怒りを善悪の判断基準にして動いていた

怒っている人がいつも正しいとは限らない


週末の朝、部活動に向かう次男と夫がこんな会話をしていた。
その日は、遠方で練習があるため、保護者の送迎が必要だった。

夫は、息子を会場に送った後そのまま仕事に向かうため、練習終わりの息子を迎えるのが遅くなる可能性を考えてこう言った。

夫 「お父さん何時に迎えに行けるか分からないから、キッズケータイを持っといてな」

息子 「え、部活にケータイ持って行ったらダメだよ。」

夫 「ダメではないだろ、迎えの連絡とるためなんだから仕方ないんだし。」

息子 「いやでも もしダメだったら先生に怒られる」

夫 「その時は 理由を説明すればいいやんか」

息子 「いやだってそれでも怒られるもん」

夫 「お前が部活中ケータイいじってたら怒られても仕方ないけど、親と連絡取り合うためだけに持って行くんやろ、それを説明しても怒るんやったら、先生もちょっとそれは違うと思うで」

息子 「だってダメな時とか先生めっちゃ怒るもん」

夫 「あのな、怒ってる人がいつも正しいとは限らんで」

息子 「・・・確かに。もし怒られたら説明すればいっか。」

そう言いながら、息子はキッズケータイを手に、夫と部活に出かけて行った。
行ってらっしゃいと見送りながら、私は夫の一言が頭から離れなかった。

怒っている人がいつも正しいとは限らない

今日はこのテーマで書いてみようと思う。

本当は「怒る」 ではなく「叱る」という表現が好ましいけれど

今回は、怒っている人が正しいかどうかに関しての考察なので、「怒る」という表現で書いていく。


私の思い込み


子供の頃、親から怒られてばかりいた私。
ダメって言ってるでしょ!
何やってるんだ!
いい加減にしなさい!
またお前か、何回言ったら分かるんだ!
お前のそういうところが…………

あー ため息が出る。

怒られた記憶しか思い出せないぐらい、とにかく小さい頃から親元を離れる直前まで、(離れてからも)私はとにかく怒られてばかりいた。

で、私に染み付いた思い込みは
怒られる = 怖い、不安、悪いイメージなので

怒られることは悪いこと

ということは

悪いことをしている私が間違っている

逆に言うと、怒る人が正しい事を言っている

さらに

正しい人は怒っていい

そんな風に思い込んでしまったということに気づいた。

息子にも同じ思いを……

この、歪んだ思い込みが原因で
私は普段、怒っている人を見ると 自分が関係ない立場でも、自分が何か悪いことをしたんじゃないかって不安になっていたし

自分自身も、子ども達を注意する時は、こわい顔して ダメ!て言うのが当たり前という感覚でいたと思う。

もちろん、自分が散々怒られてきて嫌な思いをたくさんしたので
子ども達には同じ思いをさせまいと必死に努力してきたし
もし理不尽な怒りを示してしまった時は、自分の非を認めて謝るようにしてきた。

それでもやはり、息子も私から影響を受けてしまっているようだ。
情けない。自分が望まない接し方を、子どもにもしてしまっているなんて・・・。

そういえば、子ども達が小学校低学年の頃の私は、今よりも思い込みが激しかったので、何か行事に参加する時の決め方は、だいたいこんな感じだった。

「今日のPTA体調悪くて本当は行きたくないけど、行かないと絶対文句言われるから……行ってくるわ」

行かなかったら文句言う(怒る)人が必ずいて、でも体調が悪い時まで無理して行く必要はないのに、怒る人がいるということは、自分が悪いと思うから、それを避けるために我慢して行く

こういう姿(考え方)を見せていたから、子どももそうなってしまっているのかもしれません。。。


怒られること、怒ることに関して


今回の事を振り返ってみた。
もし私が息子の立場だったら、怒られる可能性があるなら、それを避けるために、結局はあーだこーだ理由をつけて、ケータイは持って行かなかったと思う。

怒られる=自分が悪いと感じる のがすごく嫌だから。

でも、息子はあーだこーだ言いながらも、最終的には夫の一言で納得してケータイを持って行ったのだから、私よりは柔軟性があるだろうし

怒られる = 悪

と100パーセント思い込んでいるわけではないということだ。

大丈夫。まだ間に合う。息子が親元を離れるまであと4年。
365日×4で 1460日。
この1460日間を、私達親がどう接していくかで、息子の考え方は大きく変わると思う。

親が全てではないけれど、親の影響は想像以上に大きくて
幼い頃からの積み重ねは、その子の生き方や考え方の一生を左右してしまう事にもなる。

怒っている人がいつも正しいとは限らない

夫の一言のおかげで 私は今日も気づき、反省した。
怒られる時、必ずしもその怒られた人が間違っているわけではないし

怒る側も、正しいからと言って怒っていいわけでもない。
息子達がこれから先、人と違ったアクションを起こす時に
怒られたり指摘されたりすることを恐れずに自分の行動を起こせるように
まずは私がその姿勢を見せていこうと思う。

文字にして書くことで、自分の感じたことがしっかり頭に入ってくれるので
書けることも、書いたことを読んでもらえることもとてもありがたいです。

今日も読んでいただきありがとうございました。



私の書く記事は多分、伝わる人が限られています。いじめ、機能不全家族、HSP、病気などの記事多めなので。それでも深くせまく伝えたくて書いています。サポートとても嬉しいです。感謝します。コメントも嬉しいです🍀