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PERCHの聖月曜日 29日目

エミール・ゾラ〔フランスの自然主義の作家、1940〜1902年〕がロンドンにきたのは、シティーの下町の風俗を自分の眼でよく見るためであったのだが、皮肉にも宿泊したところは「サヴォイ・ホテル」であった。
ゾラはフランスのプロヴァンス地方の料理とイタリアのピエモンテ地方の料理が好きで贔屓にしていたので、私はいくどかこの『ポ・ブイユ』の著者と料理談義をする機会を得た。
話が進むうちに、ゾラ先生は好物料理の打ち明け話がしたくなったようで、美食の誘惑に勝てないのが私の欠点だと確信を持って話した。その様子は、食卓で大好物のグラス風キャベツのファルシを添えた、滋味豊かな羊のポトフーを前にしているようであった。ゾラはまた、とりたての鰯に塩、胡椒をして、オリーヴ油をかけたものが好きであった。この料理は、ぶどうの若枝を燃やして燠をお越し、その上で鰯を網焼きにし、軽くにんにくをこすりつけた陶製の皿に盛ったもので、最後にペルシヤード〔パセリとにんにくのみじん切りを混ぜあわせたもの〕で覆い、エクス・アン・プロヴァンス製のオリーブ油をかけて作る。このように調理した鰯はさぞ忘れ難い風味であろう。ゾラはまた、乳呑み仔羊のブランケット〔白い煮込み〕にサフラン風味のヌードルを添えたプロヴァンス風の料理や、チーズ入りのスクランブルエッグをヴォロヴァン〔円形のパイ〕に入れてピエモンテ産の白トリュフの輪切りを飾ったもの、小鳥と黒トリュフのリゾット、白トリュフを添えたポレンタ〔とうもろこし粉の粥〕が好きであった。このポレンタは皇帝ナポレオンの大好物であった。さらにゾラは、カスレ〔白いんげん豆の煮込み〕、トマト、茄子、ズッキーニ、ピーマンをプロヴァンス風に煮込んだものもそれなりに評価している。ゾラによれば、「これらの田舎風の煮込みを思い出すと、エクス・アン・プロヴァンスで過ごした青春時代がすべて眼の前に浮かんでくる」のである。「授業中によくかじったあの美味しいカリッソン〔アーモンドと果物の砂糖漬けで作った舟形の菓子。エクス・アン・プロヴァンスの名菓〕も忘れられない」
ゾラの数々の食道楽の思い出をまとめれば、一冊の興味深い小冊子になろうが、これは大作家の栄光の足しにはならないまでも、少なくともゾラを私たちの身近な存在として感じさせるのには役に立つであろう。

ーーーオーギュスト・エスコフィエ『エスコフィエ自伝 フランス料理の完成者』大木吉甫訳,中央公論社,2005年,p157-158


Portrait of Emile Zola
Édouard Manet
1868


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