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【国立能楽堂開場40周年記念】|「NOH・見・ナイト in 大手町」レポート

今春、大好評だった「国立能楽堂開場40周年記念 能楽鑑賞教室 in 大手町」。その第2弾となるプログラムが、去る8月3日(木)に「東京サンケイビル 夏まつり2023」(7/24~8/4開催)で行われました。

猛暑がつづく東京のビジネス街、大手町。今回の「NOH・見・ナイト in 大手町」は夜間(1回目18時30分~、2回目19時30分~)の開催となりました。

会場の1Fフラット特設ステージの前には、キッチンカーが並び、テーブルと椅子が設えられて、お仕事帰りのビジネスパーソンだけでなく、夏休み中のお子さんたちが浴衣で来場する姿も。お酒やおつまみ、軽食を思い思いに楽しむ皆さんで大盛況の“夏まつり”でした。

「東京サンケイビル 夏まつり2023」(7月24日[月]~8月4日[金])。「NOH・見・ナイト in 大手町」は、暑さを避け仕事帰りにお楽しみいただけるよう夜間に開催されました!

さて、「NOH・見・ナイト in 大手町」に登場されたのは、7月27日(木)に開催された「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」にも出演された、シテ方宝生流能楽師の武田たけだ伊左いささんと、父上の武田孝史たかしさんです。

武田伊左さんは、3歳から武田孝史さんのもとで稽古を始め4歳で初舞台を踏みましたが、小さい頃はその厳しい指導に泣いてしまうこともあったそう。2013年(平成25年)に能「吉野静」で初シテ(初めての主役)を務めてから今年で10年となりますが、現在は国内外での公演のほか、海外公演時に現地でワークショップも開催するなど、多忙な日々を送っています。最近では、6月に宝生流のポーランド・ワルシャワ公演に出演、9月には主宰するデンマークでの能楽普及プロジェクト「NOH+DENMARK」の6回目を開催予定です。

シテ方宝生流能楽師・武田孝史さん(右)と武田伊左さん。

また、今年は武田伊左さんにとって、“大きな挑戦の年”でもあるそうです。

武田伊左さん:能では“ひらキ”といって、稽古の年次を重ねていく過程で、いわば“登竜門”のような曲がいくつかあります。能の流儀(*1)によって違いがありますが、稽古の進度に則して目標とする曲を“披く”ことで、能楽師としてより高い芸術性を表現できるよう身体的にも大きな挑戦をするため稽古に励むのです。

(*1)能のシテ方には、現在5つの流儀がある。観世流、金春流、宝生流、金剛流、喜多流。

私は今年、1年のうちに「石橋しゃっきょう」(*2)と「みだれ」(*3)という、数ある能の大曲のうちの2つを披かせていただきます。どちらも父と一緒に務めます。宝生流は女性能楽師が多い方なのですが、男女の能楽師がともに同じ舞台に立つ機会はなかなかありません。大変嬉しく思うとともに、身が引き締まる思いです。

(*2)「石橋」は中国・清涼山が舞台。古来の獅子の舞に『十訓抄じっきんしょう』所収の寂昭(俗名:大江定基)の入唐説話を織り交ぜて脚色されたといわれる。
(*3)中国古典に取材した酒の徳を讃える賑やかでおめでたい曲。「乱」という速さやリズムに変化のある特別な舞と、二匹の猩々が登場して相舞あいまいする「和合」という特殊演出(「小書こがき」という)で行われることがある。

そう話す武田伊左さんを受けて、武田孝史さんが続けます。

武田孝史さん:私が若いころは女性が能を舞うこと自体が稀でした(*4)。女性能楽師が『石橋』や『乱』を舞うのは、今の時代だからこそ実現できると言えるのではないでしょうか。

(*4)女性能楽師が一般的な公演に出演するようになったのは1948年以降とされる。

続いて、能の実演です。特設ステージの前には、お酒を楽しむたくさんのビジネスパーソンがテーブルを囲んでいます。今回、武田伊左さんが選んだ曲は、お酒が重要な要素になっている、能「猩々しょうじょう」(*5)です。能楽堂での通常の能楽公演では、赤頭あかがしらという長い毛のカツラと赤い色が特徴的な装束で、お酒に酔った様子を表すこの曲専用の赤いおもてを掛けて上演されます。今回は、曲の一部、舞の部分が袴姿で披露されました。

(*5)「猩々」は、現代のイメージではオラウータンのような全身真っ赤で長い毛に覆われた動物で、中国古典が源泉の架空の動物。能「猩々」は、親孝行の男・高風こうふうが夢のお告げに従って揚子ようずいちで酒を売ると次第に富み栄えるようになる。いつも高風から酒を買い求めていた猩々は、酒の御礼にいくら酌んでも尽きることがない酒の壺を贈って舞い、酔いに任せて最後は臥せる。じつはこれも夢だったが、酒壺は残って、高風の家は末永く栄えたという。                                                                                                  

