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[試し読み]生きる職場ー小さなエビ工場の人を縛らない働き方ー

 パプアニューギニア海産・工場長の武藤北斗です。2017年4月に刊行した「生きる職場ー小さなエビ工場の人を縛らない働き方ー」の第1章をまでをnoteに掲載いたします。この考え方、働き方がもう6年以上続いていることを多くの人に知ってもらえればと思っています。

 2016年8月、朝日新聞に投書したこの想いを今でも大事にしています。

 従業員の意欲は業績につながります。意思を尊重して利益を生むプラスの循環は、争いのあふれる世界を変えていく力があるはず。会社も世界も疑い合うこと、縛り合うこと、競い合うことから抜け出す時期にきたように思います。

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はじめに


 好きな日に働き、好きな日に休む。好きなことを優先させ、嫌いなことはやらない。
 そんな会社があると聞いたらどう感じるでしょうか。
「社会人としてそれはおかしい」とか、「そんなことをしたら会社が成り立つはずがない」といった感想を持つ人もいるでしょう。
 実際、かつての僕もそう考えていました。
 でも、もしその働き方の先にこそ、会社にとって重要とされる効率や、業績向上のための鍵があるとしたらどうでしょうか。
 僕たちは、そこにあるものこそが、これからの社会に必要なものであると、この数年の取り組みの中で強く実感しています。
 これは、「縛り」「疑い」「争う」ことに抗い始めた小さなエビ工場の、新しい働き方への挑戦の記録です。

 2011年3月11日。東日本大震災で被災したことがきっかけで、僕は生きることをシンプルに見つめるようになりました。そして、人を縛り、管理し、競い合わせる、今の会社や社会のあり方が、果たして正しいのかという疑問を持つようになりました。
 そんな疑問をもとに、まずは自分の足元からと、従業員が「とにかく働きやすい職場にする」という理念のもとにある働き方を実践したところ、従業員は自らの生活を大事にしながら生き生きと働き、結果として商品の品質や生産効率までが上がり、二重債務で倒産の危機に苦しむ会社を助けていく結果となりました。
 もちろん、まだ倒産の危機から完全に脱したわけではありませんが、この働き方がなければ、会社を継続することはできませんでした。

 現代の社会が経営の常識として行っている管理型の働き方から偶然にも飛び出してしまった僕たちの働き方は、新聞やテレビなど、さまざまなメディアに頻繁に取り上げられることになりました。たった十名ほどの小さな工場に起こったこの事態に、僕たち自身も戸惑っているというのが正直なところです。
 一方で僕たちのこの働き方や考え方が、もしほかの会社で応用されたら、もっと幸せに働いて生きていける人が増えるのではないかと期待しています。
 そして、その輪がさらに広がれば、大げさかもしれませんが、世界が今より少しだけよい方向に変わるんじゃないかと感じています。しかも、やっていることはそんなに難しいことではありません。ちょっとしたポイントを押さえて働き方を変えるだけなのですから。

 僕は「パプアニューギニア海産」というエビ加工会社の工場長として、創業者である父とともに、この会社を経営しています。会社は大阪府茨木市の卸売市場内にあり、従業員数はパート従業員と社員を合わせても十一名の小さな会社です。冷凍の天然エビを原料に、むきエビやエビフライなどのお惣菜を作っています。
 以前は会社が宮城県石巻市にありましたが、東日本大震災による津波で全壊、その直後に起こった福島第一原発事故の影響を考慮して大阪に移住。それに伴い会社も移転しました。
 被災指定地を離れた会社には、国からの援助が一切ありません。大阪で新たに銀行から借り入れをして、二重債務総額1億4000万円から再起を図ることになりました。
 東日本大震災を通して生きることや働くことを見つめ直した僕が、会社で実行したのは「好きな日に働き、休みたい日に休む。連絡も一切いらない」「嫌いな作業はやらなくてよい」など、これまでの働き方の常識とは大きくかけ離れたものでした。
 この働き方に変えて約四年が経過し、今はこれこそが人が人らしく働き、生きていくうえで、また、会社が再起するうえで不可欠な働き方であると確信しています。
 そして、社会が抱える働くことへの様々な問題を解決する方法にさえなり得ると感じているのです。
 こういう言い方をすると、僕が、まるでファンタジーのような、笑顔溢れる夢いっぱいの働き方を提案するのだと誤解をされる方もいるかもしれません。
 しかし、僕が提案する働き方はそういうものではありません。がむしゃらに再起を図ろうともがく中で見つけたのは、ただひたすらに働きやすく、自分自身と、自分の生活を大切にするという極めてシンプルなものです。

 長時間労働、パワハラなどブラック企業の問題が取りざたされ、多くの人の中に働くことへの閉塞感が蔓延しているように思います。また、ブラック企業とまではいかないまでも、自分の働き方に疑問を感じ、無理をしながら働いている人も多いのではないでしょうか。その中で、これまであった働き方への固定概念をなんとか変えなければという心理が、社会の中に作用しているように感じます。
 戦後の復興、高度経済成長の中では、これまでの働き方の常識は有効だったのかもしれません。しかし時代は変わりました。物や情報が溢れ、ライフスタイルが変わった今の社会では、人の心を無視して経済だけを中心にした考えでは、多くの人たちが幸せを摑むことができないのです。
 僕たちの働き方は常識外れに見えることが多いかもしれません。しかし、もしその常識外れの働き方の先に、働く人の幸せと、会社としての効率が両立しているとしたらどうでしょうか。

