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農業の問題解決に必要な視点

1.課題解決の視点はナンセンス

農業がどうすればもっと明るく前向きな産業になるかということについて考えたことや妄想をつらつらと。

農業には課題が多いと言われています。

「農業者の高齢化が他の産業よりも進んでいる」
「耕作放棄地が増えてきている」
「新規参入にはまだまだハードルが高い」
「補助金漬けの体質から脱却が出来ない」
「ビジネス感覚が足りない」

ここに挙げた課題はほんの一部で、もっともっと多くの課題があります。

事実であることも、そうではないこともたくさん言われていますが、今の世間の論客やお役所は列挙された課題に対して真っ向から向きあうという姿勢で意見を発言したり、何かしらの取り組みをしたりしています。

会社で言えば「来期の純利益を10%あげるためにはどうすればよいか」という課題に対して、「マーケット分析や厖大な定量データをかき集めて、仮説を立てて何かしらのABテストなんかをやってみて、到達出来れば良かったね」というレベルの話と同じであると言えるでしょう。

ごちゃごちゃ書きましたが、要は「課題に対して課題解決をしようとする」という至極当たり前のことをやっているわけです。

しかし、もっと別の観点で農業という産業を考えていくことは出来ないかなと思う訳です。

「いかなる問題も、それが発生したのと同じ次元で解決することはできない」

アインシュタイン(だったはず)が言うように、農業に関しては特にこの言葉の本質を突き詰めていくべきではないかと感じます。

農業は他の産業と違って明らかに構造上の複雑さがあります。

農業をする人は概ね以下の形で従事しています。

・新規設立の農業法人
・営農組合が法人化したパターンの農業法人
・一般企業が参入してきたパターンの農業法人
・実家の農業を引き継ぐ家族農家
・お米だけ作っている兼業農家
・土地などを借りたりして新規で就農

他にも様々な形態で農業が行われています。

しかも、みんながお米だけを作っているわけではないです。小麦やとうもろこし、トマト、にんじん、たまねぎ、白菜、小松菜、ピーマン、イチゴ、メロン、スイカ、ぶどう、みかん、、、もうキリがないくらい沢山の作物があります。

そう、つまり従事形態と作物の組み合わせだけでも無数のパターンがあるのです。

私は、そこを一括りにして、「農業の課題は〇〇」として解決の糸口を辿っていくのはナンセンスではないかと思うようになったのです。

もちろん、課題解決に意味がないなんてことは全く思っていません。農業従事している会社や家族それぞれに課題があり、それを解決するために試行錯誤するのは経営努力であり、また楽しいことでもあると思います。

しかし、この「農業をもっと明るい前向きな産業に」という、ふわっとした、だけど全体を考える上で非常に重要な課題に取り組むにあたっては、もっと別の視点で考えていくことも必要だし面白いのではないかというのが、私の意見です。

2.では、どんな視点が必要か

江戸時代や明治維新後の工業化社会に入る前まで、日本の90%近くは農民だったそう。

つまり農業は、ほぼ誰でもやっているお仕事でした。

どんな風に仕事をしていて、どんな風に作物が育てられていくのか、おそらくは誰もが当然の如く知っていたと思います。

農業が皆にとってすごく自分事の身近なことだったのです。

その後少しずつ、工業やサービス業のいわゆる第2次産業や第3次産業への分散が始まっていきましたが、それでも1960年代はまだ1400万人の農業就業人口がいました。

ざっくりですが、よくイメージされるような兼業農家(農業以外の仕事をメインにして、農業もやっている)も含めると、2500万人近くの農業人口がいたので、労働人口の約半分近くはこの時点で農業に(専業でなくても)携わっていたと言えます。

【参考】農林水産省資料
http://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h22/pdf/t_data_7.pdf

ここで少し立ち止まって考えたいのは、「農業との距離感」です。

確かに少しずつ第2次、第3次産業へと従事する人は増えていきますが、少なくともまだこの時点では第2次、第3次産業で働いている人たちも「親は農家だったから農業を知っているし、見ている。田舎暮らしも知っている。」という人たちはかなり多くいたはずなのです。(すみません、1次情報にあたっていないので正確な過去のデータとかはないです。悪しからず)

