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【イベントレポ】恐竜少女が古生物学者になって、思い出のまんがを復刊させた話(前編) #吉川豊×木村由莉スペシャル対談1

上野の国立科学博物館で絶賛開催中の特別展「化石ハンター展」。
化石そのものではなく、化石を発掘する者(=化石ハンター)にスポットを当て、その冒険物語と彼らの功績をたどっていくというこれまでになかった展示構成が話題だ。
総合監修を務めるのは、同館地学研究部の古生物学者、木村由莉博士。
幼少期に出会ったある学習まんがに影響を受け、伝説の化石ハンター、ロイ・チャップマン・アンドリュースを主役にした展示を作った。
その「ある学習まんが」こと、故・たかしよいち原作の『きょうりゅうのたまごをさがせ』が、化石ハンター展の開幕に合わせ、なんと34年ぶりに復刊!
まんがを手がけた吉川豊先生と、改訂版の監修者であり、まんがの熱狂的ファンである木村由莉先生の夢の対談が実現した。

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*本記事は、2022年8月2日に開催されたオンラインイベント「化石ハンター展をもっと楽しむ90分! まんが『きょうりゅうのたまごをさがせ』復刊&『化石の復元、承ります。』刊行記念イベント」の内容をもとに作成しています。

※イベント告知時の画像です※


7年越しのラブコール

――化石ハンター展が開幕しましたが、反響はいかがですか?

木村:いろんな角度から見てもらえているみたいで、思ってもないような感想が届いたりしていて、今すごく楽しいです。構想に5年、準備に3年くらい費やして長い時間をかけて作ってきたんですけど、今はようやく自分の手から離れて、一安心って感じですね。

――この化石ハンター展の原点には、木村先生が子供の頃に愛読されていた学習まんが『きょうりゅうのたまごをさがせ』(1988年刊/理論社)があったとうかがいました。実は、この化石ハンター展の開幕に合わせて、木村先生監修で34年ぶりに復刊されたんですよね。お話がきた時、吉川先生はどう思われましたか?

吉川:まんがの仕事をしばらくやってなかったんですよ。だから絵を描けないんじゃないかと思って最初はお断りしたんです。でも「かつての読者が」って言われて、その言葉に弱くて、お役に立ちたいなって感じで重い腰を上げました。「あとがき」にも書いたんですが、地層に埋もれていたこの本をよく見つけてくれたなって感じです。

木村:実は7年前からラブコールを送ってたんです。この本が大好きでずっと大切にしてたんですけど、アメリカに留学する時に荷物を全部売って手放しちゃったんですよね。科博に就職して日本に帰ってきて、改めてこの本を読みたいなと思って探したら、全然見つけられなくて。結局中古で買い直せたんですけど、今の子たちにも絶対おもしろい本だから、どうしても復刊してほしいってずっと思ってました。なので、その思いをいろんなところで訴えてたんです。頼まれてコラムを書くことがあるんですけど、その中でもずっと書いてきたし、出版社の方にお会いしたら「復刊したいんですけどどうにかなりませんか?」って、いろんなところで言いまくって。

――確かに、『もがいて、もがいて、古生物学者!!』(2020年刊/ブックマン社)の「あとがき」でもこのまんがのことに触れていました。

木村:ブックマン社の編集さんの口説き文句が、「本を書いて先生が有名になったら、その気持ちが届くかもしれませんよ」だったんです。だからなんで『もがいて、もがいて、古生物学者!!』を書いたかっていうと、『きょうりゅうのたまごをさがせ』を復刊させたかったから(笑)。本の中で『きょうりゅうのたまごをさがせ』への思いを自由に書いていいって言われたので、自由に書かせてもらって。そしたら本当に版元の理論社さんに繋がって、絶対にNOって言われると思ってたお返事が「いいですよ」だったので、その時は本当に嬉しかったです。

吉川:『もがいて、もがいて、古生物学者!!』は僕も読ませてもらいましたけど、その内容と、今のお話を聞いていると、木村先生のバイタリティというか、行動力が本当にすごいなって思いますよね。執念っていうか(笑)。

――かつての読者が、古生物学者になって、口説き落として本当に復刊させてしまうって、それだけでドラマを感じてしまいます。

吉川:アンドリュースと全く同じじゃないですか。どうなるかわからないのにゴビ砂漠に行っちゃったアンドリュースと同じ。


大好きだった「歴史探偵」

――木村少女を夢中にさせた『きょうりゅうのたまごをさがせ』。改めて、木村先生にとって、どんな本でしょうか。

木村:このまんがは、恐竜が大好きな少年ヒロキと、そのお姉ちゃんのユミと、国立科学博物館に勤める2人の先生……古井博士と、古生物学者のたまごの丸山さんが登場して、実際にあった発掘の物語をたどりながら、そこで生まれた謎を解いていくっていうストーリーなんですけど、やっぱりヒロキたちにすごい感情移入するんですよ。印象的なセリフもいっぱいあって。でも、このまんがの元になっている、たかしよいち先生のエッセイは、発掘の物語を史実として描いたもので、このヒロキたちの物語はないんです。まんがオリジナルだったんですよね。それを今回、復刊に関わらせてもらって初めて知って、すごく驚きました。