 僕たちの工場ではそういう働き方を実践し、証明したいと思っています。
この本の題名を『生きる職場』としました。僕は様々な意味を込めてこの「生きる」という言葉を使っています。
 一人でも多くの人が幸せに生きるための職場が増えることを願いながら、この本を書かせていただきました。働いている人も、働いていない人も、人として今生きている全ての人にかかわる本になったらと思っています。


❘ 生きる職場 目次 |

【はじめに】

【第一章】人を縛らない職場はなにを生んだか

ある日の風景/人はみんな違うのに……/会社という組織の常識に抗う/社会人一年目の経験/
仕事をどう捉えるか/好きな日に出勤できる会社/嫌いな作業をやらない職場/
人を縛らない職場が生んだプラスの循環/進化する働き方/ドキュメント・エビ工場の一日/
ホワイト企業と言われるけれど

【第二章】僕らを突き動かしたもの

東日本大震災と福島第一原発事故/立ちはだかる二重債務/東北で再建したかった/
石巻での後悔/放射能が心配で避難しているお母さんに/東北に新しい原発が建てられている/
再起ははじめからうまくいったのか/僕の知らなかった工場の真実/フリースケジュールが始まった/
フリースケジュールの原型は親族の働き方/休憩時間は誰のもの?

【第三章】人を縛らない職場ができるまで

会社の役割を考える/始まる前に重視したのはコミュニケーション/人は争う生き物である/
ルール作りは手段に過ぎない/人は自由だと働かないのか/争い事をいかに減らすか/
現場が教えてくれること/一緒にルールを考える/やってダメなら元に戻す/遅いのは悪いことじゃない/
人間の好き嫌いは多様で重ならない/嫌いな作業をやってはいけないことにした効用/
押し付けないから挑戦できる/全員が嫌いな作業が出てきたらどうするのか/好き嫌い表の先にあるもの/
欠勤時に一切の連絡禁止というポイント/フリースケジュールのマイナス面/反原発の中で見えたこと/
ほかにもまだある働きやすいルール/失敗したルール/プラスの循環を作る新たな取り組み/
生活が豊かになってこそ仕事に集中できる/ファンタジーなことを言っているのかという葛藤

【第四章】エビと世界の意外な関係

体を作る食べものをまっとうに作る/パプアニューギニア海産ができるまで/
なぜ商品の価格に差が出るのか/パプアニューギニアのみんなとの交流

【第五章】『生きる職場』の作り方

本当に働きやすい職場とはなにか/結果として効率がついてきた/
「疑い」「縛り」「争う」ことが蔓延した世界で/自由になるとなぜ効率が上がるのか
管理することへの幻想/機能するルールを作る/発想の転換こそが鍵
できるだけシンプルに、子育てのように/小さな会社だからできるのか/非正規雇用は悪いことなのか
そのままやるのが重要ではない/今となってはやめることがリスク/働くことと生きること

【おわりに】

 

生きる職場
小さなエビ工場の人を縛らない働き方

武藤北斗

第一章
人を縛らない職場はなにを生んだか


ある日の風景

 朝8時10分、工場長の僕は一足先に出勤し、工場二階にある事務所でメールのチェックをします。
 ほぼ同じ時刻に出勤するのは社員の岡村君。朝の挨拶を交わすと、すぐに今日使う原料を取りに市場内の冷凍庫へ向かいます。

 8時30分、一人目のパートさんが出勤してきました。
 事務所と同じ階にある休憩室で白い作業着を羽織り、急いで事務所へやってきます。「おはようございます!」と元気のよい挨拶とともにタイムカードを押し、そのまま工場へ。社会保険に加入している彼女が最初に出勤する日が多いですが、いつも彼女が一番というわけでもありません。
 真っ暗な工場に電気を点け、ラジオをいつものFM80・2にチューニング。
そのまま彼女は、一人黙々と作業の用意を始めます。僕らの工場には朝礼も点呼もありません。

 9時00分、もう一人パートさんが出勤してきました。
 今日は雨のせいか、いつもより出勤人数が少ないようです。
 続いて僕と岡村君も工場に入りますが、人数が少ないので作業の量を調節しながら、これから何人出勤するか様子を見ます。

 9時30分、いつもはこの時間に出勤する人が多いのですが、今日は誰も来ませんでした。

 10時00分、パートさん二人が出勤してきました。
家事が長引いたのか、幼稚園に通うお子さんがぐずったのか、はたまた雨が上がったおかげなのか、今日はみんないつもより少し遅めの出勤にしたようです。
 人数が増えたので、ここからは大掛かりな作業を開始します。

 12時00分、お昼休憩の時間ですが、一人だけパートさんが工場に残っています。
 今日はお昼休憩を取らないようです。

 14時00分、「お疲れ様でした!」と先ほど休憩を取らなかったパートさんが退勤し、入れ替わるようにもう一人パートさんが出勤してきました。

 うちの工場では、パート従業員がばらばらの時間に出勤してきたり、お昼の休憩を取らなかったり、自分で退勤する時間を決めたりします。はじめてこの風景を見た方は、ちょっと不思議に感じるかもしれません。
 しかし、これが僕たちの会社、パプアニューギニア海産の日常なのです。

