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映画『ドヴラートフ』を俯瞰する #5

(この記事は #4  の続きです)

「言葉」を愛したドヴラートフ

 最後のポイントとしてドヴラートフの「言葉」へのこだわりについて述べたい。
 なぜ、このような書き方をしたのかといえば、彼のよりどころが「言葉」であり、言語(つまり、母語であるロシア語)への敬意と安易な妥協を許さない作家性を感じるからである。
 本作品の予告編など、ドヴラートフを紹介するとき「亡命作家」と形容されることが多いと思う。しかし、この映画で彼が亡命するシーンは出てこない。むしろ、彼の芸術家仲間であるブロツキーや闇屋のダヴィッドが、社会情勢に追い詰められて亡命を決意する場面が登場する。友人たち同様に苦しめられるドヴラートフも葛藤し、その後の運命を予期させるラストシーンへと導かれていく。この作品がユニークなのは、亡命を覚悟するまでの心理的な変化を克明に描き出している点にあると言えよう。
 ソ連の芸術家と亡命との組み合わせは伝記映画の題材として切っても切れない組み合わせだ。近年上映された中でも『ラフマニノフ ある愛の調べ(2007:パーヴェル・ルンギン監督)』や『ホワイト・クロウ(2018:レイフ・ファインズ監督)』など、亡命を選ぶことの苦悩と故国を捨てる決意が象徴的に描かれている。この二人が旋律や身体表現という人類普遍の「共通言語」を介した芸術家であることに比して、ドヴラートフら文学作品を扱う芸術家というのは、作者の使用する「言葉」というフィルターによって語り/語られるものである。

職業としてのロシア作家

 この映画の舞台とされている1971年から7年後に、ドヴラートフはオーストリアを経由してアメリカへ亡命する[†1]。彼は終焉の地となるニューヨークでも作家活動を継続するが、ロシア語以外で文章を書くことはなかったという[†2]。その点、亡命後に英語で執筆を行ったブロツキーとは異なる[‡1]。
 また、中退したとはいえドヴラートフは大学時代、フィンランド(スオミ)語[†3]を学んでおり他の言語、文化に対しての関心は低くはなかった。そればかりか、本作品ではスタインベックを買い求めようとしたり、闇市で出会ったアルメニア人の学生アレヴィクとヘミングウェイについて会話したりと、20世紀アメリカ文学からの影響を示唆するシーンが登場する。それは、社会批判、個人の内面へのフォーカス、平易な文章といったドヴラートフに特徴的なスタイルは、彼が傾倒したアメリカ文学の作家たちの価値観をロシア文学の世界に投影することを志向した現れと言えるだろう。
 後年、作家で批評家のヴィクトル・エロフェーエフとのインタヴューで自分の民族意識について尋ねられたドヴラートフは『自分は職業としてのロシア人なんだと決めた。それは、つまり、わたしはロシア語で書く。私の職業はロシア作家だということですよ[†4]』と答えたのだという。ユダヤ系、アルメニア系といったバックグラウンドを持ち、アメリカ文学から影響を受けて亡命という体験を経ても、ドヴラートフはロシア語で紡ぐロシア作家であり続けたのである。

母語に対する愛とこだわり

 このレヴューの初回で東京大学の現代文芸論教室について触れた。その教室主宰の講演でわたしの印象に残ったものがふたつ存在する。ノーベル文学賞を受賞したふたりの作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ[‡2]とオリガ・トカルチュク[‡3]に関するものだ。二人は母語とする言語も創作のジャンルも異なる。しかし、自分たちの言語への深い愛という共通性があった。言語は違えど、言語学上同じ系統に属するスラヴ語派の母語を共通点に持つそれぞれの作家から、異口同音に自分たちの「言葉」へのこだわりについてのコメントを聞けたことが印象に残っている。

 翻ってドヴラートフはというと、映画のシーンでも度々出てくるように、言葉遊びや諧謔を交えながらの会話を楽しんだりする。彼にとって、状況に応じて使い分けられるロシア語の動詞の多さや格変化といった文法構造、母音と子音が織りなす音楽的な響きは、文体を形成する上で重要な要素であった。それゆえに、言葉の文化的・歴史的・社会的な背景である「realia(レアリア)」[†5]を、母語以上に表現できる言語は存在し得ないと感じたのではないだろうか?
 葛藤の末に鉄のカーテンをくぐりぬけたドヴラートフにとって、言葉や環境、社会構造そのものが異なるアメリカでロシア語のみを創作活動に続けることは勇気がいることだったに違いない。彼の愛したロシアと故国の「言葉」は、アメリカという亡命先にあっても常に彼の心の中にあり続けたのだとわたしは思う。
(最終回へ続く)

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参考:
<文献>
・『わが家の人々——ドヴラートフ家年代記』/S・ドヴラートフ(著)/沼野充義(訳)/成文社/1997
——[†1-3] p.202
——[†4] p.212-213
・『外国語上達法』/千野栄一(著)/岩波書店/1986(2014・第46刷)
——[†5]『ある時期の生活や文芸作品などに特徴的な細かい事実や具体的なデータ(p.178)』,『言語外現実の知識(p.190)』
<論文>
・外国語学習・教育におけるレアリアの内容と位置づけに関する研究 / 堤正典 / NEWS LETTTER 2013(38), §05 / p.6-7 / 2013年 / 神奈川大学言語研究センター
https://kanagawa-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=6733&file_id=18&file_no=1
・スタインベックの物語世界——人間存在に宿る集団と個人の二重性 (1) / 上優二 / 英語英文学研究 / 35(1) / p.17-28 / 2010年 / 創価大学英文学会
https://soka.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=37391&file_id=15&file_no=1
・ジョン・スタインベック研究 その〔1〕 / 嶋忠正 / 人文論究 13(4) / p.100-83 / 1963年 / 関西学院大学
https://kwansei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=14980&file_id=22&file_no=1
・ジョン・スタインベックの作業的手続き《作業手続き》——マクロの文学(その3)—— / 杉山隆彦 /大妻比較文化比較文化学部紀要 (3)/p.46-65 /2002年 / 大妻女子大学
https://otsuma.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=5535&file_id=18&file_no=1
・ヘミングウェイの文体 / 三留修 / 英文学論集 (13) / p.41-47 / 2005年 / 佛教大学英文学会https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/ER/0013/ER00130L041.pdf
・ヘミングウェイの文体論研究——and の使用頻度を中心に—— / 田中誠/ 長崎国際大学論叢 6 / p.77-80 / 2006年 / 長崎国際大学
https://niu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=710&file_id=22&file_no=1
<Webページ(閲覧:2020.07.25)>
・ブロツキー,ヨシフ(ジョセフ)『レス・ザン・ワン』(北海道大学スラブ研究センター,現代ロシア文学レファレンスオンライン)[‡1]
<講演>
・スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチとの対話—— 『戦争は女の顔をしていない』から『セカンドハンドの時代』へ—— [‡2]
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/genbun/161125alexievich.html
・特別講演「ノーベル賞作家オルガ・トカルチュクの文学とポーランドの文化をめぐって」小椋彩(東洋大学文学部助教) [‡3]
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/genbun/20191223ogura.html


注:スタイリストと評される、←出典は?「スタイリスト=文体にこだわるという人」という意味がすぐ伝わらない

原語の音楽的響き、と、レアリア(広範な背景知識)と、超克が繋がらないように思える。