特集を繰り返す雑誌に未来はあるか

※プレジデント誌の読者向けメールマガジンに寄稿した文章です。脱稿は2015年6月22日。

 多くの雑誌は、人気の特集を繰り返しています。「プレジデント」の場合、「時間」「読書」「英語」「金持ち××、貧乏××」などが代表例です。今回、そうした定番のひとつである「書き方」の特集を担当しました。

「書き方」の特集を組むのは約3年ぶりです。「書き方」の特集が始まった10年ほど前は、文章表現のコツが記事の中心でした。回を重ねるごとに状況設定が具体的になり、この数年は「資料の作り方」「エクセルの使い方」にテーマが移っています。これをもう一度、新鮮味のある特集としてやり直せないか、というのが出発点でした。

 なにをやるべきか。考えたことは「基本に立ち戻る」というアプローチです。私たちは雑誌編集者として、つねに大量の文章と向き合います。寄稿者にはそれぞれ固有の文体があるものです。大学教授、ジャーナリスト、一般読者……。編集者は、そうしたテイストのばらばらの文章を、雑誌の基準に応じて整理していきます。

 整理の手法はいろいろあるはずなのですが、ほかの編集者がどのようなやり方を採っているのか、ほとんど知りません。決まったマニュアルがあるわけでもなく、いわゆる「暗黙知」となっています。この「暗黙知」を誌面で紹介できないか。そこで思い浮かべたのが、『三省堂国語辞典』(通称『三国(さんこく)』)の編纂者である飯間浩明さんのTwitterです。

 飯間さんは、辞書編纂のかたわら、日本語の用例をTwitterで解説しています。このなかに文章添削の実例がありました。飯間さんがすこし赤字を入れただけで、悪文が見違えて読みやすくなる。「これだ!」と思って、飯間さんの著作を取り寄せました。

 飯間さんの本を読めば読むほど、今回の特集にぜひご登場いただきたいと思うようになりました。たとえば飯間さんは編集者ではなく編纂者。2つの仕事の違いは、著作のなかで次のように説明しています。

「編纂」とは、ごく大ざっぱに言えば、材料を集めて、辞書の原稿を書く仕事です。一方、「編集」とは、その原稿をまとめて、書物の形にする仕事です。
 私は、前者の仕事をする「編纂者」です。後者の仕事は、出版社の「編集者」が行います。(飯間浩明『辞書を編む』光文社新書 )

 国語辞典というと、わかるようでわからない、難解な文章を思い浮かべる人がいるかもしれません。しかし飯間さんが手がけている『三国』は違います。その編集方針について、『辞書を編む』では「中学生にでも分かる」「要するにどういうことか、を説明する」「簡単な線で描く似顔絵」「詳細緻密よりも、単純明快を尊ぶ」と説明しています。具体例をご覧いただくのがわかりやすいでしょう。手元にあった4冊の辞書で、「政治」という言葉を引きくらべてみました。

 国を治める活動。権力を使って集団を動かしたり、権力を得たり、保ったりすることに関係ある、現象。国家以外について言うこともある。(岩波国語辞典 第六版)
 住みやすい社会を作るために、統治権を持つ(委託された)者が立法・司法・行政の諸機関を通じて国民生活の向上を図る施策を行ったり治安保持のための対策をとったりすること。(新明解国語辞典 第六版)
 主権者が国家を統治すること。国をおさめること。まつりごと。また、組織の中で対立を調整すること。(新潮現代国語辞典 第二版)
 ①社会を住みやすくするため、国や地方の大きな方針を決めて実行すること。②策をめぐらし、かけひきしながら、ものごとを進めること。(三省堂国語辞典 第七版)

 いま辞書はむつかしい状況にあります。「Wikipedia」などインターネットには無料の情報があふれ、紙の辞書を買う人は減りました。いくつかの辞書は、収録語の数を増やすことで価値を高めようとしていますが、『三国』は数を追わないことにしたそうです。

 巨大辞書と語数で張り合うことは、諦めました。
「あなたがたの辞書は、『スーパー』や『デジタル』に比べて、語数がひどく少ないね」
 こう言われたときは、次のように、いつも胸を張れるようでありたい。
「おっしゃるとおりです。でも、収録語のラインナップを見てください。他の辞書にないことばが、けっこうたくさん詰まっています。そして、どの項目も、すとんと胸に落ちるように説明してありますよ」(飯間浩明『辞書を編む』光文社新書 )

 辞書と同じく、雑誌をめぐる状況も、楽観はできません。インターネットに無料の情報があふれるなかで、どうすれば手にとっていただけるのか。編集者として心がけたことは、「おもしろくて、役に立つ」ということでした。6月22日発売号「特集:一流の『書き方』」では、飯間さんに監修いただいた「短くスッキリ書く 10の技術」のほか、どの記事も「すとんと胸に落ちる」ような内容を目指しました。ぜひご覧ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?