 僕たちの会社は社員二名、パート従業員九名の小さなエビ工場です。
 エビフライなどを作り、全国のスーパーやレストランに販売しています。働いているパート従業員は子育て真っ最中のママさんで、全員が好きな日、好きな時間に出勤します。そして好きな時間に退勤します。ですから当日欠勤、遅刻、早退、残業といった概念すらありません。
 パートさんそれぞれが自分の生活に合った時間に出勤・退勤するのが僕たちの会社では当たり前なのです。そんな自由な働き方では、発言力の強いパート従業員の好き勝手になったり、問題が起きたりするのでは、とときどき言われます。
 しかし、パートさんも僕たち社員も、かつてより圧倒的に生き生きと、幸せを感じながら仕事をしていると実感しています。
 一人一人が自分の生活を大事に生き生きと働くような職場。
 言うなれば『生きる職場』を僕たちは目指しています。

 事業を拡大し、大企業を夢見る時期もありました。
 でも今は会社の大きさやお金だけでなく、人が働き、生きることの意味を大事に考えるようになりました。
 そして皮肉なことに、考えを変えて人の生き方を見据えた先にこそ、会社経営にとって重要な「効率」や「品質」の向上が隠れていることに気づいたのです。

人はみんな違うのに……

 昔のことを振り返ると、リーダーシップを発揮して物事を進めることと、人を縛り管理することを混同していた時期があったように思います。
 特に会社の経営のことばかりを考え、数字に囚われていた頃の僕はそうでした。
 しかし今は、リーダーは従業員がいかに働きやすく、個々の力を発揮できる職場にするかを考え実行すべきだと思いますし、そこには管理ではなく、少しの秩序があればいいのではと思っています。
 人は一人では生きていけませんし、自分にかかわる人たちが幸せになることと、僕自身の幸せが以前よりもずっと近いところにあるように感じています。
 そういう考えを持てるようになると、小さなエビ工場の工場長という立場にいる僕にも、できることが、たくさんあるように思えてきたのです。
 そんな中で「人を管理する」ということの本質についても考えるようになりました。

 こんなふうに書くと、僕が効率を追い求めることは間違っていると言っているように思うかもしれませんが、そうではありません。
 仕事において効率は重要なことだと感じています。特にうちのような中小企業では、その重要性はさらに大きなものです。
 その一方で、冒頭に書いたような働き方を始めて「人を管理すること」もっと言えば「人を縛るような働き方を従業員に強いること」が本当の意味での効率に繫がっていないのではないかと思うようになったのです。
 当たり前ですが人は機械ではありません。人それぞれに好き嫌いや、得手不得手があり、性格や体格、能力にも違いがあります。
 大人は子どもにそのことを教えますが、当の大人の世界では、そのことが忘れられがちなように感じます。
 さらには、個々の人間の違いを明らかにし、それを尊重するようなことを言えば言うほど、まるで会社に不利益を被る、厄介なことを言う人間と思われるのが、僕らの社会の現実ではないでしょうか。

 しかし、「人」に好き嫌いや、得手不得手といった違いがあるとするならば、「物」や「お金」「情報」と同じように「人」を一律に管理するということは可能なのでしょうか。
 管理すること全てが誤りだと言うつもりはありません。
 ただ、人を管理しすぎることの弊害、もっと言えば人を管理しない、縛らないことの効用を僕は考えてみたいと思っています。

会社という組織の常識に抗う

 好きなことをしていたら、いつの間にか時間が経っていたという経験はありませんか。好きなことであれば、何時間続けていても苦にならず、もしなにか問題が起こったとしても、さらによい方法を自分自身で模索し、解決するなんてことも。
 僕には子どもが三人いるのですが、彼らが補助輪のない自転車にはじめて乗ったときのことを思い出します。転んでも、転んでも起き上がり、時間を忘れて日が暮れるまで挑戦する。そしていつの間にか、体で自転車に乗ることを覚え、自分の世界を広げていきます。

 また、やろうと考えていたことを、他人から強要されて、途端にやる気を失ったというような経験はどうでしょうか。
 子どもの頃に、学校で出された宿題に今まさに取り組もうとしたときに、「早く宿題をしなさい」と言われ、途端にそれまでのやる気を失うというようなことはなかったでしょうか。
 どちらも瑣末な体験のようですが、この体験が教えてくれることがあります。
 それは、好きなことであれば、人は向上心を持ち、力を発揮する──
そして、人が人を管理しようとすると、ちょっとした行き違いでも気力を失ってしまう。逆に個々の自主性を大事にすることで、気持ちが前向きになり、効率や実績が上がる可能性があるのです。

 僕らはこれと同じことを自分たちの職場に導入し、実践し始めました。
 端的に言えば、働く人が「働きやすい職場」を作るということです。
 その方法は大人の世界の、しかも会社という組織の常識に抗う行為とも言えます。
 大きなことをやるつもりはないし、一つ一つを丁寧に、失敗すれば元に戻せばいい。そんな気持ちで進めています。
 その様子は、傍から見ると、実践というよりも実験に近いのかもしれません。
 もっとも、僕もはじめからこのような考えを持っていたわけではありませんでした。
 かつては従業員を縛り、管理することこそが、会社経営において効率的だと信じていました。このことについては後述したいと思います。