ところが、1960年から80年にかけて約1100万人近くまで農業人口が減りました。

そして、そこからさらに20年後の2000年には約640万人に。

そして現在は平成31年概数値で、約300万人となっています。

【参考】農林水産省
http://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/08.html

ここで、再び立ち止まって考えてみます。

現在の働き盛りの30代や40代の農業以外で仕事をしている人たちの親が農家だという確率は限りなく低くなります。

また、親戚が農家をやっているだとか、友達の親が農家をやっているもいう確率も現在では昔と比べるとかなり低くなっているでしょう。

私がこのことから言いたいのは、

「農業が多くの人の肌感覚から遠いところにいる」

ということなんです。

私たちは毎日のように米や野菜、肉を食べます。

確かにそうです。

そうなのですが、それを食べている人たちの多くは農業の雰囲気を肌感覚で知っているということは今はないでしょう。

農業体験をしたとか、観光農園に行ったとか、そういうことはあるかもしれません。

しかし、農業ってこういうことね!と、感覚的に分かるのとはまた別の話です。

それが良いとか悪いとか言っている訳ではなく、そういうものだということです。

そして、この農業をしている人たちと農業をしていない人たちとの「肌感覚」を縮めていくことが、今後の農業を明るく前向きなものにしていくカギであり、さらには地方が相当に面白い場所になっていくポイントなのではないかと感じています。

肌感覚を縮めていくと言うのは、イメージで言うと、例えば子供を持った親であれば、子供が別の県の大学に行くと決まったときに、以降やたらと今までは気にもならなかったその県の天気予報が目に入ってきちゃったりとか、そんなところです。

こうやって肌感覚を縮めていくことで何が起こるか。なぜ肌感覚を縮めていく必要があるのか。

それは、農業に携わっていない人たちの潜在意識に少し入っていけるということです。

では潜在意識に入っていけるとどうなるのかというと、多くの方が農業に対して多面的な物の見方をしてくれるようになるのではないかということです。

単に「耕作放棄地が、、、」とか「ビジネス感覚が、、、」とかの字面を追うだけのはなしではなくて、そこに思いを馳せることで多面的な視点が生まれ、また別の角度から問題解決に立ち向かうことが出来るようになるのではないかと思うのです。

現在のゲノム編集食品の問題や元々あった遺伝子組み換え作物の問題なども、多面的な視点を増やすことが出来ればもっと違った解決策をみいだせるのではないでしょうか。

なお私個人としてはそれぞれの課題に意見を持っていますが、そのことについてはまた別のところで書きたいと思います。

3.思いを馳せてもらうためには

ここが私がこれから農業を中心に実際にやっていこうとしているところです。

具体的に書き始めると終わりが見えなくなってしまうので、一言でいきます。

「面白いことをする!」

あほか!と思われそうですが、面白いことの中身は色々と考えております。

重要なのは面白いことをして、どうしたいか?ということです。

どうしたいかというと、無くなりかけている「農業との接点」を、「親もサラリーマンだから農業なんて全く知らない、野菜は食べるけどね。」という人たちとの間に少しずつ築き上げていくということをしたいのです。

これで、離れているとき、何かのきっかけで「思いを馳せる」というきっかけを刷り込みたいのです。

大変そうですが、それだけで農業の様々な問題への解決がしやすくなるのではないかと考えています。

それは、最近話題の食品のゲノム問題なども然りです。

そして、そういったリーチが上手くいくと次にどんなことが起こるか。

1人でワクワクが止まりませんが、ここで筆を置いて、もう少し妄想に浸らせていただきます。

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2020年4月からぶどうと干柿で農業経営を開始します。現在はプロ農家の元で研修中です。農業を中心としたスペシャルなまちづくりを目指していますので是非サポートいただきたいです!

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本田卓郎

農業勉強中です。在学中にアナウンス講座に通ってアナウンサー目指してみたり、SEしながら、ライブハウスでライブしてみたりダンスなんかもしてみたりして、現在は起業したくて大好きな富山県の南砺市へ移住。地元は七宝焼で有名な愛知県あま市です。愛妻家。愛犬家。愛読家。

ほんだの農業論

農業関係全般に関する個人的な考察やちょっと思ったこと
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