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バスを降りたら、そこは|五嶋奈津美(イラストレーター)

各界でご活躍されている方々に、“忘れがたい街”の思い出を綴っていただくエッセイあの街、この街。第20回は、イラストレーターの五嶋奈津美さんです。かつて訪れたイタリアで見た、忘れられない街の風景を綴っていただきました。

ツアーはお好きですか?

いろんな旅行会社が出している、「北海道周遊3日間」とか、「パリ、ローマ7日間」などの、添乗員さんが付いて観光地をあちこちめぐる募集型団体旅行のことです。

私は今イラストレーターとして活動していますが、大学卒業後6年間ほど、旅行会社で添乗員として働いていました。

小さな会社だったので、ツアーの企画から広告作成、添乗員として旅行に同行するところまで一貫して行い、それはそれは激務でしたが、自分の作った旅行に実際に添乗するのは何ものにも代え難い楽しい経験でした。

ツアーというと、慌ただしそう、団体で行動するのが煩わしそう、などという理由で毛嫌いする方もいらっしゃるでしょう。けれど私は、旅行内容をよく吟味すれば、ツアーはとってもいいものだと思います。

選ぶときのアドバイスとしては、誰もが知る有名な観光地だけではなく、ちょっとマニアックな観光地も入っていると良いです。そこにはツアー企画者の、ただ売れ筋を繋げただけではない、その地に対しての愛情のようなものが感じられるからです。

私は新婚旅行も迷わずツアーで行きました。南イタリアをめぐる7日間という某大手旅行会社が出しているツアーでしたが、その旅行でいちばん印象に残っているのは、ナポリでもポンペイでもアマルフィでもなく、ガイドブックにたった数行しか案内が載っていなかった「マテーラ」という街でした。

長いバス移動の後で、添乗員さんが「着きましたよ!」と言った時には、車中の乗客ほとんどが眠そうな目をして、次の名所への中継地だな、くらいの気持ちでバスを降りたと思います。しかし眼前に広がる風景に、誰もがその目を覚ましたでしょう。その時どんなに私が心打たれたか、とても言葉では言い表せません。なので絵に描きました。それがこの絵です。

きっとゴッホもモネもゴーギャンも、そういう気持ちで風景画を描いたんじゃないかな、と思います。

この絵の建物部分はすべてサッシと呼ばれる昔ながらの洞窟住居で、その歴史は石器時代までさかのぼることができるそうです。

街の中は家も道も全てこの白っぽい石の色をしていました。現在はその一部に、外側だけ昔のままで、中は電気も水道も通って実際に人が暮らしており、所々に洗濯物が干してあったり鮮やかな花が植えられていました。

この街はただ美しい遺跡というだけではなく、今もなお生活の場として生き続けているんだなぁ……とぐっときました。

その一角にある洞窟レストランでは、毎日何組ものツアー客が来るのだろうに、ウェイターの若いお兄さんが、少しの日本語を交えながら心からの笑顔で私たちをもてなしてくれました。

旅行のあと、夫に聞いたらやっぱりマテーラがいちばん良かったと言っていて、なんだか嬉しくなったのを覚えています。

石の街・マテーラ、皆さんも機会があったらぜひ行ってみてください。

バスを降りたら、想像したこともない風景が待っているかもしれない。時たまこういうことがあるから、ツアーはやっぱり面白いのです。

文・イラスト=五嶋奈津美

五嶋奈津美(ごしま・なつみ)
イラストレーター。長野県出身。旅行会社勤務ののち、イラストレーターの唐仁原教久氏、装幀家の大森賀津也氏が主宰するHB塾でイラストレーションを学ぶ。旅行会社勤務時代に日本各地を旅した経験から、旅先の風景や暮らし、自然を中心に描く。見た人がその地を訪れた気分になれるような、空気感を伝えるイラストレーションを目指している。
HPhttps://www.natsumigoshima.com/
Twitterhttps://twitter.com/GoshimaNatsumi
Instagramhttps://www.instagram.com/natsumi.g1221/

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