社会人一年目の経験

 好きなことで自主性を大事にするという意味では、こんな個人的な体験があります。
 僕は、大学で金属工学を学び、アルミニウムの接合について卒業論文を書きました。しかし大学で勉強する中で、自分には理系の思考回路は向いておらず、それを一生の仕事にするのはよくないと考え始めていました。
 学生時代は数々のアルバイトをしていましたが、高校のときにアルバイトをした築地の魚市場の活気と独特な世界が忘れられず、大学卒業後は、築地の荷受に就職しセリ人を目指すことにしました。僕の進路に、研究室の教授はかなり怒ったようで、卒業するまでろくに話をしてもらえなかったことを憶えています。

 銀座からすぐの豊海埠頭にある会社の寮に入り、真夜中に出社する社会人生活が始まりました。築地の仕事はとても忙しく、2時に出勤して14時頃に帰るという生活が続きました。日曜にも翌日到着する魚のための事務作業があり、連休を取れることは滅多にありませんでした。
 一年ほど経過した頃には、新入りの僕も担当商品をもらって、生食用の牡蠣とヤマメなどの淡水魚を担当することになりました。自分の商品ができたことがとても嬉しく、上司や先輩に教えてもらいながら、なんとか販売量を増やすために夢中になって働きました。
 経験の浅い僕がまずできるのは、周りのどの会社の担当者よりも早く出社し、セリ場に商品を並べることでした。
 朝早いお客さんは比較的値段を気にせずにどんどん買ってくれます。
 僕はそのとき、同じ商品の中でも鮮度のよい商品を探して渡すようにしていたので、次第にあの新人は一生懸命だし、信頼できると感じてくれる方が増え、売り上げを伸ばしていくことができました。ほかにも、例えば前日に料理番組で牡蠣が紹介されていれば、いつもより二倍三倍の量を仕入れ、勝負に出るようなことも、新人なりに挑戦していました。
 そうした中で、仕事に対してのやりがいや、楽しみを感じるようになり、僕は自分から好んでその後も毎日、ほかの担当者より早く出社し続けました。
 こうした気持ちになれたのは、なによりも上司や先輩が僕の自主性や、新人なりの考えを受け入れて仕事を任せてくれたことで、やらされているという感覚を持たずに働けたことが大きかったように思います。

仕事をどう捉えるか

 ここで誤解しないでいただきたいことがあります。
 それは、「仕事とは最初からそこに楽しみがあるわけではない」と僕は考えているということです。日々の仕事は遊びのような感覚で楽しめるものではないと思うのです。
 自分なりに努力して、頑張っていく中でやりがいや楽しさを感じることはもちろんありますが、基本的には毎日続けることで、次第に新鮮さも楽しさも薄まっていくと思うのです。
 僕の築地での体験も、あくまで結果として、楽しみややりがいを感じることはできましたが、毎日が楽しいわけではなく、冬の早朝、というより夜中に出勤するような日々は想像を絶する厳しさもありました。
 ですから、僕は根本的に仕事というものは、楽しみではなく、生きていく手段に近いものだと考えています。
 そのうえで、「働きやすい職場」を作るというのは、従業員一人一人が仕事をどのように感じていようと関係なく、会社がひたすらに職場環境や人間関係を整え、誰もが居心地がいい状態を目指すことだと思っています。
 しかし、ここで個人の感情を意識しすぎて、楽しい職場や笑いが溢れる職場というものを目指そうとすると、現場が本当に求めているものとは違う方向にいってしまいます。
 仕事をそんなふうに考えているのかと、あきれられてしまうかもしれせんが、職場が居心地のよい場所だと感じている人は、意外に少ないのではないかと思っています。
 だからこそ、仕事は必ずしも楽しいものではないけれど、そこで居心地よく働けることは大事であり、その結果として楽しみがついてくる可能性はある。
 まずはその前提を受け止めることから始めてみました。

好きな日に出勤できる会社

 工場で行っている実践のいくつかを紹介しましょう。
 はじめに取り入れたのが「フリースケジュール」という制度です。
 「フリースケジュール」という言葉は、僕が勝手に名付けたものなので、英語としての意味が正しいのか分かりませんが、パート従業員それぞれのスケジュールを自由にするという意味で「フリースケジュール」と名付けました。
 毎週決められた曜日に出勤するという、これまでの会社の常識を変えるところから始めたのです。言葉だけを聞くと、難解な制度のように感じるかもしれませんが、内容はいたってシンプルです。要するに「好きな日に出勤すればよい。連絡の必要はありません」というだけのことなのです。

 うちの工場で働いているパート従業員は子育て中のお母さんたちです。
 ですから、お子さんが突然体調を崩し、やむを得ず当日欠勤するようなことが前からありました。当日欠勤をする場合には、会社に電話連絡を入れることになっていたので、パートさんにとっては大きなストレスや重圧になっていたと思います。
 また無理をして会社に出勤している日もあったのか、子どものことが気になって仕事が手につかないというようなことがあったり、保育園や幼稚園から、お迎えを要請する電話が頻繁にかかってきたりするような状態でした。

