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【焼鯖そうめん】若狭から運ばれる鯖がもたらした長浜のソウルフード(滋賀県長浜市)

日本全国の“地域の宝”を発掘する連載コーナー「地元にエール これ、いいね!」。地元の人々に長年愛されている食や、伝統的な技術を駆使して作られる美しい工芸品、現地に行かないと体験できないお祭など、心から「これ、いいね!」と思える魅力的なモノやコトを、それぞれの物語と共にご紹介します。(ひととき2023年7月号より)

滋賀県長浜市のある琵琶湖北東部一帯は、湖北地方と呼ばれる。福井県のわかで獲れた海産物を運ぶさば街道は湖西のルートが知られるが、つるから湖北一帯へも若狭方面の魚介が多くもたらされた。

「昔からこの土地では、鯖をよく食べてきたんです」と話すのは、ろうの辻郁子さん。しかも「西の鯖街道は酢締めでしたが、湖北には焼鯖が運ばれてきました」と。脂ののった鯖を竹串に刺して一本丸ごと焼き上げた〝浜焼〟で、春の農繁期には農家へ嫁いだ娘に焼鯖を贈ってねぎらう「五月見舞い」の風習が根付いていた。「浜焼を削いで食べ、翌日には残った鯖を炊いて、その汁でそうめんを煮たのが、鯖そうめんの始まりだと思う」と郁子さん。

竹串に刺した“浜焼”の状態で福井県小浜市から取り寄せている

祭事や法事で親族が集まると、大皿に鯖そうめんを盛りその上にどーんと焼鯖を載せてもてなすこともあるが、むしろ鯖そうめんは作り置きする日常茶飯だった。郁子さんが子どもの頃のおやつは、焼鯖そうめんばっかり。お弁当にも持っていったのだとか。翼果楼の焼鯖そうめんは、郁子さんの舌に記憶された母の味だ。「醤油も長浜産で近所のなべしょう商店製。他所よそのでは、この味が出せません」

旧北国街道沿いに店を構えており、昼時にはお客が列をなす人気店
毎年4月に行われる長浜曳山祭。鯖そうめんはこうしてハレの日のごちそうとして食べられてきた

ご主人の達也さんは、ばま市から届く浜焼を切り分け、こくがある醤油をベースに、2日間かけて煮込む。しっかり炊かれた鯖は口中でほろほろと崩れて骨まで食べられる。一般的な鯖の煮付けとは違って、旨みが深く濃く宿る味わい。そうめんにも鯖の風味がのって、絶妙の取り合わせだ。

翼果楼の「焼鯖そうめん」と「焼鯖寿司」。鯖の煮汁が染みた三輪そうめんの高級ひね細麺は味わい深くのど越しがいい
大量の焼鯖を鍋で煮込むご主人の辻達也さん

店によって作り方も味も違いがある。料理旅館「はまげつ」では、お昼に「焼鯖そうめん御膳」を提供。鯖は有馬山椒を加えた醤油タレで炊く。小鉢を邪魔しない上品ですっきりした味わいだ。女将の岸本裕子さんは彦根市出身。40年前に嫁いで初めて焼鯖そうめんを知って驚いたそうだ。「彦根にはない長浜の味」と語る。湖北の暮らしで培われた風土の味だ。

[浜湖月]鯖そうめんは、びわ鱒や赤こんにゃく、いさざの佃煮などの名物も味わえる御膳スタイル(要予約)

ご当地INFORMATION
●長浜市のプロフィール
琵琶湖の北東に位置し、羽柴秀吉が初めて一国一城の主となった地として知られる。北陸道と中山道をつなぐ旧北国街道の宿場町として栄え、古い町並みを残す一角に飲食店や骨董店が連なる「黒壁スクエア」は人気の観光スポット。毎年春に行われる長浜曳山祭では、豪華な曳山(山車)が町中を巡行して賑わう
●問い合わせ先
翼果楼 ☎0749-63-3663
浜湖月 ☎0749-62-1111

文=片柳草生 写真=佐々木実佳

出典:ひととき2023年7月号

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