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【伊勢根付】神宮の加護を願った土産物(三重県伊勢市)

日本全国の“地域の宝”を発掘する連載コーナー「地元にエール これ、いいね!」。地元の人々に長年愛されている食や、伝統的な技術を駆使して作られる美しい工芸品、現地に行かないと体験できないお祭など、心から「これ、いいね!」と思える魅力的なモノやコトを、それぞれの物語と共にご紹介します。(ひととき2024年2月号より)

 無事にカエレますように──。

 江戸時代、お伊勢参りの土産として人気だった根付ねつけ。年間に何十万人もの庶民が全国から伊勢神宮を目指して旅をするようになったその頃でも、道中は険しく、追い剥ぎなど危険もあった。だから職人たちは旅の安全を祈って根付にカエルを彫ったのだという。七福神や十二支などの縁起ものも。

中川忠峰さんと梶浦明日香さんの伊勢根付。中川さんの栗(手前右端)は逆さにすると栗食い虫がぴょこんと顔を出す。愛らしいかぐや姫(ツゲの台上右)とラナンキュラス(手前左)は梶浦さんの作品 撮影協力=五十鈴川カフェ

 根付とは、煙草入れなどの小物と紐で結び、帯に挟んで携帯するための留め具。この目立たない実用品に、限りない楽しみが広がる。

 身につけるものだから小さく、そして帯や手を傷つけないように丸く、滑らかに。その制約のなかで職人たちは、「無事にカエル」などの洒落しゃれ、持つひとを楽しませるユーモアにからくり、謎かけ、頓智といった遊び心やウィットを、てのひらにおさまる彫刻にふんだんに詰め込んできた。根付の素材はさまざまだが、伊勢根付では市内の朝熊山あさまやまに自生するツゲを使う。

200本近い彫刻刀を使い分けている。中には自作したものも
朝熊ツゲは年輪が密で堅く、細かい彫りに最適
彫りは全体のバランスを見ながら

「彫り方は独学。仲間と励まし合いながら、切磋琢磨したよ」とは現代の職人、中川忠峰ただみねさん。伊勢根付彫刻館の館長も務める。

中川さんの作品 [上]瓢箪を振ると飛び出してくるのは、駒は駒でも将棋の駒 [下]かつて高円宮殿下もお買い上げになったモチーフの「ヤドカリ」。象嵌〈ぞうがん〉の精緻な技で、フジツボを表現

 明治の開国後、根付は欧米人にその芸術性を高く評価され、優品がほぼ全て外国へ流出してしまった。いまの日本では根付という言葉すら知らないひとが多いのに、海外の名だたる博物館は充実したコレクションを展示している。

「知れば知るほど、このすばらしい文化を未来に伝えなければならないと強く思いました」

 若手根付職人の梶浦明日香さんが目を輝かせる。NHKアナウンサーとして伊勢根付を取材したのをきっかけにその魅力に惹かれ、12年前、中川さんに弟子入りした。持つひとを想ってつくられる根付は、つくるひとの思いや人柄も映すのだと梶浦さんはいう。

仲の良い師弟、中川さんと梶浦さん。「たくさんのひとに慕われる師匠の人柄も、私の憧れです」(梶浦さん)

「師匠の作品は大らかで優しく、見ると笑顔になれるんです。私もそんな作品をつくりたい」

 掌のなかで根付は、心の温かさも次の世代に伝えている。

梶浦さんの作品 [右]「枝豆」を振ると豆が動く。小さな音を楽しむ [左]「丸ねずみ」は子孫繁栄・財運の縁起物

文=瀬戸内みなみ 写真=佐々木実佳

ご当地INFORMATION
伊勢市のプロフィール
伊勢神宮の鳥居前町として古くから発展し、現在も国内外から年間数百万人が参拝に訪れる。歴史に育まれたさまざまな伝統工芸、伊勢うどんなど独特の郷土料理も魅力。伊勢志摩国立公園の玄関口でもあり、神宮の広大な森や伊勢湾、南部の山々が見せる四季折々の自然も美しい観光都市だ。
●問い合わせ先
伊勢根付彫刻館
☎0596-25-5988
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/matikado/da/detail?kan_id=835494
五十鈴川カフェ
☎0596-23-9002
https://okageyokocho.com/main/tenpo/isuzu_cafe/

出典:ひととき2024年2月号

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