老ぬいホーム見学物語①



  みんなの心の中、どこか秘密の場所にあるぬいぐるみ達の夢のマンションには、今日も賑やかな声が溢れています。
 最近完成したばかりのこのマンションは、世界初のぬいぐるみマンションとして話題を呼び、管理人のうさちゃんから入居者募集の声を聞きつけたぬいぐるみ達で、すぐに満室になったのでした。
 1階には、うさちゃん自らが経営するヘルシーなカフェ「うさかふぇ」や、けろ子ちゃんの旅行代理店「かえるツーリスト」、シャチさんの美味しい燻製屋さんまでもがテナントとして入店している上に、空高くには、幸せのキイロイトリさんが飛んでいます。 
 まさに、ぬいぐるみ達の憩いの場なのです。

 ある日、燻製屋さんのお仕事を終えたジンペーちゃんは、お友達のシャチさんと「うさかふぇ」でお茶することにしました。
「今日も燻製がたくさん売れたな! もちろんだ! 美味しいからだ!」
  キュイキュイとご機嫌なシャチさんを見ると、ジンペーちゃんは頷き、
「うんうん、たくさん売れたから、僕たちの分が無くなっちゃうんじゃないかと心配しちゃったよ」
  と、胸ビレに掛けたトートバッグを得意げに振りました。こんな風に、お店のスモークサーモンとチーズをお土産にすると、うさちゃんは大サービスの全粒粉ベーグルサンドを作ってくれるのです。
「うむ! うさちゃん殿の美味しいベーグルサンドを食べられないのは、悲しいからな。明日からはもっともっとたくさんスモークした方がいいかもしれぬ」
  「うさかふぇ」は、既に常連さんでいっぱいでした。入り口近くに、みるくちゃんが、あま〜いミルクを飲みながらのんびり絵本を読んでいるのが見えます。その向こうでは、エイミーちゃんとちゃんぽんくんが、ヘルシージュースを飲んでは仲良くおしゃべりしています。お店の忙しい時に、この2人がアルバイトをしているのを見たことがあったので、今日はそんなに忙しくないんだなと、ジンペーちゃんは思いました。
「あっ、シャチちゃん、ジンペーちゃん、いらっしゃい!」
  可愛い制服を着たうさちゃんと、ウェイトレスのうさみちゃんが、ぴょこぴょこやってきました。
「見てみて、うさみちゃんがデザインしてもらった制服、可愛いでしょ!」
  バレリーナみたいにクルリと回りながらうさちゃんが言うと、うさみちゃんは
「たそがれに作らせたの! これでみんながほっと、落ち着けるようなカフェに近づいたかな?」
  と、嬉しそうに笑いました。

  席に案内されたシャチさんとジンペーちゃんは、バリスタのふわちゃんが淹れてくれた美味しいコーヒーと、うさちゃん特製の美味しいベーグルサンドを食べては、夢中でおしゃべりをしています。
  初めはシャチとサメはどちらがより強いのかというたわいも無い話でしたが、ひょんな事からお互いの家族の話になった時、ジンペーちゃんはふと
「そういえば、僕たちは、いつまで家族で居られるのかなあ」
  と、思いました。心の中だけで考えていたつもりが、ばっちり声に出していたようで、
「どうした、ジンペー殿。お腹が痛いのか? よしよしだ」
  と、シャチさんが慌てています。
「違うよ、お腹は痛くないよ。僕、ちょっと心配になっちゃっただけなんだ」
「そうなのか? 何が心配なんだ? 私に話してみろ、そうしろ」
 ジンペーちゃんは、少しもじもじしてから、やがて、ぽそぽそと話し始めます。
「シャチさんは、もしヒヨコさんが居なくなっちゃったらどうしようって、考えたことある?」
 シャチさんは、一瞬かなり驚いたような顔をしてから、すぐにスッといつものクールな表情に戻しました。そして、その聡明な頭で、なんと答えるべきか、言葉を探しているようでした。
 その答えが待ちきれずに、ジンペーちゃんはまたぽそぽそと声を漏らしました。
「僕達は、いつか持ち主とお別れする時が必ずくるんだよ。ほみちはおバカちゃんだから、歳をとる前に車に轢かれたりして、そのままお別れになるかも知れないし、その辺に落ちてる変なものを食べて、具合が悪くなって、そのまま2度と起きないかもしれないんだよ。……そういう風に、考えたことある?」
 ほとんど泣きそうな声でジンペーちゃんが、言うので、シャチさんも困ってしまって、
「うむ……少なくとも、ほみち殿は拾い食いはしないと思うぞ……」
 と答えたきり、また考えこんでしまいました。

 2人の間に、気まずい空気が流れます。ジンペーちゃんも、ちょっと冷静になってきました。
 するとなんだか、まだ目の前で考えこんでいるシャチさんに申し訳なくなってきて、
「ごめんね、シャチさん。僕、もう大丈夫だよ……」
 と、声を掛けようとしたその時です。

「話は聞かせて貰ったけろよ!!」
「ほきほき!」
 ずっとカウンター席に居たらしい、けろ子ちゃんとほっきーが、勢いよくジンペーちゃんの方へ向かってきました。
「ジンペーちゃん、間違いなくこれは仕事のし過ぎけろよ。ストレスかも知れないけろ。今すぐ旅行して、リフレッシュすべきけろよ」
 矢継ぎ早にけろ子ちゃんが言うと、シャチさんはガーンとなって、
「キュイ!? それは大変なのだ! ジンペー殿、ストレスはいかん、すぐに旅に出ろ、そうしろ!」
 ほっきーも、
「そうほきほき! 旅に出るほきよ!」
 と、おめめをくりくりさせて言いました。
 ジンペーちゃんは、すっかり困ってしまいました。このままでは、本当に旅に出ることになりそうです。

「そうじゃないセヨー、けろ子ー。ジンペーちゃん、思い詰めてるセヨー。そこは旅行じゃなくて終活セヨー」
 隣の席に座り、広げた新聞紙で顔を隠していたセヨ様が、バッと顔を上げました。