 はじめてパート従業員にこの取り組みについて話をしたときのことを、今でも思い出します。
 怪訝な表情で頭にクエスチョンマークを浮かべているパートさんたちに
「来たくない日は欠勤してください」
「出勤も欠勤も連絡の必要はありません」
「連絡は必要ないというより、禁止です」
といった具合に言葉を換えて何度も説明しました。
 たしかに工場長の言っていることが実現するならば、働きやすいに決まっているけれど、本当にそんなことが可能なのか? 実行したとしても会社は大丈夫なのか? 心配しているような、疑っているようなそんな顔だったように記憶しています。

 想像してみてください。自分の職場で同じことを言われたとしたらどう思うか。本当にこの取り組みが実現したら、とても働きやすい会社になるだろうとは思うけれど、きっと無理だと心の中で思っていませんか。当時のパート従業員も同じ気持ちだったと思うのです。しかも、前例のない取り組みでしたから。
 2017年現在、この働き方を取り入れて約四年が経過しました。今ではこの制度は、うちの会社にとってなくてはならないものになりました。
 またこの取り組みのおかげで、様々なメディアに取り上げられることとなり、そのおかげでこうして本まで書くことになったのです。

嫌いな作業をやらない職場

 もう一つ、僕たちの工場では、「嫌いな作業はやらなくてよい」というルールを作っています。
 工場での主な仕事はエビの加工です。エビの殻をむいたり、串で背ワタを抜いたり、パン粉をつけたりして、むきエビやエビフライを作るといった工程が主となります。そのほかにも、エビを内容量に合わせて計量をする、袋に並べる、真空パック機で包装する、でき上がった商品を箱に詰める、出荷の準備をする、といった工程が続いていきます。主用な作業だけでも優に三十項目以上に及びます。

 先ほども述べたとおり、人はそれぞれに好き嫌いがあり、得手不得手があります。それは仕事でも同じはずです。
 例えば、あるパートさんは、リズムよくエビの殻をむいていくのが好きだけれど、計量する作業は、計算をするのが面倒で嫌い。逆に別のパートさんは、計量で数字を扱うのが好きだけれど、殻をむくのは手が疲れるから嫌いといった具合です。
 当然、嫌いな作業を担当することになれば、嫌な気持ちで仕事をすることになりますし、自分が好きな作業をほかの人ばかりがやっていれば、その人に対しての不満が募ります。
 ですから、こういった個々の向き不向き、好き嫌いの多様性を仕事の中に取り入れられたら、さらに働きやすい職場が実現できると考えたのです。それが「嫌いな作業はやらなくてよい」というルールです。
 結果として職場の雰囲気がよくなるのは必然と言えるでしょう。実際この制度を導入する前と今では工場の雰囲気が全く異なっています。

人を縛らない職場が生んだプラスの循環

 働きやすい職場の実現を最優先に考えて導入した「フリースケジュール」と「嫌いな作業はやらなくてよい」という制度。
 人によってはこんなめちゃくちゃな働き方が、食べものを扱っている工場で成り立つはずがないと思うかもしれません。しかし、事実パプアニューギニア海産ではそれが成り立っています。また、それによって自分たちの予想を上回る、プラスの循環が生まれているのです。具体的には次のようなものがあげられます。

[離職率の低下]
 まず人がやめなくなりました。
 フリースケジュールを導入した当初は、工場自体も変革期にあり、私の方針や考え方に合わない人が、残念ながら数人退職しました。
 しかし、それ以降はやめていく人がほとんどおらず、今いる九名のパート従業員のうち七名はフリースケジュール導入当初から在籍していたパートさんたちです。
 以前はパート従業員を雇っても定着せず、人が入ってはやめるということの繰り返しで、入社して数週間でやめていく人が何人もいるような状況でした。
 また、人がやめないので求人広告を出す費用もかからなくなり、さらに、面接などの採用にかかわる仕事に時間を取られるようなこともなくなりました。
 以前に、求人広告会社の人に、フリースケジュールの話をしたことがありました。その後も、ときどき営業の連絡がきていたのですが、求人の必要がないため、いつも断っていました。最後の連絡のときに「たしかに、この働き方だったら人がやめないですよね」という感想を漏らしてから、もう二年ほど連絡がきていません。

[商品品質の向上]
 人がよくやめていたかつての工場では、やめた従業員の穴を埋めるために、新人のパートさんが常に一人か二人いるような状態でした。
 当然ながら新人を育てていく必要が出てきますので、結果として熟練したパート従業員がその役目を負うことになります。そうすると、新人を教えることに時間を取られ、通常の加工業務にも大きな影響が出てきました。また、新人は作業に時間がかかるうえに、慣れるまでの間は質の悪い商品を作ってしまうこともあります。
 人の入れ替わりが激しいことが、商品の品質を大きく低下させていたのです。人がやめなくなったことで、そうしたマイナス面がなくなり、さらには熟練したパートさんが作業にかかわる時間が長くなることで、商品の品質が大きく向上しました。

