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風船みたいなぷっくり象(養源院・俵屋宗達『白象図』)|京都 動物アートをめぐる旅

動物美術の「名作」を求めて、名物学芸員・金子信久さんが京都の町をてくてくと歩きます。まずは、琳派の祖、たわら宗達そうたつの白象がいる洛東の養源院ようげんいんへ──。(ひととき2023年1月号「京都──動物アートをめぐる旅」より)

はん図には動物たちがたくさん描かれているでしょ。お釈迦様の死を動物たちが泣いて悲しんでいる絵。とくに象は、大きな体をよじるようにして、おいおい泣いている。あれを見るとすごくきゅんとしてしまうんです」

 京都に向かう新幹線の中でそんな話をしてくれた金子信久さん。動物を探しながらの京都美術散歩のトップバッターは、洛東にある養源院だった。1594(文禄3)年、豊臣秀吉の側室・よど殿が父・あざ長政ながまさの追善のために建立した寺である。

「ここには、俵屋宗達が描いた素晴らしい白象がいるんですよ」

 何度も訪れたことがあるという金子さんは、弾むような足取りで参道をゆく。

養源院の参道を本堂へ向かって歩く金子さん。「初めてここを訪ねたのは、大学生の頃。これで何度目かなあ」

「ようこそ、いらっしゃいました」

 にこやかに迎えてくださった副住職の𠮷水よしみずぎょうゆうさんが、使い込まれた廊下の最奥にある杉戸の前へと案内してくれた。

 金子さんは久しぶりに対面を果たした白象の前に座り込み、しばし沈黙──。その後ろ姿から静かな興奮が伝わる。

本堂の廊下の奥で参拝者を出迎えるのが、宗達筆の杉戸絵《白象図》。そのユニークな造形から目を上に転ずれば、伏見城から移築した血天井がある

「風船をぷうっと膨らませたようなユニークな造形、大胆な線描、いくら見ても見飽きません。宗達が描いた当時のまま、こちらに残されていることが奇跡です」

「白象」を含む杉戸絵は、裏表あわせて4点がすべて養源院に保存されている。これらは淀殿が建立した当時の寺が焼失後、淀殿の妹で2代将軍徳川秀忠の正室・おごうによって再建された折に描かれた。

「再建後の養源院は、徳川幕府の歴代将軍の位牌を祀る寺院となりました。再建されたのは1621(元和7)年です。実はこの年は大坂夏の陣で自害して果てた淀殿と豊臣秀頼の7回忌の年。徳川の人間でありながらお江は、密かに豊臣方の姉と甥の菩提も弔うために、この寺を再建したのです」と副住職。お江は当然噴出するであろう徳川方の反対の声を封じるため、廊下の天井に徳川の兵士らを鎮魂する名目で伏見城の血天井を移築した。

「仏教の中心仏は釈迦如来。そのきょう* は文殊菩薩と普賢菩薩です。そしてそれぞれの乗り物が獅子と象ですね」(𠮷水副住職)

 話を聞いていた金子さんが膝を打つ。

「だから唐獅子と象が杉戸に描かれているのですかっ!」

 副住職がニッコリとうなずく。

「血天井が張られた廊下の入り口に唐獅子の杉戸、そして最奥に白象の杉戸。お堂そのものが釈迦三尊像の形式をとっています。これらの杉戸が美術館や博物館ではなく、当寺になければ意味がないのはこのため。これからもずっとここで守り続けていきたいと思っています」

 いつもは絵にばかり注目していたという金子さんがぽつり。

「実は、2024年に『仏の国の美術』をテーマにした展覧会を企画しています。今日はひと足早く、仏の国の動物たちの歓待を受けた気分です。何度も見てきた宗達の絵だけれど、今回が一番心に響いたなあ」

旅人=金子信久 文=橋本裕子 写真=中田 昭 企画構成=久保恵子

──この続きは、本誌でお読みになれます。禅寺の竜やかわいい版画が楽しめるお店まで、動物アートの名所をめぐり、日本で動物の美術が花開いたその歴史を紐解いていきます。新年の干支、兎をはじめ十二支にちなんだ動物画や彫刻、金碧障壁画などのグラビアもお見逃しなく。愛らしい動物アートが結集する貴重なこの機会、ぜひご一読ください。

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【目次】
●[特別鼎談]動物アートの魅力 @京都国立博物館
●動物を探して 京都、美術散歩[前編]
●コラム 「干支の動物画」の楽しみ
●動物を探して 京都、美術散歩[後編]

養源院
☎075-561-3887 
京都市東山区三十三間堂廻り町656
[時]10〜15時
[休]不定休
[料]600円
https://yougenin.jp/

出典:ひととき2023年1月号

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