すこやか歯科(仮)

すこやか歯科(仮)の診察券を見たら、すでに7回通っている。

その4回目、先月の終わりの診察がターニングポイントだったのだ。

歯医者に行く私はいつも憮然とし、思春期を迎えた気難しい娘のように態度が悪い。
生活習慣を棚に上げて、理不尽な災難に突然見舞われたような心持ちであり、その災いを手なづけているようにも思える歯科医師など、見たくもなければ口もききたくないのだ。

だが、その日は先生から「昨日テレビ出てませんでした?」と言われて、初めてちゃんと顔を見た。

テレビで見る私と歯医者に来る私の人相が、あまりにもかけ離れているからだろう。最初はまさかと思ったようだが、歯の並びと少し欠けた前歯、つまり歯型で確信したという。まだ死んでないのだが。

顔ではなく歯で覚えられていることにショックを受けたが、この人なら、たとえ私が白骨化しても、私を私とわかってくれるのかとたのもしくも感じた。

すこやか歯科(仮)は、家のど目の前にある。差し歯が取れたときに駆け込んだのをきっかけに、今まで通っていた池袋の歯医者から乗り換えたのだ。もちろんそこも、当時の職場の通用口のど目の前にあって、駆け込んだのだった。

その前の歯医者は有楽町勤務時代で、同じ館内にあった。ここに通うことになったのも同じような理由からだが、レジに入っていると先生が買い物に来て、今日はばっくれるんじゃねえぞと念を押していくことが度々あり、本当に嫌だった

しかし、あんなに大嫌いな歯医者の予約日を、今は指折り数えて待っている。

すこやか歯科(仮)でも、最初はいつも通り治療が辛く、冷凍庫にあるご褒美アイスバーのことを思い出したりして、なんとか楽しくなることを診察台の上で考えていた。このままではまたばっくれて、社会的信用を失ってしまう。そうなると状況は、有楽町より悪い。なにしろ家の目の前すぎて、迂回もできないのだ。

しかし、「セブンルール」放送直後だった4回目で、開眼した。

いける、この顔、だいぶ好き。

私はこの先生に、片思いをしているのだ。

私は治療をがんばっているのではない。恋をがんばっているのだ。(自己暗示)

先生が口の中の脱脂綿を無造作に手で取ったり、新井さんの嫌なことは絶対にしませんから、なんて言ったりするたびに、脳から勝手に麻酔薬が噴射されるようになった。

ポーっとしている間に治療が終わり、マスクを外した先生が私の前掛けに手を伸ばし…、(ここ妄想→)がんばったご褒美にと、キスをしてくれる。

おぉ、なんて素敵なデンティスト。

妄想自家中毒で立てなくなっていたら、心配した先生が、帰りに歯ブラシを1本くれた。すごく使いやすいから、と。つまり先生とお揃いの。


我が家の洗面台に黄色の歯ブラシが2本並ぶところを、この私が妄想しないわけがないではないか。

新たなネタを手に入れた私は、今人生で最も歯医者が楽しい。

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ごっつぁんです!
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新井見枝香

『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』続き

2017年12月に発売したエッセイ集『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』(秀和システム)を脱稿した後に書いたエッセイを投稿します。慣性の法則みたいなものです。
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