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日々是紅茶㉞「たい焼きとお茶 あんあん」<後編>

絶滅危惧種とまで言われる一丁焼きのたい焼き。
この熟練の技と手間暇かけて作られる愛情たっぷりのたい焼きの美味しさはもちろんのこと、美味しい紅茶も楽しめるなんて。
鳥取県米子の地元の人々に老若男女問わず愛され、ひょっこりやって来た一見さんでさえも大きな器で受け入れてくれるお店「たいやきとお茶 あんあん」。
どうしてこのお店に行ったのか前編の記事はこちら。


「たい焼きと紅茶」

店主の彼女が30年前に、このお店を引き継いで、たい焼きと紅茶のペアリングを提案した当初は、なかなか理解してもらえなかったそうだ。
確かに当時、喫茶店で紅茶を飲む世代的にも、洋菓子のイメージが強かったからかもしれない。

しかし紅茶は懐が深い。
香り成分は300種類以上。
ポリフェノールの化学反応の複雑さも紅茶は他の茶に比べて群を抜いている。
そんな色んな香りや味わいを持っているからこそ、洋菓子に限らず和洋中エスニック、食事でも色んな食べ物と組み合わせても美味しくいただける。
そんな紅茶の色んな楽しみ方をお客さんとの会話の中でさりげなく提案してくれて、丁寧に美味しく淹れてくれる。
「たい焼きとお茶 あんあん」はそんな素敵なお店だった。

このハットを被ったたい焼きが目印

実際に、あんこと紅茶はよく合う。
あんこは、基本的に小豆と砂糖というシンプルな材料なので、繊細な紅茶の香りが引き立ちやすい。
そしてたい焼きの薄皮はこんがりと香ばしく、ほんのりと甘く、食感も「かりっ」と「ふっくら」との両方が楽しめる。
さらに全体的に油分は少ない上に餡がたっぷりと入って中はしっとりとしているので、口の中でまとわりつくことなくほろほろと解けていき、その前後に口にする紅茶の喉ごしもちょうどいい。
もう、たい焼きと紅茶は最高だ。

レディーなたい焼き

あんあんのたい焼きは、私の印象では見た目も味もべっぴんさん。
鋳型の形は尾ひれが長くて、顔がシュッとしていて、どこか女性的。
そして、生地もほのかな優しい甘さと香ばしさでちょっぴり個性をにじませる。
どっしりとした下町風の粒あんのイメージとは対極な、あっさりと舌ざわりがなめらかな粒あん。
この生地とあんこの平和的なナイスバランスがペロリと平らげてしまう美味しさだった。(もう一尾おかわり!と言いたくなるし、言っても良いのかもしれない程よい甘やかし加減)
たい焼きにもこんなにも個性が現れるのだな~と感心してしまう。
お茶もお菓子も、表現のひとつなんだ。
どんなものでも言えるかもしれないけれど。
控えめにしていても、ついその人らしさが表れてしまうもの。
私はそんなところについ惹かれてしまうのだ。

どこか女性的なたい焼き

たい焼きに合わせる紅茶

さらに嬉しいのは、たい焼きに合わせる紅茶の種類の多さ。
一般的に有名なダージリンをはじめ、セイロンティーの各産地やネパール、中国など彼女が美味しいと思った紅茶を仕入れている。
産地だけでなく、シーズンの違いなども楽しめるように季節ごとに厳選してラインナップを変えている。
うむむ。近所の人がうらやましい。
毎回、安定のたい焼きとバリエーション豊かな紅茶との「食べ飲み比べ」が楽しめるのだから。

いつもはついセイロンティーを選んでしまう私だけれど、今回は珍しく中国の紅茶「キームン」を注文してみた。
中国紅茶、特に「キームン」はランクと値段が幅広く、味わいも淹れ方によって違うと言われている。
こちらで特別に紹介によって仕入れているという「キームン」は、スモーキータイプというより、甘やかなフラワリーな紅茶のように感じた。
茶葉をポットに入れたままでも渋みは出にくく、ゆっくり時間をかけて楽しめるお茶で、レディーなたい焼きとも美味しく堪能した。

高台に乗ったたい焼きとこの組み合わせも新鮮で愛らしい

彼女が培ってきたもの

「30年やってきているけれど、たい焼きと紅茶との良さを伝えるの、なかなか難しいのよ~」と彼女は言っていたけれど、いや、彼女の想いはお客さんに実際ちゃんと伝わっているんだなとしみじみと感じられた。
午前中から夕方まで、ひっきりなしに出入りのある活気のある店内。
常連のお客さん達とのやり取り。

「お昼ごはんの代わりが私はたい焼きよ♪」とマダム。
マダムは、初めは紅茶と合わせて、次はお抹茶で、と自由にたい焼きペアリングを楽しんで、更にお土産のたい焼きもたんまりと購入して行った。
お弟子さんにお土産で配るのだろうか。
とってもキュートなマダムがお茶をしている間に、店主の彼女は会話をしながらもせっせと手を動かし、できる限りのお土産たい焼きを焼き続けていた。

「今日はルフナ(スリランカ南部の紅茶)にしようかな。」
すでに予約のたい焼きや店内の注文でオーダーが渋滞していることを理解して、お隣のお客さんとの会話を楽しみながら、のんびりとたい焼きと紅茶が出てくるのを待っている方も。

「紅茶は〇〇、鯛付きで!」と注文していたお客さんは、笑顔で私の分もティーコージーを渡してくれた。

なんとお客さんが作ってくれたというティーコージー

かなりの方が常連さんで、ごく自然と「たい焼きと紅茶」を楽しんでおられたし、このお店をとても愛しておられるのが、よく伝わって来た。

たい焼きとのペアリングでなくても、「今日はルフナ」という会話、ティーコージーを自らポットに自然に被せる紳士、どうだろう、一般的な喫茶店やカフェではなかなか見かけない光景じゃないだろうか。

私はこの光景に感動してしまった。
町の一角のたい焼き屋さんで、質の高い美味しい紅茶が自然と楽しまれている。

夕時には、小学生達が下校途中に必ず大きな声で「ただいま!」と言いながらお店の前を通っていく。
彼女もたい焼き焼きつつ、お茶を淹れつつ、必ず窓の外に顔を向けて、元気に「おかえり!」と返す。

通りからはあんこを詰めている様子が窓越しに見える
ここから小学生とあいさつを交わす

なんだかすごくいい時間が流れていた。
彼女のお人柄と地元の方の愛によって、たい焼きも紅茶もとっても気持ちのいい空間でいただくことができた。
それが何よりとっても嬉しかった。
この美味しいたい焼きと紅茶は、これまで何人の人の心とお腹を温めてきたのだろう。
米子に来てよかったと思った。

市内を一望できる米子城

たい焼きが好きな人、紅茶が好きな人、いざ米子へ。
米子で愛される名店「たい焼きとお茶 あんあん」。
熱く長々と書いてしまったけれど、シンプルにとっても素敵なお店なのだ。

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