[生産効率の上昇]
 導入前とあとで、売り上げ自体は横ばいですが、パート従業員の人数は十三人から九人に減少しています。
 これは、熟練したパート従業員が長く職場に定着したことで、一人一人の動きに無駄がなくなり、またパート従業員の精神的な負担が軽減されたことで、グループや派閥がなくなり、職場のチームワークがよくなったことが要因だと考えています。

[人件費減少]
 前述のとおり、導入前と比較してパート従業員の数は減少しています。
 人件費は毎年少しずつ減っていき、約40%の人件費が削減されました。また先述のとおり、働いているパート従業員のほとんどは、導入前から働いてくれている人たちです。人員ががらりと変わったわけではありませんので、働き方を変えたことによる効果が、数字としてもっとも表れている項目でもあります。

[従業員の意識変革]
 そしてなにより実際に働くパート従業員の意識が大きく変わり、それが全てのプラスの循環を生み出しています。
 以前よりもパートさんたちの動きは機敏ですし、自分で臨機応変に物事を考えてくれるようになりました。また、社員が気づかない細かな点や、日々現場で作業を続けているからこそ見えてくることを指摘してくれたり、モチベーションを上げて働きやすい職場を作っていくための、前向きな意見を提案してくれるようになったのです。
 もはや書くまでもありませんが、こうした好循環が生まれたことで、職場の雰囲気は以前と比べて飛躍的によくなりましたので、効率や品質が上がるのは当然のことです。

 こういう取り組みをしていると「自由にするとサボる人が出てきませんか?」といった質問をよく受けます。この質問に対して、「そんな人は全くいなかった」と言えたらいいのですが、やはり、導入した当初はサボっている人もいました。
 ただ、導入前の工場での悪習慣が抜けきれていないだけで、多くの人は新しく生まれ変わる会社への希望を持ち始めていると感じていました。
 このとき、僕は「働きやすい職場を本気で作っていきたいから、みんなを信じてルールを作っていく。だから僕のことをどうか裏切らないでほしい」と何度もミーティングで繰り返しました。
 その気持ちに応えてくれたパートさんのおかげで、状況は徐々に改善されていきました。

 「フリースケジュール」や「嫌いな作業はやらなくてもよい」というルールを導入したことでこうした好循環が生まれたことは事実ですが、なによりも、会社と従業員の間に信頼関係が築けたことが大きかったと感じており、会社が従業員の生活を大切に考え、そのために必要な行動を起こすということが重要だと僕は考えています。
 それが従業員に伝わったときに、はじめて会社の中に信頼関係が生まれるのではないでしょうか。

進化する働き方

 フリースケジュールは現在もどんどん形を変えて進化しています。
これまでは、出勤する日にちは自由でしたが、勤務時間は決まっていました。
 しかし、今は出勤時間も退勤時間も自由になりました。
 当初は、9時に出勤して17時に帰る人もいれば、10時に出勤して16時に帰る人もいるといった具合で、あらかじめ勤務時間はその人ごとに決まっていました。この時間帯に関しては採用面接のときに決めており、日ごとに変えるようなことはできませんでした。
 好きな日に出勤することで会社としてもよい方向に向かっていましたが、僕たち自身も「さすがに時間まで自由にするのは無理だろう」と考えていました。
 しかし、あるときふと思ったのです。なぜ僕は無理だと思っているのだろうかと。
 なにもしない状態で無理だというのは、自分の先入観にすぎず、実際に試してみなければ本当のことはわからないということは、フリースケジュールを始めたときに体感していたはずなのに。
一度やって駄目なら戻せばいい。そういう気持ちで、ミーティングでこう伝えました。
 「これから二週間は出勤時間と退勤時間も自由にします」と。
 この提案を聞いて、パートさんたちの間に、少し戸惑いの色があるのが見て取れましたが、工場長が言うなら大丈夫だろうという雰囲気も感じられ、フリースケジュールを始めたばかりの頃とは少し違う、この反応が嬉しかったのを憶えています。
 しかし、従業員には言いませんでしたが、この期に及んで僕の中には別の不安がありました。
 それはとても個人的な気持ちの動きなのですが、「好きな時間に出勤していい」と言っておきながら、もし自分の予想している時間よりも遅く出勤してきた人に対して、「なんだよ、ここまで遅い時間に出社してくるなんて!」と、理不尽に負の感情を持ってしまわないかということでした。
 もしそのような感情を持ってしまったら、僕と従業員との信頼関係が崩れてしまう可能性があります。そのときはこの取り組みを続けるべきか、それとも正直に僕の気持ちを伝えてやめるべきか、と考えていたのです。

 そのときは思ったよりも早く訪れました。
 時間を自由にして数日後、一人のパートさんが14時に出勤してきました。
「おはようございます!」とパソコンに向かっている僕に挨拶する彼女。そんな彼女に僕はそれまで不安に思っていた気持ちを思い出すこともなく、いつもどおりに「おはようございます」と返していました。嫌な気持ちはありませんでした。
 それどころか、この日は出勤人数が少なかったこともあり「出勤してくれて、ありがたい」という気持ちが湧いてきて、そのことでホッとしたのか一人で笑ってしまいました。
 あまりにご都合主義的な展開に読者の方は疑いを持つかもしれませんし、自分でもちょっと恥ずかしいくらいの気持ちなのですが、それだけにこの日のことはよく憶えています。