武田伊左さんが、猩々がお酒をついでいる場面、盃を持つ場面、お酒に酔っている場面、最後は酔って寝込んでしまった場面を、わかりやすく場面ごとに区切って、扇を使い舞の所作を実演しながら解説します。

そして武田伊左さんが朗々とした声で謡い、武田孝史さんが先ほどの場面を通して舞ってくださいました。事前の解説があったので、流れるような舞の動きのなかに、それぞれの場面をすぐに見つけることができました。

第1回目(18時半~)のステージで「猩々」の一場面を舞う武田孝史さん(左)と、謡を務める武田伊左さん。第2回目(19時半)では謡を武田孝史さんが務め、武田伊左さんが同じ場面の舞を披露しました。

さらに、能「放下僧ほうかぞう」から仕舞「小歌こうた」が披露されました。「放下僧」は、兄弟が果たす“仇討ち”がテーマの能です。兄弟は当時流行の大道芸の一つ「放下」を謡い舞う僧に扮して素性を隠し、芸能や禅問答にも通じたかたきを前に、芸尽くしで油断させて本懐を遂げる、その芸尽くしの場面の一つが仕舞「小歌」です。

能「放下僧」より仕舞「小歌」を舞う武田孝史さん。
能「放下僧」より仕舞「小歌」を舞う武田伊左さん。

祇園、清水きよみず、嵯峨野などの地名が散りばめられ、水や風になびく柳の風情を謡ってみやこの春を謳歌する、この作品が書かれた当時流行していた小歌。その舞のなかで車をく牛を描写する場面が出てきます。 “車を牽く牛”はどんな風に表現されるのかと思っていましたら、なるほど! 扇で角を表し、絶妙な角度で見事な“車を牽く牛”がそこに立ち現れました。

*  * *

国立能楽堂は今年9月で開場40周年を迎えます。9月は1カ月にわたって記念公演が開催されますが、多くの公演でチケットは早くも売切中とのこと。記念公演最終回(9月30日[土])は、武田孝史さんがシテを務める能「望月もちづき」。こちらも“仇討ち”がテーマの名曲の一つとして知られています。

能「望月」より。シテ(小沢刑部友房)武田孝史 写真=工房円

今後も来年2024年3月まで「開場40周年記念」を冠した催しが続きますので、10月以降の公演もぜひご注目ください。

また、12月3日(日)には、東京・渋谷のセルリアンタワー能楽堂にて、今年古希を迎える武田孝史さんのお祝いの舞台でもある公演で、武田孝史さん、伊左さん父娘での「石橋 連獅子」が予定されています。

能「石橋 連獅子」より。白獅子  武田孝史(右)ほか 写真提供=武田孝史

「私がかつて父と披かせていただいたこの曲を、女性能楽師となった娘と一緒に舞うことになるとは、感無量です。自分が若い頃には考えもしなかった企画で、娘とともにさせていただけるとは夢にも思いませんでした。女性能楽師も活躍する時代になったのだと感じています」と武田孝史さん。

華やかな装束も魅力の一曲、興味を持たれた方はご覧になってはいかがでしょうか。

およそ700年の歴史がつづく能楽。能楽は、観る楽しみだけでなく、体験する楽しみ、謡を謡う楽しみもあります。武田孝史さん、武田伊左さんは一般の方にも教えていますが、小さなお子さんから90代の方まで、それぞれの目標や楽しみ方で稽古をつづけていると伺いました。老若男女、幅広い層の方々が静かに熱く注目しています。皆さんも、能楽の世界を体験してみませんか。

* * *

武田孝史(たけだ・たかし)
昭和29年(1954)、東京生まれ。6歳で「鞍馬天狗」花見にて初舞台、18歳で「禅師曽我」にて初シテを務める。これまで「石橋」、「道成寺」、「乱」、「翁」、「隅田川」、「安宅」などの大曲を披露。重要無形文化財総合指定保持者。公益社団法人宝生会理事、公益社団法人能楽協会会員、一般社団法人日本能楽会理事。東京藝術大学名誉教授。同門会「喜宝会」主宰。

武田伊左(たけだ・いさ)
平成6年(1994)仕舞「絃上けんじょう」にて初舞台、平成25年(2013)能「吉野静」にて初シテを務める。東京藝術大学在学中に安宅賞、同大学院在学中にアカンサス音楽賞受賞。アメリカ、韓国、イタリア、フランス、アラブ首長国連邦など海外公演に携わり、自らもデンマークにて能楽普及プロジェクトNOH+DENMARKを発足させ代表を務める。国内外にて公演やイベントの企画運営、英語でのワークショップや他分野の方との体験講座を開催、能楽の魅力発信に力を入れる。公益社団法人能楽協会会員。公益社団法人宝生会会員。同門会「喜祥会」主宰。
公演・稽古のお問い合わせは、「喜宝会」、「喜祥会」ともこちら
※「喜祥会」の「祥」の偏は、正しくは「示」。

プロフィール写真提供=武田孝史・武田伊左
文・写真=根岸あかね

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