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湖のような悲しみが溜まっている(日常の不思議ファイル 27)

26の続きです。
そんな訳で私はピラミッド温泉で週に一度、施術をすることになりました。

そうは言っても正式に治療みたいなものを習ったわけではありません。
今まで直接の対価をもらって仕事をしたことが無かった私は
毎日が真剣勝負でした。

そんな日々が始まってしばらくすると、
福島県のN町から4人の方々が温泉に泊まりに来ました。

4人のうちの一人はオーナーの古くからの友人のヒロさん
(この時知合いました)
1人は、N町一番の長老のH翁。
もう一組は、高橋さんのおばあちゃんと孫

それぞれ一人ずつ、順に施術をしました。

長老のH翁の施術中、背中に触っている時です、
深い悲しみの湖が広がっているのを感じました。

人知れぬ深い山の奥に、誰にも知られず、深い水をたたえた湖。
訪れる者もなく、鳥の声さえ聞こえてこない、深い悲しみの湖。

H翁は人を寄せ付けぬ頑固な雰囲気を漂わせた老人でしたが、
私は施術が終わった後、

「背中に深い悲しみが湖のようにたまっていますね。」

とだけ言いました。やはりH翁は黙ったまま反応はありませんでした。

皆さんの施術が終わり、オーナーもやってきて、
改めて全員が施術室の丸いテーブルに集合しお茶を飲んでいるところに
私の友達Tが遊びに来ました。

ピラミッド温泉を紹介してくれた人で
何年か前、インドで日本人学校の先生をしていたという変わり種です。

彼はオーナーの友人でもあったので談笑に加わりました。
すると、話の流れの中で彼はインドにいた時の話を始めました。

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インドの学校にいた時、事務長の娘が精神錯乱になってね、

生まれた時から許嫁がいたんだが、いざ結婚する時になって
相手に好きな人が出来たと言うので婚約破棄されたんだよ。
インドではそういうことは何よりも恥みたいなところがあって
精神錯乱になってしまったんだな。

それで事務長からの相談で、どこに行っても治らないので、
日本には何か有効な治療法は無いのかと言われたんだ。
そうは言ってもねぇ・・・

だけどそのうちその娘が治ったという話を聞いた。

僕が居たところはインドの北の方のデリーと言う所なんだけど、
そこからさらに北に行くと、もうヒマラヤなんだよ。

そこに聖者がいるという噂を聞いて事務長は娘を連れて行ったんだそうだ。

聖者がいるところは住所も無くて、
デリーからバスで60マイル行ったところに住んでいるということで
本当に60マイル行ったところでバスを降りた。

そして苦労して聖者に会うことができた。
聖者に、娘を置いていくから精神錯乱を治してくれ、と言うと
聖者は娘と少し話をして、連れて帰れと言う。

しかたなくまたバスに乗ってデリーに帰る途中、
バスの中でその娘は正常に戻ったんだっていう話を聞いたんだよ。

その時は聞き流していたけど、もっと詳しく聞いておけばよかったなぁ。

*************************

彼はそんな話をし、また帰っていきました。

それからN町の人たちをそれぞれ順に施術をすることになりました。


長老のH翁の背中に触っている時です、
深い悲しみの湖が広がっているのを感じました。

人知れぬ深い山の奥に、誰にも知られず、深い水をたたえた湖。
訪れる者もなく、鳥の声さえ聞こえてこない、深い悲しみの湖。

H翁は人を寄せ付けぬ頑固な雰囲気を漂わせた老人でしたので
私は施術が終わった後、

「背中に深い悲しみが湖のようにたまっていますね。」

とだけ言いました。

その日の夜、ヒロさんと仲良くなって後から聞いた話では、
寝入ったヒロさんを同室だったH翁が起こしたのだそうです。

「昼間、あの女の人に『悲しみが溜まっている』と言われたんだが
なんだってあんなことを言ったんだろう?」

そして次のような話をしたそうです。

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H翁は今の奥さんの前に結婚した人がいました。
昔ですから親が決めた伴侶です。

それでもその人とはとても相性が良く愛し合って幸せな日々でした。
しかし子供が出来なかったので
『子無きは去る』ということでH翁の母親に追い出されてしまいました。

お互いが想いあっていたので、それはそれは辛い別れだったそうです。
ですが当時の生まれ育った価値観では親に逆らうことなんかできません、
泣く泣く元の奥さんは実家のある村に返されていきました。

そのため、最初の奥さんは悲しさのあまり精神錯乱になってしまったという噂が聞こえてきました。
H翁はそれを聞いてさらにいたたまれない辛い思いをしていました。

しかしそれでもH翁は再婚し、順調に子供も生まれ、それぞれに独立して、
今は孫の嫁にも子供が生まれています。

今、H翁は村一番の長老と言われるほど長生きしました。

その後、風の噂で元の奥さんがインドに渡ったということを聞きました。

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「昼間来たあの若い先生は、なんだって突然あんな話を始めたんだ?
 ワシはあの話を聞いて、心の底から救われたんだよ。」

H翁さんの元の奥さんは生きているのか死んでいるのか分かりません。
でも、インドに渡ったのなら、きっと精神錯乱が治ってちゃんとした人生に戻ったかも知れないと思うと、心の底からホッとしたのだそうです。

のちにN町に行った時、地元の人同士の会話からH翁のその後が聞けたのですが、それは次の機会に。


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