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缶コーヒー

冬の深夜、病院の廊下で待つ死。
危ない、と言われた祖父の、残された時間。
談話室に集まる、近しい親族。
異常なざわめきに震えながら、コーヒーの自販機を探している。

仄暗い中で光る無機的な箱。
コインが吸い込まれていく音を聞きながら、
ありきたりなコーヒーのボタンを押しながら、
無神経な落下音に驚きながら、
スチール缶の熱さを持てあましながら、
上着のポケットや袖の厚みを総動員して、10本の缶コーヒーを抱え、

ただ、祖父の死を待ってる。
呼吸が冷たい。

どうして歩いているのだろう。
靴音ばかりが床に響く。

退院を楽しみにしていた祖父。
もう帰れないと悟って、諦めてしまった

伯母が、母が、いとこたちが、泣く。
この瞬間のためだけの、残酷な待機。
硬くなった祖父から蒸発する生を吸い込みながら、孫という役割をこなす。
仕事のように。

夜が明けて、ポケットの中に一つだけ残ったぬるい缶。
弄ぶ左手が、苦笑している。


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