 自分の心に葛藤がある時は、重要な分岐点であることが多く、そのあとに、この状況について自分なりに考えてみました。
 出勤日時が決まっている場合、会社側としては、決められた日時に従業員が「来て当たり前」という意識がどうしても生まれてきます。しかし、それは本当に当たり前なのでしょうか。
 会社は従業員がいなくては成り立ちません。そして従業員がどのように働いてくれるかで会社の業績が大きく変わってきます。しかも従業員一人一人は日々の生活や悩みや、いろいろな出来事がある中で出勤してくれているのです。出勤日時を自由にしたことで、従業員が毎日出勤するということが、実はありがたいことなのだと、身に染みて感じられるようになりました。
 過去の自分自身を振り返ってみると、自分が一段上の立場にいるような考え方をしており、従業員に対しての感謝の気持ちや、協力するという気持ちが希薄になっていました。僕はこの取り組みによって、会社と従業員との関係における、本当の意味での当たり前の感覚を取り戻すことができました。
このような経緯を経て、出勤・退勤の時間を毎日自由に変えられるようにしたのです。
 これからまだまだフリースケジュールは進化するでしょうし、その中で僕たちは人としてのあり方や生きるということについても、学んでいくような気がしています。

ドキュメント・エビ工場の一日

 ここまで読んでも、本当にそんな形で会社が運営できるものなのかと、半信半疑の方も多いのではないでしょうか。そんな方のために、ここでは冒頭でお伝えした僕らの工場の、一日の様子をもう少し詳しくお伝えしたいと思います。

 前にも述べたとおり、工場ではむきエビやエビフライなどのお惣菜の加工を主な仕事にしています。原料のエビは会社の名前のとおりパプアニューギニア産の天然エビのみを使用しています。全長約25メートルのエビトロール船で漁獲され、船の上でサイズ選別や急速凍結まで行うのが特徴で、一般的にこうしたエビを船凍品と呼びます。
 漁獲してすぐに船の上で急速凍結するので、理論上の鮮度はピカイチなのですが、海が荒れて作業環境が悪かったり、大漁で作業が追い付かなかったり、強い日差しにさらされたりと、エビの質にどうしてもばらつきが出てしまうことがあります。
 ですから僕たちの会社では、大阪の工場でエビを一度流水解凍して、鮮度やサイズを再選別すると同時に、そこからさらに殻をむいて、むきエビを作ったり、切れ目を入れてパン粉をつけて、エビフライを作ったりしています。
 また、作った商品は全てを真空パックして再凍結することで薬品や添加物を使用することなく鮮度を保持しています。よく「冷凍でしょ」と言われるのですが、エビに関しては冷凍だからこそ高鮮度の状態で家庭に届けることができるのです。

 社員二名は午前8時15分までに出勤します。会社の鍵を開けると僕は9時過ぎまでは事務作業を、もう一人の社員は工場の準備作業を行います。
 パート従業員の出勤時間は自由ですが、工場自体は8時30分から稼働できるように準備しています。工場では、最初に来た人がエビを解凍する機械の準備や、用具をセットすることになっています。基本的にはパートさんが行いますが、来ていなければ、社員が行います。
 この時点で人がたくさん来すぎると、まだ原料のエビが解凍されていないため、かえって作業の流れに支障をきたすことがありますが、通常、朝の8時30分までに出勤する人は一人ないし二人なので作業の準備をするにはちょうどよい人数になっています。もし、朝の段階で多くのパートさんが出勤してきた場合には、工場外での作業をお願いするなどで対応しています。
 エビが解け始める9時から9時30分頃に大抵のパートさんは出勤してきます。出勤時間は自由ですから、もちろん10時に出勤する人もいれば11時に出勤する人もいます。
 人数が増えれば解凍するエビの量を増やしたり、エビフライのような工程の多い、手間のかかる商品を作る指示をするなど、社員が作業を調整していきます。
 12時からお昼の休憩が45分あります。パート従業員専用のスペースでお昼を食べたり、外へ気分転換に出かけたりと、それぞれ好きなように時間を過ごしてもらいます。11時に出勤した場合などは、すぐに休憩時間となってしまうので、休憩を取らないという選択もできるようにしています。
 お昼が終わったら午後の作業に入ります。午後の作業も基本的に午前中と大きくは変わりません。そして15時に15分の休憩があり、その後は17時の工場終了に向けて、作業を終わらせて掃除を始めます。
 17時ぴったりに仕事を終えるのはなかなか難しいので、二人の社員が工場に出入りして補助することで時間を調節したり、パート従業員自身も工場外の作業や事務作業などにまわったりと臨機応変に対応していきます。17時には作業が終了し工場を消灯します。
 社員はその後、その日の出来高などのチェックや事務作業、翌日の原料の準備などを行いますが、18時には退社するようにしています。
この制度では、パート従業員の誰がいつ出勤してくるか誰にも分かりません。
 ですから、導入した当初は、その日にパートさんが何人来そうか予想をしながら作業の準備をしていました。しかし、今はそれもやめました。朝の段階で出勤人数がゼロだった場合でも、9時を過ぎたら社員が作業の準備を進めることにしています。

