに関する曲が無数にある。リオ州立大学の学生の力を借りて、ようやくその曲を探し当て、歌詞を訳出してみると――。本当にハゲの楽園なのか。結末は控えましょう。ぜひ書籍でご確認いただければと思います。

 ブラジルでの扱いはともかく、たしかに日本社会ではハゲの立場は悪い。チビ、デブ、ハゲは、男性への典型的な蔑称です。しかし、頭髪がないだけで、なぜ蔑まれなければならないのでしょうか。これを逆手にとって、周囲をやり込めた日本最強のハゲがいます。ソフトバンクの孫正義社長です。

 子会社であるヤフーの経営会議で、孫社長は経営陣を叱咤しました。ヤフーの川邊健太郎副社長によれば、あるとき、「頭がハゲるほど考えているのか」と言ったそうです。そして、「おれは考えている」と。深刻な経営会議は、すぐさま笑いに包まれました。

 トップが顔をしかめていれば、部下は萎縮するばかりです。どんなに苦しいときでも笑いを忘れない。今回、話を聞いた幹部たちは、「会議で孫社長に笑わせられた」と口を揃えていました。そんな愛嬌が、グループ7万人の求心力となっているのかもしれません。

 私からワールドカップを奪った特集です。7月14日発売号「特集:孫正義の褒め方・叱り方」、ぜひお楽しみください。

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