――元々の原作にはなく、まんが化にあたって設定されたストーリーだったんですか。

吉川:たかし先生の『きょうりゅうのはかば』という本を学習まんがにしてほしいという依頼だったんですけど、読むとエッセイなので、学習まんがにするには相当改編しないと作れないってまず思って。ただ僕は専門家じゃないし、インターネットがある時代じゃないから、とにかく図書館をハシゴして、本屋さんをまわって、情報集めだけでものすごい時間がかかったんですけど、それを読んで理解して整理して、そこからシナリオを作るっていう感じでした。当時考えたのは、「まんがにした教科書」みたいなものじゃなくて、まんが自体をおもしろくして、登場人物に感情移入させて読者を惹きつけようと。夢中になって読んだら結果としていろんなことを知れる、それを狙ったんですよね。

木村:登場人物が歴史探偵に扮して謎を解いていく物語は本当にワクワクして、私も完全に自分が歴史探偵の一人になったつもりで読んでました。


図鑑には描かれない発掘の物語

木村:発掘の裏エピソードとかもたくさん描かれているじゃないですか。例えば、アンドリュースは実際に発掘が苦手だったんですけど、このまんがで、カメラマンのシャッケルフォードと助手のオルセンが本当によく化石を見つけるのに、アンドリュース自身(注:アンドリュースに扮した丸山さん)は化石を見つけられなくて、「すごいなあ! そんなにかんたんに化石を発見できて…(オレなんかまだ一コも見つけてないのによー)」って言うシーンがあるんですよね。それを読んでいたので、アンドリュースが発掘が苦手だったことを私は子供の頃から知ってたんですけど、こんなことって論文を読んでもなかなか出てこないので、当時、どうやってこの情報を集めたのかなって。

吉川:34年前だから全然覚えてないけど、かき集めた資料の中にあったんだと思います。

――学説的なところだけでなく、人物像や、物語の中で描かれるちょっとしたエピソードも、ちゃんと史実に基づいたものなんですね。

木村:しかも、すごく正確です。今回監修作業をしながら、ずっとびっくりしてました。監修作業の中でも、学説的なところの確認はそんなに大変じゃないんですよ。例えば、1988年版にはイグアノドン類が水中で暮らしていたという説明があったり、ティラノサウルスがゴジラ立ちで復元されていたりするんですけど、それが今は違うというのは、図鑑でもわかることなので。でも、他にも、化石ハンターのバードが登場するんですけど……

――『きょうりゅうのたまごをさがせ』に収録されている3つのお話の中の、「きょうりゅうのあしあと」で描かれる化石ハンターですね。

木村:別種の2つ恐竜の足跡が重なるように残っていて、それが獣脚類と竜脚類(肉食恐竜と植物食恐竜)の戦いの跡なんじゃないかっていうシーンで、そこに描かれている足跡が、実際にバードがテキサスで描いたスケッチとほとんど同じなんです。バードさんって、日本で普通に資料を探しても出てこないと思うんですよね。知名度で言ったら、化石戦争のことを知っている人やアンドリュースのことを知っている人でも知らないかもしれないような、そんな人のエピソードまでものすごく正確に復元されているので、これが一番ぶったまげました。

吉川:まんがを描くときに一番困ったのが、画像がないんですよ。だからいろんな資料をかき集めて、その中に写真があったらものすごく貴重だから、それをヒントに描いてたと思うんですよね。

木村:でも、こんな感じで、調べても調べても全部正確な情報だったんですけど、1か所だけ間違いを見つけて。

――お! それはどこですか?

木村:テキサス州に行ったバードが、商人のお家の納屋で足跡化石を見つけるシーンなんですけど、これが実は、商人のお家ではなくて、裁判所の納屋の壁にあったっていうのが本当の話。ここが唯一、私が仕事したなと思ったところですね(笑)。よっしゃー、見つけた!って(笑)。

――でも、逆に1カ所ってすごいですね。

木村:これは私の先生であるルイス・ジェイコブスさんの『Lone Star DINOSAURS』という本に書いてあってわかったんですが、でも他は全部合っていて、これってすごいことなんです。論文はそういうことを落として書くんですよ。発掘がどれだけ大変だったかなんて絶対書かないので、子供たちは図鑑を読んでもこういった裏エピソードにはたどり着けない。だから、子供向けの学習まんがでありながらそれをカバーしている、この本はすごい素敵。かつ、すごい正確だったというのが、大人になって古生物学者になって、監修作業をする中でわかって、それは本当に嬉しかったですね。

(聞き手:星詩織 / 編集:藤本淳子)

→#吉川豊×木村由莉スペシャル対談2へ続く
→#吉川豊×木村由莉スペシャル対談3を読む


profile
吉川豊
神奈川県生まれ。中央大学卒業後、永井豪のダイナミックプロダクションに所属したのちに独立。まんがを担当した書籍に『まんが化石動物記 全10巻』『まんが世界ふしぎ物語 全10巻』など多数。著書に、自身で世界中の謎を調べてまんが化した『まんが新・世界ふしぎ物語 全4巻』『まんがふしぎ博物館 全7巻』(以上理論社)などがある。

木村由莉
1983年、長崎生まれ。神奈川育ち。国立科学博物館地学研究部生命進化史研究グループ研究主幹。早稲田大学教育学部地球科学専修卒業。米サザンメソジスト大学地球科学科で修士号・博士号取得。フィールド・ベースの古生物学者にあこがれ、古生物学の世界に飛び込んだ。著書に『もがいて、もがいて、古生物学者!!』、監修した書籍に『ならべてくらべる絶滅と進化の動物史』、『恋する化石』(以上ブックマン社)など。


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