 フリースケジュールの話をすると「もし誰も来なかったらどうするのですか?」というご質問をいただくことがあります。この取り組みを始めてもうすぐ四年が経ちますが、出勤人数がゼロ人だった日が一日だけあります。
 その日は、工場を休みにしましたが、祝日が一日増えた程度の感覚で、社員は日々やらなければならない発送作業や事務仕事に専念しました。
 実際には、台風で暴風雨の日でも、カッパを着て自転車で何人も出勤したり、ゴールデンウィーク中の連休に挟まれた、たった一日の平日にも、数人が出勤してきたりといったことが起きています。結局のところ人の生活や心を予想するのは不可能なのです。それならば、予想するだけ時間の無駄と考え、パートさんが何人来るか予想するのをやめたというわけです。
 余談ではありますが、僕が本当に困るのは全員が休むときではなく、全員が出勤したときです。社員が一日中原料を解凍して大忙しになります。もっとも、そんな日もほとんどありませんが。

ホワイト企業と言われるけれど

 こうした働き方をしていることで、テレビや新聞、インターネットなど様々なメディアが取り上げてくださることが増えました。そんなときは「ホワイト企業」とか「会社の鏡」とかいった言葉で褒めていただくことも多いのですが、そうした評価をいただけばいただくほど、僕はかつての工場のことを思い出して居心地の悪さを感じています。

 当時の僕は工場長という立場ではなく、事務方の社員として新商品の企画や営業を行いながら、工場にもかかわるパート従業員の人事や、在庫管理などを幅広く担当していました。
 売り上げは今の倍以上あり、社員四、五人とパート従業員が三十名近くいました。
 僕らの工場も、かつては一般的な会社と同じ雇用形態でした。パート従業員はシフト制で働いており、事前に決められた曜日、時間に出勤することになっていました。
 また僕自身、従業員を管理することが、会社を運営していくうえで必要不可欠なことだと疑いませんでした。従業員をガチガチに管理し、代替出勤も許さず、何事にも細かく書類の提出を催促し、挙げ句の果てには工場内にビデオカメラを設置して、事務所から工場を監視するという、今から考えればあきれるような管理ぶりでした。

 一方で、どこか自分のしていることに後ろめたさや疑問があったのでしょう。
 管理してもきりがないことや、従業員との温度差を正当化するように、「誰かが悪役になる必要がある」ということを、自らに言い聞かせ続けていました。パート従業員に対して、口うるさく管理をする社員がいるからこそ、現場の統制がとれ生産効率が上がるのだと信じていたのです。
 例えば、石巻に工場があった頃には、六十代の工場長がおり、僕は営業の立場から、「こういうふうに作業を進めてほしい」ということを、工場長に伝えていました。
 営業の僕という悪役がいることで、工場長がほかのパート従業員に指示を出す際に「あの口うるさい営業が言っているから仕方がない」というような形で、仮想の敵がいるほうがやりやすいだろうと思っていたのです。
 今になって思えば、それは現場である工場に入るのを怖がっていた、僕の言い訳でしかなかったのだとわかります。会社の中に仮想の敵がいるというのは、本当はおかしな状態です。そんな状況では、パート従業員との関係が悪くなるのは当然ですし、自分でそういう状況に持っていっていたわけです。
 管理する側の社員はパート従業員より立場が上で、優れていて、工場の作業についても本質を理解しているという幻想。もちろん事務方の社員が、毎日工場で働いているパート従業員より現場のことをわかっているはずがないのですが、管理型の思考回路に陥っていた僕は、その矛盾に気がつくことができませんでした。悪役になることを正当化し、うるさく口出しだけをする、現場にとっては最低最悪の社員だったわけです。

 また、従業員が切磋琢磨することと、競い、争うことを混同して、当時、工場の中にパート従業員の派閥ができていることを知りながら、それを見過ごし、逆にそうした派閥を利用できないかとまで考えるようになっていました。
 当時の工場では、パート従業員が自然といくつかのグループに分かれていました。そんな状況で、例えばAというグループとBというグループを競わせて効率を上げようとしたり、面談の中で無意識にAとBとを比較して話をしたりしていました。
 信頼関係も協力関係もないままで競い合っても、工場の効率や品質が上がることは絶対にないと今は分かりますし、そんなことをしても、結局、社員の目が届かないところで、パートさん同士の派閥争いが起こり、効率の低下どころか、下手をすれば会社の存続が危ぶまれるような事態を招きかねません。
 それにもかかわらず、全てをわかったように、そんなことを考えていた自分を恥ずかしく思いますし、これまでうちの会社で働いてくれた従業員には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 ではそんな僕がなぜ変わることができたのでしょうか。
 それはやはり2011年3月11日に起きた東日本大震災がきっかけでした。

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試し読みはここまでとなります。第二章以降は私が働き方を変えるきっかけや過程。根本として考えていること、会社として大事にしていることなど話は拡がっていきます。とは言っても私の中では全てが繋がっています。もう少し読みたいなと思ったかたは書店やネットなどでご注文ください。そしてパプアニューギニア海産の絶品のエビも、どうぞよろしくお願いします。

パプアニューギニア海産・工場長 武藤北斗


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